My everything
空欄の場合は”明菜”になります
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「趙さん!」
冷静沈着、腹が立つほど色男。
ハンジュンギを言葉で表すなら、こんな感じだろう。
そんな男が珍しく顔色を変えて飛んでくる。
「やだなぁ、ハンちゃん。そんな慌ててどうしたの?」
サバイバーのカウンターで遅めの夕食をとっていた趙は、駆け寄ってくるハンジュンギの顔を見上げる。
やっぱりむかつくわ、このイケメン。
「マスターの冷麺って結構イケちゃうんだよねぇ。韓国料理、好きになっちゃいそう」
戯けてそう言う俺の腕を、ハンジュンギは力強く引っ張った。
「明菜さんが男たちに襲われました」
その言葉に血の気がサッと引くのがわかった。
「今ソンヒから連絡がありました。我々の仲間が保護し、コミジュル内の施設に運んだそうです」
男たちに襲われた、という言葉だけで最悪の事態が想像できた。
一度引いた血が今度は身体中を熱くさせるのがわかる。
「急いで向かいましょう。ソンヒと明菜さんが待っています。詳しくはそちらで」
「さぁ早く!」ハンジュンギに促されるまま、店を出て走り出した。
タクシーを捕まえた後もうるさいくらいに心臓が鼓動を打っている。
一体誰が?
なぜ明菜を?
誰でもいい、絶対にぶっ殺す。
怒りが身体中を支配していた。
5分くらいしか経っていないというのに、車内の時間が永遠に感じられるほどに。
「明菜は?!」
コミジュルの縄張り内にあるビルの前で、ソンヒが腕組みして立っていた。
「中で眠っている」
ドアを開け中に入ろうとする俺の腕を、ソンヒが掴んだ。
その手は力強く、そして鋭い眼差しが向けられる。
「安心しろ。怪我はしているが、犯されてはいない。ギリギリのところで我々が駆けつけた。さっき意識が戻ったが、ひどい取り乱しようでな。今は薬で落ち着かせている」
「だからそんな殺気だった顔で脅かせるな」と付け加え、ソンヒは静かに「落ち着け」と言った。
「誰が...誰がやった?」
ソンヒは煙草に火をつけると、紫煙を宙に漂わせる。
深い溜息の後で、彼女は口を開いた。
「李という男とその手下だ。確かお前の側近の一人だったな」
「...李?」
まさか...と思った。
李は趙のボディガードの一人で、忠誠心の強い男だった。
組織を離れてからも自分の為に動いてくれ、明菜を陰から護衛するように頼んでいたはずだ。
「日本人であるあの女が、側近である自分よりお前に近かったのがずっと気に入らなかったらしい。あの子の父親は今我々と敵対しているし、組織はバラバラだ。
相変わらずお前があの子を守っているのも、面白くなかったんだろう。
お前は部下に任せきりでフラフラしているしな。
消すなら今だと思ったのかも知れない」
己の愚かさを心底恨んだ。
この手で守ることすら拒んだ罰なのだと、冷静に思う自分さえいる。
それでも明菜を傷つけて良い理由なんて、どこにもない。
「趙、お前は自分で思った以上に人を使うのが上手い。だから想像以上にあの男がお前に陶酔したんだ」
「俺はまた、自分の部下に背後から斬り付けられたってワケだ」
落胆よりも怒りが感情を支配する。
李は決して許されないことをしたのだ。
俺の下にいたなら、尚更。
「李はどこに?自分の手であいつをなぶり殺さないと、俺気が済まなさそう」
努めて冷静を装ったが、声が怒りで震える。
いつも飄々として掴めないオトコ、そう評する奴らに今の自分を見せてやりたい。
「我々が監禁している。もちろんそれなりの拷問を加えた後でな」
「案内してよ、ソンヒちゃん」
怒りで体を震わせる俺に、ソンヒは再び「落ち着け」と言った。
「あの男を殺すのはいつでもできる。我々の管理下にいるのだから。それよりもお前が今すべきことはあの子の側にいてやることだ」
「...わかった」
ソンヒの言葉にただ頷くしかなかった。
本当は今すぐにでも李をこの手で始末したい。
けれど明菜の顔を見なければ安心できないのも本心だった。
「お兄ちゃんと、呼ばれているのか?」
「え?」
「一度目を覚ました時、中国語でお兄ちゃん助けてと何度も叫んでいた。あれはお前のことか?」
懐かしい記憶が蘇る。
明菜がまだ小さい頃、あいつら俺のことをそう呼んでいた。
「最悪の事態は回避された。
だが、お前に一つ言っておくことがある。
もし我々が一歩でも遅れていたら、あの子はもっと大変な目に遭うところだった。手放すことができないくらい大切なら、自分の手で守ることだ。お前も私も、命をかけてこの町で生きてきたはずだろう。中途半端に繋ぎ止めるのはもうやめろ。...これで借りは返したぞ」
「落ち着いたら連絡しろ、李を差し出してやる」と言い残し、ソンヒは去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、言われた言葉を噛み締める。
ソンヒちゃんの言う通りだ。
俺は何をやっているんだろう...
