般若と白蛇
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寒い、と思って目が覚めたら左半身に布団が掛かっていなかった。
右側で私の掛け布団を占領している塊から、えいっとそれを引っ張って奪う。
「...とんなやぁ」
「先に奪ったのはそっちでしょ」
まだ半分寝ぼけたままの真島さんは、私と自分に丁寧に布団を掛け直すと、私を抱き寄せてまた眠った。
長身の彼と私が並んで眠るには、一人暮らしのベッドは小さい。
けれど買い直す気にもならないほど、私たちの関係は気まぐれだった。
自分の右側で眠る彼の顔を見るのは、これでなん度目だろう。
私の失恋をキッカケに始まったこの曖昧な関係に、まだ周りの誰も気付いていない。
その方がずっといい。
好きな人と同じ関西弁を話して、好きな人と同じ仕事をしていて。
彼と冴島さんの間には共通点がたくさんあるはずなのに、体格も性格もまるで違う。
きっとセックスの仕方も違うんだろうな、と思った。
「...そんなに見たら穴開くで」
「本当だ。目と鼻と口が開いてる」
私の軽口に真島さんは薄らと目を開けると、小さく笑った。
「朝ごはん、食べます?」
「何あんの?」
「一昨日作ったカレー?」
「朝からカレー食うたらええっていう野球選手、なんかおったなぁ」
私はもぞもぞと起き上がり、足元に転がる下着を拾った。
ベッドの下には昨夜脱ぎ散らかした部屋着がそのまま転がっていて、それを引っ掴むと適当に身に付ける。
真島さんのジャケットはハンガーにきちんと掛けて、それからキッチンに向かった。
一昨日作ったカレーを冷蔵庫から引っ張り出して、鍋にかける。
付け合わせはパンでいいだろうか、ごはんかな。
それを聞こうと思って振り返ると、半裸の真島さんが後ろに立っていた。
「わぁ!びっくりし...」
言いかけた文句は真島さんの胸板で塞がれた。
長い腕が私を抱きとめる。
心臓の音が、聞こえる。
「梨絵、もうあいつのことは忘れたんか」
答えなきゃ、と思うのに胸が苦しくて何も言えない。
「まぁ、俺と兄弟は似ても似つかへんからなぁ」
背中をポンポンと撫でられ「そうですね」と答えるので必死だった。
冴島さんのことが好きだった。
好きで好きで堪らなくて、言い出せなくて、あっという間に他の人に奪われた。
いくら体の大きな冴島さんでも、布団みたいに仲良く半分こという訳にいかなくて。
勝手に傷付いてボロボロだった隙間に、この人がすっと潜り込んできた。
私はそれにただ流されて、甘えただけ。
「1年もずっと好きだったんです。
そんな簡単に忘れられないですよ」
「まだアカンかぁ。これは腕が鳴る仕事やで」
真島さんの軽口の後でやっと鍋の存在を思い出し、慌てて離れると火を止めた。
グツグツと湯気を上げるカレーは水分がなくなって、レードルで鍋底を擦るも遅い。
ガチガチに焦げついて剥がれない。
「あーあ、やっちゃった」
私の冴島さんへの思いも、こんな風だっただろうか。
こびりついて固くなって、いつまでも剥がれない。
「水入れて一晩ほっといたら取れるやろ。
鍋がダメになったわけやないなら、まだ取り返しがつくんちゃう」
真島さんのせいなのに、と思うけれど文句は言わなかった。
弱火にすれば良かったのに、強火にしたのは自分だ。
コンロも自分の心もうまく調整できやしない。
「なんか朝メシ食いに行こか」
ポンと私の頭を撫でた真島さんはもうジャケットを羽織っている。
いつも裸みたいなあなたと違って、女子は支度に時間がかかるんですけど。
「鍋も新しいの買うたるわ。
それに拘るならスポンジでガシガシ擦ってもええし、面倒やったら捨てて新しいの使てもええ。
買い替えたって誰も文句言わへん」
その言葉になんだか深い意味がある気がして、私は少し考えてから口を開いた。
「...私が冴島さんを忘れちゃったら
真島さんの役目も終わっちゃうんじゃないですか」
「梨絵は新しい鍋買うたらカレーはもう作らないんか」
質問に質問で返すのはずるいと思うし、大体さっきからカレー鍋と比べてるのもおかしい。
むしろ最初から、私達の関係はずっとおかしい。
きっとこの人が両手を広げて抱きとめてくれた時から、私はとっくに冴島さんのことなんて忘れ始めていたんだ。
また傷つきたくないから、焦げついた気持ちに蓋をして仕舞ったままにしたのは自分。
「...少し大きいベッドに買い替えようかと思うんですけど」
「そらええな。小さくてかなわんと思っとったんや」
支度を急かされ、慌てて洗面台に向かう。
こんな時間から真島さんと出掛けるのは初めてだ。
こうやって少しずつ、真島さんとの初めてが増えていくのかな。
この後真島さんがキングサイズのベッドを買おうとして喧嘩した。
