夜の帝王
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「短い方が好きやけどな」
一瞬何の話か分からなかった。
けれど吾朗ちゃんが私の鎖骨まで伸びた髪の毛を触るから、すぐにそれのことだと理解する。
「嫌や。今この髪型流行っとるもん。
せっかく伸ばしたのに切りたないわ」
自分を触る彼の手を払った。
情事の後の気怠さが体にまだ残っている。
「あ、そ」
挿して興味がないのか、吾朗ちゃんはそっぽを向くとタバコに火を付けた。
ラブホテルのテレビが天気予報を映している。
「何よぉ、髪の毛切ったら本命にしてくれんの?」
ふざけた振りをして彼の背中に抱き付く。
肩から背中にかけて入れられた刺青を掌でなぞった。
初めて見たときは驚いたけれど、今は背中の般若に親近感さえ抱いている。
「ベタベタすなや」
振り払われるように体を捻られ、私は不貞腐れるように体をベッドに投げ出した。
「なんなんよ、もう。自分で言うたやんか」
「わかったわかった」
仕方なく、といった雰囲気の吾朗ちゃんに頭を撫でられた。
ムチの後にはこうして小さな飴が降ってくる。
だから離れられないのだと思う。
「夜の帝王さんは短い髪の女がタイプやって言いふらそ。
それでみーんなショートカットにしたら、吾朗ちゃんほんまに罪作りやで」
蒼天堀で働く人間に真島吾朗を知らないものはいない。
この人の"女"になれば箔が付くと思って、狙っている人は多いのだ。
バッグも車も男も、みんなブランドの時代。
「短かったら誰でもええわけやないわ」
私だから言うてんのかな、と嬉しくなるのもほんの一瞬。
彼の目に自分なんて映っていないことは明白で。
どこか遠くを切なく見るような瞳に、胸がチクリと痛んだ。
「うちもGRANDで働こかな。
そしたら吾朗ちゃんとずっとおれるもん」
「アホ抜かせ。
店のホステスに手ぇ出すほど落ちぶれてないわ」
他の店のホステスやからうちといるの?
言いたい言葉を口にする代わりに、私は備え付けの冷蔵庫を開けた。
ここにある酒全部空けたろ
「おい、あんま無駄使いすなよ」
「吾朗ちゃんの奢りに決まってるやろ」
フン!と息巻いて手当たり次第酒を取り出した。
ねぇ、なんでうちとおんの?
ねぇ、うち以外にあと何人女がおんの?
ねぇ、うちが金目当てで一緒にいると思てんの?
ねぇ…誰と重ねてうちのこと抱いてんの?
「聞きたいことの分だけ、代わりに飲ましてよ」
「あ?なんや?」
「なんでもないわ!」
吾朗ちゃんのアホ
「美沙希ちゃん、真島さん来てはるよ」
「はぁい」
ママに呼ばれて席に向かう。
もうそろそろ来てくれる頃かな、なんて思っていた。
私は少しだけ、いや、かなり大胆な勝負に出る。
「吾朗ちゃんいらっしゃーい」
「おう、美沙希」
いつもの通り名前を呼ばれるが、すぐに吾朗ちゃんの片目が見開かれた。
青白い不健康な顔に「びっくり」と書いてある。
「かなり思い切ったんよ」
短くなった私の髪の毛を大きな手が触った。
ふわふわとして擽ったい。
「似合うとるやないか」
「なんや、それだけぇ?
