サン、ハイ!
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「本当にどこでも良いんですか?」
ハローワークの窓口で担当の男性職員が念を押すように言った。
5月だというのに気温が高く、冷房のあまり効いていない室内で男は額びっしりに汗を掻いている。
月曜の午前中だというのにここは混んでいて、重たい空気が漂っていた。
「本当にどこでも良いんです」
私も念を押すように「どこでも」を強調して言う。
背に腹は代えられないとは良く言ったもので、早く次の職場を決めないと生きていけない。
てっとり早く水商売、というにはもう若くなかったし、何より客商売をやる自信がなかった。
だからハローワークに求人が出ているような昼の仕事なら、本当に何でも良い。
藁にもすがる思いだった。
「…そうおっしゃるなら一件だけ」
額の汗を拭いながら男は一枚の求人を差し出してくる。
「真島…建設」
聞いたこともない建設会社の事務員を募集する求人だった。
「至急、経験者求む」と書いてある。
「皆さんすぐに辞めてしまって、評判が悪いんです。
ですからこちらとしましてもあまり紹介したくない求人なんですよ」
募集要項を見てみるが事務の割に月給も良く残業も無さそうだ。
すぐに辞めてしまうとすれば人間関係だろうか。
「パワハラ、とかですか?」
「いや、そういう訳でもないみたいなんですが…
何故だか皆さん辞める理由を多くは語ってくださらないんですよ。
だから余計に性質が悪いと言いますか」
評判の良くない会社か…と思った。
採用が決まってもすぐに辞めてしまうから通年募集しているのだろう。
社員がすぐ辞めてしまう会社と、仕事が続かない自分。
もしかしたらある意味バランスが取れるかも知れない。
「お願いします」
「え」
「ここで働きたいです」
私の言葉に男は何度か瞬きすると「わかりました」とため息交じりに答えた。
「私は止めましたからね」と顔に書いてあって、それは「クレームは受け付けません」とも読めた。
自分にはもう後がない。だからどこの会社でも良い。どうか採用してもらえますように。
まさに天に祈るような気持ちだった。
―――――cinquantasei―――――
「皆さん、休憩ですよ!」
大きなやかんいっぱいに冷たい麦茶を作ると、10時ピッタリに声を張り上げた。
黄色のドカヘルを被った社員たちが、ぞろぞろとプレハブ前に集まって来る。
「今日も暑いですから、しっかり水分とって休憩してくださいね」
「美琴ちゃん神っす~!」
汗だくの西田さんが我先にと麦茶に飛びつく。
けれど私が「あ」と声を上げる前に、長い脚が視界に飛び込んできた。
それはほんの一瞬の出来事で、気付いたら西田さんは地面に倒れこんでいる。
「おいコラ!わしが先やろうが!」
西田さんを蹴っ飛ばした犯人はこの会社の社長で、名前を真島吾朗という。
素肌に派手柄のジャケット、レザーパンツ、眼帯にドカヘル、という変わった身なりで
おまけにジャケットからは色鮮やかな刺青が覗いているのだから、まともな人じゃない。
まだ会社に入って1週間だが、面接の段階から少し後悔していた。
あのハローワークの職員が言った「みんな続かない」という意味が良くわかる。
けれど辞めたところで次が見つかる保証もなく、色んなことに目を瞑って働く覚悟を決めたのだ。
「か~!美琴チャンの作る麦茶は美味いのぉ!」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてみるが、どうしてもまだ顔が引きつってしまう。
話を聞く限りでは足を洗った元極道らしく、今ではカタギなのだという。
どこからどう見てもカタギには見えないのだけれど。
今は建設会社を立ち上げて、公園の跡地に「神室町ヒルズ」という大きな商業施設を作る工事をしている。
従業員も元極道やホームレスだった人間が多く、私はこの会社唯一の女子だ。
事務員も自分一人しかいない為、できることは進んで何でもやるようにしている。
「やっぱり女の子がいると違いますよね!」
いつの間に復活したのだろう。
地面に伸びていたはずの西田さんは、もうすっかり元気にお茶を飲んでいた。
どこからどう見てもカタギにしか見えないこの人も元極道で、尚且つ社長のパワハラにも慣れているらしい。
どの角度から眺めてもこの会社は変なところしかないのだが、私はその全てに見てみない振りをした。
けれど10時の休憩が終わった後で、私はついに我慢の限界を迎える。
「西田さん、何してるんですか」
もう作業が始まっている時間だというのに、プレハブ小屋の外で西田が携帯をいじっていた。
「知恵袋に質問を」
「知恵袋?何を?仕事中に?」
3つもの質問をぶつけたと言うのに、西田は真剣な顔で携帯から目を離さない。
意外と不真面目なんだなと呆れて、私は彼の携帯を覗き込んだ。
そこには「ビルの骨組みの作り方を教えてください」と書いてある。
私は目を丸くした。
「…何を質問してるんですか」
「いや、俺ら誰も分かんないんで」
「はい?」
「親父からの命令っす」
親父とはまさにあの社長のことで、私は度肝を抜かれた。
こんなに大きな土地で大きな建物を作るというのに?知恵袋で質問?
