錦鯉
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錦山に初めて会ったのは、アルバイトをしていたスナックでだった。
ママに随分と熱を上げているようで、足繁く通ってきている。
甘いマスクで他のホステスたちには人気だったが、どちらかと言うと口が上手い彼に私は軽い印象を受けていた。
だいたい長髪が似合う男は、信用できない。
まぁ、私にはあまり関係ない人だし
だから錦山に対する感情は、こんなものだった。
この頃私はチンピラ崩れの男と付き合っていて、自分でもどうして好きになったのか思い出せないほど辟易した生活を送っていた。
「また私の財布からお金抜いたでしょ?」
一度や二度ではない悪行をさして責める気にもならず、かと言って無言を貫き通すには釈だった。
それくらいの気持ちで口にしただけなのに、返事の代わりに拳が飛んでくる。
殴られる理由なんて何処にもない。
外なら手を挙げられないかと思って口にしたのに、この男は神室町の汚い路地裏に私を連れ込んでそれから殴った。
衝撃で尻餅をついた。
顔と尻に感じる痛みと、真新しいボディコンスカートが破ける感触がした。
「よぉよぉ、随分手荒な真似するじゃない」
突然暗がりから聞こえた声に、私も彼も跳ね上がる。
薄ら差し込む外灯にその顔が照らされた時には、恋人はすっかり地面に伸びていた。
「美鈴じゃん」
私の前に屈み込んだ錦山に名前を呼ばれる。
当事者である筈なのに、こんなヒーロー見参!みたいなこと本当にあるんだなと他人事みたいに思った。
「お前なんでこんなのと付き合ってんの?」
小馬鹿にされるかと思ったのに心底心配、という顔をされて戸惑った。
「立てるか?送ってく」
差し出された手を握ると、グン!と勢いよく引かれた体がよろめいた。
ガッチリとした錦山の腕が私を支えてくれる。
「わり。大丈夫か?」
「大丈夫です」
甘いマスクに優しい性格、要注意人物だなと思った。
こういう悪い男に騙されないよう、気を引き締めないといけない。
錦山より明らかな屑と付き合っていた癖に、いや、だからこそ気を付けなければ。
要注意警報1だ。
「あーあ、スカート破けてんじゃん」
転んだ時の記憶が蘇り、慌てて後ろを見るも無残。
スタイルを強調するボディコンスカートはパックリ開いていた。
錦山が両手をパチン!と叩き、その後指でVサインを作った。
ぱん、つー、まるみえ
ジェスチャーされて思わず笑った。
「良かった。美鈴、ずっと警戒した顔してっからさ」
そう言った錦山が自分の背広を私の腰に巻いてくれた。
背の高い彼のそれは、私の下半身をすっぽり包んでくれる。
要注意警報2に引き上げ、と思った。
「まさかあいつに合鍵渡してんのか?」
錦山に聞かれコクンと頷く。
別れられなかった理由はそこにもあった。
「荷物取ってこいよ」
「え?」
もうすぐ家の前、というタイミングでそう言われた。
「そんな家に帰せる訳ねぇだろ。
着替えと貴重品持ってこいよ」
"でも"とか"だって"とか、有無を言わせない錦山の表情に大人しく従うしかなかった。
いや、本当はもう少し一緒にいたいな、なんて考えていたから、急いで要注意警報3に引き上げる。
「全部持ってきたか?」
私の姿を確認すると錦山はタクシーを一台停めた。
いつもこんなことしてるのかなとか、やっぱり軽いなとか、私ってちょろいなとか。
頭の中を色んなことがぐるぐる巡る。
「さっき麗奈に電話しておいたから。
今夜は泊めてくれるってよ」
「え...あ...ママが」
たぶん今私は世界で一番間抜けな顔をしているだろう。
てっきり錦山の家にお持ち帰りされるものだと思っていたから、その勘違いに顔が熱くなった。
「何?もしかして俺ん家が良かった?」
クスリと笑う錦山に「違います」と否定する。
「俺は良かったんだよ。美鈴を連れて帰っても。
でもなんか弱味に漬け込むみたいで嫌でしょ。
それに麗奈のとこの子だからね。迂闊に手は出さねぇよ」
車窓から差し込むネオンに照らされた錦山は、今までで一番ハンサムに見えた。
「麗奈のとこの子」という自分の位置付けにちょっと悲しくなる。
