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誕生日大作戦

 さて、善は急げだ。善でなくとも急がなければ、誕生日に間に合わないかもしれないし。
 とはいえ家で千紗の目を盗んで電話というのも不自然だ。というわけで日中、仕事の休憩時間に俺は和泉へと電話をかけた。

『はー、そういや友也の誕生日ってもうすぐか』
「……友也じゃなくて、今は千紗ね」
『はいはい』

 まあ、友也でもあるんだけどさ。千紗は瞬くんの前では絶対に男時代の片鱗を出したくないと思っているので、禁句になっている。しかし別に捨てた名前というわけではない。忘れ去りたくもない。
 それでもやっぱりいざというとき瞬くんの前でボロを出さないためにも、できる限り千紗と呼ぶことを心がけてほしいのだ。

「本人に希望を聞くのが一番だとは思うんだけど、最初の誕生日くらいびっくりさせたくてさ」
『あー、たしかに。あいつ誕生日とか祝われることなかったから喜ぶぜー』
「そうなの? お前んちってこういうの盛大にパーティー開きそうだけど」
『おれんちはまー、そうだけど。友……千紗んとこはそういうのやんないし。あいつこの時期引きこもってること多かったからさー。姉ちゃんはたまにプレゼントあげてたけど、男同士でいちーちプレゼント用意するのもなんだし』
「へえ……」

 まあ駄菓子やファミチキおごるくらいはしたことあるけど、となんとも切ないお祝いの思い出を語られた。
 しかし、ふうむ。千紗は俺や両親やもちろん瞬くんの誕生日はいつも力を入れているから、てっきり誕生日くらいはきちんとする家庭だったのだと思っていた。けど、クリスマスも祝わない家だと聞いていたし、まあおかしくはないか。そういえば高校時代もいつの間にか祝いそこねていたしな……。
 あいつのことだからきっと誕生日前はやたらに騒ぐだろうし、どうせクラスメイトにも祝われるだろうから気付かないはずはないと思っていたのだ。
 ……おっと、今しれっと高校時代の感覚に戻っていた気がする。あいつ、なんて今は千紗には殆ど使わないのに。
 男時代の頃を思い出すと、同じ千紗として認識しているはずなのに、無意識に今の千紗と区別している気がする。見た目はもとより、中身もそれなりに変わってるから大目にみてほしいところではあるが……でもこれはよくないな。千紗は傷つくはずだ。

「……それで、千紗の好きなものとか、喜びそうなものってなにかないかな?」
『それ、ずっと離れてたおれに聞くか?』
「しょ、しょうがないだろ。彼女、あんまり自己主張しないからわからないんだよ。でも今根ほり葉ほり聞いたら企みがバレそうで下手に動けなくてさ……」
『お前が悩んで決めたもんならなんでも喜ぶんじゃねえの~?』
「それ河合さんにも言われた」

 そりゃあ人のアドバイスに頼るより、俺自身が千紗の喜ぶものを見つけられたほうが喜ぶだろうけど……でも俺は十分悩んだと思う。ヒントくらい貰ったって罰は当たらないだろう。

「お前は河合さんに贈ったもので好感触だったものってなにかある? ゲーム以外で」

 以前河合さんに誕生日プレゼントでどんなやりとりをしているのかと聞くと、ダウンロード版のゲームだとかネット通販で使えるギフト券だとか、非常に色気も彩りもない回答が返ってきた。しかし和泉はあれでロマンチストだし、河合さんが恥ずかしがって口に出さないだけでなにかしら寄越しているのでは、と俺はにらんでいるのだ。

『あー……なんだったかな……贈ったもんいちいち覚えてねえぞ。大体あいつがそのとき欲しがってるもんかなあ……』
「河合さんそういうこと言うんだ。自分の好みとか興味のことあんまり自分から言わない人でしょ」
『河合情報が古ぃな~! 同じ日本にいるくせによお』
「う、うるさいな」

 むしろ妻帯者が他の女の人の情報に詳しい方がよろしくないだろ!
 まあ、相手が河合さんなら許される気もしなくもないが。

『あいつ結構あれが欲しいだのこれを買い換えたいだのおれにねだってくるぜ? まあ冗談めかしてだけどさ』
「ええ? へ、へえ……そうなんだ……」

 意外だな。……まあ、何年も定期的に電話していれば、さすがに和泉からの話題だけじゃ限界もあるか。
 俺は不定期に河合さんのお店に寄るくらいしかできないし、電話だってしない。話す時間も密度も比較にならないだろう。
 相変わらずこの二人は付き合うだとか、そういう進展はないようだが、彼らなりの仲の深め方というのは順調に進んでいるらしい。