結構勇気いってんねんで。吾朗ちゃんが短い方が好き言うから切ったのに」
自分で思ったより反応の薄い彼に苛っとして、つい野暮なことまで口にしてしまう。
でも全部本当のことだ。
「だから、短かったら誰でもええわけやないって言ったやろ」
その言葉に水割りを作る手が震えた。
少しくらい期待させてくれてもいいじゃないか、と思う。
一緒にお酒飲んでカラオケして、ご飯行ってホテル行って体を重ねる。
もう何度そうしてきたかわからない。
私は単に真島吾朗のルーティンの一部だ。
「今日はいっちゃん高い部屋にして」
「なんでや、必要ないやろ」
「必要ないとかやないの。いっちゃん高い部屋にしてくれんとうちが嫌なの!」
別にプールも回るベッドも、ジャグジーも水槽もいらない。
ただそうして貰わないと気が済まないだけだった。
「なんや、メリーゴーランド乗りたいんか」
「...それは予想外やったけど、あったら乗るかも知れんへん」
部屋に着くなり貪るように求められる。
これはいつも通り。
欲望の捌け口を探すみたいな抱き方だなと、最近になって思うようになった。
だって最中に名前を呼ばれたこともない。
結局ただ裸で抱き合って寝てしまうんだから、メリーゴーランドなんて必要なかった。
「メリーゴーランド乗らないやんけ」
「あんなんどこの誰が裸で乗ったかも知れへん馬に跨 りたないわ」
横になっても自分の視界に髪の毛が入らなくて少し寂しい。
ディスコで流行りのロングヘアは、もう暫く戻ってこないのだ。
「髪の毛、切るんやなかった」
吾朗ちゃんは何も言わない。
「一人で期待してアホみたいや」
返事をしない男の代わりにウォーターベッドを叩いた。
拳に合わせて、ボチャンと音がする。
「吾朗ちゃんとおってもうち、寂しい。
世の中こんなに金も男も溢れてんのに、なんでうちは吾朗ちゃんだけ好きなんやろ」
ボチャン
「ねぇ、誰の代わりにうちのこと抱いてんの」
ボチャン
「…もう帰ってよ」
ボチャン
「すまんかった」
それだけ言われて、後は彼がワイシャツを羽織る音をただ聞いた。
もうドアが閉まるまで何も言わなかったし、見なかった。
涙は次々溢れるし、当然メリーゴーランドに乗る気も、お酒を飲む気にもならない。
すまんかったって、何よ。
金ピカの馬が恨めしそうにこちらを見ている。
「あんなん誰が乗るん」
それからどっかの誰かとラブホテルに行く機会は幾度とあったけれど、メリーゴーランドのあるホテルはなかなかなかったし、そのうち男はみんなケチになった。
だからあんな馬鹿みたいに豪華な部屋に泊まったのは、あれが最後。
そしてあっという間に月日は流れた。
夜の世界が性に合っていたのか、いつしか自分の店を持つまでに。
この間私を愛してくれる男はたくさんいたけれど、そのどれもあんな風には愛せなかった。
だから彼と過ごした大阪の町に未練なんかなくて、フラフラと流れ着いた神室町で今では"そこそこ"のお店をやっている。
大阪弁も、もう忘れた。
「ちょっと、停めてもらえる?」
「どうかしました?」
迎えの車の中で懐かしい顔を見つけた。
雑踏に紛れる人混みの中で、彼は一層目立って見える。
「本当にいるのね、この町に」
あの頃よりもっと遠い世界に行ってしまった男が、楽しそうに女の子と歩いている。
身なりの趣味は変わったようだが、顔はちっとも変わっていない。
「...女の趣味まで変わってへんやん」
栗色のショートヘアを揺らす彼女の隣を歩く真島の顔は、見たことのないくらい幸せそうに見えた。
