誕生日大作戦
「ママ!! これほしいけど! ママもほしいでしょ!?」
「えー? 欲しいのは瞬でしょ?」
瞬くんはおもちゃ屋の一角で体をのけぞらせるようにしながら後ろにいる千紗に問いかけつつ、手はしっかりとおもちゃの箱をつかんでいる。
自分の欲しいものに目が眩んではいるが、ママの好みを探るという目的は忘れていないらしい。偉いぞ。ちょっとママが不審がってるけど、偉いぞ。
「瞬くん、さすがにこんな大きいおもちゃは今日はだめだよ。誕生日のとき買いにこようね。ほら、こっちのあひるちゃん可愛いよ」
「んえー」
瞬くんは不満げである。
そ、そうだよなあ……。魅力的なおもちゃがたくさんあるのに、それ以外のものから選べなんて酷だよなあ……。
ちらりと千紗に目配せするが、甘やかすなよとでもいうような鋭い目を返された。母はこんなことでは揺るがないのだ。
代わりに千紗が迷える瞬くんに助け舟を出す。
「瞬、ブロックの新しいパーツとかは? この前街作るのに足りないとか言ってたじゃん」
「あ、それねー! いいかもー」
「他のおもちゃでも、だいたいあのくらいの大きさのだったら買ってあげられるからね」
「そうなのー? おっけーおっけー」
瞬くんの返事の声のトーンといい発音といい、千紗にそっくりでつい笑ってしまう。千紗曰く、俺にそっくりな喋り方をするときもあるそうだが。
瞬くんが持っているブロックと同じシリーズの物が、バケツに入っていたり、箱に入っていたり、袋に入っていたりとボリュームや種類に分けられてずらりと並んでいた。人気シリーズらしい。色味とか形とか、屋内パーツとか、かなり種類がある。瞬くんは自然といつも買ってもらう小袋に入れられた棚を眺めている。偉い。同じブロックならこれでもいいでしょとバケツサイズを選んだりしないのだ。慎ましやかである。偉いので山程買ってあげたい。
しかし完全に自分の好きなものを探すモードになったな。……まあ、おもちゃ屋に千紗の欲しがるものがあるとは思わないけど。
あのあとボールプールでしばらく瞬くんと遊び、食事をとってから服屋をのぞいてみたり、生活用具を見てみたりと三人でうろついた。雑貨屋も見てみるか、と階を移動したらエスカレーターの目の前におもちゃ屋があり、瞬くんは罠に引っかかるかのように吸い寄せられてしまったのである。子供の理性で振り切るにはこの賑やかな店の雰囲気というのは刺激的すぎるのだろう。
せっかくの外出なのだし、元々何か小さいおもちゃくらいは買って帰るつもりだったからそれ自体は全く構わないのだが、問題はそのあとである。
おもちゃを手に入れた子供は、早く遊びたくてすぐにでも帰りたがるもんなのだ。そのためボールプールでひとまず満足してもらって、おもちゃ屋は最後のトリのつもりであった。
……まあ、帰るには遅すぎず、ちょうどいい時間であることはたしかだ。
でも、まだ千紗の好みは謎のままなのだ!
こうして改めて千紗の様子を見てみると、彼女の行動も目線も発言も興味も、本当に瞬くん中心である。いや、幼い子供の前での母親ならそんなものなんだろうけど。
服屋に寄れば子供服売場を見て、ついでに俺の下着やらソックスが安いから買おうとするくらいだし、文房具屋では幼稚園に持って行くものに名前をつけるためのスタンプとか、テプラを吟味して、結局「しゅん」という文字のワッペンを購入した。他の店でも俺の弁当を入れる巾着を作り直したいだとかばかりで、わざとやってるのかというほど自分の話が出てこない。
あれこれデザインの良さそうなものを勧めてみても、決していらないと切り捨てられることはないものの、やんわりと必要ではないという風に流される。本当にいらないのか遠慮しているだけなのか、情けないことに俺にはさっぱりわからないのが一番の問題であった。
「どうしたの? 今日すごい見てくるよね?」
「えっ!? そ、そうかな?」
「顔や髪型変かなって、何度も確認しちゃった」
瞬くんが好みのブロックのパックを吟味している後ろで、千紗が困ったように笑いながらこちらを見上げていた。
慌てて取り繕うが、千紗は自分のことは隠すくせに、人の隠し事には聡い。とっくに俺の怪しさには気づいていたのだろう。
「久しぶりの親子三人でのデートだからさ、そりゃあ、ね、見まくっちゃうよね」
「……なるほどね? でもパパばっかり周りを楽しませようと気を回さなくていいんだよ? 私たちもちゃんと楽しんでるし、パパ、自分のことそっちのけじゃない?」
思ってもみない指摘だった。
自分そっちのけなのは千紗のことではないか?
