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8章

 母と祖母が歓談している間、暇なので屋敷を探検して回った。毎年恒例である。
 祖母一人には広すぎる家だというのに、俺の喘息を気にしてかなり掃除をしてくれているらしい。もう殆ど症状は出ないから必要ないよとそろそろ言わなくては。
 俺がいつもチェックするのは父の部屋と物置部屋だ。父の部屋は二十年ほど前に父が出ていったときのままの姿を保っている。といっても駆け落ちしたときに持ち出したらしく、タンスも引き出しにもめぼしいものは残っていないのだが。
 やっぱ形見みたいなものが欲しいもんだよな。
 大量の本はあるけど、義理の父の蔵書とごっちゃになってしまったし。こう……なにか……いい感じの……意味深な感じの……ペンダントとか、懐中時計とかさ……。
 なにか面白いものはないかと盗賊のように漁って周るが、やはり目を引くものはなかった。なにかあれば去年までの俺が見つけているだろうしな。
 することもないのでベッドに寝転ぶ。
 まさか使っても居ない布団をこまめに洗濯などしないだろうが、意外と埃っぽさとか湿った感じなんかはなかった。くたびれた感じはあるから、寝心地がいいというほどではないけど。

 もし父が生きていたらどんな父親なんだろう。写真や動画は見たことがあるが、それだけではピンとこなかった。
 親の友人みたいな人に話を聞ければもっと色々わかったかもしれないけど、駆け落ちしてそのまま殆どを入院して過ごしたらしいし、今まで親の古い友人というのを紹介されたことがない。
 母はともかく、父はなかなか人に心を許すタイプではなかったみたいだし。
 ……そう思うと、母がいないと結構孤独な人だな。心配になるぞ。もう死んでるのに心配もクソもないけど。
 だとすると父も父で生きてたら俺のことを心配してたのかな。今だって草葉の陰から見守っているかもしれないし。
 高校に入るまでろくに友達もできず、彼女なんて一生できないんじゃないかという息子は……まあ……心配か。
 安心してくださいパパ! あなたの息子はこの数ヶ月とてつもない勢いで男を上げています! 見守っててね!

 いつの間にか眠っていたらしい。
 毎日写真で見ているパジャマ姿の父に、呆れ顔で「調子に乗るな」と釘を差される夢を見た気がした。

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 そうして迎えた大晦日、俺は年越しを迎えるはずがいつの間にかこたつで寝てしまい、元旦に起きたときには布団に入っていた。子供か?

 元日は忙しかった。俺はすることもないが、雰囲気が忙しかった。
 朝には父が合流し、祖母と丁寧な挨拶をしていた。うちの母より祖母の方が年が近いんじゃないだろうか。まあ純和風の祖母と、英国紳士を目指している父では趣味は合わないだろうけど。
 そのあとは次々に客が現れ挨拶していく。俺は隅っこに隠れたかった。別に人見知りなんてするタイプではないが、よく知らない大人たちと順繰りに社交辞令をしてまわるなんて好きなわけがない。
 それでもお年玉が貰えるので大人しくしっかりとしたいい子をやった。
 父にそっくりだってさ。ほんとかな……。

 それらが終わると初詣だ。ちょっと休ませて欲しい。しかし祖母と母は俺がすやすや眠っているうちにすでにお参りに行っていて、初日の出を拝んだらしいので俺と父のための初詣だ。へとへとになりながら人の群れに揉まれた。
 ちなみにおみくじは末吉。佐伯ともっといちゃつけますようにと祈った。お願いします……今日俺なりに頑張ったんです……。
 そして二日には帰宅。別にだらだら居着いてもすることはないし、俺の体調を考えると長いすべきではないという判断のお陰である。俺はやっと解放された。
 もう二度と行かない。今まで何度も思ったことだが、そう誓う。

 帰るなり俺はソファにだらけて座りながら珍しく佐伯に電話した。
 田舎にいた間もメールで新年の挨拶はしていたけど、やっぱり落ち着いて声が聞きたかった。

『もしもしー桐谷~? やっほーあけおめー』
「やっ……あけましておめでとう」
『田舎どうだった? お年玉たくさん貰えた?』
「貰えたよ……それ以上に疲れたけど……。これでラブホ行き放題だね」

 ものすごい形相の両親がこっちを振り返るのに気付いて今リビングに荷解き中の親がいることを思い出した。

「違う違う違う冗談! 冗談だから!」
『バカ……』

 佐伯との通話はそこで終了し、俺は父親からこんこんと説教を受けた。
 高校生がそういうところに出入りして、もしバレて処罰されるのはホテル側である、ということとか、あと当然のように自分の立場をわきまえた交際をすべきだとか、そういうことである。
 俺はこれはただの男友達との冗談で……という姿勢を崩さなかったのだが、まあ、それは嘘だし……。それに父には母がこっそり佐伯のことを話していたらしい。堅物なあなたの息子に彼女なんてできるわけないじゃないですか~なんて言い訳は通用しなかった。
 やってしまった。俺はベッドに引きこもって丸くなっていた。ぷるぷると震えていた。
 父親に説教されることなんてほとんどなかった。悪さなんてしない子供だったし。
 何より父からみた佐伯がどのように映っているのかが心配だった。
 真面目な息子をたぶらかしたとか思わないだろうか。……いや、そこまで俺のことを神聖視しているわけないか。中学生の頃エロサイトを見ようとして架空請求の被害にあったとき父親に泣きついたし。
 ならどら息子がよそのお嬢さんを傷物にした……という風に思っているだろうか……。

 ……辛い……。
 親にそういうことがバレるの……予想以上に嫌だ……。恥ずかしい……。もう無理だ……もう何も知らない無垢な一人息子を演じることはできないんだ……終わりだ……。
 もうテレビでエッチなシーンが流れて気まずそうにしていても、でもお前こういうことしたことあるんだろ? という目で見られるんだ……。おしまいだ……。

 そのまま俺は気がついたら三時間ほど眠ってしまい、目が覚めたら、もうすっかりそれはそれ、これはこれだ! と佐伯を初詣に誘っていた。
 和泉の脳天気さはもう責められないなと思う。
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