8章
あっという間に短い冬休みは終わってしまった。
デートは一回しかできなかった。四人で初詣に行ったあと、俺たち二人だけ延長戦をしたくらいである。
元々佐伯は、俺が両親に彼女できたことを勘付かれたというのを気にして慎重になっていたのだ。電話口で怒られてたのをちょっと聞かれたし。
デートがあまりできないならとちょこちょこ自室で細心の注意を払って電話をしていたのだが、そこで、父がどうやら河合さんが彼女と勘違いしてるっぽいよウケるよねとお笑い草にしようと話したらすっかり佐伯は意気消沈してしまった。
そんな反応が返ってきてようやく、佐伯は俺が河合さんといる方が似合うと思っていたことを思い出し、やっちまったと悟ったのである。後の祭りだ。
必死にフォローしたがあまり手応えはなく、会いに行っていいかと聞けばキレ気味に断られた俺は父親にやつあたりして、そして登校日になってようやく仲直りできた。
俺はすっかり飢えていた。
「ううーん」
佐伯は唸っていた。
「だめ?」
「だめっていうか…………」
「正直、俺はボロ出したつもりはないけど、河合さんにはなんとなくバレてるような気がするんだよね」
「たしかに……河合さん人のことよく見てるもんなあ……」
俺は佐伯に、俺たちが付き合っていることを河合さんたちに公表する許可を貰えないか打診していた。
始業式がはじまるまでの自由時間みたいな感じである。みんなまだ年明けの空気を引きずっているのか、少しテンションが高くてこちらのこそこそとした会話は聞こえていないらしい。それでもはっきりした言葉は避けて会話していた。多分普通の友人同士の会話風景にしか見えないはずだ。
別に河合さんたちに話したからって人前でいちゃつきたいわけではない。俺だってそういうところは見られたくないし。
でも隠すせいで変な勘違いをされたり、佐伯が傷つくのはもうやめたかったのだ。
「ど、どう……?」
「正直……オレは誰にも知られたくないよ」
「そ、そんなに嫌……?」
「ごめん……」
な、なんでえ……?
そりゃあ俺だって親に報告なんてことはまだ恥ずかしくてしたくないけど、でも和泉や河合さんに対しては隠しておくほうが無理があるじゃないか。
「ごめんね。もうちょっと待って。それから考える」
考える、か。もうちょっと待ったら公言してもいい、ではないんだな……。
しょうがない。普通のカップルだって周りに隠したい人はいるだろうし。
釈然としないが、このままではまたよそよそしくなってしまいそうなので、突っ込んで聞くのは諦めた。白黒はっきりつけようとするのは俺のよくないところだ。ちゃんと引かないと。
「そ、そうだ、あれから先輩は大丈夫? ストーカーとか、ない?」
「あ、うん! それは平気。オレも最近は殆ど帰ることないしね」
なるほど、それなら佐伯家にいるよりは安心だろう。
男に戻れないとわかったあと、これ以上居候は申し訳ないからと佐伯家に戻るという話になりつつあったのだが、結局和泉家に落ち着いているようだ。
多分和泉家の人たちは最初から佐伯を歓迎していたんだと思う。佐伯の方が理由を見つけられなくて遠慮していた形だったのだ。しかし先輩とのことがあって佐伯も危機感を抱いたのかもしれない。
「最近料理教わってるんだー。超家庭的な子になっちゃうかもね」
「すごいじゃん、花嫁修業?」
「そんなとこかな!」
冗談めかして佐伯は同意しながら笑った。
家事のかの字も知らなかった佐伯が生活力を身に着けつつあるなんて。出会った頃は考えもしなかったな。
「でもお手伝いだけだから、お弁当とかはまだまだ作れそうにないかな。あれってさ、短い間にちょこっとだけをたくさん作らなきゃいけないでしょ? そんなの全然手回んなくて」
「そりゃあすぐには無理だよ。俺も一回家庭科の宿題で作ったことあるけどさ、メインの料理作り終わってからじゃないと味噌汁とかに取りかかれなかったもん」
