不動明王
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彼の背中に描かれている不動明王を初めて見たとき、私の口から出たのは「ルール違反なんじゃないの」だった。
「そのやり方は、狡いんじゃないの」
泣きじゃくる私に、大吾は「すまなかった」と言った。
「なんで黙っていたの」という気持ちよりも、最初からそうだと分かっていれば好きにならなかったかも知れない、という気持ちの方が大きくて私から別れた。
好きになった男が極道だと知ったから終わりにした。
ただそれだけのこと。
「理央ちゃん、どうかした?」
今日は3回目のデートというやつで、相手の男は取引先の営業マンだった。
「いえ、何でもありません」
少しぼうっとしてしまい、慌てて笑顔を取り繕う。
最近SNSで人気だと言う小洒落たイタリアンは、ほぼ満席状態で気が散った。
「まだ飲めるよね?」
初めてのデートの時にお酒が強くないと言ったのに、グラスにワインを注ぎ足される。
仕方なくそれを口に運んだ。
「ここ、雰囲気良いでしょ?女の子に人気なんだよ」
「そうですね」
ニコリと笑ってみるが、キラキラの内装も見た目だけが綺麗な料理も趣味じゃない。
それに他にも女の子を連れてきたことのあるような発言はどうかと思う。
大吾ならそんなことしなかった。
また、比べてる
もう幾度となく他の男性とデートしては彼と比べている。
そして好きになることなくまた他の誰かと。
あと何回同じことを繰り返すんだろうと思った。
入店した時、当たり前のように男が上座に座った。
大吾ならそんなことしなかった。
私を上座に座らせ、必ず椅子まで引いてくれた。
少しキザっぽいその仕草が、心の底から似合う人だったと思う。
いつも落ち着いたお店で食事して、私がもっと安いところで良いと言えば、「理央には美味しいものを食べて欲しいから」と言ってくれた。
最初のデートでお酒が弱いと言ったら、無理に飲ませるようなことはしなかった。
「酒の力を借りずに勝負する」と言われて恋に落ちた。
こうやって一つ一つ大吾と比べて、一つ一つに落胆する。
自分でも最低なことをしていると思う。
でもどうしてもやめられない。
「良かったらもう一軒どう?」
上の空で話を聞いていた私は、気付けば飲めないお酒にかなり飲まれていて、足元がふわふわとしていた。
完全に自分の落ち度ではあるものの、油断したと思う。
「いえ、もう、今日は」
腰に回される腕をそっと押し退けて、「帰ります」と言った。
けれど相手は引き下がらず「じゃあ一緒に帰ろうよ」と、私の体を引き寄せてくる。
「本当に、大丈夫ですから」
「すごい酔ってるじゃん。どっか休憩してく?」
ダメだと思うのに、体に力が入らない。
縺れそうな足を前に出すのが精一杯で、ふにゃふにゃと相手の体を押すが、ピクリともしなかった。
「ね、あのタクシー乗ろうよ」
停車している黄色い車に押し込まれそうになる。
必死に足を踏ん張って「電車で帰ります」と何度か抵抗した。
「もういいじゃん、乗っちゃおう?」
何もよくない。
これに乗ったら終わりだ。
そう思った瞬間だった。
「随分嫌がっているように見えるが」
タクシーの前で押し問答を続ける私達の背後から、そう声がした。
聞き覚えのある低い声に、心臓がトクンと鳴る。
「酒に酔わせてどうにかしようとするのは狡いやり方だな」
振り返ればそこにはやっぱり大吾がいた。
「理央が嫌じゃないなら止めないよ」
けれど私が何か言う前に、もう営業マンは大吾に腕を捻りあげられていた。
「これもルール違反か?」
そのままの体制で涼しい顔をして言うから、ただふるふると首を横に振った。
もう私の目には呻き声を上げる男の姿は映っていなかった。