自覚していないだけで、俺も同じような態度を取っていたのだろうか。
「ごめん、そんな自覚一切なかった」
「うそー、何回か私たちに釘付けになってて柱にぶつかってたじゃない」
「そ、それはちょっとしたドジっこじゃん!?」
「自分でドジっこって言う人はじめてみた」
くすくすと千紗は肩を揺らして笑う。
しかし、改めて言われてみればたしかに、ちょっと必死すぎたかもしれない。
これじゃ同じ穴の狢じゃないか! ……まあ夫婦なんだから同じ穴でもいいよな、なんつって。いや、ひとつも笑えない。
「多分パパもおんなじなんだろうけどさ、私だってパパにも楽しんで欲しいんだよ~。家族サービスとか気を遣わなくていいからさ」
「サービスなんて!」
そんなの考えたこともないぞ!
まるでこっちが楽しんでないみたいじゃないか。こちとら幸せ噛み締めてんだぞ。千紗は俺の抗議の目に気づいたのか、しまった、というような顔をした。
「そっか」と呟いて、ちら、と視線を逸らすように瞬くんの後頭部を見つめる。そんな千紗を俺が見下ろす。
まあ、このあたりはもはや慣れた。相変わらず、千紗は俺の考えをポジティブに解釈するということは難しいらしい。昔ならなーんだ、と明るく流してしまいそうなところを、ずるずると引きずって後悔してしまうのである。
でも、明るく気にしてないふりをされるよりずっとマシだな。俺は簡単に誤魔化されてしまうから、慰めたり励ます機会があるのは恵まれているのだ。
俺はぽんぽんと千紗の肩を叩いた。ぴくっと体が跳ねる。が、ここで俺が気を遣うと千紗はさらに萎縮してしまうので気にしない風を装う。
「千紗だって、瞬くんに首ったけじゃないか。俺も全く同じってこと。まあ、千紗はもう少し俺に見とれてくれてもいいんだけど」
最後に少し茶化すと、千紗は顔の力を抜くようにやんわりと笑った。
……しかし、参ったな。
どうやら俺にさりげなく相手の趣向を察知するということはできないらしい。
……まあ、見る限りは明確な欲しいものがあるようでないのだから、見当違いの物を贈られたからと怒ったり悲しんだりすることはないだろうとは思うけど……。いや、ここにないものでどうしても欲しいものはやっぱりあるかもしれないよな……。やはり直接聞くのが一番か……。堂々巡りである。
俺の泥沼にハマりかけた思考を霧散させたのは瞬くんである。
「ねえ~パパ~こっちとこっちとこっちどっちがいいかな~」
「瞬くん、たくさんの中から選ぶときは、どっち、じゃなくてどれ、だよ」
「あ、そっか。どれがいいとおもう?」
素直に訂正する瞬くんの頭をわさわさと触りながら、差し示されたブロックのセットを見る。
「色が違うってこと? 形とかは同じなのか」
「そうなんだよね~、しゅんはあおいろすきだけどー、いっぱいほしいんだけどー、でもきいろいろはおうちにちょっとしかないしー、あっちのおてほんはさー、くろいろつかってるでしょ? しゅんまねっこしたいんだよう」
ガラスケースに囲まれて、店員さんが作ったと思われるブロックの作品がちらほらと飾られていた。黒い鉄塔のようなタワーに瞬くんは憧れたようである。他の作品のジオラマのようなサイズ感と比べると、その大きさは際だっている。大作だ。倒れたら小さい子なら怪我するかもしれない。まあ、ボリュームを小さくすれば再現可能そうだな。とはいえ、最低限の形を保つためだけでも結構なブロックの数が必要そうだ。
「あれ作るの? おうちで?」
