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18章

「おっ何これー段ボールハウスあんじゃん。作ったの?」
「あっだめ! それしゅんの! ひみつちきだから! かってにはいっちゃだめなの!」
「えー? いいじゃん。じゃあ取り引きするか?」
「といひき?」
「意味わかるか?」
「わかんない」
「おれはお前が喜ぶことしてやるから、お前もおれが喜ぶことしろって意味」
「おまえとかいっちゃだめなんだよ!」

 俺たちの心配をよそに、和泉は驚くべきスピードで瞬くんの心を掴んでいた。というか、同年代の友達みたいな扱いを受けているような気がする。
 さすが裕子さんの弟といったところか……。
 その様子を確認した千紗は安心した顔でお昼ご飯の手伝いしてくると告げた。

「あ、俺やるから千紗は和泉たちと一緒にいなよ」
「ううん、さっきたっぷり話したし。二人はまだでしょ? ゆっくりしてて」

 そういうとそそくさとリビングから抜け出してしまう。
 といっても俺は二人のやりとりを眺めるくらいしかできないのだが……。
 和泉はどうやら瞬くんへのお土産として持ってきたおもちゃを取引材料としているらしい。瞬くんはなにか小さな箱を受け取り、やや興奮顔だ。物で釣るなんて、こざかしいやつめ。
 それにしてもまたひとつ瞬くんのおもちゃが増えてしまった。ありがたいことだが、たしかに千紗が瞬くんの我が儘を心配する気持ちもわかる。

「瞬くん何貰ったの?」
「カメラ! パパこれあけてー」

 蓋を閉じるセロハンテープに苦戦する瞬くんから箱を預かる。パッケージにはトイカメラと書いてあった。おもちゃのカメラらしい。日本語だ。通販とかで買ったんだろうか。

「え、これほんとに撮れるやつ? 高かったんじゃないの?」
「大したもんじゃねえよ。液晶もついてないやつだし。おれだってなあ、あんま高価なもん渡したら教育に差し支えるかなーとかいう配慮できんのよ」
「そ、それはどうもありがとう……」

 和泉は小さい子供には容赦しない。雑な動作で瞬くんからカメラを取り上げて、少し身をかがめて説明する。

「お前パソコンあるよな? ここ覗いて、このボタン押したら撮れっから。撮ったものはパパかママにお願いしたらパソコンで見せてくれるからな?」
「わかった、わかった!」

 瞬くんは興奮気味に説明を聞いてカメラを受け取るとさっそくぱしゃぱしゃ辺りを撮影しはじめ、「ママー! みてー!」と走っていった。

「なんだよお前。すっかり父親面しやがって」
「まあ、まだ数ヶ月のぺーぺーだけどね」

 和泉にそう言われると少しくすぐったい。
 やっぱり同級生に父親らしく振る舞ってるところ見られるのってなんだかちょっと照れくさいな。
 でも最近は我ながら親子らしくはなってきたと思う。
 和泉はカメラの説明書を丁寧に広げて読んでいる。

「おれも子供んときああいうカメラ欲しかったんだよなあ……」
「ああ、和泉らしいよね」

 それから和泉に充電が切れたらこのコードでパソコンと繋げとか、写真の見方はとかあれこれ説明を受けた。俺だって説明書を見れば大抵のことはできるんだけどな。どうも機械に関しては信用されていない。
 そして和泉は瞬くんが帰ってくる前に秘密基地の中に進入し、さっそくくつろいでいた。

「……それにしても和泉子供の扱いうまいね」
「もう親友」

 研修中、俺が子供への対応に悩んでいると、俺は子供に対して対等に接していると言われた記憶があるがそれを言うならまさに和泉がそうだろう。
 まあ、河合さんに対してだって優しい反面結構遠慮なくからかったりいじったりもするしな……。子供っぽくわかりやすいコミュニケーションをとるやつなのだ。それでも不快感がないのがこいつの良さなんだろう。
 瞬くんは千紗や母に報告して満足したのか、家中をぱしゃぱしゃ撮りながらまた戻ってきた。フィルムの心配をしなくていいのは良いな。

「あ! かってにはいっちゃだめだよ!」
「なんでよ、じゃあカメラ返して」
「えー! やだー!」
「なんでだよー取引って言ったろ?」
「瞬くんその前にお兄ちゃんにありがとう言わなきゃ」

