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2章

 裕子さんとは仲良くやっているそうだ。
 おかげでむしろ距離が縮まるんじゃないだろうかと俺は睨んでいるのだが、裕子さんの話をするときの佐伯はいつも「んー……」なんて言って誤魔化すのだ。
 そりゃ、まあ、ここから恋愛関係へ……なんてのは難しい状況かもしれないけどさ。遠くからチラチラ見てるだけだった状況を思うと、大躍進じゃないかと思うのだが。
 裕子さんからは定期的に佐伯とこういうことをしたみたいな報告が届く。一緒に料理をしましたとか、服を買いに来ましたとか、何故俺に送ってくるのかは知らないけど。
 あんなに構ってもらえることなんてそうないだろうに。嬉しくないのか。

「このカーデね、裕子さんのおさがりなんだよ」
「お、いいじゃん。匂いかいだ?」
「もう! やめてよ! …………ちょっとだけ」
「まあ、羽織るときに否応なくかいじゃいますもんねえ」
「そーそー」

 全く白々しい。

「それにしても河合さんたち遅いなあ……」

 佐伯は指のささくれをいじりながら呟いた。
 今二人は小テストの追試の真っ最中である。大して難しい内容でもなかったはずなのだが、あまりに点数が酷い生徒が放課後召集されたのである。
 テストをパスした俺と佐伯も、二人を待つために巻き添えである。
 教室を追い出されてしまったので、廊下の壁に持たれて時間を潰しているところだ。
 テストは合格した順に解放される。すでに何人かが出て行ったが、二人はまだかかりそうだ。たぶん解き方が一切わからないんだろう。あとはもう先生との根比べだろう。計算ミスとかじゃない。知らないんだ。クリアのしようがないだろう。どう始末をつけるのか、担任の判断に委ねられている。
 できることならちゃんと教えてやってほしい。でないと試験勉強期間の俺の仕事が増える。

「お、最近仲良いねーお二人さん」
「うるせえ」

 教室から出てきたクラスメイトが冷やかしながら通り過ぎていく。

「お前も顔を赤くするんじゃないよ」
「ち、違うし! これは暑いだけだもん!」

 絶対嘘じゃん……。
 たしかに、男のときよりは一緒に行動することが増えた。
 でもそれは多分他の奴らが悪い。佐伯を過剰に女子扱いするからだ。そりゃあ居心地悪いだろうよ。
 また一人追試を終えた友人が教室から出てきた。

「和泉たちまだかかりそう?」
「全然手動いてねえもん。顔覆ってた」
「ああー……」

 やっぱりな……。小テストから追試まで時間があったのに、何をやってたんだか……。
 十分経っても出てこなかったら置き去りにしてくれ、と和泉は言い残していたが、もうとっくに二十分過ぎている。
 まあ、待てないほどじゃない。全然許容範囲内だけどさ。
 なんとなく二人で帰るのはどうなんだろうなみたいな気持ちがあるのは確かだ。
 周りの目も全く気にならないというわけではないし、おまけに二人でいるとなーんかたまに怒らせるんだよな。だから和泉たちもいたほうがいいのだ。
 そうやって次に開くのはいつかとドアを眺めていると、斜め下からの視線に気付いた。

「……な、何?」

 佐伯が俺の顔を見ていた。なんだよ。文句あるのか?

「なんか最近桐谷、オレ係みたいになってない?」
「……ええ? 勝手に就任させないでくれない……?」
「むっ……」

 佐伯は鼻の上に皺を寄せて唇をとがらせた。女だからいいけど、男だったらひっぱたきたくなる顔だ。

「別にいいけどさっ、桐谷女の子ちょっと苦手でしょ。だから気まずいのに無理させてるんじゃないかって、心配になっただけ! もう、気遣ってるのにさ」
「そりゃ女子と話すのは得意じゃないけど……。もう自分を女子としてカウントするようになったのか」
「他の人から見たら女の子なんだって自覚してるだけだよ! 桐谷まで意地悪言うのやめてよ」
「……ごめん」

 そうだ。何も好き好んで女の格好してるわけじゃないんだ。
 ちょっと浅はかだったな。

「ひどいなあ。こーんなに可愛いのに」

 佐伯はくるっとスカートを翻して一回転してポーズを決めた。
 ……こいつ、ものすごく満喫してないか?
 無視しておこう。

「……まあ、見た目はさておき、お前のこと女だとは思ってないから安心しなよ」
「あっそ」

 あ。機嫌が悪くなった。謝ったのに……。ほんとだ~可愛いね~とか言っておけばよかったのか?
 まあ佐伯の場合、こういうときは大抵機嫌の悪い振りである。
 特に励ましてやる必要はなく、全然関係ない話をしはじめたら普通に返事してくれるのだ。
 なんの話がいいかな。そう会話の糸口を探していると、佐伯がまた気まずそうにこちらを見ながら口を開いた。