頭の中は混乱していて、息を吸うのを忘れてしまいそうになる。
「西田さん!コンクリートが固まらなくて!」
パニック状態の私を他所に、一人の従業員が慌てて走ってくる。
「え!またかよ!親父にセッキョーされるぞ!」
西田は慌てたようにそう言うと「何が原因なんだろう」と頭を抱えてしまった。
頭を抱えて悩みたいのはこっちだよ、と思うが口にしない。
代わりに仕事については口出しさせてもらうからな、と思った。
「もしかしてせき板に木材使ってます?直射日光に当てたりとか」
私の言葉に西田さんがパッと顔を上げた。
「ダメなんですか?」
「…ダメです。せき板はできれば木材以外で、木材使うならコーティングして下さい。
あと直射日光に当てないでブルーシートを被せた方が…」
「美琴ちゃん!神っす!」
西田さんは私の両手を掴むと、まるで本当に神様と思っているかのように崇めた。
いや、うそでしょ、こんな会社あるわけないでしょ。
そう思うけれど、私はやっぱり口にしなかった。
この会社はヘンテコだ。けれど辞める訳にはいかない。私にはもう後がないのだ。
ハローワークの窓口で担当の男性職員が念を押すように言った。
5月だというのに気温が高く、冷房のあまり効いていない室内で男は額びっしりに汗を掻いている。
月曜の午前中だというのにここは混んでいて、重たい空気が漂っていた。
「本当にどこでも良いんです」
私も念を押すように「どこでも」を強調して言う。
背に腹は代えられないとは良く言ったもので、早く次の職場を決めないと生きていけない。
てっとり早く水商売、というにはもう若くなかったし、何より客商売をやる自信がなかった。
だからハローワークに求人が出ているような昼の仕事なら、本当に何でも良い。
藁にもすがる思いだった。
「…そうおっしゃるなら一件だけ」
額の汗を拭いながら男は一枚の求人を差し出してくる。
「真島…建設」
聞いたこともない建設会社の事務員を募集する求人だった。
「至急、経験者求む」と書いてある。
「皆さんすぐに辞めてしまって、評判が悪いんです。
ですからこちらとしましてもあまり紹介したくない求人なんですよ」
募集要項を見てみるが事務の割に月給も良く残業も無さそうだ。
すぐに辞めてしまうとすれば人間関係だろうか。
「パワハラ、とかですか?」
「いや、そういう訳でもないみたいなんですが…
何故だか皆さん辞める理由を多くは語ってくださらないんですよ。
だから余計に性質が悪いと言いますか」
評判の良くない会社か…と思った。
採用が決まってもすぐに辞めてしまうから通年募集しているのだろう。
社員がすぐ辞めてしまう会社と、仕事が続かない自分。
もしかしたらある意味バランスが取れるかも知れない。
「お願いします」
「え」
「ここで働きたいです」
私の言葉に男は何度か瞬きすると「わかりました」とため息交じりに答えた。
「私は止めましたからね」と顔に書いてあって、それは「クレームは受け付けません」とも読めた。
自分にはもう後がない。だからどこの会社でも良い。どうか採用してもらえますように。
まさに天に祈るような気持ちだった。
―――――cinquantasei―――――
「皆さん、休憩ですよ!」
大きなやかんいっぱいに冷たい麦茶を作ると、10時ピッタリに声を張り上げた。
黄色のドカヘルを被った社員たちが、ぞろぞろとプレハブ前に集まって来る。
「今日も暑いですから、しっかり水分とって休憩してくださいね」
「美琴ちゃん神っす~!」
汗だくの西田さんが我先にと麦茶に飛びつく。
けれど私が「あ」と声を上げる前に、長い脚が視界に飛び込んできた。
それはほんの一瞬の出来事で、気付いたら西田さんは地面に倒れこんでいる。
