「おう兄弟、これも焼けてんで」

「自分でやれるわ。世話焼くな」

先程から兄弟と呼ばれているこの大柄の男性は、冴島さんと言うらしい。
昔観た任侠映画の知識を引用すれば、二人が本当の兄弟でないことは明らかだった。
真島さんは相変わらずずっとお肉を焼いている。
冴島さんに対してもそうなんだから、焼肉奉行的なことだろうか。

「絵梨ちゃん、今日は牛タンええの？」


「あ、えっと、食べます」


さっきの出来事なんか何にもなかったみたいに、真島さんは牛タンを焼いてくれる。


「こないだ一緒に行ったとこも美味かったけど、やっぱ韓来のが落ち着くなぁ」


冴島さんはどうも無口なようで、ずっと真島さんが一人で喋っていた。
私はそれに相槌を打つのが精一杯で、さっきのは何だったんだろうとか、冴島さんは私たちのことをどんな風に見てるんだろうとか、そんなことばっかりを考えている。


「わし、ちょっとトイレ」


真島さんがそう言って席からいなくなってしまった。
気まずい沈黙が流れるのは、予想するまでもない。


「子鹿は」

「はい？」

「子鹿はなんであんなんと一緒におるんや」


子鹿と呼ばれて何かの冗談を疑うが、冴島さんの顔は至って真面目そのものだった。


「周りにカタギの男なんか山程いるやろ。
アレは極道ん中でも特に普通やないぞ。
よりによってなんでアレとおるんや」


「やっぱり極道の人から見ても真島さんって変なんですか」


「変やろ。どう見たって」


「まぁ確かに。時々すごいむかつきますけど」


私の言葉に冴島さんが変な顔をする。
何か間違えたかな？と思った。


「むかつくとは、まぁ、悪うない表現やな」


冴島さんが頷いてくれたので私は胸を撫で下ろした。


「あの、子鹿ってなんですか」

「あれや、アニメ映画の」

「...バンビですか？」

「そうや、バンビや」


それは私が聞きたかった答えではなかったけれど、真島さんが戻ってきたので会話が中断される。


「二人で何喋ってたんや？」

「バンビの話を」


私の答えに冴島さんが声を上げて笑った。
私はそれにちょっとびっくりする。