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2章

 佐伯が病院に行っている間、我が学校の生徒は目前に迫った文化祭にむけて最後の準備に取りかかっていた。
 といっても、うちの学校は部活動での取り組みが最優先なのである。結束が固いクラスもあるだろうが、少なくともうちのクラスは適当に楽に終わらせましょ~という意識の低い集団であった。ありがたいことだ。団結とか、青春とか、そういうの無理なんだよな。
 色んな部活が共同であれこれ企画を立てたり、部活に所属していなくともこのときに限ってはスカウトなんかされることだってある。
 俺は文芸部と放送部による朗読会で、何作かの朗読をやってみないかと声をかけられて参加していた。
 放送部は当日校内放送やら体育館全体のアナウンスやら、放送部自体のなんとか大会だので手一杯らしく、文芸部との共同作業に寄越されたのは一年ばかりだったのだそうだ。部外者からするとそれもいいじゃないかと思ったのだが、どうにも自分の作品にあう声がいない! と文芸部自ら好みの声を求めて校内をさすらっていたのだという。
 一体全体どこからどうして俺を見つけたのか、それは謎である。
 まあ少しくらい行事に参加しておいたほうがいいかな、と思って軽い気持ちでOKしたわけだ。
 というわけで俺はここしばらく……というか佐伯のことがあるまでリハーサルだとか指導を受けたりだとかで予定はみっちりだったのだ。
 何故か読む範囲が急に増えたり、読み方に強いこだわりを主張されたり、まあ面倒くさかった。朗読の最中文芸部本人たちは自前の小物を使って演出をするらしいのだが、本職ではないのだから仕方がないがぎりぎりまでぐだぐだしていた。あれがまだ完成してないとか、やっぱり変えたいとか。
 それを俺の前で繰り広げるもんだから、もう見ていられなくなって口を出し、手と足もちょっと出した。
 実際の仕事量の割に、かなり時間と精神力を持って行かれた。
 しかしまあ、俺の責任というのは僅かだからいいのだ。朗読なんて、台本は読めるし、表にでるわけじゃないから誰だってできる。
 問題は佐伯だ。
 やつはまあ~色んな部活の出し物に首を突っ込んでいたのである。
 月曜日の放課後、そちらの始末でてんやわんやしていた。それどころではなかったはずなのに。
 クイズ大会のMC、ファッションショーのモデル、どこそこの売り子などなど……。どれも表に出る仕事ばかりだ。通りやすい声してるから使い勝手が良いのだろう。
 特にモデルの方は服のサイズも全く合わなくなる。佐伯を責めてもしょうがないことなのだが、女として登校してすぐ断りを入れに行ったあとの佐伯はしょぼくれていた。
 まるで佐伯が悪いかのようになりつつあるのは、よくない流れだと思った。
 しかし本人の切り替えは早い。無関係の俺よりも早い。

「ほらみて、女の人用のTシャツも貰っちゃった!」

 クイズ大会ではスタッフお揃いのTシャツがあるらしく、俺たちに自慢げにそれを着て見せてくれた。そちらの方は変わらず参加できるらしかった。
 ……しかし、普段はやや大きく厚手の生地の服を着ているせいで目立たないが、ぴったりサイズの服を着ると女性らしいラインが出るな。

「この姿になってから全然打ち合わせとか練習出れてなかったのにさ、気にしなくていいよって言ってくれたんだ~! クビになるかと思ったのに!」

 喜ぶ佐伯に河合さんは呆れ気味である。面倒ごとを嬉しそうに引き受ける姿が信じられないのだ。

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 かくして、文化祭当日である。
 佐伯がMCをやっている最中、俺も体育館で待機していたのでバッチリその姿は見れた。聞こえやすい声で、場の空気を上手に誘導していたと思う。まるでこんなこと慣れてますよ、というような安定した立ち振る舞いだった。好評だったと思う。ただ同じく待機していたスタッフ曰く、ほとんどアドリブらしいけど。それはいいのか……?
 ただどこからの情報なのか、何度か観客側から「あの子男の子らしいよ」なんていう声が聞こえた。
 まさか男が突然女になったとまでは思わなかったのか、女装した男なんじゃないかというような口振りでしかなかったが……一体どこからそんな噂が流れるのか不思議だった。
 そのくらい遠くから見る佐伯は女の子でしかなかったのである。

「よかった、佐伯を確保できて」

 河合さんはご機嫌にたこ焼きを頬張った。
 店番が終わった和泉と、一仕事終えた俺と佐伯も合流して四人で巡っていた。ファッションショーの仕事がなくなった分佐伯も暇ができたのだ。
 いつもテンションの低い河合さんもこの日ばかりは少し浮かれているようで、嬉しそうに俺たちに気を配って声をかけていた。
 体育祭のときは和泉が休みだったし、やっぱり全員揃っての行事に気持ちも上がるのだろう。
 俺はあまり文化祭に対してのモチベーションというのはなかったのだが、河合さんが学校生活を満喫できていると俺も嬉しかった。きっと和泉や佐伯も同じ気持ちのはずだ。
 和泉は当然河合さんにひっついてるとして、佐伯だって他の女子なんかにも模擬店を回ろうと声をかけられただろうに、真っ先に河合さんのところに来ていたくらいだし。

「佐伯、お化け屋敷行くのよ!」
「ええっなんで!? 河合さん怖いの嫌いじゃん!」
「佐伯が騒いでる姿を見るのは好きなのよ」

 河合さんに手を取られ、佐伯は口では抵抗しつつもされるがままに引っ張られている。

「なんか河合に女友達ができたみたいで感動する……」

 和泉は少し離れたところから見守りながらその微笑ましい光景を噛み締めていた。
 まあわかるけど。
 佐伯も男だったときは、一応あれで女子との距離感というのを線引きしているらしかったが、今は普通に手を繋いでいる。それがなおさら同性の友人らしく映った。

「二人一組ですって」

 あとに続いていた俺たちに河合さんが声を張って告げると、そのまま二人で中に入ってしまった。

「えっ」

 こいつと二人かい。
 地獄かな。

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 そうして、文化祭は予想していたよりも問題もなく、順調に終わった。
 よその学校の男に佐伯がナンパされたのは面白かった。どうしても笑いをこらえることができなくて、不気味そうに男共は去っていった。
 佐伯自身は不思議そうにしていた。案外本人は相手の意図に気づけないものなのだろうか。
 正直佐伯はチョロそうだから声がかかっただけだろうが、河合さんは何度もすれ違いざまに振り返って、可愛いとか綺麗とか言われていたのに自分のことだとは露ほども思わなかったみたいだし。意外とみんな自分のことには無頓着らしい。
 まあ、河合さんの場合はみんなビビって直接声をかけたりはしないからしょうがないのかもしれないけど。
 そうだ、ムカつくことに和泉も女の子にちょこちょこ声をかけられたらしい。腹立つ。
 見た目が派手だからだろう。あとバカだってことを知らないからだ。面食い共め。
 ……あれ? だとするとなんの反応も貰えなかったのは俺だけか?
 このメンバーでもしかして俺って浮いてるのか?
 なんだよ。ムカつくな。
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