「そう! ひみつちきのよこにたてて、まちあわせスポットにする」
一体誰と落ち合おうと言うのだ。っていうか待ち合わせ、とかスポット、とかどこで覚えたんだ……。
意気揚々と豪語する瞬くんと目線を合わせるため、千紗が横で屈んだ。ぱらぱら落ちてきた髪を邪魔そうに耳にかける。
「瞬の好きな色でいいと思うけどな。青色ならおうちにたくさんあるし、それと足したら青だけでもタワーできそうじゃない? でもいろんな色が混じってるのもいいと思うよ。そこは瞬のセンスだねえ」
「しゅんのせんす……」
「瞬くんが欲しいなーって思ったのでいいんだよ。まねっこするんでも同じ色使わなくたっていいんだし」
果たしてセンスという言葉の意味はわかっているのか。
どちらにせよ、黄色が少ないからバランスをとって……とかは別に気にすることではないだろう。足りなくて困ったから欲しい、というわけではなさそうだし。お手本が黒だから、というのもこだわりがないのなら従う必要はない。
このくらいの子は後先や全体のバランスなど考えず、欲しいものを欲しいと訴えるものだと思ってたけど。
瞬くんは、じゃあこれ……と青色のセットを選んだ。
「あおいろばっかりすきでへんなこっておもった?」
会計中、てへへと照れくさそうに瞬くんがこちらを見上げて言った。千紗の腕を取り、そこに重心を預けてぐねぐねとしている。
「え? なんで? 全然変じゃないよ。青色、かっこいいじゃん」
まあ、好きな色なんて時期や年齢によって移り変わる人も多いだろうし、そのときに青しかないブロックに後悔する時がくるかもしれないが。そのときはそのときだ。
会計を終え、シールを貼って貰ったブロックの包みを千紗のカバンに入れさせて貰う。
「変な子って、どうして? 幼稚園で言われたの?」
「みーちゃんにいわれたよう。クレヨンあおいろばっかりつかうのへんって」
「あら。瞬泣いた?」
「なかないけど!」
軽い口調で、茶化すように尋ねつつも、千紗はどことなく心配げである。幼稚園でお友達とどんなやりとりをしているかなんて俺たちにはわからないからな。特に瞬くんは人見知りするし、同年代の子の前では気の優しい……というかちょっと気弱なタイプのようだ。
このあたり、千紗の血が濃いらしい。間違っても言い返したり喧嘩を売るような子供ではない。
泣いたのかどうかの真偽はさておき、友達に言われたことを気にしていたようだ。
くちびるをとがらせる瞬くんを真ん中に、手を繋ぎつつ千紗に語りかける。
「なんか、感慨深いね。親の知らないところで影響受けててさ」
「あはは、そうだね。こういうことどんどん増えてくんだろうねえ」
せ、切ない! 寂しすぎる!!
何故千紗は嬉しそうに言うんだ……!?
「あっ」
駐車場に繋がる出口を目指していると、途中で瞬くんが声をあげた。
ぐりんと体ごとねじるように傾け、俺の手をふりほどくと千紗の手を引っ張って雑貨店に向かっていく。
パパのこと振り切らなくてもよくない……?
「これ、おひめさまみたーい!」
瞬くんが反応したのはきらきらと石で飾り付けられた髪飾りだった。あれだ、櫛みたいな形のクリップのやつだ。河合さんがたまにつけているのを見たことがある。
「え? 瞬こういうの好きなの?」
「ううん! ママがつけたらいーのに!」
「ママぁ? こんなキラキラなの似合わないよ~」
え……? しゅ、瞬くん……? もしかして、ママへのプレゼントを……? パパの作戦を覚えててくれたのか……? パパがすでに諦めかけてたことを……?