「ねー! むずいよねー。ほんとに慣れんのかなー。毎日なんて作ってらんないよ」
よかった、軽い気持ちでデートに手作りのお弁当持ってきてくれないか、みたいなことを今まで言わなくて。
多分佐伯のことだからあっさり断るだろうけど。
彼女のお弁当に憧れていたから、という理由でお願いするのは自分の料理スキルを考えるとかなりのワガママだと今の会話で気付いたのだ。ちょっと冷や汗をかいた。
だって、俺が急にお弁当作ってきてくれなんて言われたら絶対無理だ。付け焼き刃では残念な結果になるのは目に見えてる。料理なんて家庭科くらいでしかやらないし、お弁当箱だって自分用のしか持ってない。
彼女だからって自分と同じレベルであろう相手に付き合わせるのはかなり自分勝手だったと反省したのである。
「おいしいの作れるようになったらお弁当作ってくね」
「えっ!?!? い、いいの!?」
佐伯が周囲に気を遣って小声で言ったのに、それを打ち消す大声がでてしまった。やばい。めちゃくちゃ視線を集めている。
ち、違うんですよ……と誰に言うでもなく言い訳を並べようとしたところで体育館への移動の号令がかかった。た、助かった。
「ほ、ほんとにいいの?」
移動の波に乗りつつ小声で聞くと、佐伯は苦笑しながらうんうんと頷いた。
ええ……? いいのか……!? めちゃくちゃ嬉しいんだが……。
付き合い始めはかなりドライだったのに、まさかこんな献身的に振る舞ってくれるなんて……。
ああでも、ここまでくるとやっぱり人に自慢できないのが辛くなってきたぞ。
我慢だ我慢。
そうだ、全部日記にしたためよう。死後発見されたら死にたくなるから当たり障りないことだけ書こうと思っていたけど、こういうことを書かなくてどこに書くっていうんだ。ネットに書くよりうんとマシなはずだ。
今すぐ駆け出したい気持ちをなんとか抑えて、俺は式に臨んだ。
にやにやは抑えきれなかったらしく、先生に精神状態を心配された。
デートは一回しかできなかった。四人で初詣に行ったあと、俺たち二人だけ延長戦をしたくらいである。
元々佐伯は、俺が両親に彼女できたことを勘付かれたというのを気にして慎重になっていたのだ。電話口で怒られてたのをちょっと聞かれたし。
デートがあまりできないならとちょこちょこ自室で細心の注意を払って電話をしていたのだが、そこで、父がどうやら河合さんが彼女と勘違いしてるっぽいよウケるよねとお笑い草にしようと話したらすっかり佐伯は意気消沈してしまった。
そんな反応が返ってきてようやく、佐伯は俺が河合さんといる方が似合うと思っていたことを思い出し、やっちまったと悟ったのである。後の祭りだ。
必死にフォローしたがあまり手応えはなく、会いに行っていいかと聞けばキレ気味に断られた俺は父親にやつあたりして、そして登校日になってようやく仲直りできた。
俺はすっかり飢えていた。
「ううーん」
佐伯は唸っていた。
「だめ?」
「だめっていうか…………」
「正直、俺はボロ出したつもりはないけど、河合さんにはなんとなくバレてるような気がするんだよね」
「たしかに……河合さん人のことよく見てるもんなあ……」
俺は佐伯に、俺たちが付き合っていることを河合さんたちに公表する許可を貰えないか打診していた。
始業式がはじまるまでの自由時間みたいな感じである。みんなまだ年明けの空気を引きずっているのか、少しテンションが高くてこちらのこそこそとした会話は聞こえていないらしい。それでもはっきりした言葉は避けて会話していた。多分普通の友人同士の会話風景にしか見えないはずだ。
別に河合さんたちに話したからって人前でいちゃつきたいわけではない。俺だってそういうところは見られたくないし。
でも隠すせいで変な勘違いをされたり、佐伯が傷つくのはもうやめたかったのだ。
「ど、どう……?」
「正直……オレは誰にも知られたくないよ」
「そ、そんなに嫌……?」
「ごめん……」
な、なんでえ……?