初デートで初喧嘩。
でも手を繋いで外を歩いたのも初めてだった。
右側で私の掛け布団を占領している塊から、えいっとそれを引っ張って奪う。
「...とんなやぁ」
「先に奪ったのはそっちでしょ」
まだ半分寝ぼけたままの真島さんは、私と自分に丁寧に布団を掛け直すと、私を抱き寄せてまた眠った。
長身の彼と私が並んで眠るには、一人暮らしのベッドは小さい。
けれど買い直す気にもならないほど、私たちの関係は気まぐれだった。
自分の右側で眠る彼の顔を見るのは、これでなん度目だろう。
私の失恋をキッカケに始まったこの曖昧な関係に、まだ周りの誰も気付いていない。
その方がずっといい。
好きな人と同じ関西弁を話して、好きな人と同じ仕事をしていて。
彼と冴島さんの間には共通点がたくさんあるはずなのに、体格も性格もまるで違う。
きっとセックスの仕方も違うんだろうな、と思った。
「...そんなに見たら穴開くで」
「本当だ。目と鼻と口が開いてる」
私の軽口に真島さんは薄らと目を開けると、小さく笑った。
「朝ごはん、食べます?」
「何あんの?」
「一昨日作ったカレー?」
「朝からカレー食うたらええっていう野球選手、なんかおったなぁ」
私はもぞもぞと起き上がり、足元に転がる下着を拾った。
ベッドの下には昨夜脱ぎ散らかした部屋着がそのまま転がっていて、それを引っ掴むと適当に身に付ける。
真島さんのジャケットはハンガーにきちんと掛けて、それからキッチンに向かった。
一昨日作ったカレーを冷蔵庫から引っ張り出して、鍋にかける。
付け合わせはパンでいいだろうか、ごはんかな。
それを聞こうと思って振り返ると、半裸の真島さんが後ろに立っていた。
「わぁ!びっくりし...」
言いかけた文句は真島さんの胸板で塞がれた。
長い腕が私を抱きとめる。
心臓の音が、聞こえる。
「梨絵、もうあいつのことは忘れたんか」
答えなきゃ、と思うのに胸が苦しくて何も言えない。
「まぁ、俺と兄弟は似ても似つかへんからなぁ」
背中をポンポンと撫でられ「そうですね」と答えるので必死だった。
冴島さんのことが好きだった。
好きで好きで堪らなくて、言い出せなくて、あっという間に他の人に奪われた。
いくら体の大きな冴島さんでも、布団みたいに仲良く半分こという訳にいかなくて。
勝手に傷付いてボロボロだった隙間に、この人がすっと潜り込んできた。
私はそれにただ流されて、甘えただけ。
「1年もずっと好きだったんです。
そんな簡単に忘れられないですよ」
「まだアカンかぁ。これは腕が鳴る仕事やで」
真島さんの軽口の後でやっと鍋の存在を思い出し、慌てて離れると火を止めた。
グツグツと湯気を上げるカレーは水分がなくなって、レードルで鍋底を擦るも遅い。
ガチガチに焦げついて剥がれない。
「あーあ、やっちゃった」
私の冴島さんへの思いも、こんな風だっただろうか。
こびりついて固くなって、いつまでも剥がれない。
「水入れて一晩ほっといたら取れるやろ。
鍋がダメになったわけやないなら、まだ取り返しがつくんちゃう」
真島さんのせいなのに、と思うけれど文句は言わなかった。
弱火にすれば良かったのに、強火にしたのは自分だ。
コンロも自分の心もうまく調整できやしない。
「なんか朝メシ食いに行こか」
ポンと私の頭を撫でた真島さんはもうジャケットを羽織っている。
いつも裸みたいなあなたと違って、女子は支度に時間がかかるんですけど。
「鍋も新しいの買うたるわ。
それに拘るならスポンジでガシガシ擦ってもええし、面倒やったら捨てて新しいの使てもええ。
買い替えたって誰も文句言わへん」
その言葉になんだか深い意味がある気がして、私は少し考えてから口を開いた。
「...私が冴島さんを忘れちゃったら
真島さんの役目も終わっちゃうんじゃないですか」
「梨絵は新しい鍋買うたらカレーはもう作らないんか」
質問に質問で返すのはずるいと思うし、大体さっきからカレー鍋と比べてるのもおかしい。
むしろ最初から、私達の関係はずっとおかしい。
きっとこの人が両手を広げて抱きとめてくれた時から、私はとっくに冴島さんのことなんて忘れ始めていたんだ。
また傷つきたくないから、焦げついた気持ちに蓋をして仕舞ったままにしたのは自分。
「...少し大きいベッドに買い替えようかと思うんですけど」
「そらええな。小さくてかなわんと思っとったんや」
支度を急かされ、慌てて洗面台に向かう。
こんな時間から真島さんと出掛けるのは初めてだ。
こうやって少しずつ、真島さんとの初めてが増えていくのかな。
この後真島さんがキングサイズのベッドを買おうとして喧嘩した。
初デートで初喧嘩。
でも手を繋いで外を歩いたのも初めてだった。