あなた...小さなレストランの若きオーナー
逃避と覚悟
空欄の場合は"柚葵"になります
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「西田さん!!」
「おわっ!!!」
思わず声を掛けられ、手にしていた携帯電話を落としてしまった。
この間買ったばかりなのに!と慌てて拾う。
ハッと顔を上げた時には目の前に柚葵さんがいた。
しまった、と思った。
店を見張っていることは彼女には秘密で、バレてしまえば親父に殺される。
背中にドッと冷や汗をかいた。
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「う…うす」
顔を覗き込まれ、思わずドキッとする。
化粧っけはないが、その分肌が綺麗で目を奪われた。
親父が熱を上げるのも無理はないと思う。
「こんなところでどうしたんですか?」
言い訳を探す為辺りを見渡すが、理由になりそうなものは何もない。
ここはGRANDが丁度良く見渡せる場所で、如何にも「見ていました」と言わんばかりだった。
「あ、いや、えーと」
「お仕事ですか?」
「え…」
しどろもどろになる自分に、柚葵さんは何の疑いもない眼差しを向けてくる。
「難しい顔で携帯を見てたから…」
手にしていた黒い携帯電話を指され「いや」と返事する。
「競馬を…」
「競馬?」
仕方なく、先ほどまでしていた自分の愚行を白状する。
「今携帯から馬券が買えるんすよ。…ちょっとデカいレースがあったもんで」
「当たりました?」
屈託のない表情で聞かれ「外れました。3万、スリました」と小さな声で答えた。
「それで難しい顔してたんですね」
「うっす…」
何はともあれ彼女は自分が見張られていたとは思わなかったようだった。
これが幸なのか不幸なのか、俺には分からない。
「ちょうど良かった。ご飯、食べていきません?」
「はい?」
俺の返事も待たず、柚葵さんが強引に手を引く。
「いや、仕事中なんで!」
慌てて言い訳するが、「何の?」と聞かれ口ごもる。
「さっきまで競馬してたって」
「いや、そうなんすけど…でも…あの、腹減ってなくて!」
必死に見つけた理由の後に、自分でも驚くほどの音で腹の虫が鳴いた。
こんな漫画みたいなこと、あるのかよ。
「お腹、本当に空いてないんですか?」
笑いを堪えた柚葵さんの顔が可愛かった。
恥ずかしさとときめきとで、俺の顔は真っ赤になる。
「…いや、空いてるっす。昨日からなんも食ってなくて。
なんせ、3万スッたんで」
正直に言うしかなかった。
はっきり言って頭が切れる方ではない。
嘘もつけない。
兄貴たちには「お前は極道に向いてない」とよく言われる。
「時間、大丈夫ですか?」
「6時くらいまでなら…」
一度正直になってしまった後は、ただの馬鹿になるしかなかった。
今日は店が定休日だから俺が最後の見張りだった。
夕方まで店を見張って後は事務所に戻るだけだ。
「じゃあご飯、食べて行ってください」
もう一度言われ、大人しく柚葵さんの後ろに従った。
いつだったかこんな風に彼女の後ろをついて歩いたことがあった。
あの時この人は可哀そうなくらい泣いていて、馬鹿みたいな俺の慰めに笑ってくれたっけ。
こんなことが組の誰かにバレたらやべーな
ふと最悪の事態が頭をよぎるが、同時にバレなきゃ大丈夫だよなとも思った。