それはあの頃の自分には、決して向けてくれなかった顔。
あの子の髪の毛が伸びても、きっと"切れ"なんて言わないんだろう。
もう誰の代わりでもなく、あの子は真島の隣を歩くんだろうなと思った。
「出してちょうだい」
「ママって関西出身でしたっけ?」
新米のボーイの質問にちょっとした昔話を。
あの頃の蒼天堀の話には、夜の帝王の伝説は欠かせない。
「でも大阪弁とショートヘアにはうんざり。私、どっちも似合わないもの」
「そうですか…?」
今日もネオンが輝く神室町の長い夜が始まる。
ーーーーーショートヘア
一瞬何の話か分からなかった。
けれど吾朗ちゃんが私の鎖骨まで伸びた髪の毛を触るから、すぐにそれのことだと理解する。
「嫌や。今この髪型流行っとるもん。
せっかく伸ばしたのに切りたないわ」
自分を触る彼の手を払った。
情事の後の気怠さが体にまだ残っている。
「あ、そ」
挿して興味がないのか、吾朗ちゃんはそっぽを向くとタバコに火を付けた。
ラブホテルのテレビが天気予報を映している。
「何よぉ、髪の毛切ったら本命にしてくれんの?」
ふざけた振りをして彼の背中に抱き付く。
肩から背中にかけて入れられた刺青を掌でなぞった。
初めて見たときは驚いたけれど、今は背中の般若に親近感さえ抱いている。
「ベタベタすなや」
振り払われるように体を捻られ、私は不貞腐れるように体をベッドに投げ出した。
「なんなんよ、もう。自分で言うたやんか」
「わかったわかった」
仕方なく、といった雰囲気の吾朗ちゃんに頭を撫でられた。
ムチの後にはこうして小さな飴が降ってくる。
だから離れられないのだと思う。
「夜の帝王さんは短い髪の女がタイプやって言いふらそ。
それでみーんなショートカットにしたら、吾朗ちゃんほんまに罪作りやで」
蒼天堀で働く人間に真島吾朗を知らないものはいない。
この人の"女"になれば箔が付くと思って、狙っている人は多いのだ。
バッグも車も男も、みんなブランドの時代。
「短かったら誰でもええわけやないわ」
私だから言うてんのかな、と嬉しくなるのもほんの一瞬。
彼の目に自分なんて映っていないことは明白で。
どこか遠くを切なく見るような瞳に、胸がチクリと痛んだ。
「うちもGRANDで働こかな。
そしたら吾朗ちゃんとずっとおれるもん」
「アホ抜かせ。
店のホステスに手ぇ出すほど落ちぶれてないわ」
他の店のホステスやからうちといるの?
言いたい言葉を口にする代わりに、私は備え付けの冷蔵庫を開けた。
ここにある酒全部空けたろ
「おい、あんま無駄使いすなよ」
「吾朗ちゃんの奢りに決まってるやろ」
フン!と息巻いて手当たり次第酒を取り出した。
ねぇ、なんでうちとおんの?
ねぇ、うち以外にあと何人女がおんの?
ねぇ、うちが金目当てで一緒にいると思てんの?
ねぇ…誰と重ねてうちのこと抱いてんの?
「聞きたいことの分だけ、代わりに飲ましてよ」
「あ?なんや?」
「なんでもないわ!」
吾朗ちゃんのアホ
「美沙希ちゃん、真島さん来てはるよ」
「はぁい」
ママに呼ばれて席に向かう。
もうそろそろ来てくれる頃かな、なんて思っていた。
私は少しだけ、いや、かなり大胆な勝負に出る。
「吾朗ちゃんいらっしゃーい」
「おう、美沙希」
いつもの通り名前を呼ばれるが、すぐに吾朗ちゃんの片目が見開かれた。
青白い不健康な顔に「びっくり」と書いてある。
「かなり思い切ったんよ」
短くなった私の髪の毛を大きな手が触った。
ふわふわとして擽ったい。
「似合うとるやないか」
「なんや、それだけぇ?