 瞬くんは「えーっ!」と文句言いたげに声をあげる。

「だってといひきだもん」
「でも貰ったんだからありがとうでしょ?」
「……ありがと」
「よきにはからえ」

 和泉は相変わらず段ボールの中でふんぞり返っている。

「ほら、和泉も許可なく入らない」
「えー?」
「えーじゃない!」

 文句いいつつものそのそと出てきたが、和泉の子供っぽい「えー?」が瞬くんは気に入ったらしい。発音を真似して和泉も共鳴しはじめた。
 こ、子供が一人増えただけじゃないか……。

「親分、自分、秘密基地にお邪魔してもいっすか」
「えー? しょおーがないなー。いいよー」
「あざっす! お世話にやりやす!」

 ……まあ、和泉がそれで楽しいならいいけど……。
 子供を楽しませるという観点だと、和泉の方が圧倒的に上らしい。
 子供と対等に、と言われたものの違いがよくわかった。俺は相手を大人とそれほど区別せず接するが、和泉は子供の立場で一緒に遊ぶらしい。この差は大きい。
 俺は一緒に遊ぶ、というよりフォローするようになってしまうし、和泉の真似をするとかなり無理が出てくるだろう。
 適材適所だよな、きっと。


「せっかく帰ってきたのにこんなにごろごろしてていいの?」

 昼食を終えた後、千紗が不思議そうに和泉に言った。
 和泉は瞬くんの相手をしながら俺と他愛ない雑談をしていたところである。

「ごろごろとは失礼な。観光に来たんでもなし、こういう家のまったりした空気を満喫するのが帰省の醍醐味ってもんだろ」
「人の家でよくまったりできるよね……」

 その通りである。ま、いいんだけどさ。千紗ですらまだリビングで寝転がったりしないんだぞ。

「お前も家事ばっかやってねえで、もっとおれの相手しようぜ? 代わりにやったろか?」
「もう、いらないよ」

 しかし瞬くんの邪魔が入らないのもあってか、今日はもうやることは殆どなさそうだ。掃除なんて今する必要はないし、洗濯だって乾くまで時間があるし。

「昭彦、夕ご飯何か食べたいものある?」
「え、まじ? リクエスト聞いてくれんの? じゃあチキン南蛮」
「おおー……わかった」

 そういうと千紗は母に報告とレシピを確認しにまた引っ込んでいってしまう。

「なんか、あれこれ世話焼いて貰っちまって申し訳ねえなー」
「まあ招待された側なんだからゆっくりして……と言いたいけど、千紗にばっか押しつけるのはね……」

 もっとそばにいて欲しいのだが、なんだか朝からばたばたと落ち着かない。
 和泉にも俺と千紗がちゃんと夫婦やってるところを見て欲しいのだが……いや、今はあんまり自慢できる状態でもないのか……。
 瞬くんのお絵かき大会に参加させられ、瞬くんの望む絵をひたすら描かされていると千紗はメモを手に戻ってきた。

「あのさ、お買い物いかなきゃなんだけど、何か欲しいものとかって……」
「お、俺が行くよ!」

 今こそ俺が手伝うとき! と名乗りを上げると千紗はきょとんとした顔で「ありがとー」と呟いた。よし、これで少しは千紗に休んで貰えるぞ。

「え。じゃあどうしよ。おれも行こっかな」
「じゃーしゅんもいこ」
「えっ!? ど、どちらか一人が限界です……」

 さすがに二人いっぺんに相手する自信はない……。ただでさえ瞬くんはしゃいで走り出したりしそうだし……。
 和泉はふんぞり返って瞬くんを見下ろす。

「じゃあ瞬は留守番な!」
「えー! しゅんいじゅみといっしょがいいんですけど!」

 い、いじゅみと……!? 俺とじゃなくて!?
 和泉は勝ち誇った顔で俺にピースして見せた。引っ叩きたい。
 できれば瞬くんは家にいてほしい。瞬くんと一緒だと、ちょっとした買い物も恐ろしく時間がかかるのだ。和泉には家にいてもらうか。
 そう考えていると千紗が口を挟んだ。

「じゃあやっぱり私ぱぱっと買ってくるよ。自転車あるし」
「いやそれだったら俺が一人で行った方が早いじゃん。メモ見せて」

 あ、意外と量多いな。車一択だろうこれは。
 ふむ。と考える。俺が一人で行ったとして、千紗が代わりにこの場に収まってくれるならいいが、この様子だと別の家事を見つけて忙しくしそうな気がする。
 なんとなく、この団欒を避けているような気がするのだ。
 俺はしゃがんで瞬くんに話しかける。

