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サン、ハイ!

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主人公

「まずは杭を打つ為に地下を十分掘らないといけません」


私はテーブルに広げられた図面を指さし、「地盤が崩れないよう山留します」と続けた。
プレハブ小屋の中には真島社長と西田さん、それから数名の従業員がいる。
全員が私の説明を熱心に聞いていた。


「すごいっすね、美琴ちゃん!神っす!」


西田さんがまた私を崇める顔をするので、「いえ」と首を横に振った。



「以前建設会社に勤めていた時に見聞きしただけなので、私もやったことはないんです」


「それでも百人力っすよ!ね、親父!」


西田さんは嬉しそうだが、私は全く嬉しくなかった。
これだけ従業員がいながら建築に関しては全員が素人、ただの事務員の方が知識があるなんて…
どうしてこんな状態で会社を立ち上げようと思ったのか、不思議でしょうがなかった。



「とりあえずこの手順で作業してください。あとは私も調べてみますから」


「うっす!頑張ります!」


意気揚々と西田さん達が出て行って、後には社長と私の二人が残された。
ため息が出そうになるのを堪えて、事務作業に戻る。
この会社は実にヘンテコだが、それ以外にもおかしな点がいくつかあった。
神室町ヒルズの建設請負費の他に定期的な収入がある。それもかなりの額だ。
お陰で事務員の私ですらかなり破格の給料を頂いているのだが、不思議だった。


「あの、この土地の登記簿ちょっと変なんですけど」


「ほうか、直しといてくれや」


「…はい」


出所不明の大きな収入と、土地の売買で出たと思われる利益。
元極道だから何でもアリなのかも知れないが、管理がずさんだった。


「経理上の管理ができていません。これも全部直していいですか?」


「かまへん」


社長はそう言ってデスクの上に足を投げ出し、煙草に火を付けた。
別に機嫌が悪いのではない、ということはこの2週間で学んだ。


「この土地の売買は社長が行ってるんですか」


カチャカチャとキーボードを叩きながら私が聞くと「そやで」という短い返答が返ってきた。
薄々勘付いてはいたけれど、たぶんこの人はものすごく商才がある。
細かい作業と真面目な話が苦手なだけで、もっときっちりやればこの会社はかなり大きくなるだろう。



美琴チャンはなんでそないに色んな仕事できるんや」



あまり社長に質問されたことなどなく、私は一瞬戸惑った。
西田さんや他の従業員には激しいスキンシップを交えて交流しているが、
私にはどこか表面上というか、素気無い態度を取られているような気がしている。



「履歴書見て頂ければ分かると思うんですけど、職歴が多いんです。
建設会社も不動産も歯医者の受付でもなんでもやりましたし、必要なら資格も取りました」



「それだけやってなんで仕事続かんのや」



「…さぁ、どうしてでしょう。気付けばすぐクビになっちゃうんです」


私が濁したことを察してくれたのか、真島社長は「ほう」と短く言ったきり何も聞かなかった。
この会社に入ったことを後悔してはいるが、同時にどこか居心地が良いとも感じている。
何より最初は怖かった真島社長のことも、今となっては慣れてしまった。
人間、何かしら過去を抱えているものだ。それは私も同じ。


「続けられそうか?」


何を?と思って社長の顔を見れば、そこにあったのは真剣な眼差しだった。
作業もしないくせに被っているドカヘルと、その表情がミスマッチで戸惑う。


「えっと…仕事ってことですか?」


「当たり前やろ。どや、続けられそうか?」


「はい。できれば続けたいと思っていますよ」


私がそう返すと社長は満足そうに頷いた。
この人なりに心配してくれていたのかとそこで気付く。



「なら飯やな、飯」


「はい?」


「今晩はパーッと歓迎会と行こうやぁ!」


社長は満面の笑みで鼻歌を歌い、立ち上がると勢い良くプレハブから出て行った。
外から「今日は飯いくでぇ!」という大声が聞こえるから、西田さんたちを誘いに行ったのだろう。
変な会社、と思うけれど嫌な気は全然しなかった。
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