逃げるように男が走り去った後で、気まずい沈黙が流れる。
風に乗ってあの頃と同じ大吾の香水の匂いが漂った。
あぁ、やっぱりこの人が忘れられないんだ。
「酒の勢いで女をどうにかしようする男に引っかかるなよ」
あの頃と同じ優しい眼差しで大吾が私を見ていた。
「俺も大概狡いことをしたけれど」
それにも私は首を横に振る。
「極道だと明かしてしまえば、理央に拒絶されると思った。
けれど惚れさせてから言うのは違ったな。
言われた通りそれはルール違反だ」
大吾は少し寂しそうに「気をつけて帰れよ」と言った。
待って、行かないで
忘れられなかったの
まだ好きなの
そう声に出したいのに、"自分から振ったくせに"という意地が私を押し黙らせる。
何度も電話しようと思った。
電話番号も消せなかった。
それなのに今、背中を向けて歩き出す彼を引き留めることができない。
大吾の背中がどんどん遠くなる。
私はただ、何も出来ずにその場に俯いた。
泣きそうになるのを堪え、歩き出さなくちゃと一歩を踏み出した瞬間。
「理央!」
腕を掴まれ、少し後ろによろめいた。
その私の体を、大吾の香りがふわっと包んだ。
彼の少し荒くなった息が首筋に掛かる。
「別れた女を送って行くのはルール違反だろうか」
私はただ首を横に振ることしかできない。
「理央が忘れられなかったと言ったら、また狡いと怒らせてしまうか?」
「...狡くなんかないよ」
精一杯出した声は擦れ、次には鼻の奥にツンとした痛みが広がった。
涙が目一杯溢れる。
私の体を支えていた大吾が私の目の前に回った。
彼は私の右手を取るとその場に跪く。
「俺は極道をしています。これ以上の嘘や隠し事はもうありません。
こんな俺とお付き合いして頂けますか」
返事の代わりに抱きついた。
もうルール違反は一つもないし、狡くもない。
結局私はこの男が極道だと知っても好きなのだ。
大吾の大きな手がゆっくりと背中に回される。
「理央、好きだ」
大吾が耳元でそう囁いた。
ーーーーー狡いオトコ
「そのやり方は、狡いんじゃないの」
泣きじゃくる私に、大吾は「すまなかった」と言った。
「なんで黙っていたの」という気持ちよりも、最初からそうだと分かっていれば好きにならなかったかも知れない、という気持ちの方が大きくて私から別れた。
好きになった男が極道だと知ったから終わりにした。
ただそれだけのこと。
「理央ちゃん、どうかした?」
今日は3回目のデートというやつで、相手の男は取引先の営業マンだった。
「いえ、何でもありません」
少しぼうっとしてしまい、慌てて笑顔を取り繕う。
最近SNSで人気だと言う小洒落たイタリアンは、ほぼ満席状態で気が散った。
「まだ飲めるよね?」
初めてのデートの時にお酒が強くないと言ったのに、グラスにワインを注ぎ足される。
仕方なくそれを口に運んだ。
「ここ、雰囲気良いでしょ?女の子に人気なんだよ」
「そうですね」
ニコリと笑ってみるが、キラキラの内装も見た目だけが綺麗な料理も趣味じゃない。
それに他にも女の子を連れてきたことのあるような発言はどうかと思う。
大吾ならそんなことしなかった。
また、比べてる
もう幾度となく他の男性とデートしては彼と比べている。
そして好きになることなくまた他の誰かと。
あと何回同じことを繰り返すんだろうと思った。
入店した時、当たり前のように男が上座に座った。
大吾ならそんなことしなかった。
私を上座に座らせ、必ず椅子まで引いてくれた。
少しキザっぽいその仕草が、心の底から似合う人だったと思う。
いつも落ち着いたお店で食事して、私がもっと安いところで良いと言えば、「理央には美味しいものを食べて欲しいから」と言ってくれた。
最初のデートでお酒が弱いと言ったら、無理に飲ませるようなことはしなかった。
