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19章

「最悪の年越しだったわ」

 河合さんは忌々しそうに和泉を睨んだ。
 俺と千紗でお土産を持ってお邪魔しているところだった。瞬くんはいない。移動で疲れてしまったのか、昼すぎ家につくとそこから爆睡してしまったのだ。夜ちゃんと寝られるのか不安である。
 今日はお店の方ではなく、河合さんの住まいの方のリビングに通されていた。骨折した河合さんの世話を焼いていたとき以来である。
 まだ年始のためお店はお休みなのだ。
 こたつはやっぱりいい。祖母の家でも堪能したが、我が家は洋風の内装にこだわっているためこたつは採用されないのだ。実家を出ることがあれば絶対に設置すると決めた。
 文句を言いたげな河合さんに、和泉はあっけらかんと答える。

「いやいや、いい大人が遊び疲れて熱出すとは思わねえだろ、普通」
「遊び疲れたわけじゃないわよ、普通に寒さのせいだわ」
「二人とも、一体どこを回ってきたんだよ……」

 これは地雷だった。
 ここ数日和泉が撮影した写真の鑑賞会が始まる起爆スイッチだったのだ。人が楽しげに出かけている写真を見て回るなんて、これほど興味のないものはない。心霊写真がないか探すくらいしか楽しみがなかった。
 水族館、遊園地、湖みたいな謎の場所、知らない冬祭り、などなど。
 どれもちょっと寒々しい。まあ、なんだかんだ言って写真の中の河合さんは楽しそうだけど。

「相変わらず二人は仲いいねえ」

 千紗が若干呆れたように、和泉のカメラのデータを見ながら言った。
 結局、文句をいいつつも河合さんが拒絶しないということは満更でもないんだろう。嫌だったら絶対に出てこない人だからな。
 千紗はしみじみと続ける。

「高校時代の友達が今でも仲良くしてるのって嬉しいなぁ。進路が別だと連絡つかなくなっててもおかしくないでしょ?」
「あー。それでいうと見事にバラバラだもんな」

 和泉が頷いて同調する。
 まあ、バリバリの進学校というわけでもないから、高校の時点で目標の大学が共通認識としてあるわけではないしなあ……。むしろ和泉といい、うちのクラスは普通科にしては芸術肌タイプが比較的多かった気がする。学校自体が文化系の部活が強いおかげもあるんだろうか。
 なので他のクラスメイトも専門だったり短大だったり大学だったり、色んな選択があった。
 まあ、美術系が得意だからといって進路もそういう方面に進むとは限らないけどさ。長門だって、美術部として熱心に作品作りをしていたそうだけど、結局全く関係ない方面に進んだし。

「吉田たちってどうしてるんだろ……」

 千紗は高校時代の友人に思いを馳せている。
 顔が広かった彼女は他にも会いたい人物は山程いることだろう。

「なにを勉強するかは知らないけど、短大にいくみたいな話してたのを聞いたことあるわよ。だからもう社会人してるんじゃないかしら」
「へえ、そうなんだ。あの吉田がねえ……。……あ、そういえばみんな、成人式とかは? 行かなかったの?」

 千紗の何気ない疑問に三人全員沈黙し、少し視線を逸らす。

「あ、あれ? みんな?」

 ……そ、そうか……言われてみれば、当然の疑問だよな……。でも、しょうがないんだよ……千紗……。
 河合さんが一人でそんなところに行くわけないのは誰だって想像つくだろう。
 和泉も地元を離れているんだからいけなくてもしょうがない。
 そして俺はそもそも招待される年が違うのだ……。
 みんなそれぞれ理由があるとはいえ、まさか四人集まって当然のように誰も出席していないというのはなんとも言い難いものがあった。
 千紗からすれば、距離的にも予定的にも問題がないのに参加しない、という選択肢は想像もしなかったのだろう……。俺の年齢のこともわざわざ気が回らないだろうし。

「な、なんかごめんね……?」
「い、いえ……こちらこそごめんなさい……」

 何故河合さんが謝るのかはわからないが、まあ、理屈はともかく感情としては謎の申し訳なさを感じるのはちょっと理解できた。
 もし千紗があのまま普通に学校を卒業していたら、当然のように同窓会にも言ったんだろう。和泉はどうだかわからないけど、もしかしたらこのときくらい帰国できたかな。
 どちらにしても千紗が誘えば河合さんだって参加したはずだ。俺はまあ式は置いといて、同窓会に集まることはできるし。きっと今とは全く違う結果になっていたんだろうな。
 そんなことを考えても無駄だと思いつつも、もしかしたらあったかもしれない世界のことを考えてしまう。

「……まあ、俺たちのことは置いといて、そろそろ吉田さんとか他の友達にも会ってみたらいいんじゃない? 高校時代のクラスメイトの連絡先は一応わかるやついるし、探すの手伝うよ」
「そっか……。そうだよね……、そういうこともできるのか」
「わたしはなんの役にも立たないけど、いいと思うわ」