少しばかり冷静さを取り戻した俺は、ビルの扉を静かに開いた。
闇医者と思われる白衣を着た人物が、奥の部屋を顎でしゃくる。
「趙さん、我々はあちらの部屋で待機しています。何かあれば呼んでください」
ハンジュンギの声に右手を上げ、明菜が眠る部屋の戸を開けた。
簡素なベッドの上で、顔を腫らした彼女が眠っている。
何度か殴られたのか、綺麗な顔にはいくつも傷ができていた。
口の横が切れ、痛々しい傷口を見るのが辛い。
長い睫毛は涙で濡れ、頬にはいくつもの涙の跡があった。
「...傷痕残ったらごめんな」
綺麗な顔に一つでも傷が残ったら俺が責任を取ろう。
もしが明菜嫌でなければ。
そう思いながらその長い髪を撫でた。
「ん....」
眠りから覚めたのか、明菜が薄らと目を開く。
「いやっ、やっ!やぁぁぁぁぁ!」
目が覚めた明菜は身を捩るように起き上がると、悲鳴を上げて自身の体を抱きしめるように丸くなった。
「明菜、俺だよ」
震えるその肩に手を乗せると、彼女の体がビクッと跳ねる。
「いやぁ!哥哥!」
「俺だよ、明菜。もう大丈夫だ。大丈夫だから」
「て...ゆ...?」
明菜は恐る恐るこちらを振り返ると、俺の顔を見て顔をくしゃくしゃにした。
「あ...て...てんゆ...」
「大丈夫だよ。もう平気だ。悪い奴は、もう誰もいない」
幼い頃、泣きじゃくる明菜をこう言ってよく宥めた。
大丈夫だよ。
悪い奴はもう誰もいない。
お兄ちゃんがやっつけたよ。
だからもう泣かないで。
「わ...わた...しっ...う...ぐ...」
涙をボロボロと溢し、明菜があの頃のように泣きじゃくる。
「大丈夫だよ、明菜。今は俺がいる。もう怖くない」
居た堪れない気持ちになってベッドに腰かけると、震える明菜を抱き寄せた。
彼女の体が大きく跳ね、震えが一層強くなる。
自分にさえ恐怖を感じるほど怖い思いをしたのかと、胸が締め付けられた。
「嫌なら言ってね。明菜が嫌がることはしない」
その問いに明菜がふるふると首を横に振る。
「いや...じゃな...ふ...るえ...とまら...な...」
「わかってる。何も喋らなくていいよ。嫌じゃないなら、明菜が怖くなくなるまでずっとこうさせてよ」
その荒い呼吸を正すように、ゆっくりと背中を撫でた。
胸の中で震える彼女は、かわいそうなくらい泣きじゃくっている。
酷い目にあった明菜に対する態度がこれで良いのか自分にはわからない。
けれど抱きしめたくて堪らなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
1時間なのか、3時間なのか。
明菜の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻した頃には、すっかり空が白ばんでいた。
「ふく...よごしてごめんね」
鼻声の明菜が、俺の体から顔を離して言った。
「馬鹿。服なんか気にすんなよ」
涙でぐずぐずの明菜の顔に手を添える。
「みないで。いま、かおひどいから」
自分から顔を隠すように背けた明菜の顔を、そっとこちらに向かせた。
「どんな顔の明菜だって綺麗だよ」
それは初めて言った台詞だった。
明菜は俺にとって天女のような存在だ。
捕まえたくても捕まえられない、するすると腕の中を逃げていきそうで、ずっと怖かった。
「うそ」
綺麗だと言われた明菜はまた涙を流した。
「わたし、よごれちゃった。きれいなんかじゃ...ない」
一つ二つと明菜の目から涙が溢れる。
「明菜は綺麗だよ。俺にとってお前は、昔っからお姫様なの。世界で一番のね」
その言葉にポロポロと涙を零しながら、明菜はただ首を横に振る。
「もう天佑いがいのひとによごされちゃった。天佑いがいに触られたくなんか、なかった。天佑にはじめて、あげれなくなっちゃった」
溢れる涙を指で拭う。
「最後まで乱暴される前にソンヒちゃんが助けてくれた」
正直にそう告げると、明菜が腫れた目を丸くする。
「ソンヒさんが?」
「そうだよ。肝心な時に側で助けてやれないなんて、お兄ちゃん失格だな」
「そんなことない。いま、ここにきてくれた」
どうして俺を慰めたりするんだよ。
ひどく傷付いているはずなのに、こちらを気遣う明菜の言葉に痛いくらい胸が締め付けられた。
こんな時でさえ、お前は俺をいつだって一番にしてくれる。
