仕事が終わった後、私は一度家に帰宅した。
今日は残業する予定だったから服装も適当で、どうしても一度着替えたかった。
まるでデートをするみたいだなと思って、一人苦笑する。
真島さんと食事に行くだけなのに、変なの。
待ち合わせ場所は天下一通りの入り口だった。
約束の時間の15分前、少し早く着きすぎたかな…と思って携帯を見る。
男性との待ち合わせなんて久しぶりで少しふわふわした。


「おねぇさん、何してんの？」


声のした方に顔を向ければ、柄の悪そうな男が三人。
辺りを見回すけれど他に該当するような人はいなく、どうやら自分に話しかけているようだった。



「暇なの？俺たちと遊ぼうよ」


ナンパだ、と思った。
神室町は繁華街だからこういう人がいてもおかしくはない。
けれど自分がされるなんて思っていなくて、少し慌てた。


「あの…待ち合わせを」


「えー、いいじゃん。俺らと遊んだほうが楽しいよ」


「え、ちょっと」


グイグイと腕を引っ張られ、体が揺れた。
こんなに絵に描いたみたいに強引なナンパがあるんだ、と他人事みたいに思う。
けれど男たちは私を取り囲んで、腕を離してくれない。


「あの…やめてください」


膝が笑うほど震えた。普段男の人たちに囲まれて仕事をしているが、
こんな風にニヤニヤとした男達に囲まれるのは気持ちが悪い。
腕を振りほどこうとするが、力では敵わなかった。


「なんや、わしの連れになんか用か？」


男たちの背後からそう声が聞こえて、顔を上げればそこに真島さんがいた。


「あ？なんだテメェ」


三人組の注意が真島さんに注がれ、解放される。
真島さんはツカツカとこちらに歩み寄ると私の腕をグン、と引いた。
弾みで彼の固い胸板に頬が当たる。
真島さんは私の体を片手で抱きとめると「遅なって悪かった」と呟いて、私を歩道の脇に寄せた。


「よくも美琴チャンにその汚い手ェで触ってくれたなぁ」


「やんのかコラ！殺すぞ」


男の一人がバタフライナイフを取り出して、真島さんに襲い掛かる。
私は「ヒッ」と声を上げて、顔を覆った。
けれど恐る恐るその手を開いた時には、三人組は地面に伸びていた。
本当にたった一瞬を目を瞑っただけなのに。


「えらい歯ごたえないのぉ」


真島さんは手袋に覆われた両手をパンパンと叩いて、「ほな、行こか」と笑った。
私はただ「え」とか「う」とか呟いて、歩き出してしまった彼の背中を追いかけた。
今のは一体何だろう。喧嘩が強いとか、そういうレベルじゃない。
それよりも、と思った。真島さんの体に抱き寄せられた余韻が、体中に残ってる。
耳元で囁かれた甘い声が、脳裏になんども木霊する。また"ギャップ"だ。



「なんやいっぺん帰ったんは、着替える為やったんか」


追いついて隣を歩く私に、真島さんはそう言った。


「そないかわええ恰好して一人で歩いたら危ないやろ」


そんなにお洒落をしたつもりはなかったけれど、黒いワンピースを着た自分を見下ろした。
言われて見ればどことなく余所行きで、なんだか恥ずかしい。


「折角のデートや。わしもお洒落して来たら良かったなぁ」


ヒヒと笑う真島さんの言葉に、思わず頬が熱くなった。
デート、なんてつもりはなかったけれど、そう言われるとむず痒い。


「危ないで」


サッと手を引かれて、また逞しい腕に抱きとめられる。
通行人とぶつかりそうになったところを助けられたらしい。
更に顔が熱くなった。


「あの、真島さん」


「なんや」


「なんかちょっと、いつもと違いませんか」


会社で見る飄々とした真島さんではなくて、私は戸惑う。



「そらそやがな。デートやもん」


この人のこういう所に、私は惑わされる。
嫌だな、と思った。
できればもう誰かに恋なんてしたくない。
そう思うから、私は真島さんの体からそっと離れた。


「…何食べに行きましょうか」


離れて歩き出した私に真島さんは「寿司やな」とだけ答えた。