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千紗のお仕事探し奮闘記

 石橋はぐうたらな人間である。あまり努力は好きではない。大抵のことは頑張らずとも人に笑われない程度にはできると思っている。そして頑張らなくてはいけないことは大抵周りが勝手に動いてどうにかしてくれる、そんな人生を送ってきていた。
 そしてぐうたらな人間はあっちゃこっちゃと移動はしない。
 河合と石橋は小学校の頃からの知り合いである。生活圏は同じようなものだ。
 以前、河合はそんな石橋の大学時代のバイト先でのぼやきだのなんだのを聞かされたことがあったのである。

「まあ、たかが元バイトに都合つけられることではないでしょうけど、バイト募集していてもサイトとかで求人を出していないところだってあるでしょ?」

 取引めいた河合の提案に、千紗は落ち着かないそぶりで二人の顔を交互に見つめた。

「ほら、職人として稼げないなら戻ってこいと言われてる、みたいなことも言ってたじゃない。単なる社交辞令かもしれないけど」
「う、うるせー。バイト、バイトなあ……。何? ここ儲かってないの?」
「わたしじゃなくて千紗ちゃんよ。バイト……じゃなくてパート? 今探してるところなの。このあたりなら自転車でこられる距離だし、石橋くんもそうでしょ? だからちょうどいいと思って」

 勝手に話が進んでいくので、慌てて千紗も補足する。

「あ、あの、でも、その、働けるのは息子が幼稚園に行ってる数時間くらいのつもりで……だから……あんまり労働力として期待できるかっていうと……」
「だめよ、こういうときは強気でいかないと」

 石橋はふうむと顎に手を当て、まるで値踏みするように千紗を見た。視線を集めると千紗は小さくなりたくなってしまう。

「そら、紹介くらいはできっけど。幼稚園って昼過ぎまでだろ? んー……ちょうどランチ時に入れるんならまあ……」
「石橋くん、喫茶店でバイトしてたんですって」
「そ、そうなんだ……」

 意外かも。と千紗は心の中で呟いた。彼がにこにこと接客する姿はとても想像つかない。行ってみたかったと少し思う。

「さえ……あー……ち、千紗? は、やりてーの? こいつが勝手に話持ち出してきたけど」

 気まずそうに名前を呼ぶ石橋に、え、ええと、と千紗は口ごもる。
 千紗にはあまり自信というものがなかった。どこを探してもあるのは不安ばかりである。
 今までバイトの経験など一切ない。一応去年こちらに来るまでは住み込みで定食屋で働いていたわけだが、果たして自分が本当に貢献できていたのか実感はない。義母の紹介で働かせて貰えていたものの、その口添えがなければ、もしかしたらすぐにでもクビになっていたくらい役に立てていなかったのではないか、と千紗は考えてしまうのだった。

「わ、私でも……できるかなあ……お仕事なんて……迷惑……かけないかなあ……」

 働きたい、というのにこの態度では紹介しようとはとても思えないだろう。河合は心配そうに見守った。
 高校時代の飄々とした調子のかけらもない千紗の表情を見て、石橋は珍しく眉毛をハの字にする。
 人の情けない姿というのは見たくないものだ。かつての友人だったら尚更である。千紗はすぐに二人の困った様子に気付いて、しまった、と思ってかぶりを振った。

「う、ううん、ごめん。やれるだけやってみる。やる気がないわけじゃないんだよ? 一生懸命やるから、よかったら、紹介して貰ってもいいかなあ」
「あ、ああ……、まあ、俺でもできたし、河合なら愛想なさすぎてクビだろうけど、お前ならいけるって」

 石橋のへたくそなフォローに、河合はじろっとそちらを睨んだが文句は言わなかった。
 そのあたりで千紗はもう息子の迎えにいかなければいけない時間になり、石橋と連絡先を交換して店をあとにした。
 自転車に乗りながら、千紗は自分のために人が動いてくれたことを嬉しく思ったり、申し訳なく思ったり、忙しくあれこれ考えた。
 今日中に連絡はあるだろうか。もし夫が帰ってきたとき良い知らせができたら、どんな顔をするだろうか。それともやっぱりだめかもしれないし、そもそも今までのように面接とか、履歴書を見てから落とされる可能性だって十分あるし。千紗はすっかりネガティブになっていた。

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「瞬ー、もう幼稚園慣れた?」
「んー、まあまあくらい?」
「そっかー。でもお友達できてたじゃん。やるねえ」
「そうなんだよね~、しゅんすーぐなかよくなっちゃうからさ~」

 本当は人見知りするタイプのくせに、と苦笑しながら千紗は調子づく息子をすごいすごいと褒める。
 しかし通い始めの頃は殆ど泣いてすごしたり、先生に遊びに誘われてもうまく輪に入れなかったりしたそうだ。今ではそれなりに馴染んできたようだ。
 毎朝お休みしたいと訴えるものの、到着してしまえば楽しげにしていて最近だいぶ安心できるようになった。迎えに行っても遊びに夢中でなかなか帰ろうとしないし。

 家について息子と母と三人でおやつを食べ終えたところで携帯が鳴っているのに気がついた。
 電話が鳴るということは普段殆どない。かけてくる相手が殆どいないからだ。

『あ、もしもし? 俺だけど』
「う、うん」

 まるでオレオレ詐欺の常套句だ。そう言ってしまいたいのを千紗はこらえた。昔なら言えただろう。なんとなく石橋に対してはまだ遠慮があるのだ。

『お前が出て行ってすぐくらいに連絡ついてさ、面接してくれるってよ。いつがいい?』
「え。い、いつがいいって言われても、わ、私は瞬の送り迎え以外予定とか別にないから、いつでも……」
『あー、じゃあ今日の夕方でもいい? 店まで案内すっから。俺明日からしばらく暇ねーし。……あーでも履歴書とかの準備まだならまた改めて……』
「あっいや! ある、あるよ。え、ええと、えっと、ふ、服ってどうしたらいいのかな!? な、なにか他に持ってくものあるかな?」

 散々慌てふためいていると、電話の向こうでおいおいと呆れるような笑うような声が聞こえた。

『俺に社会常識を教わろうなんて、正気か?』
「あ、あはは……」

 結局、義母になんとかOKを貰って、息子の世話を頼んで千紗は家を飛び出した。
 バタバタと忙しいほうが変に緊張しなくていいな、と千紗は実感した。
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