「ひ、ひとつくらいはそういうの、持っててもいいんじゃないかなあ……」
さりげなさを装いつつ、話に加わり千紗の反応を確認する。
「ええ? うーん。どっちにしてもこれは大きすぎかなー。私髪の量少ないし、毛も細いから、なんかねー、はさみごたえないんだよね。ヘアゴムも大きいと余っちゃうしねー」
別に毛量多すぎてまとめきれないよりよくないか……? 河合さんは悩んでたぞ。ゴムが髪の毛の圧に耐えきれなくてすぐちぎれるって。
しかし何かしら使用上の問題があるのかもしれない。ふむふむ、大きいクリップはあんまり、と。
「こっちのかんむりはー?」
「冠……じゃなくて、これはカチューシャだよ。えと、試着していいのかな。こうやって、前髪を上げたり……あ、なんか前よりちょっとおでこ広くなったかな……」
「ママおひめさまみたーい! ママがおひめさまなら、しゅんはおうじさまだねっ!」
「出たな。瞬の褒め殺し王子様モード」
「あれ、パパは……?」
いつの間にか王子の座を奪われていた。
千紗は棚に備え付けられた鏡を確認し、「まあ、可愛いけどね」と瞬くんに笑いかけながらカチューシャを棚に戻す。
「で、でも今の、似合ってたけどな。あっても使いそうにない?」
「んー。確かに、横髪も結構抑えられるっぽいし、あったら使うかもね。最近中途半端に伸びてきて邪魔だと思ってたし。……でもこういうきらきらしたのはやっぱりいいよ。服地味~なのにここだけ光っててもねえ。女の子らしい格好なんてしないし」
しかし、今までの中では好感触である。
どうやらこの店はパワーストーンをあしらったものがメインの店らしい。たしかに、デートなんかにはちょうどいいだろうけど、千紗が日常的に使うには派手かもしれない。
「でもま、なきゃ困るってもんでもないしね」
千紗はさっぱりした様子で、もう帰るよー、と瞬くんを促す。
俺はナイス、ナイス、と気持ちを込めて瞬くんの頭や肩をさすった。
「えー? 欲しいのは瞬でしょ?」
瞬くんはおもちゃ屋の一角で体をのけぞらせるようにしながら後ろにいる千紗に問いかけつつ、手はしっかりとおもちゃの箱をつかんでいる。
自分の欲しいものに目が眩んではいるが、ママの好みを探るという目的は忘れていないらしい。偉いぞ。ちょっとママが不審がってるけど、偉いぞ。
「瞬くん、さすがにこんな大きいおもちゃは今日はだめだよ。誕生日のとき買いにこようね。ほら、こっちのあひるちゃん可愛いよ」
「んえー」
瞬くんは不満げである。
そ、そうだよなあ……。魅力的なおもちゃがたくさんあるのに、それ以外のものから選べなんて酷だよなあ……。
ちらりと千紗に目配せするが、甘やかすなよとでもいうような鋭い目を返された。母はこんなことでは揺るがないのだ。
代わりに千紗が迷える瞬くんに助け舟を出す。
「瞬、ブロックの新しいパーツとかは? この前街作るのに足りないとか言ってたじゃん」
「あ、それねー! いいかもー」
「他のおもちゃでも、だいたいあのくらいの大きさのだったら買ってあげられるからね」
「そうなのー? おっけーおっけー」
瞬くんの返事の声のトーンといい発音といい、千紗にそっくりでつい笑ってしまう。千紗曰く、俺にそっくりな喋り方をするときもあるそうだが。
瞬くんが持っているブロックと同じシリーズの物が、バケツに入っていたり、箱に入っていたり、袋に入っていたりとボリュームや種類に分けられてずらりと並んでいた。人気シリーズらしい。色味とか形とか、屋内パーツとか、かなり種類がある。瞬くんは自然といつも買ってもらう小袋に入れられた棚を眺めている。偉い。同じブロックならこれでもいいでしょとバケツサイズを選んだりしないのだ。慎ましやかである。偉いので山程買ってあげたい。
しかし完全に自分の好きなものを探すモードになったな。……まあ、おもちゃ屋に千紗の欲しがるものがあるとは思わないけど。
あのあとボールプールでしばらく瞬くんと遊び、食事をとってから服屋をのぞいてみたり、生活用具を見てみたりと三人でうろついた。雑貨屋も見てみるか、と階を移動したらエスカレーターの目の前におもちゃ屋があり、瞬くんは罠に引っかかるかのように吸い寄せられてしまったのである。子供の理性で振り切るにはこの賑やかな店の雰囲気というのは刺激的すぎるのだろう。
せっかくの外出なのだし、元々何か小さいおもちゃくらいは買って帰るつもりだったからそれ自体は全く構わないのだが、問題はそのあとである。
おもちゃを手に入れた子供は、早く遊びたくてすぐにでも帰りたがるもんなのだ。そのためボールプールでひとまず満足してもらって、おもちゃ屋は最後のトリのつもりであった。
……まあ、帰るには遅すぎず、ちょうどいい時間であることはたしかだ。
でも、まだ千紗の好みは謎のままなのだ!