 和泉も頷く。が、俺達はみんな女子とはあまり縁がなかったグループである。あまりにも心もとないものの、でも手がかり0よりはマシだろう。

「でも……んー……怖いなあ」

 そりゃあ、子供出来て高校中退してました、というのは打ち明けづらいところがあるのかもしれないが、でもそろそろ子供ができてもおかしくない年齢になってきているのだし……。少しはハードルが下がっているんじゃないだろうか。
 それに千紗はみんなに好かれていたし、子供を産んだことも友人の決断であれば受け入れてくれるように思う。

「会いたい気持ちもあるんだけど……、昔の私の記憶を上書きしたくない気持ちもあるんだよね」
「……そんなに変わったかな?」
「失礼だな。変わったよ~! すれ違っても気付かれないよ、きっと」
「まあ……雰囲気は変わったかもしれないわね」

 確かに俺も最初すれ違ったときは反応し損ねたけどさ。
 中身は……確かに精神的に弱っているときというのが多くなっているけど、でも今日のようにみんなではしゃいでいるときは昔となんら変わりない。

「あ、いんじゃん吉田。ほら、検索したらすぐ出てきた。ネットリテラシーなってねえなあ」

 和泉がスマホの画面を見せてくる。

「あ、そうか、SNSか! すっかり忘れてた」
「原始人どもめ。お前ちゃんと俺の写真いいねしろよ」

 四人で画面を覗き込む。ネイルとか飲み物や食べ物の投稿が多かったが、女子数人でパーティーしたときの写真もあった。俺はもはやどれが吉田さんなのかわからなかったけど。
 こうして見てるとなんだか人の私生活を覗き見しているようでものすごく悪いことをしているような気持ちになる。本人が自ら公開しているから何も悪くはないのだが……。

「わあー、大人っぽくなってるねえ。並んだら私、ちんちくりんかも」

 嬉しそうに千紗が呟く。ちんちくりん……というか、まあ、シンプルというか……。確かに、友人とは思わないかも知れない。

「千紗もおしゃれしたら余裕で並べるよ」
「あら。桐谷が佐伯を褒めたわ」
「ほんとだ。お前熱でもあんのか?」
「失礼だな!!」

 いやあ珍しいもんが見れたと頷く二人。そ、そんなに珍しいことだろうか。納得いかないぞ。
 吉田さんがSNS上でやりとりしている相手を辿るとちょこちょこと知ってる名前が出てきた。しかしやってることはまるでストーカーみたいでやっぱり変な気持ちになるぞ。
 千紗はひとしきり、現在の友人たちの生活を垣間見れて満足したようだ。楽しそうでよかった、と笑う。
 やっぱりすぐに昔の友人に会うつもりはないようだ。
 少なくとも今は家事手伝いみたいな立場で、遊びに使えるお金もないし気を遣わせてしまうだけだと思うから、という言い訳だ。その気持ちはちょっとわかる。
 もう少し自信持って遊びに出かけられるようになったら、考えてみようかな。と、そういう結論に至った。別に焦る必要はないしな。
 一段落ついたところで、和泉が胸を張った。俺たちを取り仕切ろうとする動きである。高校時代から変わらない。

「さあて、おれは明日からお母さんたちと出かけるからな、満喫するなら今の内だぜ。どっか行くか?」
「え。私たち田舎から帰ってきてもうくたくたなんだけど」
「わたしだって病み上がりなんですけど」
「ええ……っ」

 哀れ和泉。というかこいつは疲れというものを知らないのか?
 しょうがない、ということで河合さんオススメの最新ゲームを体験することとなった。俺はあまりわからないが、それでも昔に比べて臨場感などが増していることはわかるし、見ているだけで面白かった。
 千紗も久しぶりにゲームができて心から遊べたようだし、和泉もしばらく遠ざかっていたようで感心しながら遊んでいた。
 まるで高校時代に戻ったようだった。
 みんながゲーム画面に夢中になっているとき、それを実感して少し泣きそうになった。照れくさいから、絶対にバレないように我慢したけど。

---

 帰り道のことである。
 結局夕方まで遊んで、夕飯前に帰るという本当にまるで子供のような有様だった。
 元々我が家ではみんな長旅で疲れているし、今日の夕飯は宅配ピザでも頼もうという話だったからできたことだ。
 夕飯前とはいえ日は短く、すでに辺りは暗かった。

「また四人で遊べる日がくるなんて思わなかったなあ……」

 夜空を見上げながら千紗がぽつりと呟いた。

「夢だったらどうしようって、最近思うんだ。そしたら、嫌だなって」
「じゃあ今幸せってことかな」

 千紗は照れくさそうに笑って、「どうかな~?」と冗談っぽく誤魔化す。
 もしこれが全部夢だったとして、目を覚ますのは一体いつなんだろう。俺だったら、千紗と再会する前だろうか。千紗と別れた直後だろうか。
 目が覚めて、そんなだったら、絶望だな。泣いてしまうと思う。
 ああそれとも、千紗が女になる前だったりして。そしたら、俺は一体どんな人生を送るのか、まるで想像つかない。でも、千紗も瞬くんもいない世界が今より良いとはとても思えない。
 家の前……正確には家の建っている丘の麓について、門を開けて中に入る。

