あなた...小さなレストランの若きオーナー
右見て左見て、前を見て
空欄の場合は"柚葵"になります
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「親父、お疲れのところすんません」
事務所の椅子に深く腰掛けた真島に、組員が声を掛けてくる。
「なんや。しょうもない用やったらシバくで」
本来ならば今頃柚葵とベッドの中にいた筈で、それを想像すると不機嫌にもなる。
急に本部から呼び出しが掛かり、近江連合に妙な動きがある、と告げられた。
なんで今やねん、とそれすらも苛立った。
「すんません。男が一人、親父に会わせろと」
「どこのどいつや」
男の言葉に真島は殺気だった眼差しを向ける。
「今のわしやったら殺ってまうかもしれんで」
「それが...親父も知っとる男です。
あの飯屋のウェイターで」
勇人、と呼ばれていた青年の顔を思い出す。
「...GRANDのか?」
「そうです。親父に会わせろと騒いどるようで。
このままだと若いモンの手が出そうだと」
殴ってまえや、と言い掛けて口を継ぐんだ。
柚葵にとって男は弟のような存在だと言う。
傷つけるようなことは避けるべきなのだろう。
「かまへんわ。通しぃ」
「はい」
真島の言葉に組員は短く返事をし、踵を返した。
こんな夜更けにヤクザの事務所に乗り込んでくるなど大した度胸だ。
数分後には先程の男に連れられた勇人が、真島の前に立っていた。
「ここは兄ちゃんみたいなんが気軽に遊びに来る場所とちゃうで」
真島は犬を追い払うような仕草で組員を退室させる。
二人きりになった部屋にはピリピリとした雰囲気が漂った。
全身から殺気を放っているのは、真島ではなく勇人の方だ。
「なんや、ビビッて口も聞けんくなったんか」
黙り込む勇人にそう声を掛けるが、無論そんな空気は感じない。
むしろ堂々とした態度で感心したくなる。
「俺、恐怖心が欠落してるから」
あっけらかん、とした表情で言われ訝しがる。
明らかに殺気だった空気を纏っているのに、その顔からはそれを感じない。
果たしてこんな男だっただろうかと真島は思った。
「怖い思いなら、もっと昔に死ぬ程したよ」
「そらカタギにしとくんは勿体ないのぉ」
笑みすら浮かべるその表情に、真島は椅子に座り直した。
これは本気で向き合わなあかん奴やな、と思う。
「俺言ったよね。柚葵になんかしたらぶっ殺すって」
「誰に向かって口きいとんのや」
「あんただよ、真島組長さん」
ニヤリ、と笑った勇人は応接用に置かれたソファに腰を下ろした。
投げ出すように足をローテーブルに乗せ、真島を挑発する。
「あんたを殺すってのはまぁ、比喩だよ」
「...なんの比喩や」
「あんたのことをズタボロにしてやるって意味」
そう言って勇人はポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
紫煙を纏わせ不敵に笑う男の姿は、柚葵から聞いていた話と随分違った。
「俺のこと、ムカつく?
ならそこにあるバットで、今すぐ俺の頭カチ割ったらいいよ」
勇人は真島の横に立て掛けられた金属バットを指差し、それからその指を自分の頭に向けた。
「ぶん殴りたいでしょ?俺のこと。
あんたならここでこの脳みそぶち撒けるくらい簡単だよね」
男の思惑が理解できず、真島はただ眼光を鋭くすることしかできない。
黙って見つめる真島のことを勇人は嘲笑うようだった。
「でも俺に手出したら、あんた柚葵に嫌われるね」
「...狙いはそれか」
「あんたヤクザの癖に察しが悪いね。
でも、俺のこと甘く見ないで欲しいなぁ」
勇人はそう笑ってローテーブルに直接、煙草の吸殻を押し付ける。
木の焼ける匂いが漂った。
「そんなんで済むと思うなよ。
柚葵があんたのことを憎むまで、ヤクザのことを憎むまで、徹底的に追い込んでやるから」
「兄ちゃん、あんまり極道ナメたらあかんで」
これは真島なりの本気の忠告だった。
今すぐ手を出したい衝動をグッと堪える。
「あんたが俺にムカついてるように、俺もあんたにムカついてんだよ。
横入りは良くないよね。
柚葵は俺のだったんだからさ」
「だからちゃんとマーキングしといたよ」と勇人は続ける。
「柚葵が俺のだって証拠、きちんと付けといたから」
「おまえ... 柚葵に何したんや」
真島の拳が強く握られ、皮の手袋が軋む音がする。
「自分の目で確かめなよ。
もう少し、慎重になった方が良かったんじゃないかな。
...とりあえず俺は行くね。
せいぜい飼い犬にも俺に手出ししないよう躾けとくんだね。
あんたのとこの若いの見つけたら俺、何するかわかんないからさ」
そう言った勇人は立ち上がり、踵を返す。
真島は奥歯を噛み締め、それを見送るしかなかった。
勇人が部屋を去った後で、目の前のデスクを思い切り蹴り上げる。
弾みでそれは倒れ、大きな音を立てた。
「親父、何事で...」
駆け付けた組員たちは、真島の全身から放たれるオーラに絶句した。
隻眼の狂犬が目の前にいる。