あなた...小さなレストランの若きオーナー
歯車
空欄の場合は"柚葵"になります
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「もしもし…」
5コール目で柚葵がやっと電話に出た。
「おう、ちょっと今から会えへんか?」
真島は祈るような気持ちでそう口にするが、柚葵から聞きたい言葉は出てこない。
「…今日はちょっと」
しばしの間の後で、それだけ言われた。
あの男の言葉が脳裏に浮かび、奥歯を噛み締める。
真島の蟀谷に筋が浮かんだ。
「なんでや。なんか会われへん理由でもあるんか」
真島の問いに柚葵は返事をしない。
代わりに震えた息遣いだけが電話を通して伝わってくる。
「わしに言えないことでも、あるんか」
違う違う違う、と思った。
こんな風に責めたい訳ではないのに。
「わしに会えへん理由はなんや。後ろめたいことでもあるんか」
「…私にも都合があるんです」
真島は思わず舌打ちした。
「都合」という調子の良い言葉で片付けられようとしているのが気にくわなかった。
「今、家の前におるんやけど。なんや、部屋に明かりは付いとるみたいやなぁ」
自分でも意地が悪いと思う。
けれど衝動は止めようにもなかった。
「出てこぉへんのやったら、扉蹴破って会いに行ったろか?」
柚葵の息が更に震える。
「柚葵の部屋で過ごす、いうんも悪くないなぁ。
よっしゃ、気ぃ変わったわ。今から部屋までいくさかい、扉開けぇや」
「真島さ…」
返事も聞かず電話を切った。
「ちょおこのまま待っとれや。なんかあったら電話するわ」
運転手の倉木にそう告げると、真島は車を後にした。
カツンカツンと音を立て、鉄製の階段を上がっていく。
古いアパートに備え付けられたそれは、その度に建物全体を震わせるように感じた。
「開けてくれや」
ドンドンと拳で玄関戸を叩く。
中から人の気配はするのに、内側から開錠される雰囲気はない。
もう一度ドンドンと音を立て扉を叩き、今度はドアノブをガチャガチャと回した。
「わし、ほんまにこの扉蹴破ってもええんやで」
こんな態度で柚葵を脅すつもりなんて微塵もないはずなのに、頭に血が上っているせいか歯止めが効かない。
数十秒の間の後、立て付けの悪い内鍵がガチャリと開く気配がした。
「どうしたんや。さっきまで部屋に明かりつけてたやろ」
はやる気持ちで扉を開けば、室内は電気が消され真っ暗だった。
「なんやねん。えらい積極的やなぁ」
真島の装った明るい声が、木造アパートの部屋に響く。
靴を脱いで一歩上がれば、床の軋む音がした。
「電気付けよか。このままやったら顔も見えへんわ」
手探りでスイッチを探し、突起を押そうとした時だった。
「電気は付けないでください!」
柚葵の悲鳴にも似た声が、真島を制止する。
「…お願いだから、つけないでぇ」
嗚咽にも似たその声が真島の神経を昂らせる。
「なんや、泣いてるんか。ええから顔見しぃ」
「顔も見んと慰めてやれないやろ」と言うのと同時、真島は左手で触れていた突起を押した。
部屋にパッと明かりが灯り、その瞬間柚葵が「いや」と小さく悲鳴を上げた。
眩しさに一瞬目を細めるが、自身の前で体を抱えるように蹲る柚葵の姿にそれを凝らした。
「どないしたんや」
柚葵に合わせるように膝をつき、蹲る女の両手を握った。
「ええから顔見してや」
そのまま柚葵の上半身を起こすように、両手を広げた。
顔を覗き込んだ瞬間、頭に血が上った。
「なんや、それ」
Tシャツを着た柚葵の首に広がる、無数の痣。
喉仏の下にはくっきりとした指の跡が遺り、首筋にはいくつもの赤い花びらが咲いていた。
「なんや、それ」
「見ないでっ…」
涙を零して懇願する柚葵の言葉は、真島にはもう届かない。
「あの兄ちゃんにやられたんか」
真島の質問に柚葵は答えない。
それが正解なのだと顔に書いてある。
「あの兄ちゃんにやられたんかって聞いてんねや!」
真島の怒声に柚葵が肩を震わせた。
けれどもう引き下がれなかった。
「あいつにやられたんやな?そうなんやな!」
目の前にいる柚葵は涙を流し、何も答えようとしない。
それすらもあの男を庇っているように見えて、真島は苛立つ。
「なんで何も言わへんのや。自分の女手ぇ付けられて許せるほど、わし寛大やないねん」
真島の言葉に柚葵は「やめて」と鳴いた。
「勇人には何もしないで」
全身を怒りが包み込むようだった。
いや、むしろ怒りに飲み込まれるようだと思った。
「もうあいつクビにしぃ。バイトの兄ちゃんなんか他から雇ったらええ。
二度と会ったらあかん。せやないとわし、あの兄ちゃん殺してまうで」
わかったと言えばいい。
ただそれだけのことなのに、柚葵は首を縦に振らない。
「できません」
涙を流し、何度も「できません」と言う。
「なんでや」
「あの子も後悔しています…それに…勇人は…家族だから」
その言葉に「やられた」と真島は思った。
先手を打って先回りされたのだと悟り、更に怒りが大きく膨れる。
「家族やったら何してもええわけやない。
現になんやその首の痣。女の首を平気で絞める奴なんかそうおらん。
ええから黙って言うこと聞けや」
「できません!」
涙を零して柚葵は叫ぶ。
「真島さんに私たちの何がわかるって言うんですか!」
強い瞳で見つめられる。
「あの子のこと、何がわかるって言うんですか!」
「柚葵」
名前を呼ぶが、もうその耳には何も届いていない。
「真島さんだって、平気で人を殴ったり蹴ったりするんでしょう?