こうして改めて千紗の様子を見てみると、彼女の行動も目線も発言も興味も、本当に瞬くん中心である。いや、幼い子供の前での母親ならそんなものなんだろうけど。
服屋に寄れば子供服売場を見て、ついでに俺の下着やらソックスが安いから買おうとするくらいだし、文房具屋では幼稚園に持って行くものに名前をつけるためのスタンプとか、テプラを吟味して、結局「しゅん」という文字のワッペンを購入した。他の店でも俺の弁当を入れる巾着を作り直したいだとかばかりで、わざとやってるのかというほど自分の話が出てこない。
あれこれデザインの良さそうなものを勧めてみても、決していらないと切り捨てられることはないものの、やんわりと必要ではないという風に流される。本当にいらないのか遠慮しているだけなのか、情けないことに俺にはさっぱりわからないのが一番の問題であった。
「どうしたの? 今日すごい見てくるよね?」
「えっ!? そ、そうかな?」
「顔や髪型変かなって、何度も確認しちゃった」
瞬くんが好みのブロックのパックを吟味している後ろで、千紗が困ったように笑いながらこちらを見上げていた。
慌てて取り繕うが、千紗は自分のことは隠すくせに、人の隠し事には聡い。とっくに俺の怪しさには気づいていたのだろう。
「久しぶりの親子三人でのデートだからさ、そりゃあ、ね、見まくっちゃうよね」
「……なるほどね? でもパパばっかり周りを楽しませようと気を回さなくていいんだよ? 私たちもちゃんと楽しんでるし、パパ、自分のことそっちのけじゃない?」
思ってもみない指摘だった。
自分そっちのけなのは千紗のことではないか?
自覚していないだけで、俺も同じような態度を取っていたのだろうか。
「ごめん、そんな自覚一切なかった」
「うそー、何回か私たちに釘付けになってて柱にぶつかってたじゃない」
「そ、それはちょっとしたドジっこじゃん!?」
「自分でドジっこって言う人はじめてみた」
くすくすと千紗は肩を揺らして笑う。
しかし、改めて言われてみればたしかに、ちょっと必死すぎたかもしれない。
これじゃ同じ穴の狢じゃないか! ……まあ夫婦なんだから同じ穴でもいいよな、なんつって。いや、ひとつも笑えない。
「多分パパもおんなじなんだろうけどさ、私だってパパにも楽しんで欲しいんだよ~。家族サービスとか気を遣わなくていいからさ」
「サービスなんて!」
そんなの考えたこともないぞ!
