ミレニアムタワーで会いましょう
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やっと終わった。
目の前にあるパソコン画面を睨みつけるようにチェックする。
修正箇所がないか念入り何度も。
やり直しなんてことになったら目も当てられない。
やった、終わった。
終わったんだ。
私は安堵のため息を吐いて腕時計を見やる。
時刻は午後8時を過ぎたところ。
いそいそと鞄に荷物を詰め込んだ。
もう絶対にオフィスから出る、今すぐに。
「あの」
後ろから営業の相沢さんに声をかけられる。
「嫌です、絶対」
私がものすごい勢いでそう返すと「急ぎじゃないから」と資料を置いていかれた。
クライアントからの細かい修正が入った企画を見て見ぬふりする。
今日が仕事の目処なことは真島さんに伝えいた。
そろそろ連絡が来てもおかしくない。
そう思ってオフィスを出てから携帯電話を何度も確認するのに、電話は愚かメールも来ない。
あれ、おかしいな。
いつもだったら待ち切れんばかりといった声で電話してくるのに、私の携帯は壊れたみたいに音を発しない。
こないだキスしたせいかな。
そんなことを思い一人顔が熱くなった。
オフィスを出てからもう30分。
ビルの中にいるのも限界だろう。
私は着信履歴にある"真島さん"と書かれた文字を何度も見つめた。
携帯電話を開いては閉じ、また開く。
真島さんは忙しいのかも知れないし、私に会いたくないのかも知れない。
でも私は会いたい。
だから発信ボタンを押した。
プルルル
発信音と同じ速さで心臓が鳴る。
3コール目で「おう、絵梨ちゃん」という真島さんの声が聞こえた。
「あの、えっと」
「どうしたんや」
思わずしどろもどろになる。
「仕事が、ひと段落ついたので」
「そらお疲れさん」
「ええと...」
「なんや、またわしに触られたくなったんか」
意地悪をされている。
私は顔から火が出そうだった。
「またわしに触られたいんやったら事務所においで」
「え」
「なんや忘れたんかいな。
一緒にハンバーガー食うたやろ。
ミレニアムタワーの57階やで。待っとるわ」
それだけ言うと電話が切られた。
私は携帯電話を握り締めたまま「え」とか「う」とか一人で言っていたと思う。
警備員が不審な者を見る顔付きになったので仕方なくエレベーターに向かった。
△のボタンを押して、また「え」とか「う」とか言う。
事務所に来いと言うのはちょっと予想していなかった流れで、化粧崩れていないかなとか、それより真島さんは一人なんだろうかとか、色んなことが頭をよぎった。
エレベーターは57階までどこの階にも止まらなかった。
スイスイと上に登っていく最新の箱は、まだ心の準備ができていないのに、あっという間に私を目的地まで運んでしまう。
真島組の事務所に着いた時、私はまた「え」とか「う」とか言う羽目になった。
「絵梨さん、ですね。親父が中で待っとりますわ」
首から下げた社員証を黒いスーツの極道に覗き込まれた。
一人じゃないじゃん、やべーじゃん。
以前はがらんとしていた室内に、強面の男の人たちが溢れている。
その中にやたらと体の大きな人がいて、その人だけ発するオーラが他と違った。
ジロリと見られて肩が震える。
値踏みするような視線を全身に浴びながら、私は案内してくれる人の後ろを歩いた。
「親父、お連れしました」
「おう、入りや」
どうぞ、と促され部屋に足を踏み入れる。
以前ハンバーガーを食べたあの部屋で、真島さんはソファに座って待っていた。
綺麗に刈り上げられたうなじが見える。
「あの...」
上手く口を開くことができない。
話したいことは山程あるはずなのに、雰囲気に気圧されてしまって何も言えない。
そんな私の代わりに、真島さんが口を開いた。
「早よおいで。触ったるから」