「あかん…ごっつい腹立つ」

黒塗りの車の後部座席にドカッと乗り込むと、真島は目の前の運転席を思いきり蹴り上げた。
運転手は蹴られた衝撃で肩を震わせ「親父、すんませんでした」と
蚊のなくような声で呟く。

「すんませんでした、やない。あないなくだらん揉め事すら
　自分らで解決でけへんのやったら、さっさと指詰めてまえや」

ハイライトに火を付け、煙を吸い込む。
ニコチンを摂取したところで、苛立ちは収まらなかった。

「腹の虫が収まらへん。ちょっと自分、耳貸しぃ」

そう言って運転手の左耳を掴むと、乱暴に引っ張った。

「ヒッ」

小さな悲鳴が聞こえると同時に、煙草の火をそこに近付けた。

「えらい聞き分けないその耳、今焼いてしまおか」

怒りの矛先を運転手に向けようとしたその時、フロントガラスからの景色が目に入る。
一つ先のブロック、古びたビルの一角にあの女がいた。

「チッ…まぁ、ええわ。はよ車出しぃ」

「は、はい」

エンジンの振動が体に伝わる。
緩やかに流れ出す景色の中で、ほんの一瞬ではあるものの
小さな店の前に佇む女の横顔をぼうっと眺めた。

「えらい毎日精が出るのぉ」

誰に言うわけでもなく呟いた。
しいて言うなら、女の満足そうな横顔に向かって…だろうか。

めぐるしく変わるこの町の景色の中では、新しい店ができてはすぐに消えていく。
何も珍しいことはない。
ただそれだけのことだと、この時までは思っていた。