店に入るなり席に着いた俺に、柚葵さんが大量の料理を出してくる。
目の前にタッパーごと出されるおかずはどれも美味そうで、思わず唾をのんだ。
「冷凍のごはんがあるのでとりあえずそれ出しますね。
あとは新しいの炊きますから」
「い…いや…そんな悪いっす」
思わずそう断った俺に「遠慮しないで」と柚葵さんは言った。
「どうせ捨てちゃうの。勿体ないから、誰かに食べて欲しくて」
そう言った顔がどこか寂しげで、馬鹿な俺にも分かると思った。
これは親父の為に作られたものだと。
フラッと夜中に親父がこの店に立ち寄っていたのを俺たちは知っている。
最近めっきりそれが無くなったことも…
前にも増して遊び歩くことの多くなった親父が、全然楽しくなさそうなのも俺たちは知っている。
「盛り付けたりしなくてごめんなさい。
たくさんあるから…」
「いや、全然このままで美味そうっす」
さっきまでの遠慮はどこへやら。
一度箸をつけてしまった後は、夢中で食べた。
母親のいない俺にとって「おふくろの味」というものは記憶を掘り返してもない。
だから誰かの作った心のこもった料理を食べたのは柚葵さんの店が初めてだった。
安い居酒屋や大量生産のコンビニじゃない、誰かの愛情の篭った手料理。
親父に連れてこられたあの時と同じくらい美味いと思った。
「まだありますよ」
「…いや…もう本当に、腹パンパンで」
気付けば空のタッパーが幾つも並び、米も5回ほどおかわりしてしまった。
柚葵さんは満足そうに笑い「やっぱり若い人はたくさん食べるな」と言う。
そんなに歳は変わらないはずなのにと思うが、口には出さないでおいた。
「良かったら少し持って帰りませんか?」
「いいんすか?」
言ってしまってから、しまったと思う。
この後事務所に帰らなければならないのに、と。
けれど彼女は嬉しそうに大きなタッパーに料理を詰めていく。
本当に人に食べてもらうのが好きなんだと思うと、もう断れなかった。
「おにぎりも入れときました」
なんという柄なのだろう。
こじゃれたカラフルな風呂敷に包まれたそれを柚葵さんが渡してくる。
「うっす。ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げた俺に「お仕事、頑張ってくださいね」と声を掛けてくれた。
本当は聞きたいことがあるんじゃないだろうか。
「…聞かないんすか。親父のこと」
野暮な質問だということはわかっていた。
それでも黙って帰るわけにいかないと思った。
「西田さん、困るでしょう?」
悲しそうな顔で柚葵さんが言う。
「真島さんのこと聞かれても、困るでしょう?」
それは、その通りなのだけど…
「いや、そうなんすけど…聞かれても、親父は元気っすくらいしか言えないっすけど」
「…元気ならいいんです」
柚葵さんの顔に寂しさが広がって、俺は馬鹿かと自分を殴りたくなった。
「元気じゃないっす!
親父、毎日飲んだくれて、毎日キャバクラ通ってはしゃいでますけど、
全然元気じゃないっす!今の柚葵さんみたいな顔して酒飲んでます!」
こんなこと言ったと知られたら親父にシバかれる
そう思うのに、口が勝手に喋るのだ。
「たぶん、柚葵さんに会いたいって思ってると思います!
今までのどの女より、親父はマジなんだって見てたらわかります!