そんな人に勇人を悪く言われたくなんかない!
勇人に何かしたら絶対に許さないから!」
「わしは自分の女に手ぇ上げたりせぇへん!」
互いの怒号が部屋中に木霊した。
ずるずるとあの男の罠に嵌っていくのが分かるのに、感情を抑えることができない。
「んんッ…やぁっ」
柚葵の唇を強引に奪うと、床に押し倒した。
「やめて!」
胸板を何度も叩かれるが、両手を掴んで自由を奪った。
「おまえはわしのもんやろが!」
そう吐き捨てるように言うと、真島は柚葵から体を離した。
「柚葵は、わしのもんやろが」
まるで言い聞かせるようにそう呟くと、部屋を後にする。
柚葵の泣き顔が頭から離れなかった。
クソが
クソ、クソ、クソ、クソ…
階段を駆け下りて待たせていた車に近付いた。
倉木が外に立って真島の帰りを待っている。
「言われた通り、手出しはしませんでした」
その視線の先には車のボディにスプレーの走り書き。
"だから言ったでしょ?"
真島が車のフロントを蹴り上げる。
ガシャン!とライトが割れる音がした。
5コール目で柚葵がやっと電話に出た。
「おう、ちょっと今から会えへんか?」
真島は祈るような気持ちでそう口にするが、柚葵から聞きたい言葉は出てこない。
「…今日はちょっと」
しばしの間の後で、それだけ言われた。
あの男の言葉が脳裏に浮かび、奥歯を噛み締める。
真島の蟀谷に筋が浮かんだ。
「なんでや。なんか会われへん理由でもあるんか」
真島の問いに柚葵は返事をしない。
代わりに震えた息遣いだけが電話を通して伝わってくる。
「わしに言えないことでも、あるんか」
違う違う違う、と思った。
こんな風に責めたい訳ではないのに。
「わしに会えへん理由はなんや。後ろめたいことでもあるんか」
「…私にも都合があるんです」
真島は思わず舌打ちした。
「都合」という調子の良い言葉で片付けられようとしているのが気にくわなかった。
「今、家の前におるんやけど。なんや、部屋に明かりは付いとるみたいやなぁ」
自分でも意地が悪いと思う。
けれど衝動は止めようにもなかった。
「出てこぉへんのやったら、扉蹴破って会いに行ったろか?」
柚葵の息が更に震える。
「柚葵の部屋で過ごす、いうんも悪くないなぁ。
よっしゃ、気ぃ変わったわ。今から部屋までいくさかい、扉開けぇや」
「真島さ…」
返事も聞かず電話を切った。
「ちょおこのまま待っとれや。なんかあったら電話するわ」
運転手の倉木にそう告げると、真島は車を後にした。
カツンカツンと音を立て、鉄製の階段を上がっていく。
古いアパートに備え付けられたそれは、その度に建物全体を震わせるように感じた。
「開けてくれや」
ドンドンと拳で玄関戸を叩く。
中から人の気配はするのに、内側から開錠される雰囲気はない。
もう一度ドンドンと音を立て扉を叩き、今度はドアノブをガチャガチャと回した。
「わし、ほんまにこの扉蹴破ってもええんやで」
こんな態度で柚葵を脅すつもりなんて微塵もないはずなのに、頭に血が上っているせいか歯止めが効かない。
数十秒の間の後、立て付けの悪い内鍵がガチャリと開く気配がした。
「どうしたんや。さっきまで部屋に明かりつけてたやろ」
はやる気持ちで扉を開けば、室内は電気が消され真っ暗だった。
「なんやねん。えらい積極的やなぁ」
真島の装った明るい声が、木造アパートの部屋に響く。
靴を脱いで一歩上がれば、床の軋む音がした。
「電気付けよか。このままやったら顔も見えへんわ」
手探りでスイッチを探し、突起を押そうとした時だった。
「電気は付けないでください!」
柚葵の悲鳴にも似た声が、真島を制止する。
「…お願いだから、つけないでぇ」
