あなた...小さなレストランの若きオーナー
狂犬の気まぐれ
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自分のシマの一角に、新しい店ができる。
ただ、それだけのことだった。
別に水商売の店と言うわけでもなさそうで、ケツモチも必要ないだろう。
「シノギ」をもらうにしては、そこは随分チンケに見えた。
「どうせすぐに無くなるやろ」
この道はよく車で通る場所だった。
真島の組と自宅の中間地点にあり、いわば通勤途中にみる風景の一つだ。
入れ替わりの激しいこの神室町で根を張ってやっていくのは難しい。
一つの店ができては潰れ、そしてまた新しい店ができる。
真島にとってみればそれは至極普通のことで、なんの真新しさも感じなかった。
そんな変化のないはずの光景が、ちょっとした楽しみになったのは数週間前のことだ。
Tシャツの首にタオルを巻いて、化粧っ気のない女が店の壁を塗っていた。
時折汗を拭いながら、丁寧に少しずつ。
今時業者も入れず自分の手でやるとは。
相当金がないか、ケチなのか。
どちらにしても長くは続かないだろうと思った。
それでも毎日その場所を通る度に少しずつ出来上がっていく店を見て、随分根性のある女だなと感心する。
いつも一人で店の中と外を行き来しては、作業を続けているようだった。
時折三歩ほど下がって全体を見ては、小首を傾げて何かを考えているようにも見える。
その度に栗色のショートヘアがさらさらと揺れた。
華はないが、どことなく綺麗な顔立ちをしている。
「…あの、親父、すんません。いつまでここに?」
運転手の男が申し訳なさそうに聞いてくる。
どれくらいの時間、真島は停車した車の中でその光景を眺めていただろうか。
「あ?なんかあかんのか?」
部下に指摘されたことに苛立ったが、確か今日は堂島と約束があったことを思い出した。
「まぁええわ。車出しぃ」
「…飯屋ですかね」
真島の視線の先に気が付いていたのか、車を走らせながら男が言う。
「随分古いビルに出したもんですね。まぁ、すぐに無くなるんでしょうけど」
「うっさいわ。黙って走らせんかい」
運転席を軽く蹴ると、「自分でもそう思っているくせに」と自嘲する。
あんなチンケな店、すぐ潰れてしまうに決まっとる。
せやけどあの女、妙にええ顔すんねん。
作業に没頭する女の顔を思い出しながら、ハイライトに火を付けた。
なぜあの店のことがこんなに気になるのか、真島にはまだわからなかった。