だから…」
だから…の後が続かなかった。
「元気出してください」「待っていてあげてください」「きっとまた来ます」
どれも言うのは簡単だ。
けれど親父ほどの極道なら一緒に生きていくのは大変で。
こんなカタギのお嬢さんにそれが務まるとは思えなかった。
俺は軽率で、嘘の付けない、ただの馬鹿だ。
「ありがとう。でも…もういいんです」
押し付けるように俺に風呂敷包みを持たせ、柚葵さんは背中を向けてしまった。
もう掛ける言葉が見当たらず、死にたい気分だった。
「あの…本当に、ごちそうさまでした」
再びペコリと頭を下げると、俺は包みを持って店を出た。
あの小さな飯屋の中で彼女は泣いているだろうか。
「馬鹿野郎か、俺は」
俺に女ができるとしたら柚葵さんみたいな人がいいと思った。
料理が上手くて、純粋で。
それでいて可愛かったら尚更いいけど。
風呂敷の中身をどうするかも考えず、俺は事務所に向かって歩き出した。
この後、地獄が待っているとも知らずに…
「おわっ!!!」
思わず声を掛けられ、手にしていた携帯電話を落としてしまった。
この間買ったばかりなのに!と慌てて拾う。
ハッと顔を上げた時には目の前に柚葵さんがいた。
しまった、と思った。
店を見張っていることは彼女には秘密で、バレてしまえば親父に殺される。
背中にドッと冷や汗をかいた。
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「う…うす」
顔を覗き込まれ、思わずドキッとする。
化粧っけはないが、その分肌が綺麗で目を奪われた。
親父が熱を上げるのも無理はないと思う。
「こんなところでどうしたんですか?」
言い訳を探す為辺りを見渡すが、理由になりそうなものは何もない。
ここはGRANDが丁度良く見渡せる場所で、如何にも「見ていました」と言わんばかりだった。
「あ、いや、えーと」
「お仕事ですか?」
「え…」
しどろもどろになる自分に、柚葵さんは何の疑いもない眼差しを向けてくる。
「難しい顔で携帯を見てたから…」
手にしていた黒い携帯電話を指され「いや」と返事する。
「競馬を…」
「競馬?」
仕方なく、先ほどまでしていた自分の愚行を白状する。
「今携帯から馬券が買えるんすよ。…ちょっとデカいレースがあったもんで」
「当たりました?」
屈託のない表情で聞かれ「外れました。3万、スリました」と小さな声で答えた。
「それで難しい顔してたんですね」
「うっす…」
何はともあれ彼女は自分が見張られていたとは思わなかったようだった。
これが幸なのか不幸なのか、俺には分からない。
「ちょうど良かった。ご飯、食べていきません?」
「はい?」
俺の返事も待たず、柚葵さんが強引に手を引く。
「いや、仕事中なんで!」
慌てて言い訳するが、「何の?」と聞かれ口ごもる。
「さっきまで競馬してたって」
「いや、そうなんすけど…でも…あの、腹減ってなくて!」
必死に見つけた理由の後に、自分でも驚くほどの音で腹の虫が鳴いた。
こんな漫画みたいなこと、あるのかよ。
「お腹、本当に空いてないんですか?」
笑いを堪えた柚葵さんの顔が可愛かった。
恥ずかしさとときめきとで、俺の顔は真っ赤になる。
「…いや、空いてるっす。昨日からなんも食ってなくて。
なんせ、3万スッたんで」
正直に言うしかなかった。
はっきり言って頭が切れる方ではない。
嘘もつけない。
兄貴たちには「お前は極道に向いてない」とよく言われる。
「時間、大丈夫ですか?」
「6時くらいまでなら…」
一度正直になってしまった後は、ただの馬鹿になるしかなかった。
今日は店が定休日だから俺が最後の見張りだった。
夕方まで店を見張って後は事務所に戻るだけだ。
「じゃあご飯、食べて行ってください」
もう一度言われ、大人しく柚葵さんの後ろに従った。
いつだったかこんな風に彼女の後ろをついて歩いたことがあった。
あの時この人は可哀そうなくらい泣いていて、馬鹿みたいな俺の慰めに笑ってくれたっけ。
こんなことが組の誰かにバレたらやべーな
ふと最悪の事態が頭をよぎるが、同時にバレなきゃ大丈夫だよなとも思った。
店に入るなり席に着いた俺に、柚葵さんが大量の料理を出してくる。