『でも千紗はそういうこと言わないと』
「あ、そう、そうなんだよ! 言うとすれば瞬くんの服だとかそんなのばかりでさ……」

 電話の向こうでふうむという声が聞こえる。

『いっぺん家族でウィンドウショッピングでもして反応みてみりゃいいじゃん。貰う方だってなんもないとこからじゃ思い浮かばなくても、実物を見たら興味持つかもしんねえし……あれ? 前も似たような話したか?』
「あー……そ、その節はどうも……」
『……あっ! そういや高校んときもお前とこんな話したなあ。お前成長しろよ』
「う、うるさいな! しょうがないだろ、プレゼントとかあれっきりだったし、成長する機会なかったんだから」
『ああ……まあ、そうか。わりい』

 謝られたらそれはそれで調子狂うのだが。

「でもショッピングはいいかも。しばらくそういうお出かけはしてなかったし、瞬くんも外に連れ出したいしな」

 暑くなってきたのもあり、俺たちの家族が引きこもり体質だというのもあり、休みの日にお出かけしよう、という流れにはあまりならないのだ。遠出するなら親に車を借りなければいけないというのも大きい。
 行くとしても動物園とか水族館とか、瞬くんが中心となるところばかりだ。
 それも楽しいんだけどさ。俺自身子供の頃あまり外に出なかったから新鮮だし。千紗も楽しそうだし。でもやっぱり俺も千紗も視線は瞬くんに向いていて、普通はきっとここに到達するまでにお互いのことをちゃんと向き合って知っておくべきであろう部分を、俺たちは経験せずにここまで来てしまったのだ。
 和泉に礼を言って通話を終えた。
 うむ、方針が定まった。
 というか、プレゼント云々の前に三人でショッピングという時点でナイスアイディアじゃないか。
 高校時代、大学時代と違って隠れて付き合う必要なんてひとつもないんだし! ちょっとわくわくしてきたぞ!

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「ショッピング?」
「うん、というか、ウィンドウショッピングね。買い物目的っていうより色々見て回るのも、たまにはいいんじゃないかなと思って。最近スーパーとか、薬局くらいしか行ってないだろ?」

 千紗は、「ああー」と頷いた。瞬くんの入園だとか、保護者の集まりだとか、それからパートとか、色々と新しいことがはじまってばたばたしていたからな。時間の流れが早く感じるのかもしれない。

「たしかにねえ。でも瞬、あれ欲しいこれ欲しいって駄々こねちゃう気がするなあ」
「……ああ……、いや、でもそれを心配してお出かけを差し控えるのはもったいなくない?」
「うん。それはその通りだ」

 うんうんと千紗は頷く。よし、いい調子だぞ。

「しゅんおそといかなくていいけどなー」

 ちゃんと大人の話を聞いていたらしい。瞬くんはハンバーグを飲み込むと口を挟んだ。
 千紗はウェットティッシュを取り出して瞬くんに口拭きな、と手渡す。

「そんなこと言わず、ついてきてよー。パパたちだけお出かけして瞬くんはお留守番なんて寂しいでしょ?」
「パパたちもいえにいればいいじゃーん」
「家にはいつもいるから、たまには外にも出るのもよくない? 付き合ってよ」

 お願い、と手を合わせると、瞬くんは「しょおがないなあ~」と胸を張ってなぜか偉そうに提案を受け入れてくれた。
 俺だって子供の頃は外に連れ出されるのは億劫だった。瞬くんの気持ちはよくわかる。家にいれば本も読めるし絶対に安心で安全だからだ。わざわざ外に出るのはしんどいし疲れる。そんな俺が子供に出かけようなんて誘うようになるとはな。

「それでいつ行くかだけど……、ママはシフトどうなってる?」
「あ、それは全然大丈夫。パパの休みの日はいつでも空いてるよー」
「へへへ……」
「何故そこでにやける……」

 いや、それはにやけるだろ。俺とできる限り一緒にいたいと思ってくれてるってことじゃないか! しかしあんまりそういうことを素直に口にすると千紗はふててしまうので黙っておいた。