嗚咽にも似たその声が真島の神経を昂らせる。
「なんや、泣いてるんか。ええから顔見しぃ」
「顔も見んと慰めてやれないやろ」と言うのと同時、真島は左手で触れていた突起を押した。
部屋にパッと明かりが灯り、その瞬間柚葵が「いや」と小さく悲鳴を上げた。
眩しさに一瞬目を細めるが、自身の前で体を抱えるように蹲る柚葵の姿にそれを凝らした。
「どないしたんや」
柚葵に合わせるように膝をつき、蹲る女の両手を握った。
「ええから顔見してや」
そのまま柚葵の上半身を起こすように、両手を広げた。
顔を覗き込んだ瞬間、頭に血が上った。
「なんや、それ」
Tシャツを着た柚葵の首に広がる、無数の痣。
喉仏の下にはくっきりとした指の跡が遺り、首筋にはいくつもの赤い花びらが咲いていた。
「なんや、それ」
「見ないでっ…」
涙を零して懇願する柚葵の言葉は、真島にはもう届かない。
「あの兄ちゃんにやられたんか」
真島の質問に柚葵は答えない。
それが正解なのだと顔に書いてある。
「あの兄ちゃんにやられたんかって聞いてんねや!」
真島の怒声に柚葵が肩を震わせた。
けれどもう引き下がれなかった。
「あいつにやられたんやな?そうなんやな!」
目の前にいる柚葵は涙を流し、何も答えようとしない。
それすらもあの男を庇っているように見えて、真島は苛立つ。
「なんで何も言わへんのや。自分の女手ぇ付けられて許せるほど、わし寛大やないねん」
真島の言葉に柚葵は「やめて」と鳴いた。
「勇人には何もしないで」
全身を怒りが包み込むようだった。
いや、むしろ怒りに飲み込まれるようだと思った。
「もうあいつクビにしぃ。バイトの兄ちゃんなんか他から雇ったらええ。
二度と会ったらあかん。せやないとわし、あの兄ちゃん殺してまうで」
わかったと言えばいい。
ただそれだけのことなのに、柚葵は首を縦に振らない。
「できません」
涙を流し、何度も「できません」と言う。
「なんでや」
「あの子も後悔しています…それに…勇人は…家族だから」
その言葉に「やられた」と真島は思った。
先手を打って先回りされたのだと悟り、更に怒りが大きく膨れる。
「家族やったら何してもええわけやない。
現になんやその首の痣。女の首を平気で絞める奴なんかそうおらん。
ええから黙って言うこと聞けや」
「できません!」
涙を零して柚葵は叫ぶ。
「真島さんに私たちの何がわかるって言うんですか!」
強い瞳で見つめられる。
「あの子のこと、何がわかるって言うんですか!」
「柚葵」
名前を呼ぶが、もうその耳には何も届いていない。
「真島さんだって、平気で人を殴ったり蹴ったりするんでしょう?
そんな人に勇人を悪く言われたくなんかない!
勇人に何かしたら絶対に許さないから!」
「わしは自分の女に手ぇ上げたりせぇへん!」
互いの怒号が部屋中に木霊した。
ずるずるとあの男の罠に嵌っていくのが分かるのに、感情を抑えることができない。
「んんッ…やぁっ」
柚葵の唇を強引に奪うと、床に押し倒した。
「やめて!」
胸板を何度も叩かれるが、両手を掴んで自由を奪った。
「おまえはわしのもんやろが!」
そう吐き捨てるように言うと、真島は柚葵から体を離した。
「柚葵は、わしのもんやろが」
まるで言い聞かせるようにそう呟くと、部屋を後にする。
柚葵の泣き顔が頭から離れなかった。
クソが
クソ、クソ、クソ、クソ…
階段を駆け下りて待たせていた車に近付いた。
倉木が外に立って真島の帰りを待っている。
「言われた通り、手出しはしませんでした」
その視線の先には車のボディにスプレーの走り書き。
"だから言ったでしょ?"
真島が車のフロントを蹴り上げる。
ガシャン!とライトが割れる音がした。