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9章

 体育祭が終わると文化祭だ。
 二年の頃もそうだったが、うちのクラスはあまり文化祭に自分からなにかしようっていう気概がない。余計な仕事がないのはありがたいことだ。
 といっても三年生は殆どが受験勉強に忙しいし、うちのクラスに限らず当日を息抜きとして楽しむという方向だ。二年生が中心となっている。部活に所属した三年と委員会が最後の仕事としてバックアップ程度に関わる。
 現在俺は委員会に所属していないので特に仕事があったわけではないのだが、去年に引き続き文芸部の作品の朗読係を依頼された。影絵などで物語を再現したものにナレーションを当てるのだ。
 なんでも、去年こっそりと好評判だったらしい。聞いてないぞ。
 演技力もないし、あまり感情を乗せて読むタイプではないのだが、まあナレーションならそれがちょうどいいんだろうか。
 他にすることもないので承諾した。何かしら関われるならそれに越したことはないもんな。
 文化祭にあたって、嫌でも佐伯のことを思い出させられていた。体育祭の時ももちろん思い出したけど、あの時はまだ男だったし。今となっては女の姿の方が思い入れは強いのだ……といったら佐伯は悲しむだろうか。
 去年の佐伯の活躍をみたよその学校の生徒なんかが、あの人は出ないのかな? なんて噂しているのを聞いた。直接運営に聞いてくる人までいたそうだ。
 ほら、あの喋りのうまい子。髪が長くて、垢抜けた感じの。
 だってさ。褒められてるじゃん。佐伯。垢抜けてるらしいですよ。俺も垢抜けたいよ。未だに中学生に間違えられるんだぞ。この前なんて受験生だからと普段より短めに髪を切ったら小学生に間違えられたぞ。


 文化祭が終わればあとはもうただの授業の毎日だった。
 ちょこちょこと色んなテストを受けたり、面接の練習をしたり。
 和泉はかなり英語が上達していた。夏休み中一週間ほど海外の親戚の家に行っていたらしいし、そこでだいぶ向上したようだ。
 まあ感覚的な部分が大きいらしく、学校のテストでは苦戦しているようだが……でもテストができても日常会話がてんでだめなら海外進学なんてやってられないしな。
 今までちんぷんかんぷんだった外国の児童書の字を指で追って、読める、読めるぞ! と喜ぶ姿を見ると俺も頑張らなくてはと身が引き締まる。

 その日は河合さんと二人で学校のボランティアに参加していた。内申点稼ぎである。せせこましいったらないよな。
 入学時、俺は相当に志が低かった。学力的には特進にも入れたのだが、授業量も多いそうだしと尻込みしたのだ。小中とまともに卒業式に出たことがない。入院が長引いたり、具合が悪くなって参加できなかった。
 義務教育ならまだしも高校なんて出席日数が足りなければ留年だってあるのだ。とてもスムーズに卒業まで通える自信などなかった。
 そのため部活にも入らず、委員会も最低限、生徒会も入らずだ。責任を果たせないことが恐ろしかったのだ。
 おかげさまでなんとかここまでやってこれたが、代わりに人に言えるような実績というものがやはり改めて考えても全くない。
 肩書きみたいなものは当然ひとつもないし、面接じゃ多少盛るもんだと和泉にアドバイスされたが、盛るもなにも0のものには盛りようがない。でも頑張ったことと言えば……、うん、健康は手に入れられたと思う。人並み程度だけど、それは大きい。っていうか、人並みの健康が最上級だしな。一旦崩すと持ち直すのは大変だ。
 やっぱり将来的に施設での治療を必要とする子供たちを見る仕事に就くための学校なわけだから、その子供側の気持ちがわかる、というのはプラスだよな。
 うん。そういう方向でいこう。

「和泉がね、自分の長所ってなんだろーって。言ってたのよ」
「え? ああー」

 物思いに耽っていると河合さんが空き缶を拾いながら言った。今日のボランティアは地域の清掃である。
 それにしても、勉強以外は自信満々のように振る舞っていた和泉も面接だかの対策で悩んでいるんだろうか。
 海外は日本とは入学の時期も受験の内容も当然違うし、今あいつがどういうことをやっているのかは把握していない。夏休みからこっち、なんとかのテストを受けた、とかぼやきは聞いたことがあるが。もう出願とかはしたんだろうか。まあ、あいつは意外としっかりしているから心配ないだろうが。

「長所ねえ……そう言われると難しいよね」
「そうなの。優しい、とか言ったって、そんなのみんな優しいでしょ?」
「……うーん、和泉は優しい……っていうかいい奴だけど、雰囲気は結構怖そうなとこあるしなあ」

 河合さん視点だと優しいんだろうけど、結構あいつ、厳しいとこあるからな。接していけば穏やかだし、親切だし、いいやつだってわかるんだけどさ。いかんせん態度と口が悪いから、どうしても荒っぽくて攻撃的そうな印象を受けるんだよな。見た目をもっとフォーマルな感じに整えて、おしとやかに動けばそれっぽくなりそうな気はするけど。

「ちなみに、俺の長所ってなんだと思う?」

 そう尋ねると河合さんは腕を組んで眉間にしわを寄せた。そんなに悩むか。

「正義感が強い」
「おおっ」

 すごく良い長所じゃないか。

「でも柔軟性に欠けるわ」
「なんで短所も言うの!?」

 そんなの求めてないのに!
 わかるよ、長所であり短所でもあるって言いたいんだろう。
 頭が堅い自覚はあるんだよな……。柔らかくったって、どうしたら柔らかいのかわからない。