「おいコラ!わしが先やろうが!」
西田さんを蹴っ飛ばした犯人はこの会社の社長で、名前を真島吾朗という。
素肌に派手柄のジャケット、レザーパンツ、眼帯にドカヘル、という変わった身なりで
おまけにジャケットからは色鮮やかな刺青が覗いているのだから、まともな人じゃない。
まだ会社に入って1週間だが、面接の段階から少し後悔していた。
あのハローワークの職員が言った「みんな続かない」という意味が良くわかる。
けれど辞めたところで次が見つかる保証もなく、色んなことに目を瞑って働く覚悟を決めたのだ。
「か~!美琴チャンの作る麦茶は美味いのぉ!」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてみるが、どうしてもまだ顔が引きつってしまう。
話を聞く限りでは足を洗った元極道らしく、今ではカタギなのだという。
どこからどう見てもカタギには見えないのだけれど。
今は建設会社を立ち上げて、公園の跡地に「神室町ヒルズ」という大きな商業施設を作る工事をしている。
従業員も元極道やホームレスだった人間が多く、私はこの会社唯一の女子だ。
事務員も自分一人しかいない為、できることは進んで何でもやるようにしている。
「やっぱり女の子がいると違いますよね!」
いつの間に復活したのだろう。
地面に伸びていたはずの西田さんは、もうすっかり元気にお茶を飲んでいた。
どこからどう見てもカタギにしか見えないこの人も元極道で、尚且つ社長のパワハラにも慣れているらしい。
どの角度から眺めてもこの会社は変なところしかないのだが、私はその全てに見てみない振りをした。
けれど10時の休憩が終わった後で、私はついに我慢の限界を迎える。
「西田さん、何してるんですか」
もう作業が始まっている時間だというのに、プレハブ小屋の外で西田が携帯をいじっていた。
「知恵袋に質問を」
「知恵袋?何を?仕事中に?」
3つもの質問をぶつけたと言うのに、西田は真剣な顔で携帯から目を離さない。
意外と不真面目なんだなと呆れて、私は彼の携帯を覗き込んだ。
そこには「ビルの骨組みの作り方を教えてください」と書いてある。
私は目を丸くした。
「…何を質問してるんですか」
「いや、俺ら誰も分かんないんで」
「はい?」
「親父からの命令っす」
親父とはまさにあの社長のことで、私は度肝を抜かれた。
こんなに大きな土地で大きな建物を作るというのに?知恵袋で質問?
頭の中は混乱していて、息を吸うのを忘れてしまいそうになる。
「西田さん!コンクリートが固まらなくて!」
パニック状態の私を他所に、一人の従業員が慌てて走ってくる。
「え!またかよ!親父にセッキョーされるぞ!」
西田は慌てたようにそう言うと「何が原因なんだろう」と頭を抱えてしまった。
頭を抱えて悩みたいのはこっちだよ、と思うが口にしない。
代わりに仕事については口出しさせてもらうからな、と思った。
「もしかしてせき板に木材使ってます?直射日光に当てたりとか」
私の言葉に西田さんがパッと顔を上げた。
「ダメなんですか?」
「…ダメです。せき板はできれば木材以外で、木材使うならコーティングして下さい。
あと直射日光に当てないでブルーシートを被せた方が…」
「美琴ちゃん!神っす!」
西田さんは私の両手を掴むと、まるで本当に神様と思っているかのように崇めた。
いや、うそでしょ、こんな会社あるわけないでしょ。
そう思うけれど、私はやっぱり口にしなかった。
この会社はヘンテコだ。けれど辞める訳にはいかない。私にはもう後がないのだ。
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