ママのお店の子だから手は出さない
ママが一番だから手は出されない
「じゃあな、麗奈によろしく」
礼を行ってタクシーを降りると、車は錦山を乗せたまま行ってしまった。
マンションの前でママが心配そうに待っていてくれる。
「美鈴ちゃん、大丈夫?」
思わずママに抱きついて泣いた。
背中を撫でられ、嗚咽が漏れる。
泣いている理由が自分でも、今日の出来事でいうとどれに当たるのかよくわからなかった。
それから数日後、いつものように錦山が店にやって来た。
「よう、ちゃんと引っ越したのか?」
いつもはママとばっかり話しているから、お店で話した記憶はあまりない。
「この間はありがとうございました。
引っ越しも無事に終わりました」
ペコリ、と頭を下げた私に「蕎麦だな」と錦山が言った。
「え?」
「引っ越しといえば蕎麦だろ。食いに行こう」
その笑顔は反則だから、要注意警報4です
お店が終わると錦山に連れられ、夜中までやっているという蕎麦屋に向かった。
今日は体調が悪いママがお休みで、そのことにただホッとしていた。
「いただきます」
二人で向かい合って蕎麦を食べる。
ちょっと前までこの人のこと苦手だったのになと、不思議な気持ちになった。
「美鈴が悪い男に引っ掛かるタイプとは思わなかったな」
天ぷらを食べながら、錦山が笑う。
「なんかしっかりしてそうじゃん」
「そうですかね。案外ちょろいもんですよ」
「自分のことちょろいって言うなよ」
だって、ちょろいもん
今だってドキドキしてる
「誰にでも優しい人とか、口が上手い人とかにすぐ引っ掛かっちゃうんですよ」
「あぁ、まさに俺みたいな奴だろ」
冗談のつもりなのか、錦山が自分を指してそう言った。
「あと殴られてるところを助けてくれる人とか、蕎麦に連れてってくれる人とか。好きになっちゃいます」
私の言葉に錦山が蕎麦を吹き出した。
めんつゆが少し顔にかかる。
「すぐ好きになっちゃうんで、もうやめてもらっていいですか」
「それは考えとく」
さっきまで蕎麦を吹き出していたくせに、その笑顔があまりにもカッコよくて。
やっぱりこの人は危険だ。
"要注意警報5、最大です"と心の中で思った。
ーーーーーー要注意警報
ママに随分と熱を上げているようで、足繁く通ってきている。
甘いマスクで他のホステスたちには人気だったが、どちらかと言うと口が上手い彼に私は軽い印象を受けていた。
だいたい長髪が似合う男は、信用できない。
まぁ、私にはあまり関係ない人だし
だから錦山に対する感情は、こんなものだった。
この頃私はチンピラ崩れの男と付き合っていて、自分でもどうして好きになったのか思い出せないほど辟易した生活を送っていた。
「また私の財布からお金抜いたでしょ?」
一度や二度ではない悪行をさして責める気にもならず、かと言って無言を貫き通すには釈だった。
それくらいの気持ちで口にしただけなのに、返事の代わりに拳が飛んでくる。
殴られる理由なんて何処にもない。
外なら手を挙げられないかと思って口にしたのに、この男は神室町の汚い路地裏に私を連れ込んでそれから殴った。
衝撃で尻餅をついた。
顔と尻に感じる痛みと、真新しいボディコンスカートが破ける感触がした。
「よぉよぉ、随分手荒な真似するじゃない」
突然暗がりから聞こえた声に、私も彼も跳ね上がる。
薄ら差し込む外灯にその顔が照らされた時には、恋人はすっかり地面に伸びていた。
「美鈴じゃん」
私の前に屈み込んだ錦山に名前を呼ばれる。
当事者である筈なのに、こんなヒーロー見参!みたいなこと本当にあるんだなと他人事みたいに思った。
「お前なんでこんなのと付き合ってんの?」
小馬鹿にされるかと思ったのに心底心配、という顔をされて戸惑った。
「立てるか?送ってく」
差し出された手を握ると、グン!と勢いよく引かれた体がよろめいた。
ガッチリとした錦山の腕が私を支えてくれる。
「わり。大丈夫か?」
「大丈夫です」
甘いマスクに優しい性格、要注意人物だなと思った。
こういう悪い男に騙されないよう、気を引き締めないといけない。
錦山より明らかな屑と付き合っていた癖に、いや、だからこそ気を付けなければ。
要注意警報1だ。