「……最近オレのことばっかで、なんか申し訳ないんだよ。桐谷の話とか、全然関係ないことで盛り上がったりとか殆どできてないじゃん。つまんないでしょ」

 そ、そうだっけ……。
 全然考えたことがなかった。
 言われてみればたしかに……? しかし、事の大きさを考えると、仕方なくないか?
 あれこれいろんな方向に興味を分散できるタイプじゃないんだよな。
 佐伯に関することは色々考えたりないことがあるからちょうどいいのだ。

「別につまんないことはないよ」
「そう……?」

 そうだ。むしろこんなに興味深いことほかに早々ない。
 他の友人の代わり映えしないぼやきみたいな話を聞いてるよりよっぽど面白い。俺の話だって特に面白いものはないし。

「変なこと気にするなよ。らしくないな」
「そうかなあ、なんか、あんまり人に注目されるの得意じゃないんだよね」
「MC引き受けておいてよく言うよ」
「それは誰もオレのことなんて見てないじゃん、MCの人ってだけだよ」

 基準がわからん。
 俺はあんなに人の目に晒される舞台に立つのは嫌だけどな。

「そうじゃなくて……なんだろ……ほら、オレ真ん中っこだから。世話焼かれ慣れてないんだよねえ」
「ああ……。……俺世話焼いてる?」
「やい……焼いてる……かな? お世話はしてないか」
「してないしてない」

 それなら和泉とか、裕子さんの方がよっぽどだ。俺は別に直接なにかしてるってことはない。
 俺に文句を言うのはお門違いである。

「あっ佐伯じゃ~ん! 人待ち~?」
「そ~追試終わるの待ってんの」
「え、そんなんあるの~? だるいねー」

 通りかかった別のクラスの女子が佐伯に声かけつつ、何故か佐伯の手を両手で緩くとって左右に揺らしている。その動きにいったいどんな意味があるのか俺にはわからない。

「聞いてー今日調理実習あってさー」
「えーいいじゃん。何作ったの?」
「牛丼」
「あ、結構がっつり系なんだ」

 まるで俺の姿など見えないかのように女子はどうでもいいような話を繰り広げた。佐伯は大げさにリアクションして聞いている。
 当然俺は口など挟まない。佐伯もこっちに話を振ったりしない。そんなことされても困るし。
 もしかしてただ居合わせた人だと思われてるんだろうか。
 ちゃんと俺を佐伯の連れだと認識しているなら酷い扱いである。
 いつまで居座るんだと身構えていたが、少し話したのち、きりのいいところで女子はじゃあねーと去っていった。

「なに今の実りのない情報共有」
「実りなくたっていいじゃん。会話なんだから」

 そうだけどさ……。間を持たせるためならまだしも、わざわざ立ち止まってまでする話なのか?

「ごめんね、ほったらかしにしちゃって。多分オレの友達だって思わなかったんだと思う」

 そう言われるとちょっと情けない気分になった。
 まるで俺が拗ねて文句を言ったみたいである。佐伯にそんな意図ないだろうけど。

「いいけど、別に……」

 もしここで俺の友達が通りかかって立ち話をはじめたら、やっぱり佐伯を俺の友達とは思わないのかもしれない。まあ、それは男だったときからそうか。春頃は先生も意外な組み合わせだと驚いていたし。
 でも佐伯のことだから何も気にせず会話に加わってきそうな気もした。
 なんだよ。結局俺の会話スキルの問題か?
 なんとなくそのまま沈黙が続く。
 佐伯は少し廊下を歩いてみたり、戻ってきたり、窓の外を見てみたりしている。
 そうだ。こういう間が持たないときにするんだ。なんの実りもないような話っていうのは。
 しかし俺は何も思いつかなかった。
 話すほどのことでもないことに、口を開くほど話好きではなかったのだ。急にそんなことをしようとしたって、困ってしまう。
 ちらっと佐伯を見ると、開いた窓のふちに指を引っかけて、体を後ろに反らして天井を見ていた。足は壁際に寄せて、完全に腕のつっぱりだけで姿勢を保っている。
 何その行動……。

「裕子さんがさー」

 その体勢のまま佐伯が切り出した。
 実りのある話になりそうだ。
 そのまま視線を上に向けたまま佐伯は続ける。

「オレが女になって、もっと悲しんでくれるかなって、ちょっと期待してたんだよね」

 言い終えてから、体を起こす。そして肩を押さえた。

「あ、なんか肩変なんなった」
「なにしてんだよ……」

 首をひねりながら佐伯は大人しくまた壁に背を向けて、その場にしゃがんだ。

「そりゃあ、一番大変なのはお前なんだから、周りが本人差し置いて悲しんでなんかいられないだろ」
「そう……そうだよね……」

 なんで女になっちゃったんだよ、なんて佐伯に言ってもしょうがないわけだし。あからさまに悲しんでいたら、言葉にせずとも佐伯を責めるような形になりかねないじゃないか。
 裕子さんがそこまで気が回らない人だとは思えない。
 むしろ率先して励ますタイプじゃないか。つきあいの浅い俺にだってわかる。

「そうだって、わかってるんだけどねえ……」

 そのあと言葉は何も続かなかった。
 ちらっと盗み見た佐伯の横顔は、つまらなそうだった。
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