「……この道、灯りつける予定とかないの? ちょっと夜怖いよね」
「う、うーん、どうなんだろうね。電気ってどうやって引くんだろう……」

 たしかに、この坂は真っ直ぐではなくうねっているため、途中かなり暗いポイントがある。ただの山道みたいだ。少し進めば家の明かりが覗くのだが……だいぶ心もとない。
 千紗の顔を見ようにも、月明かりを頼りにするしかない。
 でも工事とか必要だろうし、ひとつやふたつで足りる距離でもないし、そう簡単な話ではないだろう。そして一体電気代はおいくら万円なのか。
 今までは夜に出歩くとすれば殆ど車を使っていたからよかったものの、徒歩や自転車だと危なっかしいよな……。帰りが遅くなったときも、慣れた道だし、わざわざ門を乗り越えて不法侵入する奴なんてまずいないだろうからなんとかなっているものの、普通の人は躊躇する道だろう。
 一人で夜道を帰る千紗の姿を想像する。
 もしも帰りに悪い奴につけられていて、門を通るときに押し入られたら一巻の終わりだ。走って逃げるにしては家までは距離があるし、声も届かないだろう。人も通らないのだから、灯りがあったとしてもそのリスクはあまり変わらないだろうけど。
 そう思うと急に恐ろしくなった。

「ち、千紗、やっぱり車の免許取ろう。働くようになってもこんな危険な道を歩かせられないよ」
「え、ええ? それじゃ私が車独占することになっちゃうよ。だめでしょ、そんなの。お母さん困っちゃうよ」

 ううーん、困ったな。なんでこんな面倒くさい場所に家を建てたんだ。人里なんて離れるもんじゃない。

「……じゃあ遅くなる日は俺が迎えに行くから」
「気が早いなあ」

 ……まあ、そうかもしれないけど。
 ほんの少しだけ距離をあけて歩く千紗に近づき、そっと手を取る。
 多分俺にしてはさり気なくできたと思う。初日の出のときので調子に乗ったわけではないぞ。勘違いしないでよね!
 千紗はもちろん振り払うようなこともなくて、緩く握り返してくれた。はたからみるととても自然に手を繋いで歩き出せた、と思う。真っ暗でよかった。にやにやしているのがばれるところだった。

「なんか、付き合いたてみたいだよね」

 千紗が横で笑って言う。
 ま、たしかに、子供までいるくせに、手をつなぐだとかハグだとかにドキドキするのって、まあないよな。
 俺の千紗への感情も、熱烈な恋愛感情というよりも穏やかな気持ちが強い、と思うのだが、ふとしたときいまだに千紗の存在に慣れていなくてドギマギしてしまう。悪くない感覚だし、それが日常になっていくのもいいとも思う。今は今の距離感が気持ちよかった。

「……丁度いいよ、そのくらいの距離感からはじめていった方が」

 そう言うと千紗がこちらを見ているのが、月の光が瞳に反射してわかった。

「夫婦だから夫婦らしいことしなきゃとか、そう言う風に考えなくていいよ。俺たちのペースがこれなんだよ」
「……私と流のペースが違ったら?」
「そこは話し合って決めよう。親子だって察しあいだけじゃわからないことってあるでしょ」

 そっか……と小さな声を隣で漏らすのが聞こえた。ようやく道の向こうに家の灯りが見えた。もう目の前というところで千紗が立ち止まる。

「あのね、私流に言い忘れてたことある」
「……えっ、何?」

 そうやって真面目な顔をされると少し怖い。
 まだ何か千紗の中で燻っていることがあるのだろうか。いや、そりゃあ、俺が千紗のことを全部知っているわけはないだろうけど。
 お互い繋いだ手をちょっと伸ばして向き合う。
 千紗はもじもじするように体を揺らして、小さな口を開いた。

「……あのね……、私のこと、探してくれて……見つけてくれて、ありがとう」

 緩く微笑んで、まっすぐ俺を見上げていた。
 俺は笑ったような気がするし、うまく笑えなかった気もする。ただそんな俺の顔を見て千紗はくすくす笑って、「それだけっ」と切り上げるように歩きだす。それから歩きながら少しぎこちない動きで手を繋いだ俺の腕に身を寄せた。

「可愛いことするじゃん」
「でしょー。ありがたがってよね」

 どうしよう、家は目の前なのに帰るのが惜しい。
 このままUターンしてでかけちゃおうかな。

「おなかすいちゃった。早くおうち入ろう」
「……そうだね」

 デートはお預けだ。
 寒いはずなのに、腕はもちろん顔は熱いくらいだった。
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