コンクリートの冷たい床に全身が打ち付けられ、うめき声が漏れた。
恐怖で身を縮ませるが、すぐに両手を頭の上で押さえつけられる。
そのまま器用に手を紐で括られた。
手首に食い込む細いそれの痛みと、恐怖で顔が歪んだ。


「いい顔だね」


薄暗い照明を背中に浴びて、大橋さんは私に馬乗りになった。
片手で顔を掴まれ、視線が合う。
そこにいるのは今までの優しい彼ではなく、ただ歪んだ表情をした醜い獣だった。


「俺はね、怯えた女の顔が堪らなく好きなんだよ」


そう言った彼が口の端をニヤリと持ち上げ、
私の顔を掴んでいた右手を背広の内ポケットに入れると、
そこからナイフを取り出した。
照明が刃に当たる度に、反射する。
全身が恐怖で冷たくなった。


「俺にとって君は格好の餌食だった。
こんなに不幸で美しい女は他に知らない」


それから「俺に人生をめちゃくちゃにされて、どんな気分？」と聞かれる。
言われていることの意味が分からず、私はただ質問するしかできない。


「どういう意味……」


言葉を発すれば、奥歯が何度もカチカチとぶつかる。
私の様子に大橋さんはまたニヤリと笑うと、嬉しそうに大声を上げて笑った。


「君の父親に濡れ衣を着せたのは俺だ」


その衝撃の告白に、私はもう言葉を発することができなかった。
頭の中が酷く混乱していて、状況が一つも飲み込めない。
彼の言葉が、まるで異国の言葉のように響く。


「お前の同級生一家を殺したのは、未成年だった俺だよ。
父親が金で雇ったヤクザに頼んで、お前の父親を犯人に仕立ててもらったんだ」


大橋さんの空いている左手が、私の首を掴んだ。
指の一本一本に少しずつ力が込められていき、体内の酸素が少しずつ薄くなっていくのを感じる。
その苦しさにまた顔を歪めれば「その顔が堪らないんだ」と男は笑う。


「お前に嫌がらせをしてきたのも俺だよ。苦しんで、傷ついて
泣き喚いてる美琴を見るのが堪らなく興奮するんだ。
そこに漬け込んだ後でまためちゃくめちゃに傷つけてやろうとしたのに、新しい男ができたなんて、酷いじゃないか」


首を掴んでいた左手に、渾身の力が込められる。
顔を振ってそれを外そうと抵抗するが、ピクリともしなかった。



「美琴が悪いんだよ。幸せになろうとするから。
君に幸せは似合わない。ずっと不幸のどん底にいて、
俺を最高に楽しませてよ」


右手に握られたナイフを、男が振りかざした。
これは何の罰だろうと思った。
私が一体、何をしたというのだろう。
あぁ、もうここで死ぬんだ。
そう諦めた瞬間、部屋の扉が勢いよく開く音がした。
古びた木製のそれは勢いで外れて床に転がり、
私たちの注意がそちらに逸れる。


「美琴！」


「…ま…じま…さ……」


そこに立っているのは肩で息をしている真島さんで、
そこから先はもう、私はただ意識が遠くなるのを感じていた。