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10章

 学生生活から解放された俺と河合さんと和泉は遊びまくった。
 一日中カラオケに入り浸ってみたり、電車に乗って旅行もしてみた。お金がないので日帰り旅行だけど。
 春休みの途中で和泉の合格通知が届いてファミレスで豪遊したり。
 まあ、浮かれていた。こんな解放感そうそう味わえることないだろうからな。はっちゃけた自覚があるので詳しくは伏せる。

 さて、ここからめくるめくスクールライフがはじまるのだが、まあなんだろう、悔やむべきは大学デビューしそこねた点くらいか。
 髪を整えたくらいで何もせずぬぼーっと入学式に臨んだのだが、周りはすでに大学生色に染まっていた。髪とかセットしてツンツンして、女子は化粧だってばっちりして、女子とか男子とかじゃない。女性男性だ。まさか俺以外全員浪人生だったわけではあるまい……同い年……いや正確には一個下の子が殆どであるはずなのに、なにかが違う……決定的に……。
 これは初めての環境への心細さがそう思わせるのかもしれないと思い込もうとしたが、隣の席に座った子に「飛び級?」と聞かれたのでやっぱり俺は一人だけ幼い姿をしているらしい。やめてくれ。俺が一体何をしたっていうんだ。俺を置いて先へ行かないでくれ。

 ……ともかく、まあ今更あがいてもしょうがないので諦めることにした。翌日から慌てて髪の毛染めてバチバチに決めていったらきっと笑いものになるだろう。もう俺はこの路線でいくしかない。
 今に見てろよ。これから成長期はじまってすぐに盛り返してやるからな……。

 大学生活がはじまって数日が経った。
 サークルに入る余裕はなかった。学業だけでも忙しい。なんせ今までの数学だの英語だのの授業とは全く違うことを学ぶのだ。面白すぎる。
 大学に通って、ろくに通わずに遊びに耽るという感覚がわからなかった。知識の塊がそこらじゅうにあるんだぞ。自分の知らない知識をたっぷり持っていて、しかもそれを教えてくれる人が目の前にいるんだぞ。しかもタダで。……いや、授業料はしっかり払ってるんだけど。
 図書館だって立派だ。もう興奮して軽くイキそうになった。このままここに住みたい。
 欲を言うなら大学院にも進んでみたい。なんなら全く違う分野を学ぶために通いなおしてみたいと一年目から思ってしまった。もちろんそんな余裕はない。きちんと四年で卒業して就職するつもりだけどさ。
 しかしふと、こんな楽しい思いをしていいのかと考えてしまう。
 自分が楽しんでいるものすべて俺が佐伯から取り上げてしまったのだ。佐伯は勉強には興味がないようだったけど、それならそれでサークル活動だとか、色んな知り合いを作ったりだとか、俺とは違う形でいくらでも楽しめたと思う。
 育児で一番大変な時期を押しつけて、俺は好きなことをしている。かといって俺が苦しんでいればいいかっていうと、そういう問題でもないし。そんなのはすべて今佐伯には関係がないのだ。
 ……やはり、一刻も早く再会したい。という気持ちと、今再会したって、やっぱり苦労をかけるだけだというふがいない気持ちが襲ってくる。

 図書館では真っ先に特殊能力を持った子供の特性について調べた。身を持って知ってはいるものの、その分自分の経験した情報しか知らないのは危険だ。むしろ子供の主観なんて勘違いや偏りがあって当然だし。
 特殊脳理学はかなり歴史の浅い学問だし、存在は昔からあっても技術力が追いついて研究が進んだのはここ2、30年である。だから図書館の本は新しいものが多く、またそれ専門の学校であるにも関わらず量は想像より少なかった。
 他にも医学、民俗学、宗教だのとも関わりが深いからそのあたりのコーナーも充実しているけど、とりあえずそっちは後回しだ。いずれ見て回るつもりである。
 特殊能力を持っている子供の中でも、俺たちのような大気や気候の影響を受けるのは自然型と呼ばれている希少なタイプだ。それについての書物となるとさらに少なかった。細胞型とかは多いんだけどな。
 とにかく、毎日少しずつ読んでいこうと思う。通学時間も伸びたことだし、そしてそのまま授業の予習にもなっちゃうし。最高だな。

 ある程度大学生活に慣れたところでバイトをはじめた。大学生にありがちな家庭教師だ。相手は高校生。ほぼ同年代だ。今の所問題は特にないと思う。俺は愛想が良くないし怖がられるかと思ったのだが、思ったほどではなかった。
 むしろ初めて顔を合わせたときは「中学生じゃん!」と随分舐めた口を利かれたものだ。
 もう二年もすればお酒だって飲めるのに……。
 ……まあそれはともかく、人にものを教えるというのは面白い。和泉を相手にしていたときもそうだったが、きちんとこちらの言っていることが伝わるというのは気持ちがいいものだし、相手の苦手な部分やクセを分析して直していくのも楽しい。本人たちもやる気があるしね。

 そんな様子で、大学生活はまあ、充実はしていると思う。
 できれば車の免許を取りたいところだな。佐伯探しに田舎にいくならレンタカーを借りた方がずっと楽だろうから。とりあえず当面その費用を貯めるつもりだ。
 幸いというかなんというか、今の所飲み会だとか合コンとかには縁がなさそうだし……。まれに誘われても断っている。先輩に勧められてお酒を飲まなきゃいけない雰囲気になったりしたら嫌だし。そういうルールは犯したくないのだ。
 付き合いは悪くともそれなりに会話ができる相手はできた。
 やはり大学生ともなると向こうもある程度大人だ。変わり者はいてもあからさまな嫌な奴というのはいなかった。みんないい意味で個人主義らしい。かなり気は楽だった。