「あーあ、スカート破けてんじゃん」
転んだ時の記憶が蘇り、慌てて後ろを見るも無残。
スタイルを強調するボディコンスカートはパックリ開いていた。
錦山が両手をパチン!と叩き、その後指でVサインを作った。
ぱん、つー、まるみえ
ジェスチャーされて思わず笑った。
「良かった。美鈴、ずっと警戒した顔してっからさ」
そう言った錦山が自分の背広を私の腰に巻いてくれた。
背の高い彼のそれは、私の下半身をすっぽり包んでくれる。
要注意警報2に引き上げ、と思った。
「まさかあいつに合鍵渡してんのか?」
錦山に聞かれコクンと頷く。
別れられなかった理由はそこにもあった。
「荷物取ってこいよ」
「え?」
もうすぐ家の前、というタイミングでそう言われた。
「そんな家に帰せる訳ねぇだろ。
着替えと貴重品持ってこいよ」
"でも"とか"だって"とか、有無を言わせない錦山の表情に大人しく従うしかなかった。
いや、本当はもう少し一緒にいたいな、なんて考えていたから、急いで要注意警報3に引き上げる。
「全部持ってきたか?」
私の姿を確認すると錦山はタクシーを一台停めた。
いつもこんなことしてるのかなとか、やっぱり軽いなとか、私ってちょろいなとか。
頭の中を色んなことがぐるぐる巡る。
「さっき麗奈に電話しておいたから。
今夜は泊めてくれるってよ」
「え...あ...ママが」
たぶん今私は世界で一番間抜けな顔をしているだろう。
てっきり錦山の家にお持ち帰りされるものだと思っていたから、その勘違いに顔が熱くなった。
「何?もしかして俺ん家が良かった?」
クスリと笑う錦山に「違います」と否定する。
「俺は良かったんだよ。美鈴を連れて帰っても。
でもなんか弱味に漬け込むみたいで嫌でしょ。
それに麗奈のとこの子だからね。迂闊に手は出さねぇよ」
車窓から差し込むネオンに照らされた錦山は、今までで一番ハンサムに見えた。
「麗奈のとこの子」という自分の位置付けにちょっと悲しくなる。
ママのお店の子だから手は出さない
ママが一番だから手は出されない
「じゃあな、麗奈によろしく」
礼を行ってタクシーを降りると、車は錦山を乗せたまま行ってしまった。
マンションの前でママが心配そうに待っていてくれる。
「美鈴ちゃん、大丈夫?」
思わずママに抱きついて泣いた。
背中を撫でられ、嗚咽が漏れる。
泣いている理由が自分でも、今日の出来事でいうとどれに当たるのかよくわからなかった。
それから数日後、いつものように錦山が店にやって来た。
「よう、ちゃんと引っ越したのか?」
いつもはママとばっかり話しているから、お店で話した記憶はあまりない。
「この間はありがとうございました。
引っ越しも無事に終わりました」
ペコリ、と頭を下げた私に「蕎麦だな」と錦山が言った。
「え?」
「引っ越しといえば蕎麦だろ。食いに行こう」
その笑顔は反則だから、要注意警報4です
お店が終わると錦山に連れられ、夜中までやっているという蕎麦屋に向かった。
今日は体調が悪いママがお休みで、そのことにただホッとしていた。
「いただきます」
二人で向かい合って蕎麦を食べる。
ちょっと前までこの人のこと苦手だったのになと、不思議な気持ちになった。
「美鈴が悪い男に引っ掛かるタイプとは思わなかったな」
天ぷらを食べながら、錦山が笑う。
「なんかしっかりしてそうじゃん」
「そうですかね。案外ちょろいもんですよ」
「自分のことちょろいって言うなよ」
だって、ちょろいもん
今だってドキドキしてる
「誰にでも優しい人とか、口が上手い人とかにすぐ引っ掛かっちゃうんですよ」
「あぁ、まさに俺みたいな奴だろ」
冗談のつもりなのか、錦山が自分を指してそう言った。
「あと殴られてるところを助けてくれる人とか、蕎麦に連れてってくれる人とか。好きになっちゃいます」
私の言葉に錦山が蕎麦を吹き出した。
めんつゆが少し顔にかかる。
「すぐ好きになっちゃうんで、もうやめてもらっていいですか」
「それは考えとく」
さっきまで蕎麦を吹き出していたくせに、その笑顔があまりにもカッコよくて。
やっぱりこの人は危険だ。
"要注意警報5、最大です"と心の中で思った。
ーーーーーー要注意警報