結構勇気いってんねんで。吾朗ちゃんが短い方が好き言うから切ったのに」
自分で思ったより反応の薄い彼に苛っとして、つい野暮なことまで口にしてしまう。
でも全部本当のことだ。
「だから、短かったら誰でもええわけやないって言ったやろ」
その言葉に水割りを作る手が震えた。
少しくらい期待させてくれてもいいじゃないか、と思う。
一緒にお酒飲んでカラオケして、ご飯行ってホテル行って体を重ねる。
もう何度そうしてきたかわからない。
私は単に真島吾朗のルーティンの一部だ。
「今日はいっちゃん高い部屋にして」
「なんでや、必要ないやろ」
「必要ないとかやないの。いっちゃん高い部屋にしてくれんとうちが嫌なの!」
別にプールも回るベッドも、ジャグジーも水槽もいらない。
ただそうして貰わないと気が済まないだけだった。
「なんや、メリーゴーランド乗りたいんか」
「...それは予想外やったけど、あったら乗るかも知れんへん」
部屋に着くなり貪るように求められる。
これはいつも通り。
欲望の捌け口を探すみたいな抱き方だなと、最近になって思うようになった。
だって最中に名前を呼ばれたこともない。
結局ただ裸で抱き合って寝てしまうんだから、メリーゴーランドなんて必要なかった。
「メリーゴーランド乗らないやんけ」
「あんなんどこの誰が裸で乗ったかも知れへん馬に
横になっても自分の視界に髪の毛が入らなくて少し寂しい。
ディスコで流行りのロングヘアは、もう暫く戻ってこないのだ。
「髪の毛、切るんやなかった」
吾朗ちゃんは何も言わない。
「一人で期待してアホみたいや」
返事をしない男の代わりにウォーターベッドを叩いた。
拳に合わせて、ボチャンと音がする。
「吾朗ちゃんとおってもうち、寂しい。
世の中こんなに金も男も溢れてんのに、なんでうちは吾朗ちゃんだけ好きなんやろ」
ボチャン
「ねぇ、誰の代わりにうちのこと抱いてんの」
ボチャン
「…もう帰ってよ」
ボチャン
「すまんかった」
それだけ言われて、後は彼がワイシャツを羽織る音をただ聞いた。
もうドアが閉まるまで何も言わなかったし、見なかった。
涙は次々溢れるし、当然メリーゴーランドに乗る気も、お酒を飲む気にもならない。
すまんかったって、何よ。
金ピカの馬が恨めしそうにこちらを見ている。
「あんなん誰が乗るん」
それからどっかの誰かとラブホテルに行く機会は幾度とあったけれど、メリーゴーランドのあるホテルはなかなかなかったし、そのうち男はみんなケチになった。
だからあんな馬鹿みたいに豪華な部屋に泊まったのは、あれが最後。
そしてあっという間に月日は流れた。
夜の世界が性に合っていたのか、いつしか自分の店を持つまでに。
この間私を愛してくれる男はたくさんいたけれど、そのどれもあんな風には愛せなかった。
だから彼と過ごした大阪の町に未練なんかなくて、フラフラと流れ着いた神室町で今では"そこそこ"のお店をやっている。
大阪弁も、もう忘れた。
「ちょっと、停めてもらえる?」
「どうかしました?」
迎えの車の中で懐かしい顔を見つけた。
雑踏に紛れる人混みの中で、彼は一層目立って見える。
「本当にいるのね、この町に」
あの頃よりもっと遠い世界に行ってしまった男が、楽しそうに女の子と歩いている。
身なりの趣味は変わったようだが、顔はちっとも変わっていない。
「...女の趣味まで変わってへんやん」
栗色のショートヘアを揺らす彼女の隣を歩く真島の顔は、見たことのないくらい幸せそうに見えた。
それはあの頃の自分には、決して向けてくれなかった顔。
あの子の髪の毛が伸びても、きっと"切れ"なんて言わないんだろう。
もう誰の代わりでもなく、あの子は真島の隣を歩くんだろうなと思った。
「出してちょうだい」
「ママって関西出身でしたっけ?」
新米のボーイの質問にちょっとした昔話を。
あの頃の蒼天堀の話には、夜の帝王の伝説は欠かせない。
「でも大阪弁とショートヘアにはうんざり。私、どっちも似合わないもの」
「そうですか…?」
今日もネオンが輝く神室町の長い夜が始まる。
ーーーーーショートヘア