「...お前、俺に初めてくれる気だったの?」
こんな時でさえ冗談めかしたことしか言えない自分が憎らしい。
けれど明菜は、嫌な顔をするでもなく頷いた。
「でも...さいごまでされてなくても、ほかのひとが触ったわたしなんかいやでしょう?もう、きれいじゃないから」
「ばーか。何回言わせんの。綺麗だよ。世界で一番」
気を使うでもなく、本心からそう思う。
この世でもう明菜以外、綺麗なものは存在しない。
「うわがきして...?」
明菜の言葉に、息が止まる。
「煽んないでよ。だめだ」
やっとの思いで出た言葉は、掠れて小さくなった。
怒りで体が熱くなっていたから、身体中にすぐ血が上る。
このままだと理性がどこかに飛んでいきそうだった。
「わたしのこと綺麗だとおもうなら、天佑でいっぱいにして」
何かが弾ける音がした後で、もう無理だと思った。
簡素なベッドに明菜を寝かせると、その上に覆いかぶさる。
痛々しい傷口が残る唇に自身のそれを重ねると、そのまま首筋に顔を埋めた。
「やぁ...」
ピクッと明菜の肩が震えた。
怯えているのか、感じているのか、不安になる。
簡素な病院着は、簡単に剥ぎ取ることができてしまう。
白い肌が露わになり、余計体が熱くなった。
下着姿の明菜は天女のように美しい。
けれど所々にできた生傷が、俺の理性を辛うじて繋ぎ止めた。
「どこか触られた?」
俺の言葉に明菜は「わからない」と小さく答えた。
「ここは?」
鎖骨に唇を這わせる。
「わかんな...い」
「じゃあここは?」
「や...わかんな...」
下着の上から乳房に口づけすると、そのまま下まで降りていく。
全身隈なく、唇を這わせ、明菜の記憶を上書きする。
時折漏れる吐息は甘く、透けるように白い肌は桃色に染まっていった。
理性がどこまでも遠くに飛んでいきそうで、俺はなんとかそれを繋ぎ止める。
蜘蛛の糸を掴むような、そんな感覚だった。
足の先まで口付け終わった後で、体を起こし明菜の頭を撫でた。
「全身、綺麗だよ。どこも触られてない」
「...天佑?」
「初めてがこんなとこじゃダメでしょ。明菜はお姫様だから、とびっきりロマンチックな夜にしてあげないとね」
病院着を手早く着せると、俺は明菜のおでこに口付けする。
「あーあ、理性吹っ飛ぶとこだったじゃん。いつからそんな小悪魔ちゃんになっちゃったの。
俺、一個片付けなきゃいけない“仕事“があるから、それが終わったら明菜の全部俺にちょーだい」
「ね?」と子供に言い聞かせるように言うと、俺は立ち上がった。
「なるべく早く“片付けて“迎えに来るから。有り金叩いてグランドホテルのスイートでもとっておくよ。ちょっとの間一人にするけど、ごめんね」
そう言って部屋を後にするとスマートフォンを耳に当てる。
「ソンヒちゃん?今から行ってもいーい?今すぐ片付けなきゃ、気が済まなくなっちゃった」
これが終わったらすぐにスイートルームを取ろう。
もう明菜を一人になんかさせない。
やめてと言うまであの体を抱いて、嫌な記憶なんか全部消してやろう。
「久しぶりに腕が鳴る仕事だねぇ」
ハンジュンギに案内を頼み、俺は青龍刀を持つ右手に力を入れた。
冷静沈着、腹が立つほど色男。
ハンジュンギを言葉で表すなら、こんな感じだろう。
そんな男が珍しく顔色を変えて飛んでくる。
「やだなぁ、ハンちゃん。そんな慌ててどうしたの?」
サバイバーのカウンターで遅めの夕食をとっていた趙は、駆け寄ってくるハンジュンギの顔を見上げる。
やっぱりむかつくわ、このイケメン。
「マスターの冷麺って結構イケちゃうんだよねぇ。韓国料理、好きになっちゃいそう」
戯けてそう言う俺の腕を、ハンジュンギは力強く引っ張った。
「明菜さんが男たちに襲われました」
その言葉に血の気がサッと引くのがわかった。
「今ソンヒから連絡がありました。我々の仲間が保護し、コミジュル内の施設に運んだそうです」
男たちに襲われた、という言葉だけで最悪の事態が想像できた。
一度引いた血が今度は身体中を熱くさせるのがわかる。
「急いで向かいましょう。ソンヒと明菜さんが待っています。詳しくはそちらで」
「さぁ早く!」ハンジュンギに促されるまま、店を出て走り出した。
タクシーを捕まえた後もうるさいくらいに心臓が鼓動を打っている。
一体誰が?
