挿話
「おそらく、元の体はなくなってます」
なんだか笑ってしまいそうだった。周りの雰囲気に合わせて、神妙な顔をしておいたけど。
ご臨終です、みたいに言われてもな。と佐伯は他人事のように考える。やっぱり吹き出しそうだった。よくもバレないものだと感心する。
青白い顔をして謝罪を続ける男を見下ろしながら、佐伯は頭を整理する。
男の体には戻れないらしい。
思ったほどの落胆はなかった。もはやこれは自分の体としてすっかり馴染んでいたからだろう。それからじわじわとした罪悪感。
いろんな考えが頭の中を出てきたり消えたりして、ひとつのことに集中できない。
男の体への執着はもはやない。あれでは人に愛されないことを実感したからだ。
決して今の体になって人に愛情を向けられたわけではないが、それでもある程度たやすくはなったと実感できる。周りが優しくなって、人が自分に何かしらの感情を抱いてくれるのを感じるようになった。これは佐伯にとって大きい変化だった。
親から何度もどうして男に生まれてきたのかと文句をつけられていた記憶が、無意識のうちに佐伯の思考をすんなりと誘導していた。
そしてようやくみんなが望んでいた体を本当に自分のものにできたのだという喜びと、やはり元の持ち主に自分の体を押しつけてしまったという申し訳ない気持ちがぐるぐると渦巻く。
しかし、なんにせよ、これからはこの体で生きていくのだ。
そう言われてしまえばすっきりした。今となっては、元に戻りたいなどというのは建前でしかなくなっていたし。
今夜は、一人でもゆっくりと眠れそうだと思う。
この体になったせいで眠るのが怖くなったはずなのに、きっとどこかで自分はおかしくなってしまったのだろうなと、やはり他人事のように感じた。
---
それから、情けない話、あっという間に桐谷には全てバレてしまった。隠しておきたかったことを。伝えたいことほど伝わらないし、伝えたくないことほど隠してはおけないものらしい。
悪は滅びる。そういうことなのだと理解して、自分は悪側で、桐谷はいつだって正義なのだと思わせられた。
やっぱり怒られて、そうすると佐伯も怒りが湧いたことに自分自身が一番驚いた。
こちらの意図には気付いてくれなかったくせに、今になって、と逆恨みのような感情をどうにか落ち着かせて、残ったのは気だるい気持ちと、やっぱり、最後には嬉しい気持ちがあった。
絞り出すような彼の「好き」という言葉は、その真意が自分にはとてもわからなくたって、形状としては自分が求めていたものに違いはないのだから。
桐谷は自分のことで頭を支配されているということに優越感を感じつつも、やはり、一生太刀打ちできないのだろう。彼は自分にないものを持ちすぎている。
もはや恋愛感情とか、そんな繊細な感情を自分の中から見つけ出すのは難しい。憎しみのようにも思えたし、羨んでいるだけかもしれない。そしてやはり、憧れとか、欲望なのかもしれない。
ただ浅ましく、間抜けでも、どうにか自分を救ってくれるものに身を寄せるしか生き残る方法はないのだ。
今はそれだけでも、許される気がした。
なんだか笑ってしまいそうだった。周りの雰囲気に合わせて、神妙な顔をしておいたけど。
ご臨終です、みたいに言われてもな。と佐伯は他人事のように考える。やっぱり吹き出しそうだった。よくもバレないものだと感心する。
青白い顔をして謝罪を続ける男を見下ろしながら、佐伯は頭を整理する。
男の体には戻れないらしい。
思ったほどの落胆はなかった。もはやこれは自分の体としてすっかり馴染んでいたからだろう。それからじわじわとした罪悪感。
いろんな考えが頭の中を出てきたり消えたりして、ひとつのことに集中できない。
男の体への執着はもはやない。あれでは人に愛されないことを実感したからだ。
決して今の体になって人に愛情を向けられたわけではないが、それでもある程度たやすくはなったと実感できる。周りが優しくなって、人が自分に何かしらの感情を抱いてくれるのを感じるようになった。これは佐伯にとって大きい変化だった。
親から何度もどうして男に生まれてきたのかと文句をつけられていた記憶が、無意識のうちに佐伯の思考をすんなりと誘導していた。
そしてようやくみんなが望んでいた体を本当に自分のものにできたのだという喜びと、やはり元の持ち主に自分の体を押しつけてしまったという申し訳ない気持ちがぐるぐると渦巻く。
しかし、なんにせよ、これからはこの体で生きていくのだ。
そう言われてしまえばすっきりした。今となっては、元に戻りたいなどというのは建前でしかなくなっていたし。
今夜は、一人でもゆっくりと眠れそうだと思う。
この体になったせいで眠るのが怖くなったはずなのに、きっとどこかで自分はおかしくなってしまったのだろうなと、やはり他人事のように感じた。
---
それから、情けない話、あっという間に桐谷には全てバレてしまった。隠しておきたかったことを。伝えたいことほど伝わらないし、伝えたくないことほど隠してはおけないものらしい。
悪は滅びる。そういうことなのだと理解して、自分は悪側で、桐谷はいつだって正義なのだと思わせられた。
やっぱり怒られて、そうすると佐伯も怒りが湧いたことに自分自身が一番驚いた。
こちらの意図には気付いてくれなかったくせに、今になって、と逆恨みのような感情をどうにか落ち着かせて、残ったのは気だるい気持ちと、やっぱり、最後には嬉しい気持ちがあった。
絞り出すような彼の「好き」という言葉は、その真意が自分にはとてもわからなくたって、形状としては自分が求めていたものに違いはないのだから。
桐谷は自分のことで頭を支配されているということに優越感を感じつつも、やはり、一生太刀打ちできないのだろう。彼は自分にないものを持ちすぎている。
もはや恋愛感情とか、そんな繊細な感情を自分の中から見つけ出すのは難しい。憎しみのようにも思えたし、羨んでいるだけかもしれない。そしてやはり、憧れとか、欲望なのかもしれない。
ただ浅ましく、間抜けでも、どうにか自分を救ってくれるものに身を寄せるしか生き残る方法はないのだ。
今はそれだけでも、許される気がした。