「わたしの長所ってなにかしら」
「……」

 あ。これ意外と難しいな。
 穏やかで話しやすい……だけど、これは俺の主観にすぎない。俺と河合さんとテンションみたいなものが似ているからだろうし、うまく喋れない相手の方が多いようだから長所とは違う……。優しい……んだけど、ちょっと空回ったり、なかなか行動に移せないところはあるみたいだ。行動に出せなければどれだけ優しい心を持っていても他人は認識してくれないだろう。大人しく見えて結構はっきりものを言うところはいいと思うけど、トラブルにもよくなっているし……。
 沈黙が長すぎたのか河合さんはほっぺを膨らまして俺の腕をぐーで殴った。全然痛くないけど。

「違う、違うよ。あるんだけどね。形容しがたいだけなんだよ」

 河合さんは決して納得しなかった。
 その日の帰りはひたすら河合さんのご機嫌を伺う羽目になった。あのときの河合さんよかったな~助かったな~とかいって。別れ際には満足そうにしていたので多分大丈夫だと思う。


 そんな日々を過ごしながらあっという間に二学期は過ぎていった。
 後半になると何人かの女子が勉強を教えて欲しいと声をかけてきた。昼休みの時間なんかを使って教えると河合さんとも話すタイミングが減ってくる。帰りに予備校がある日は本当に登校のときくらいしか話すチャンスがない日もあった。
 そういうとき女子に囲まれてもデレデレしなくなったわね、とからかわれるのだ。前はデレデレしていたっていうんだろうか……。
 まあ俺だってもう童貞じゃないしな。一年も前に卒業したのだ。
 かといって女子らしい女子との共通の話題なんかは未だに見いだせないから会話に困るし、リアクションだってついていけない。勉強を教える以外、気まずさはもちろんあるのだが、やたらめったり緊張したり、ちょっとしたことでドキドキしたり好きになったりはしないのだ。大きな成長だ。
 そして悲しいことに緊張せずに話せるようになったからといってモテるわけでもない。……まあ、モテたって困るけどさ。俺には佐伯がいるのだ。
 佐伯がいるのだが、女子の恋バナを盗み聞いたり、たまに男の意見を求められたりすると、やっぱりちょっと不安になってくる。

 一応、佐伯とは両思いで別れた、とはいえちゃんと別れようと言われて了承したんだよな。それって今は両思いだけど、そのうち他に良い人を見つけてくださいってことなんだろうか。
 もしかして、これから先何年も佐伯のこと思い続けて探し続けるのって、ストーカーとかそんな風に思われるんだろうか。そしたらちょっと嫌だな。
 でも女性は過去は過去って割り切るらしいしな。男は引きずるとはよく聞く。その感覚の違いをを彼女たちの会話からひしひしと感じていた。別れたはずなのに未練がましく連絡とってきてうざい、とか。好き合ってたはずなのにうざいって。そんな風になるものなのか。相手を嫌いになって別れた経験などあるはずもないので、全くわからない感覚だった。
 もし十年後とかに再会して、佐伯はもう別の人生を歩んでいて、他に出会いや別れを経験していて、そこで俺がずっと佐伯のこと思っていたよ! と言うのは、やっぱり押しつけがましい……のだろうか。佐伯がそんな状況に陥ったら、良いように考えたとしても俺に対して罪悪感を持ったり、申し訳ない気持ちにはなるよな。
 一番いいのは佐伯もずっと俺のことを思っていてくれて、お互い純愛を貫くってやつだ。いや、まあ、佐伯は結婚してるんだけどさ……。
 かといって、じゃあ俺も恋愛なんかしちゃうぞーとはならない。だってやっぱり佐伯のことを忘れることはできないし。もし万が一にも良い出会いがあったとして、だ。それで万が一佐伯が俺のことを思い続けてくれていたら俺が裏切ることになる。そんなのだめだ。
 第一、彼女ができた! ってときに佐伯と再会したらどうするんだ。うん。いつどこで会えるかわからないんだ。いつでも来いという態勢でいるべきだ。
 例え重かろうと、佐伯にお前のことだけずっと考えていたよ、なんてわざわざ言う必要だってないしな。俺が勝手に思い続けていればいい話だ。うん、そうだ。
 ……ただ、今から佐伯が別の人と恋愛していても受け入れられるように覚悟しておかないとな……。どこでどんな出会いをするかなんてわからない。男が短命であることが少数ながらも確実にあるこのご時世、シングルマザーの再婚率は高いし。……いや、佐伯はシングルマザーじゃなくて既婚者なんだけどさ……。その旦那とラブラブになっている可能性だって全然……うっ気持ち悪くなってきた。
 こんなことなら別れるときに絶対迎えに行く、とかそういうことを言っておけばよかったな。
 ……いや、そんな約束したって人の気持ちはや状況は押さえられないよな。約束を違えたあとで責める口実になってしまうだけだ。
 佐伯がどうしていたって、受け入れるしかない。逆恨みするような人間にはならないように気をつけないとな。俺は勝手にずっと佐伯のことを考えていればいいんだ。
 そもそも、会えないとはいえこの世のどこかに子供がいるんだから恋愛だってやってられる立場じゃないよな。もちろん法的には俺の子供にはなっていないけど、でもどこかにいるし、会えたら認知というのをする気でいるんだ。そんな状況で彼女なんか作れない。相手だって絶対嫌だろうし。
 ま、結局のところ俺のやることは変わらない。佐伯を見つけるのだ。女子にうつつを抜かしている時間はない。元々色恋とは縁がない人生だったし、元に戻っただけだ。
 とにかく、器が大きくて懐の深い人間になろう……。
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