まるでこっちが楽しんでないみたいじゃないか。こちとら幸せ噛み締めてんだぞ。千紗は俺の抗議の目に気づいたのか、しまった、というような顔をした。
「そっか」と呟いて、ちら、と視線を逸らすように瞬くんの後頭部を見つめる。そんな千紗を俺が見下ろす。
まあ、このあたりはもはや慣れた。相変わらず、千紗は俺の考えをポジティブに解釈するということは難しいらしい。昔ならなーんだ、と明るく流してしまいそうなところを、ずるずると引きずって後悔してしまうのである。
でも、明るく気にしてないふりをされるよりずっとマシだな。俺は簡単に誤魔化されてしまうから、慰めたり励ます機会があるのは恵まれているのだ。
俺はぽんぽんと千紗の肩を叩いた。ぴくっと体が跳ねる。が、ここで俺が気を遣うと千紗はさらに萎縮してしまうので気にしない風を装う。
「千紗だって、瞬くんに首ったけじゃないか。俺も全く同じってこと。まあ、千紗はもう少し俺に見とれてくれてもいいんだけど」
最後に少し茶化すと、千紗は顔の力を抜くようにやんわりと笑った。
……しかし、参ったな。
どうやら俺にさりげなく相手の趣向を察知するということはできないらしい。
……まあ、見る限りは明確な欲しいものがあるようでないのだから、見当違いの物を贈られたからと怒ったり悲しんだりすることはないだろうとは思うけど……。いや、ここにないものでどうしても欲しいものはやっぱりあるかもしれないよな……。やはり直接聞くのが一番か……。堂々巡りである。
俺の泥沼にハマりかけた思考を霧散させたのは瞬くんである。
「ねえ~パパ~こっちとこっちとこっちどっちがいいかな~」
「瞬くん、たくさんの中から選ぶときは、どっち、じゃなくてどれ、だよ」
「あ、そっか。どれがいいとおもう?」
素直に訂正する瞬くんの頭をわさわさと触りながら、差し示されたブロックのセットを見る。
「色が違うってこと? 形とかは同じなのか」
「そうなんだよね~、しゅんはあおいろすきだけどー、いっぱいほしいんだけどー、でもきいろいろはおうちにちょっとしかないしー、あっちのおてほんはさー、くろいろつかってるでしょ? しゅんまねっこしたいんだよう」
ガラスケースに囲まれて、店員さんが作ったと思われるブロックの作品がちらほらと飾られていた。黒い鉄塔のようなタワーに瞬くんは憧れたようである。他の作品のジオラマのようなサイズ感と比べると、その大きさは際だっている。大作だ。倒れたら小さい子なら怪我するかもしれない。まあ、ボリュームを小さくすれば再現可能そうだな。とはいえ、最低限の形を保つためだけでも結構なブロックの数が必要そうだ。
「あれ作るの? おうちで?」
「そう! ひみつちきのよこにたてて、まちあわせスポットにする」
一体誰と落ち合おうと言うのだ。っていうか待ち合わせ、とかスポット、とかどこで覚えたんだ……。
意気揚々と豪語する瞬くんと目線を合わせるため、千紗が横で屈んだ。ぱらぱら落ちてきた髪を邪魔そうに耳にかける。
「瞬の好きな色でいいと思うけどな。青色ならおうちにたくさんあるし、それと足したら青だけでもタワーできそうじゃない? でもいろんな色が混じってるのもいいと思うよ。そこは瞬のセンスだねえ」
「しゅんのせんす……」
「瞬くんが欲しいなーって思ったのでいいんだよ。まねっこするんでも同じ色使わなくたっていいんだし」
果たしてセンスという言葉の意味はわかっているのか。
どちらにせよ、黄色が少ないからバランスをとって……とかは別に気にすることではないだろう。足りなくて困ったから欲しい、というわけではなさそうだし。お手本が黒だから、というのもこだわりがないのなら従う必要はない。
このくらいの子は後先や全体のバランスなど考えず、欲しいものを欲しいと訴えるものだと思ってたけど。
瞬くんは、じゃあこれ……と青色のセットを選んだ。
「あおいろばっかりすきでへんなこっておもった?」
会計中、てへへと照れくさそうに瞬くんがこちらを見上げて言った。千紗の腕を取り、そこに重心を預けてぐねぐねとしている。
「え? なんで? 全然変じゃないよ。青色、かっこいいじゃん」
まあ、好きな色なんて時期や年齢によって移り変わる人も多いだろうし、そのときに青しかないブロックに後悔する時がくるかもしれないが。そのときはそのときだ。
会計を終え、シールを貼って貰ったブロックの包みを千紗のカバンに入れさせて貰う。
「変な子って、どうして? 幼稚園で言われたの?」
「みーちゃんにいわれたよう。クレヨンあおいろばっかりつかうのへんって」
「あら。瞬泣いた?」
「なかないけど!」
軽い口調で、茶化すように尋ねつつも、千紗はどことなく心配げである。幼稚園でお友達とどんなやりとりをしているかなんて俺たちにはわからないからな。特に瞬くんは人見知りするし、同年代の子の前では気の優しい……というかちょっと気弱なタイプのようだ。
このあたり、千紗の血が濃いらしい。間違っても言い返したり喧嘩を売るような子供ではない。
泣いたのかどうかの真偽はさておき、友達に言われたことを気にしていたようだ。
くちびるをとがらせる瞬くんを真ん中に、手を繋ぎつつ千紗に語りかける。
「なんか、感慨深いね。親の知らないところで影響受けててさ」
「あはは、そうだね。こういうことどんどん増えてくんだろうねえ」
せ、切ない! 寂しすぎる!!