 さて、帰り道にあるというのもあってちょこちょこと河合さんのお店には顔をだしていた。
 最初のうちはおじいさんがいて、河合さんはお手伝いという調子だったのだが、客足が少ないのもあり最近は河合さんひとりでお店にでているようで話しやすい。週に1、2回程度かな。帰りが遅くなる日は通りがかってももう閉まっているし。

「あら。また来たの。大丈夫? もしかして友達できないの?」
「いやいや……河合さんにそんな心配される筋合いはないよ」

 そういうと河合さんはふてくされる。
 河合さんは長かった髪を少し短くして、セミロングくらいにしていた。それに量もすいて、かなりさっぱりした印象になっている。
 ショートにしないのかと聞くと、まとめられるほうが都合がいいんだそうだ。

「そうだ。桐谷も免許とりたいんでしょ? 一緒に自動車学校通いましょうよ。余裕できてからでいいから」
「お。いいね。河合さんもとるの?」

 ちょっと意外だ。俺より出不精だし、車が必要なところまで出かける気がなさそうだし。
 河合さんは何かの書類をまとめてファイルに閉じながら答える。

「本を学校に運んだり、そういう仕事もあるのよ。じいちゃんいつ死んでもおかしくないし、ちゃんと仕事覚えないとね」

 自分の祖父に対してなかなかに縁起でもないことを言う。
 店自体は失礼ながら暇そうなのだが、見えないところで仕事があるらしい。
 そして河合さんは店番中の暇な時間、なにやらパソコンをカタカタと操作しているのだ。
 何をしているのかと聞くと、なんと、お話を書いているらしい。ドラマの脚本家を目指しているんだそうだ。なるほどと思った。勉強して資格をとればなれるって職業でもない。家業を手伝いながら空いた時間で作品づくりに取りかかってどこかしらに応募するのは理にかなっていると思えた。
 正直河合さんは卒業後どうするつもりなのか見ていて不安だったのだ。お店を手伝うといっても、生き甲斐になるってわけでもなさそうだし、新しい人間関係が育まれるということもなさそうだ。大きなお世話なのだが、その上和泉も離れていくとなるとどんどん河合さんがまた一人になっていくようで、心配だった。
 河合さんはこう……俺が言えた義理じゃないのだが、元気とか活力みたいなものが非常に薄いからな。元気にしているだろうか、と心配にもなる。和泉は放っておいたって勝手に楽しくやるんだろうが。
 和泉は6月に入るとさっさと日本を出ていってしまった。そりゃあ早いとこ向こうに馴染んでおく必要あるだろうけどさ。ホームステイというか、親戚の家の一部を借りるとのことだ。俺は連絡取ってないから向こうの生活がどんな様子なのかは知らないけど。
 それにしたってあいつ、ちょっとムカつくな。いくら夢の海外生活だろうと、こんないたいけな河合さんを一人ほっといて遠くに行ってしまうなんて。プロポーズまでしておいて。フラれてたけど。
 河合さんはぽつぽつと和泉はどうしてるかしら、海外で騙されたりしてないかしら、なんて心配しているのに。俺は佐伯と離れたくなんかなかったのに、自ら離れていくのは理解しがたい。……いや、まあ、夢を諦めて河合さんに人生を捧げろなんて言える立場じゃないんだけどさ。第一、告白を断ったのは河合さんだし……。
 どうしてこうもうまく事は運ばないのか。一緒にいたい人が一緒にいられないなんて。パズルのようにぴったりはまらない。

「……河合さんは和泉とは連絡とってるの? あいつ、もう向こうに行ってしばらく経つでしょ」
「毎晩電話してくるわよ。まあ数分だからいいんだけどね」
「ええ!? ま、毎晩……?」

 付き合いたてのカップルか!?
 二人共連絡不精なくせに! 俺をのけものにして!
 ……まあ、誘われても毎晩通話なんて嫌だけどさ。

「あー、電話っていうか、通話? インターネットのソフトがあるのよ。タダなの。えっとね、カフェにいってコーヒー頼めたとか、地下鉄が怖くて泣きそうになってたら通りがかったおばさんがつれてってくれたとか、隣に住んでる小学生と友達になったとか、そういう話をしてくれるの。うまくやってるみたい」
「ははあ……」

 まあ、あいつはどこでもやっていけるよな……。修学旅行でオーストラリアにいったときも、なんだかんだむちゃくちゃな英語で意志疎通できてたし。
 むしろ日本より住みやすいんじゃないだろうか。日本では金髪というだけで目をつけられているところを見たことがあるし、リアクションも距離感も日本では少し目立っていた。

「あの人、あのまま永住する気かしら」
「それ、ムカつくね。散々河合さんにアプローチしてたくせに」
「ほんとよ、もう。これで電話がこなくなった日が来たらさすがに不安になってしまうわ」

 口振りとは裏腹にのほほんとした表情で河合さんはお茶を飲む。
 やっぱり不思議な距離感の二人だ。ひっつきすぎだと思ったら今度は離れすぎたり。それでも精神的な距離感はどっちでも変わらないのだから、お似合いなのかな、と思わざるを得ない。
 これで向こうで彼女なんか作ったらさすがに怒って良いよな。きっと河合さんは怒らないだろうから、俺が代わりに。
 でもなあ、向こうの女性は積極的なんだろうなあ……。いくら色恋に興味ないったって……なあ……。
 ま、信じて待つしかないよな。せいぜい楽しんできたらいいさ。
 俺もこっちで自分なりにうまくやらないとな。
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