目の前にタッパーごと出されるおかずはどれも美味そうで、思わず唾をのんだ。
「冷凍のごはんがあるのでとりあえずそれ出しますね。
あとは新しいの炊きますから」
「い…いや…そんな悪いっす」
思わずそう断った俺に「遠慮しないで」と柚葵さんは言った。
「どうせ捨てちゃうの。勿体ないから、誰かに食べて欲しくて」
そう言った顔がどこか寂しげで、馬鹿な俺にも分かると思った。
これは親父の為に作られたものだと。
フラッと夜中に親父がこの店に立ち寄っていたのを俺たちは知っている。
最近めっきりそれが無くなったことも…
前にも増して遊び歩くことの多くなった親父が、全然楽しくなさそうなのも俺たちは知っている。
「盛り付けたりしなくてごめんなさい。
たくさんあるから…」
「いや、全然このままで美味そうっす」
さっきまでの遠慮はどこへやら。
一度箸をつけてしまった後は、夢中で食べた。
母親のいない俺にとって「おふくろの味」というものは記憶を掘り返してもない。
だから誰かの作った心のこもった料理を食べたのは柚葵さんの店が初めてだった。
安い居酒屋や大量生産のコンビニじゃない、誰かの愛情の篭った手料理。
親父に連れてこられたあの時と同じくらい美味いと思った。
「まだありますよ」
「…いや…もう本当に、腹パンパンで」
気付けば空のタッパーが幾つも並び、米も5回ほどおかわりしてしまった。
柚葵さんは満足そうに笑い「やっぱり若い人はたくさん食べるな」と言う。
そんなに歳は変わらないはずなのにと思うが、口には出さないでおいた。
「良かったら少し持って帰りませんか?」
「いいんすか?」
言ってしまってから、しまったと思う。
この後事務所に帰らなければならないのに、と。
けれど彼女は嬉しそうに大きなタッパーに料理を詰めていく。
本当に人に食べてもらうのが好きなんだと思うと、もう断れなかった。
「おにぎりも入れときました」
なんという柄なのだろう。
こじゃれたカラフルな風呂敷に包まれたそれを柚葵さんが渡してくる。
「うっす。ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げた俺に「お仕事、頑張ってくださいね」と声を掛けてくれた。
本当は聞きたいことがあるんじゃないだろうか。
「…聞かないんすか。親父のこと」
野暮な質問だということはわかっていた。
それでも黙って帰るわけにいかないと思った。
「西田さん、困るでしょう?」
悲しそうな顔で柚葵さんが言う。
「真島さんのこと聞かれても、困るでしょう?」
それは、その通りなのだけど…
「いや、そうなんすけど…聞かれても、親父は元気っすくらいしか言えないっすけど」
「…元気ならいいんです」
柚葵さんの顔に寂しさが広がって、俺は馬鹿かと自分を殴りたくなった。
「元気じゃないっす!
親父、毎日飲んだくれて、毎日キャバクラ通ってはしゃいでますけど、
全然元気じゃないっす!今の柚葵さんみたいな顔して酒飲んでます!」
こんなこと言ったと知られたら親父にシバかれる
そう思うのに、口が勝手に喋るのだ。
「たぶん、柚葵さんに会いたいって思ってると思います!
今までのどの女より、親父はマジなんだって見てたらわかります!
だから…」
だから…の後が続かなかった。
「元気出してください」「待っていてあげてください」「きっとまた来ます」
どれも言うのは簡単だ。
けれど親父ほどの極道なら一緒に生きていくのは大変で。
こんなカタギのお嬢さんにそれが務まるとは思えなかった。
俺は軽率で、嘘の付けない、ただの馬鹿だ。
「ありがとう。でも…もういいんです」
押し付けるように俺に風呂敷包みを持たせ、柚葵さんは背中を向けてしまった。
もう掛ける言葉が見当たらず、死にたい気分だった。
「あの…本当に、ごちそうさまでした」
再びペコリと頭を下げると、俺は包みを持って店を出た。
あの小さな飯屋の中で彼女は泣いているだろうか。
「馬鹿野郎か、俺は」
俺に女ができるとしたら柚葵さんみたいな人がいいと思った。
料理が上手くて、純粋で。
それでいて可愛かったら尚更いいけど。
風呂敷の中身をどうするかも考えず、俺は事務所に向かって歩き出した。
この後、地獄が待っているとも知らずに…