趙に避けられるのは慣れていた。
自分でも鬱陶しいくらいベタベタしていることは分かっている。
だから時々彼が私を煙たがって、こうやって遠くに押しやろうとしているのも分かる。
でも、やめられない。


「想念你...」


気付けば会いたいとうわごとみたいに呟いていて、自分で情けなくなる。
会いたいよ、天佑。
会って、顔を見て、目を見て、触れたい。
何度目か分からない差し入れをサバイバーに置いてきた後で、またうざがられたかな...と後悔した。
私の世界はあの時からずっと趙一色なのだ。

ふらふらと異人町を歩き、人気のない路地に差し掛かった時だった。
背後からバタバタと足音が聞こえ、振り返った時にはもう誰かに口を塞がれる。


「うぐっ！！！！」


「別出聲了!」


中国語で声を出すなと言われた後は、違う手が伸びてきて羽交い締めにされた。


一人じゃない！


二人、いや三人だろうか。
ヒソヒソとした中国語での話し声が背後から聞こえてくる。
体を拘束されたまま、何か布のようなもので目隠しされたのがわかった。


油断してたから！
考え事などして、こんな人気のない場所を通るから！
自分の行動に後悔して体をバタバタと動かすが、どう足掻いても敵わない。


ずるずると引きずられるように連れられた後、突然地面に叩きつけられた。


「やっ！」


湿ったコンクリートに顔が打ち付けられ、口の中に血の味が広がる。
痛みよりも、恐怖の方が強かった。


「到這裏來人不多」
(ここまで来ればもう誰も来ない)


「你哭也沒關係。我們也很興奮」
(泣き叫んでもいいぜ。俺たちもその方が興奮する)


男たちの言葉を聞いて、犯されるのだと思った。
恐ろしさが身体中を支配する。
頭の中に、なんで、どうして、という疑問だけが駆け巡った。


「不！你別碰！」
(いやっ！触らないで！)


声を張り上げたつもりだったのに、奥歯がガタガタと震えて小さな声にしかならない。
男たちの笑い声が聞こえた後、Tシャツに手がかけられた。
昔、趙にもらった、おさがりのそれが、乱暴にめぐられる。


「いやっ、いやぁぁぁ！哥哥！哥哥！」


思わず口から「お兄ちゃん」と声が出た。
子供の頃みたく、そう呼べば趙が来てくれるかも知れない。
スーパーマンみたいに、また駆けつけてくれるんじゃないかと思った。


「哥哥！救命！不！」
(お兄ちゃん！助けて！いや！)


抵抗も虚しく、Tシャツがビリビリと破かれる音がした後、乱暴にスキニーを脱がされる。
抵抗しようと体を捻れば、一人に馬乗りに体を押さえつけられた。
涙が溢れ、息ができない。

怖い、いやだ、怖い、助けて

「やめっ...てぇ...て...う...たすけて」

恐ろしさに声が出なかった。
恐怖に身体中が痺れている。

「你以爲老趙會來幫忙嗎？」
(趙が助けに来るとでも？)


その声に、体が止まる。
聞き覚えのあるそれに、思考が停止する。


「李...？是老李嗎？」
(李なの？)


まさか...と思う。
でも聞き慣れた声が男の正体を脳裏に浮かび上がらせる。
いつも趙の隣で、彼を守っていた護衛だ。


「沒有矇住眼睛的意思。
怎麼樣？被背叛，受傷的心情是。
馬上從這個城市出去的話就太好了」
(目隠しした意味がなかったな。
どうだ？裏切られ傷つけれる気分は。
さっさとこの町を出れば良かったものを)


「怎麼會這樣？
拜託你別說了」
(どうしてこんなことを？
お願いだからやめて)


そう言った瞬間、顔に痛みが走った。

「いっ！」

思い切り殴られ、意識が遠くなる。

「別再說中文了。一向不順眼」
(二度と中国語を話すなよ。ずっと目障りだった)


もう一度殴られた後、下着に手がかけられた。
抵抗する間も無くそのまま意識を手放す。
趙の顔が脳裏に浮かんだ。

こんなことなら一度でも、好きだと伝えれば良かった。
こんなことなら無理にでも抱いて貰えば良かった。
こんなことなら...


たくさんの後悔は、私の意識をどんどん深い沼へと誘っていく。