「勇人、今日はもう上がっていいよ」

最後の客が捌け、店の後片付けも終わろうとしていた。
柚葵は売上帳簿に目を落としながら勇人に終業の声をかける。

「夜遅いだろ。送ってく」

「何言ってんの。明日も学校でしょ」

勇人の言葉に笑って顔を上げると、思ってもみないほど真剣な眼差しが返ってきた。

「こんな遅くに女一人、あぶねーって言ってんの」

「…ありがとう。でも大丈夫」

いつになく真剣な顔の勇人に戸惑う。
こんな表情で見られたことが今まであっただろうか。

「送ってくって！」

「そんならわしが送って帰るさかい、大丈夫やで」

いつの間に戸が開いたのだろうか。
入口を見れば、そこに真島が立っていた。

「兄ちゃんは安心して帰ったらええ」

「真島さん！」

会いたかった人に会えた喜びと、勇人への気まずさが同時に入り混じる。
嫌な予感がして、背筋が冷たくなった。

「あんたに送って帰らせるほうがあぶねーと思うんだけど」

噛みつくような勇人の態度に、柚葵はヒヤヒヤした。
いくら真島が自分には優しいとは言え、彼は極道だ。
怒らせてしまったら何をされるかわからないとも思う。

「なんなんだよ、あんた。気まぐれか知らねーけど、柚葵にちょっかいかけて。
　風俗にでも流して、薬漬けにもする気なわけ？帰れよ、警察呼ぶぞ」

全く気後れしない勇人の態度に真島は怒るでもなく「そんなことせぇへん」と返す。

「兄ちゃんの中でのヤクザがどんなイメージか知らんけど、わしの組にそんなことする奴おらん。
　わしもせぇへん。女をモノみたいに扱うのいっちばん嫌いやねん」

真島の言葉に嘘は一つも感じなかった。
それは今まで接してきてわかることでもあった。
けれど勇人はそんな言葉で納得すはずもない。

「信じるわけねぇだろ。帰らねーなら、警察呼んでやる」

「勇人！」

携帯電話を取り出そうとする勇人に[#dc=1#]は思わず駆け寄った。

「大丈夫だから！お願いだからやめて！」


懇願するような声を出し、腕をつかんだ。


「真島さんそんな人じゃないよ！私なら平気だから」


覗き込んだ勇人の目には怒りと悲しみが宿っている。
絶望したような表情を浮かべ、柚葵の腕を振り払った。

「…んで…なんでだよ！なんであいつの味方すんだよ！」


捨てられた子犬のような表情で勇人が柚葵を見ていた。



なんでそんな顔…



傷ついた顔の勇人を見て、柚葵の胸が締め付けられる。


「…柚葵になんかしたら、てめーのこと殺す。
　ヤクザだろうとなんだろうと、絶対に殺す」

そう言い残すと勇人は上着を羽織り、出て行ってしまった。
後に残されたのは気まずい空気。
何か話題をと思うが、言葉が出てこなかった。


「随分と嫌われたもんやなぁ。…日ぃ改めよか？」


真島の言葉にハッと我に返る。

「そんな…せっかく来ていただいたんです。座ってください」

柚葵は笑顔を作るとカウンターに灰皿とハイライトを置いた。
それを見た真島は椅子に腰かける。

「今日は何を召し上がりますか？」