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出会い

 その女は岸壁に佇んでいた。彼岸花が咲く一面の赤に色取られ白いワンピースを着てただ立っていたのだ。
 その白と赤のコントラストに目を奪われていると女が不意に崖から身投げをした。髪がさらりと揺れてスカートがひらひらと揺れて真っ逆様に落ちていく。
 焦ったおれは慌てて駆け寄って岸壁を切り能力で女を腕の中へと移動させた。
 
「あれ?なんで?」
 
 きょとんとする女におれは怒鳴りつけた。
 自らの命を捨てる奴があるか、何を考えてるんだ、と。
 女は笑った。生きていても仕方がないのだから死にたいのだと、無様に生きるのは非合理的で死んでしまった方がマシということもあるのだと黒く澱んだ目でおれを見る。
 なら意味を見つけたらいい。おれの船に来い、おれは海賊だが死ぬよりマシな人生というものを与えてやることができるかもしれないとそう言った。
 女はまた笑うと、じゃあ見つけさせてと微笑む。
 これがおれと〇〇との出会いだった。

「もういい加減諦めて殺してくださいよ」
「だめだ」
「じゃあ死んできます。ハッチを開けるからみんなを避難させてくださいね」
「やめろ」
「ならどうしたらいいんですか!!」
「とりあえず飯を食え。何日抜いた?」
「二日?」
「三日だ」
 
 こいつの死にたがりに付き合うのもだいぶ慣れた。初日は驚いたものだったが今は手慣れたもので機械的な会話が続いていた。
 
「いいから食え。食わねェんなら睡眠薬を盛って点滴を打つか無理くり食わされるかの二択だ」
「睡眠薬特盛りで!!」
「生憎致死量になる程積んでねェよ」
「そんなぁ〜」
 
 ケロッとしているがこいつの希死願望は本物だ。ズタズタの手首や首筋にはいつも縄の跡、ナイフの傷だらけの体。
 こいつも女だ。こんな傷隠したいのだろうと思ってうちの船員の服がつなぎでよかったな、と言うと私は別になんとも、とあっけらかんと答えた。おそらく相当に自分に対して価値を見出していないのだろう。
 それでも怖いことや辛いのは嫌らしく、痛いのは嫌なので死ねないのです。と真剣に相談された時は頭を抱えた。
 ペンギンやシャチやベポ達に自殺を止められながらの生活でフラストレーションが溜まった時には島に行き着いた頃に人知れず船から抜け出して危険地帯へ笑顔で飛び込んだので必死で回収したりすることはしょっちゅうだ。
 
「いいから食え。薄味のスープにしておいたから今のお前でも食えるはずだ」
「ちぇっ…分かりました…」 
 
 渋々と食事をしだす〇〇に、まるで駄々っ子の親にでもなったかのようなどろっとした疲弊感を感じる。
 見張っていないと食べ切らないので大人しく見ていてやって食器を片すという〇〇の後をついていった。
 放置しておくと艦内お気に入りのスポットで死にかけるので仕方なくだ。
 
「キャプテンの能力って安楽死とかさせられないんですか?」
「そんな使い方したくもねェし覚える気もねェよ」
「えー」
 
 おれを非難しながらも皿を洗っていく〇〇は呑気に鼻歌を歌いはじめた。こいつは一通りの生活はできるが放置しておくと日常を送ろうとしない。生きるということを諦めているのだ。
 一応戦闘員として船に乗せているがこの死にたがりの生き急ぎは自分の力では到底敵わないと判断した相手にのみ突っ込んでいく。
 勇猛果敢なのは船長として褒めてやるべきではあるが生きたいから戦うのではなく、死にたいから戦うという不純な動機にどうにもかける言葉が見つからずいつも無茶をするなと小突いて終わらせている。
 
「この船に乗せて頂いてからだいぶ経ちますけれど、まだ希望が見出せないんです。だから私のことはもう放置して海王類の餌にしませんか?それを皆さんで捕まえて食べれば私の死も無駄になりませんしいいでしょ?」
「そんなサイコな食事御免被る」
「頭が硬いですね」
「頭がおかしい奴に言われたくねェ。大体なんでそんなに死にたがる?五体満足でいるのに死にたがる理由がおれには心底分からねェ。確かに生死を問う日々ではあるがそれなりに楽しそうにやってるじゃねェか」
「そうですね、ここに来てからは三年振り純粋な気持ちで笑ったし…瞬間的に楽しいと思うことも確かにあります。けれど…私は生きててはいけない存在なんです。だから終わらせたいんです」
 
 堂々とそういうからには理由があるのだろう。今日はとことんこいつと付き合うと決めたおれは皿洗いを終えて女子部屋に戻ろうとした〇〇の腕を引っ掴み船長室へと無理くり
 連れ込んだ。
 
「あの、確かに私、自分の生に関しては希薄ですけど…男の人に乱暴される趣味は…」
「クルーとなんてしねェよ。いいからお前が抱えてるものを全て話せ。じゃねェとお前が二度と自分で死ねねェようにしてやる」
「それは困ります。んー理由を聞いて納得してくれたらキャプテンは私が死ぬのを許してくれますか?」
「考えてやる」
 
 はなっから殺す気もないし、死なせる気もない。だがこいつがこうなった理由には純粋な興味があった。クルーの過去は気にしないタチだがこうも酷いと原因の究明と解決を努めたくなる。おれは外科医であって精神科医ではないのだがそう思わずにはいられなかった。
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