何故千紗は嬉しそうに言うんだ……!?
「あっ」
駐車場に繋がる出口を目指していると、途中で瞬くんが声をあげた。
ぐりんと体ごとねじるように傾け、俺の手をふりほどくと千紗の手を引っ張って雑貨店に向かっていく。
パパのこと振り切らなくてもよくない……?
「これ、おひめさまみたーい!」
瞬くんが反応したのはきらきらと石で飾り付けられた髪飾りだった。あれだ、櫛みたいな形のクリップのやつだ。河合さんがたまにつけているのを見たことがある。
「え? 瞬こういうの好きなの?」
「ううん! ママがつけたらいーのに!」
「ママぁ? こんなキラキラなの似合わないよ~」
え……? しゅ、瞬くん……? もしかして、ママへのプレゼントを……? パパの作戦を覚えててくれたのか……? パパがすでに諦めかけてたことを……?
「ひ、ひとつくらいはそういうの、持っててもいいんじゃないかなあ……」
さりげなさを装いつつ、話に加わり千紗の反応を確認する。
「ええ? うーん。どっちにしてもこれは大きすぎかなー。私髪の量少ないし、毛も細いから、なんかねー、はさみごたえないんだよね。ヘアゴムも大きいと余っちゃうしねー」
別に毛量多すぎてまとめきれないよりよくないか……? 河合さんは悩んでたぞ。ゴムが髪の毛の圧に耐えきれなくてすぐちぎれるって。
しかし何かしら使用上の問題があるのかもしれない。ふむふむ、大きいクリップはあんまり、と。
「こっちのかんむりはー?」
「冠……じゃなくて、これはカチューシャだよ。えと、試着していいのかな。こうやって、前髪を上げたり……あ、なんか前よりちょっとおでこ広くなったかな……」
「ママおひめさまみたーい! ママがおひめさまなら、しゅんはおうじさまだねっ!」
「出たな。瞬の褒め殺し王子様モード」
「あれ、パパは……?」
いつの間にか王子の座を奪われていた。
千紗は棚に備え付けられた鏡を確認し、「まあ、可愛いけどね」と瞬くんに笑いかけながらカチューシャを棚に戻す。
「で、でも今の、似合ってたけどな。あっても使いそうにない?」
「んー。確かに、横髪も結構抑えられるっぽいし、あったら使うかもね。最近中途半端に伸びてきて邪魔だと思ってたし。……でもこういうきらきらしたのはやっぱりいいよ。服地味~なのにここだけ光っててもねえ。女の子らしい格好なんてしないし」
しかし、今までの中では好感触である。
どうやらこの店はパワーストーンをあしらったものがメインの店らしい。たしかに、デートなんかにはちょうどいいだろうけど、千紗が日常的に使うには派手かもしれない。
「でもま、なきゃ困るってもんでもないしね」
千紗はさっぱりした様子で、もう帰るよー、と瞬くんを促す。
俺はナイス、ナイス、と気持ちを込めて瞬くんの頭や肩をさすった。