「喫茶店っていうと、土日が稼ぎ時だろ? 休日が合わなくてすれ違い生活が始まったらどうしようかと思っていたんだよね」

 ちなみに俺の休みは日曜、あと水曜と土曜日の午後だ。千紗がパートをはじめてしばらく経ったが、今のところ俺の休みと千紗の出勤は被っていない。

「ああ、夕方と、あと土日祝日は学生のバイトさんが入ってるんだって。その子たちが試験の時とか、手が足りないってなったら私も出ることもあるかもだけど」
「なるほどね」

 言われてみればそれもそうか。逆に学生は平日の日中働けないしな。
 それにしても、こうしていつでも気軽にデートに誘えるっていうのはいいもんだな……。高校時代は暇はあったけど、行ける場所も移動方法も限られていたし。大人であってもこれが普通の恋人同士だったらお互い仕事やら家事やらそれぞれ予定があったろうし。
 でも家族ならいつでも誘えるし、家事だって一緒に片づけてしまえばいいのだ!


「どうしたのさ、突然ショッピングに行こうだなんて」

 二人で洗い物をしていると、こそこそと千紗がそう聞いてきた。

「別にどうしたというわけではないけど。さっき言ったとおりだよ。ここ最近あまり目新しいところに出かけてなかっただろ?」
「まあそれはそうなんだけどね。お仕事慣れて余裕出た?」
「ああ……そうかも?」

 もしかして、今まで仕事の疲れがたまっているだろうと休みの日は気遣ってくれていたんだろうか。
 実際のところ、それほどである。もちろん慣れないことはたくさんあるものの、肉体的に楽ではあるのが大きい。まあ、頭が疲れると同僚はよくぼやいているが、それに関しては得意分野だし。しかし千紗は俺の仕事を大層なものだと思ってくれているようだ。
 ……まあ、これが家に返っても俺一人だったらメンタル的にちょっと疲れていたかもしれない。俺は息抜きが下手らしい。
 新しいことを始めるほどの気力はなく、むやみにだらだら時間を浪費していたんじゃないかと思う。
 それが千紗や瞬くんがいると一気にスイッチが切り替わるというか、なんというか。気持ちがほぐれるような、うん、多分元気が貰えるのだと思う。同じようにだらだらと過ごしていても家族と一緒に過ごしていれば有益であると感じる。家庭をもつことにこんな効果があったとは。
 ……しかし、どこかに出かけたいだとか遊びに行きたいだとか思っていたのに、俺の体調を心配して遠慮させていたなら申し訳なかったな。未だに彼女は俺のこと若干虚弱体質だと思っているようだし。

「千紗ももし他に行きたいところがあれば教えてよ。瞬くんも幼稚園で色々情報蓄えてくるでしょ? 友達が旅行にいったとか、遊園地行ったとかさ。そういうの聞いたら行きたがるようになるんじゃないかな」
「ああ、そうかもねえ。夏休みも近いし……色々体験させてあげたほうがいいよね」

 瞬くんの出不精は相変わらずである。大勢の人がいる場所も怖がる。
 それも仕方がない。産まれてから二歳すぎまでほぼ家の敷地から出ることなく育ったそうだから。
 人気の公園に連れて行くと「こどもがいっぱいいるねえ」と自分を棚に上げて俺や千紗にひっついて離れない。とはいえしばらくするとテンションが上がってきて他の子と遊べるようにもなるのだが……。今のうちにもう少し気楽に馴染めるよう経験を積ませるのも親の務めだろう。

「あ、そうだ。俺も夏休み一週間くらいとれるらしいんだ。多分八月か九月くらいだけど。そしたら旅行でも行こうよ」

 軽い気持ちで言ったのだが、千紗はぱっと顔を上げて子供のような無邪気な声を上げた。

「ほんとっ!? うわあ、旅行なんていつぶりだろ。いいねえ、すっごくいい!」

 千紗の笑顔はもっともっと喜ばせたくなる、そんな欲求をくすぐる。
 これは早いうちに休みを確定させて宿とかとったほうがいい。いや、とるべきだ……。

「あ、でもこれは瞬には内緒だね。絶対すぐ行きたい今行きたいって駄々こねるよ」
「あはは、確かに」

 外出嫌いのくせに、なぜだかこういうときだけ我が儘になる瞬くんの姿は簡単に想像ついた。
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