勇人が帰った店内で柚葵は一人ただ震えていた。


どうしてあんなこと…
もうすぐ真島さんが来るのに…


「どうして」と涙を零した後には、「どうしよう」と肩を震わせた。


どうして

どうしよう



こんなことを真島に言える筈もない。
でも隠し通せる訳もない。
怖くて、苦しくて、悲しい。


ガチャ



入口の開閉する音が聞こえた。
柚葵はハッとし、身構える。


カツンカツン、という革靴の音に心臓が跳ね上がった。


どうしよう、どうしよう、どうしよう…


「失礼します。姐さん」


想像していなかった声に驚き、同時に少し安堵する。


「姐さん、いらっしゃいますか」


その呼び掛けに恐る恐る立ち上がると、そこにはいつか見た真島の部下が立っていた。


「親父は本日急用で来られません。代わりに私が送っていきます」


「…そ…ですか」


眼鏡をかけ、実直そうなその男は「倉木」と名乗った。


「車を回してあります。身支度を」


促されるまま身支度を整える。
真島が来なくて本当に良かったと思った。


今だけは真島に会いたくない。