そりゃあ俺だって親に報告なんてことはまだ恥ずかしくてしたくないけど、でも和泉や河合さんに対しては隠しておくほうが無理があるじゃないか。
「ごめんね。もうちょっと待って。それから考える」
考える、か。もうちょっと待ったら公言してもいい、ではないんだな……。
しょうがない。普通のカップルだって周りに隠したい人はいるだろうし。
釈然としないが、このままではまたよそよそしくなってしまいそうなので、突っ込んで聞くのは諦めた。白黒はっきりつけようとするのは俺のよくないところだ。ちゃんと引かないと。
「そ、そうだ、あれから先輩は大丈夫? ストーカーとか、ない?」
「あ、うん! それは平気。オレも最近は殆ど帰ることないしね」
なるほど、それなら佐伯家にいるよりは安心だろう。
男に戻れないとわかったあと、これ以上居候は申し訳ないからと佐伯家に戻るという話になりつつあったのだが、結局和泉家に落ち着いているようだ。
多分和泉家の人たちは最初から佐伯を歓迎していたんだと思う。佐伯の方が理由を見つけられなくて遠慮していた形だったのだ。しかし先輩とのことがあって佐伯も危機感を抱いたのかもしれない。
「最近料理教わってるんだー。超家庭的な子になっちゃうかもね」
「すごいじゃん、花嫁修業?」
「そんなとこかな!」
冗談めかして佐伯は同意しながら笑った。
家事のかの字も知らなかった佐伯が生活力を身に着けつつあるなんて。出会った頃は考えもしなかったな。
「でもお手伝いだけだから、お弁当とかはまだまだ作れそうにないかな。あれってさ、短い間にちょこっとだけをたくさん作らなきゃいけないでしょ? そんなの全然手回んなくて」
「そりゃあすぐには無理だよ。俺も一回家庭科の宿題で作ったことあるけどさ、メインの料理作り終わってからじゃないと味噌汁とかに取りかかれなかったもん」
「ねー! むずいよねー。ほんとに慣れんのかなー。毎日なんて作ってらんないよ」
よかった、軽い気持ちでデートに手作りのお弁当持ってきてくれないか、みたいなことを今まで言わなくて。
多分佐伯のことだからあっさり断るだろうけど。
彼女のお弁当に憧れていたから、という理由でお願いするのは自分の料理スキルを考えるとかなりのワガママだと今の会話で気付いたのだ。ちょっと冷や汗をかいた。
だって、俺が急にお弁当作ってきてくれなんて言われたら絶対無理だ。付け焼き刃では残念な結果になるのは目に見えてる。料理なんて家庭科くらいでしかやらないし、お弁当箱だって自分用のしか持ってない。
彼女だからって自分と同じレベルであろう相手に付き合わせるのはかなり自分勝手だったと反省したのである。
「おいしいの作れるようになったらお弁当作ってくね」
「えっ!?!? い、いいの!?」
佐伯が周囲に気を遣って小声で言ったのに、それを打ち消す大声がでてしまった。やばい。めちゃくちゃ視線を集めている。
ち、違うんですよ……と誰に言うでもなく言い訳を並べようとしたところで体育館への移動の号令がかかった。た、助かった。
「ほ、ほんとにいいの?」
移動の波に乗りつつ小声で聞くと、佐伯は苦笑しながらうんうんと頷いた。
ええ……? いいのか……!? めちゃくちゃ嬉しいんだが……。
付き合い始めはかなりドライだったのに、まさかこんな献身的に振る舞ってくれるなんて……。
ああでも、ここまでくるとやっぱり人に自慢できないのが辛くなってきたぞ。
我慢だ我慢。
そうだ、全部日記にしたためよう。死後発見されたら死にたくなるから当たり障りないことだけ書こうと思っていたけど、こういうことを書かなくてどこに書くっていうんだ。ネットに書くよりうんとマシなはずだ。
今すぐ駆け出したい気持ちをなんとか抑えて、俺は式に臨んだ。
にやにやは抑えきれなかったらしく、先生に精神状態を心配された。