なぜ明菜を?
誰でもいい、絶対にぶっ殺す。
怒りが身体中を支配していた。
5分くらいしか経っていないというのに、車内の時間が永遠に感じられるほどに。
「明菜は?!」
コミジュルの縄張り内にあるビルの前で、ソンヒが腕組みして立っていた。
「中で眠っている」
ドアを開け中に入ろうとする俺の腕を、ソンヒが掴んだ。
その手は力強く、そして鋭い眼差しが向けられる。
「安心しろ。怪我はしているが、犯されてはいない。ギリギリのところで我々が駆けつけた。さっき意識が戻ったが、ひどい取り乱しようでな。今は薬で落ち着かせている」
「だからそんな殺気だった顔で脅かせるな」と付け加え、ソンヒは静かに「落ち着け」と言った。
「誰が...誰がやった?」
ソンヒは煙草に火をつけると、紫煙を宙に漂わせる。
深い溜息の後で、彼女は口を開いた。
「李という男とその手下だ。確かお前の側近の一人だったな」
「...李?」
まさか...と思った。
李は趙のボディガードの一人で、忠誠心の強い男だった。
組織を離れてからも自分の為に動いてくれ、明菜を陰から護衛するように頼んでいたはずだ。
「日本人であるあの女が、側近である自分よりお前に近かったのがずっと気に入らなかったらしい。あの子の父親は今我々と敵対しているし、組織はバラバラだ。
相変わらずお前があの子を守っているのも、面白くなかったんだろう。
お前は部下に任せきりでフラフラしているしな。
消すなら今だと思ったのかも知れない」
己の愚かさを心底恨んだ。
この手で守ることすら拒んだ罰なのだと、冷静に思う自分さえいる。
それでも明菜を傷つけて良い理由なんて、どこにもない。
「趙、お前は自分で思った以上に人を使うのが上手い。だから想像以上にあの男がお前に陶酔したんだ」
「俺はまた、自分の部下に背後から斬り付けられたってワケだ」
落胆よりも怒りが感情を支配する。
李は決して許されないことをしたのだ。
俺の下にいたなら、尚更。
「李はどこに?自分の手であいつをなぶり殺さないと、俺気が済まなさそう」
努めて冷静を装ったが、声が怒りで震える。
いつも飄々として掴めないオトコ、そう評する奴らに今の自分を見せてやりたい。
「我々が監禁している。もちろんそれなりの拷問を加えた後でな」
「案内してよ、ソンヒちゃん」
怒りで体を震わせる俺に、ソンヒは再び「落ち着け」と言った。
「あの男を殺すのはいつでもできる。我々の管理下にいるのだから。それよりもお前が今すべきことはあの子の側にいてやることだ」
「...わかった」
ソンヒの言葉にただ頷くしかなかった。
本当は今すぐにでも李をこの手で始末したい。
けれど明菜の顔を見なければ安心できないのも本心だった。
「お兄ちゃんと、呼ばれているのか?」
「え?」
「一度目を覚ました時、中国語でお兄ちゃん助けてと何度も叫んでいた。あれはお前のことか?」
懐かしい記憶が蘇る。
明菜がまだ小さい頃、あいつら俺のことをそう呼んでいた。
「最悪の事態は回避された。
だが、お前に一つ言っておくことがある。
もし我々が一歩でも遅れていたら、あの子はもっと大変な目に遭うところだった。手放すことができないくらい大切なら、自分の手で守ることだ。お前も私も、命をかけてこの町で生きてきたはずだろう。中途半端に繋ぎ止めるのはもうやめろ。...これで借りは返したぞ」
「落ち着いたら連絡しろ、李を差し出してやる」と言い残し、ソンヒは去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、言われた言葉を噛み締める。
ソンヒちゃんの言う通りだ。
俺は何をやっているんだろう...