「酒の力を借りずに勝負する」と言われて恋に落ちた。
こうやって一つ一つ大吾と比べて、一つ一つに落胆する。
自分でも最低なことをしていると思う。
でもどうしてもやめられない。
「良かったらもう一軒どう?」
上の空で話を聞いていた私は、気付けば飲めないお酒にかなり飲まれていて、足元がふわふわとしていた。
完全に自分の落ち度ではあるものの、油断したと思う。
「いえ、もう、今日は」
腰に回される腕をそっと押し退けて、「帰ります」と言った。
けれど相手は引き下がらず「じゃあ一緒に帰ろうよ」と、私の体を引き寄せてくる。
「本当に、大丈夫ですから」
「すごい酔ってるじゃん。どっか休憩してく?」
ダメだと思うのに、体に力が入らない。
縺れそうな足を前に出すのが精一杯で、ふにゃふにゃと相手の体を押すが、ピクリともしなかった。
「ね、あのタクシー乗ろうよ」
停車している黄色い車に押し込まれそうになる。
必死に足を踏ん張って「電車で帰ります」と何度か抵抗した。
「もういいじゃん、乗っちゃおう?」
何もよくない。
これに乗ったら終わりだ。
そう思った瞬間だった。
「随分嫌がっているように見えるが」
タクシーの前で押し問答を続ける私達の背後から、そう声がした。
聞き覚えのある低い声に、心臓がトクンと鳴る。
「酒に酔わせてどうにかしようとするのは狡いやり方だな」
振り返ればそこにはやっぱり大吾がいた。
「理央が嫌じゃないなら止めないよ」
けれど私が何か言う前に、もう営業マンは大吾に腕を捻りあげられていた。
「これもルール違反か?」
そのままの体制で涼しい顔をして言うから、ただふるふると首を横に振った。
もう私の目には呻き声を上げる男の姿は映っていなかった。
逃げるように男が走り去った後で、気まずい沈黙が流れる。
風に乗ってあの頃と同じ大吾の香水の匂いが漂った。
あぁ、やっぱりこの人が忘れられないんだ。
「酒の勢いで女をどうにかしようする男に引っかかるなよ」
あの頃と同じ優しい眼差しで大吾が私を見ていた。
「俺も大概狡いことをしたけれど」
それにも私は首を横に振る。
「極道だと明かしてしまえば、理央に拒絶されると思った。
けれど惚れさせてから言うのは違ったな。
言われた通りそれはルール違反だ」
大吾は少し寂しそうに「気をつけて帰れよ」と言った。
待って、行かないで
忘れられなかったの
まだ好きなの
そう声に出したいのに、"自分から振ったくせに"という意地が私を押し黙らせる。
何度も電話しようと思った。
電話番号も消せなかった。
それなのに今、背中を向けて歩き出す彼を引き留めることができない。
大吾の背中がどんどん遠くなる。
私はただ、何も出来ずにその場に俯いた。
泣きそうになるのを堪え、歩き出さなくちゃと一歩を踏み出した瞬間。
「理央!」
腕を掴まれ、少し後ろによろめいた。
その私の体を、大吾の香りがふわっと包んだ。
彼の少し荒くなった息が首筋に掛かる。
「別れた女を送って行くのはルール違反だろうか」
私はただ首を横に振ることしかできない。
「理央が忘れられなかったと言ったら、また狡いと怒らせてしまうか?」
「...狡くなんかないよ」
精一杯出した声は擦れ、次には鼻の奥にツンとした痛みが広がった。
涙が目一杯溢れる。
私の体を支えていた大吾が私の目の前に回った。
彼は私の右手を取るとその場に跪く。
「俺は極道をしています。これ以上の嘘や隠し事はもうありません。
こんな俺とお付き合いして頂けますか」
返事の代わりに抱きついた。
もうルール違反は一つもないし、狡くもない。
結局私はこの男が極道だと知っても好きなのだ。
大吾の大きな手がゆっくりと背中に回される。
「理央、好きだ」
大吾が耳元でそう囁いた。
ーーーーー狡いオトコ