「瞬くん、パパとママお買い物行ってくるけど、いじゅみとお留守番できる?」
「げ」
「できるよう」

 すまんな和泉。さすがに全員でいく余裕はないのだ。
 不思議そうな顔をする千紗に、いいよね、と声をかける。拒否する理由はないようだ。

「なんかお酒でも買ってこようか」
「じゃあ甘いの。おれビールとか嫌い」

 むむっもしかしてこいつもお酒苦手なクチじゃないだろうな。
 まあ和泉の酔っぱらったところを見れるなら楽しみかもな。そう思いつつ、和泉に瞬くんの取り扱いを口酸っぱく伝える千紗を連れて俺は外へでた。

「やっぱり私も車の免許とったほうがいいのかなあ」
「まあ田舎だし、立地最悪だしね」
「でも免許とるのだってお金いるし、車だって借りなきゃ乗れないでしょ? もしどこかにぶつけたらって思うと怖くて運転できないよ」
「そこはまあ、頑張って稼いで車買うから待っててよ」
「それはそれでぶつけたくないじゃん」

 ぶつける前提なのか。
 家の敷地を出ると千紗は視線を家の方へ送る。瞬くんにお留守番して貰っているときはいつもそうするのだ。

「それにしても和泉、さすがだったね。河合さんを攻略しただけのことはある」
「そうだねえ、言われてみればたしかに。河合さんと仲良くなれるんだから瞬なんてイチコロだよね」

 くすくす千紗は笑った。和泉は広く浅く、ってタイプじゃない。好きな相手に全力で構うタイプだ。基本的にそういう相手には面倒見が非常にいい。

「でも千紗ももっと一緒にいればいいのに。今朝話したっていってもあれだけじゃ全然足りないでしょ。家事くらい俺だってやれるしさ」
「う、うん……、なんか、お母さんしてるとこ見られるのちょっと恥ずかしくって……」
「……ああ、なんだそういうことか」

 千紗はバツが悪そうに唇を尖らせた。
 何か気まずいものがあるのかと思ったのだ。和泉というか、俺に対して。昨日のこともまだ何も解決していないし。

「いや、俺もお父さんしてるとこ見られるの照れくさいからさ」
「あ、やっぱり? あいつの目、すっごい面白そうなもの見る目してるんだよ? いじってこないから別にいいけどさあ……」
「和泉自身は瞬くん相手でも全然変わらないからずるいよなあ……」

 あいつだって子供ができれば……いや、変わらなそうだな……。
 誰に対しても自分の調子を崩さずに話せるというのは憧れる。俺はそこまで人の顔色を伺うタイプではないと思うのだが、やっぱり子供とか女の人とか、自分を怖がりそうな相手には気を遣ってしまうものだ。

「変に気を遣いすぎないでうまくコミュニケーションとれるのは羨ましいよなあ……」

 俺の呟きを千紗は黙って聞いていた。
 運転中なので表情を伺うことができない。
 あ、信号に引っかかってしまった。長いんだよな、ここ。

「千紗……昨日はほんとにごめんね」

 朝の会話の続きだ。でも千紗は和泉と話したせいだろうか、少しだけ今朝よりも声が明るかった。

「あ……うん。……あのね、昨日の夜、あのあとね、お母さんがまだ起きてたから、ちょっとお話聞いて貰ったんだ。……あっ変な話とかしてないよ! 私のことだけだからね」
「そうだったんだ……あ、だから今朝寝坊してたのかな」
「多分そうだと思う。すごく親身に聞いてくれて、だからちょっと落ち着けれたよ。ごめんね、私すごくやな感じだったよね」
「ううん、怖がらせちゃったなあって心配しただけだよ」

 よかった、深刻な雰囲気は消えていた。

「……千紗は……」

 一体どういうことを考えて、なんであんな反応をしたのか。
 気になるのに、しかしどこから聞けばいいのかわからなかった。
 隣からの視線を感じる。俺がどう続けるのか気にして耳を傾けている。
 きっとこの子は、俺が思っている以上に俺の態度や反応を気にしているのだと思う。俺が千紗のことを気にするのと同じだ。
 そう思うと、やっぱりあれこれと聞いて、納得する答えを得ようとするのは俺のわがままのように思えた。

「……焦らなくていいからね。俺は千紗といられるだけで嬉しいから」

 そう告げるのが精一杯だった。
 隣で千紗はどんな表情をしているのだろうか。

「うん……」

 ……正直、母にどんなことを話したのか気になる。俺には話してくれないのだろうかと思う。……でも同性だから話せることだってあるだろう。話したいと思ったときに話してくれればいいのだ。そう自分を納得させる。
 うん。全部包み隠さず知り尽くすのが良いことでは決してないだろう。
 千紗が話したいと思った時に教えてくれればいい。それを待つべきなのだ。
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