三人で焼肉を食べた後、真島は子鹿をタクシーに乗せた。
てっきり二人で何処かに消えると思ったが、まだそういう間柄ではないらしい。
不服そうな顔をした子鹿を乗せて、黄色い車は行ってしまった。


「ええんか、帰して」

「ええに決まっとるやろ」


ミレニアムタワーまでの帰り道、真島は終始ご機嫌だった。
こいつにもこういう感情あったんか。


「お前のことむかつく、言うてたぞ」


子鹿の台詞を反芻する。
真島吾朗に対してむかつくとは、中々表現できる言葉ではない。
この男の狂いっぷりに振り回されるのは本当に疲れる。
けれどまともな人間とは思っていないので、腹が立つことはなかった。
しかし、むかつくとは。
あの子鹿は素肌に蛇柄のジャケットを着ているような男を、きちんと人間として扱っているのか。


「わしかてむかつくわ」

「あ？何がむかつくんや」


真島はまるで拗ねた子供のような顔をする。


「遠くに押しやっても子犬みたいに尻尾振ってまた来よる。あの子とおったら毒気抜かれるわ。
ほんま疲れる」


「...お前を疲れさせる人間なんてそうおらんぞ」


真島が他人に振り回されることなど珍しい。
こいつはそれなりの感情をあの子鹿に抱いているらしかった。
けれど俺たちは所詮極道で、カタギの人間とは程遠い世界を生きている。


「あの子鹿をどうする気なんや、兄弟」

「どうもこうもせんわ」


そう言った真島の顔こそ叱られた子犬のようで、これはあかんなと直感で思った。


「生半可な気持ちでこっち側に引きずり込んだらいかん。
お前が一番わかっとることやろ、兄弟」


「あの子を黒に染める気なんかあるわけない」


それは嘘を吐くな、と殴ってやりたくなる顔だった。


「...ちゅうか子鹿ってなんやねん」

「バンビのことやろが」


俺の言葉に真島は不思議そうな顔をする。
いや、不思議なんはお前やで、兄弟。