少しばかり冷静さを取り戻した俺は、ビルの扉を静かに開いた。
闇医者と思われる白衣を着た人物が、奥の部屋を顎でしゃくる。
「趙さん、我々はあちらの部屋で待機しています。何かあれば呼んでください」
ハンジュンギの声に右手を上げ、明菜が眠る部屋の戸を開けた。
簡素なベッドの上で、顔を腫らした彼女が眠っている。
何度か殴られたのか、綺麗な顔にはいくつも傷ができていた。
口の横が切れ、痛々しい傷口を見るのが辛い。
長い睫毛は涙で濡れ、頬にはいくつもの涙の跡があった。
「...傷痕残ったらごめんな」
綺麗な顔に一つでも傷が残ったら俺が責任を取ろう。
もしが明菜嫌でなければ。
そう思いながらその長い髪を撫でた。
「ん....」
眠りから覚めたのか、明菜が薄らと目を開く。
「いやっ、やっ!やぁぁぁぁぁ!」
目が覚めた明菜は身を捩るように起き上がると、悲鳴を上げて自身の体を抱きしめるように丸くなった。
「明菜、俺だよ」
震えるその肩に手を乗せると、彼女の体がビクッと跳ねる。
「いやぁ!哥哥!」
「俺だよ、明菜。もう大丈夫だ。大丈夫だから」
「て...ゆ...?」
明菜は恐る恐るこちらを振り返ると、俺の顔を見て顔をくしゃくしゃにした。
「あ...て...てんゆ...」
「大丈夫だよ。もう平気だ。悪い奴は、もう誰もいない」
幼い頃、泣きじゃくる明菜をこう言ってよく宥めた。
大丈夫だよ。
悪い奴はもう誰もいない。
お兄ちゃんがやっつけたよ。
だからもう泣かないで。
「わ...わた...しっ...う...ぐ...」
涙をボロボロと溢し、明菜があの頃のように泣きじゃくる。
「大丈夫だよ、明菜。今は俺がいる。もう怖くない」
居た堪れない気持ちになってベッドに腰かけると、震える明菜を抱き寄せた。
彼女の体が大きく跳ね、震えが一層強くなる。
自分にさえ恐怖を感じるほど怖い思いをしたのかと、胸が締め付けられた。
「嫌なら言ってね。明菜が嫌がることはしない」
その問いに明菜がふるふると首を横に振る。
「いや...じゃな...ふ...るえ...とまら...な...」
「わかってる。何も喋らなくていいよ。嫌じゃないなら、明菜が怖くなくなるまでずっとこうさせてよ」
その荒い呼吸を正すように、ゆっくりと背中を撫でた。
胸の中で震える彼女は、かわいそうなくらい泣きじゃくっている。
酷い目にあった明菜に対する態度がこれで良いのか自分にはわからない。
けれど抱きしめたくて堪らなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
1時間なのか、3時間なのか。
明菜の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻した頃には、すっかり空が白ばんでいた。
「ふく...よごしてごめんね」
鼻声の明菜が、俺の体から顔を離して言った。
「馬鹿。服なんか気にすんなよ」
涙でぐずぐずの明菜の顔に手を添える。
「みないで。いま、かおひどいから」
自分から顔を隠すように背けた明菜の顔を、そっとこちらに向かせた。
「どんな顔の明菜だって綺麗だよ」
それは初めて言った台詞だった。
明菜は俺にとって天女のような存在だ。
捕まえたくても捕まえられない、するすると腕の中を逃げていきそうで、ずっと怖かった。
「うそ」
綺麗だと言われた明菜はまた涙を流した。
「わたし、よごれちゃった。きれいなんかじゃ...ない」
一つ二つと明菜の目から涙が溢れる。
「明菜は綺麗だよ。俺にとってお前は、昔っからお姫様なの。世界で一番のね」
その言葉にポロポロと涙を零しながら、明菜はただ首を横に振る。
「もう天佑いがいのひとによごされちゃった。天佑いがいに触られたくなんか、なかった。天佑にはじめて、あげれなくなっちゃった」
溢れる涙を指で拭う。
「最後まで乱暴される前にソンヒちゃんが助けてくれた」
正直にそう告げると、明菜が腫れた目を丸くする。
「ソンヒさんが?」
「そうだよ。肝心な時に側で助けてやれないなんて、お兄ちゃん失格だな」
「そんなことない。いま、ここにきてくれた」
どうして俺を慰めたりするんだよ。
ひどく傷付いているはずなのに、こちらを気遣う明菜の言葉に痛いくらい胸が締め付けられた。
こんな時でさえ、お前は俺をいつだって一番にしてくれる。
「...お前、俺に初めてくれる気だったの?」
こんな時でさえ冗談めかしたことしか言えない自分が憎らしい。
けれど明菜は、嫌な顔をするでもなく頷いた。
「でも...さいごまでされてなくても、ほかのひとが触ったわたしなんかいやでしょう?もう、きれいじゃないから」
「ばーか。何回言わせんの。綺麗だよ。世界で一番」
気を使うでもなく、本心からそう思う。
この世でもう明菜以外、綺麗なものは存在しない。
「うわがきして...?」
明菜の言葉に、息が止まる。
「煽んないでよ。だめだ」
やっとの思いで出た言葉は、掠れて小さくなった。
怒りで体が熱くなっていたから、身体中にすぐ血が上る。
このままだと理性がどこかに飛んでいきそうだった。
「わたしのこと綺麗だとおもうなら、天佑でいっぱいにして」
何かが弾ける音がした後で、もう無理だと思った。
簡素なベッドに明菜を寝かせると、その上に覆いかぶさる。
痛々しい傷口が残る唇に自身のそれを重ねると、そのまま首筋に顔を埋めた。
「やぁ...」
ピクッと明菜の肩が震えた。
怯えているのか、感じているのか、不安になる。
簡素な病院着は、簡単に剥ぎ取ることができてしまう。
白い肌が露わになり、余計体が熱くなった。
下着姿の明菜は天女のように美しい。
けれど所々にできた生傷が、俺の理性を辛うじて繋ぎ止めた。
「どこか触られた?」
俺の言葉に明菜は「わからない」と小さく答えた。
「ここは?」
鎖骨に唇を這わせる。
「わかんな...い」
「じゃあここは?」
「や...わかんな...」
下着の上から乳房に口づけすると、そのまま下まで降りていく。
全身隈なく、唇を這わせ、明菜の記憶を上書きする。
時折漏れる吐息は甘く、透けるように白い肌は桃色に染まっていった。
理性がどこまでも遠くに飛んでいきそうで、俺はなんとかそれを繋ぎ止める。
蜘蛛の糸を掴むような、そんな感覚だった。
足の先まで口付け終わった後で、体を起こし明菜の頭を撫でた。
「全身、綺麗だよ。どこも触られてない」
「...天佑?」
「初めてがこんなとこじゃダメでしょ。明菜はお姫様だから、とびっきりロマンチックな夜にしてあげないとね」
病院着を手早く着せると、俺は明菜のおでこに口付けする。
「あーあ、理性吹っ飛ぶとこだったじゃん。いつからそんな小悪魔ちゃんになっちゃったの。
俺、一個片付けなきゃいけない“仕事“があるから、それが終わったら明菜の全部俺にちょーだい」
「ね?」と子供に言い聞かせるように言うと、俺は立ち上がった。
「なるべく早く“片付けて“迎えに来るから。有り金叩いてグランドホテルのスイートでもとっておくよ。ちょっとの間一人にするけど、ごめんね」
そう言って部屋を後にするとスマートフォンを耳に当てる。
「ソンヒちゃん?今から行ってもいーい?今すぐ片付けなきゃ、気が済まなくなっちゃった」
これが終わったらすぐにスイートルームを取ろう。
もう明菜を一人になんかさせない。
やめてと言うまであの体を抱いて、嫌な記憶なんか全部消してやろう。
「久しぶりに腕が鳴る仕事だねぇ」
ハンジュンギに案内を頼み、俺は青龍刀を持つ右手に力を入れた。
8/8ページ