このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

8章

 年末年始、バタバタするだろうけど初詣なんかは佐伯と一緒に行けるだろうな、なんて思っていたのだが、俺は父親の実家に連行されていた。
 父というのは血の繋がった方のだ。
 母親の地元でもあるのだが、母方の祖父母はすでに亡くなっているため、父親の方の実家に帰るのだ。母と二人。義理の父は仕事の都合で数日遅れて挨拶にくるという手はずだ。実家では祖母が一人暮らししている。
 うちの父方の家系は、代々男は短命なのである。

 この家はかなり古い、平屋で、土塀が周りを囲っている。池だってある。庭師だって出入りしているらしい。
 そして恐るべきことにネット環境がない。
 山の中なので携帯はたまに圏外になる。電話は黒電話だ。時代が俺が生まれる前で止まっているような家なのだ。そんな家に行きたい子供はそういないだろう。
 とにかく暇な家だった。佐伯に連絡を満足に取ることもできないし。
 元気な子供なら自然に囲まれて駆け回っただろうけどさ。
 俺は受験勉強が……とか言い訳をして逃げようとしていたのだが、来年こそ受験で帰省どころではなくなるし、再来年はもう大学生だ。もしかしたら今住んでいる家にすら帰らない環境かもしれない。
 最後の祖母孝行だと思って、みたいな言葉に言いくるめられ、俺は連れてこられていた。

---

 しょうがないので、俺の両親の話でもしようと思う。勉強くらいしかすることなくて暇だしな。
 祖母というのははなかなかに厳しい人で、冗談も言わない、しゃんとした人だった。いつだって着物を着ているし、怒ったような顔もしている。
 こういう人と身内になるときついだろうと思うようなタイプだ。まあ、身内なんだが。正直一緒に暮らしていたら息が詰まりそうだと思う。
 まさに自分にも他人にも厳しい人だ。
 この年代の大人には仕方がないかもしれないのだが非常に頑固なのだ。そして偉そうだ。年功序列で言えば実際偉い立場ではあるが。
 そんな祖母は気高く一人で家を守っている。
 代々続いてきた家を守る、というのは祖母の人生においてとても重要なことらしかった。
 実際、田舎の由緒正しい……みたいな家にいけばそういった女性は多いらしいけど、俺にはわからない感覚である。

 しかし祖母の志に反して、父はこの土地の環境が体にあっていなかったのである。その体質は遺伝性であることから、恐らく今まで早くに命を落とした先祖代々の男たちみんな、ここの土地があっていなかったと思われる。
 俺もあまり長居はしたくないし、ドクターストップも受けているしな。こういった気候のとき滞在は何日まで、みたいな調子で。
 何代も続いているなら、もっと環境に適応して進化してもいいはずなんだけどな。
 しかしまあ、生まれ育った土地が合わない、なんてそんな事実は長年誰も気づきもしていなかったらしい。父の代になってようやく医学がそこに目を向けたのだ。
 長年我が一族を見てきた医者は、ここを出るべきだと祖母に説得したそうだ。生きやすく、治療もしやすい夢の土地がこの世にはあるのだと。
 しかし祖母はそれを一蹴した。代々続く由緒正しきこの土地や家を捨てるなんていうことはもってのほかなのだ。
 父はここで生き、子供を作り、そうして死ぬ。新しい嫁が親戚からの援助を受けつつ、自分の息子が子供を作って死ぬまでを見守る。今までそうしてきたようにそれを繰り返すべきだと、父を女手一つで育てた祖母は、父の命より歴史と家をとったのだ。
 父は自由に動ける年齢になったときにはすでに一人で生きられる体ではなかったらしい。病院に通って、何度も入退院を繰り返して、生活にも大きな制限がある。家族の手助けは必須で、そして逃れることはできないのだった。
 ここに俺の母が話に加わる。
 母は祖母の代わりに父の治療やら介助やらに口と手を出し、勝手に街に連れ出して医者に見せたりしたそうだ。
 そうして最終的に今俺が住んでいる街に駆け落ち同然に移住したわけだ。
 この土地は日本でも有数の医療施設と、センターと呼ばれる研究施設が揃っている。
 長年患った持病と体質が絡み合い、今更環境を整えて治療を行ったとしても父の寿命は知れていた。それでもできる限りのことはできたし、地元にいるよりもよい人生を送れたんだろうと思う。
 そんな中、母は何年も父に頼み込んで人工授精によって子供を作った。それが俺というわけだ。
 うちの家系ほどでないにしろ、全国的にこういう体質の男はちらほらといる。そして国はその体質の解明に躍起になっているらしく、研究に協力すれば治療費がかかるどころか莫大な謝礼が貰えるんだそうだ。子供ができれば父親がいなくとも十分な支援も受けられる。だからこういう夫婦が若く男が生きているうちに子供を作るのはむしろ推奨されていることなのである。

 そしてそこに至るまで、母親は祖母にこちらへ移住することを提案したり、父の様子を伝えたり、なんとか仲を取り持とうとしたそうだ。実際、家のことがなければ親子仲自体が悪いというわけではなかったらしいし。
 ただ祖母は結局父が死んでも首を縦に振らなかった。そして今でも祖母はこの家に住み続けている。
 俺も自分の身を犠牲にしてまで跡を継ぐよ、なんてことはとても言えないから、恐らく最後の住人として。
 決して家を離れないから、母が俺をここに連れてこない限り、俺は祖母に会うことはないだろう。そんな関係だった。

 祖母はなんとなく俺にぎこちない。
 父に似ていると言われたことはあるけど、そのせいだろうか。
 やはり父に対して、罪悪感なんかがあるんだろうか。いや、先に子供に死なれた親というのは、どんな理由であろうとそういう気持ちはあるのかもしれない。
 いつもなんとも俺を気まずそうに見るのだ。
 しかし今回も父のお下がりの服を出してくれた。そうされると、俺もやっぱり気まずいのだ。
 とてもテレビで見るような、おばあちゃんあれ買って~なんて言える間柄ではなかった。
 ぴしっと姿勢を正して、祖母はまるで叱りつけるかのような目を向ける。そうなると俺は小さくなるしかない。

「流さん、お体の調子は問題ありませんか?」
「はい、まあ、お陰様で、今はもう欠席も滅多にしてませんよ」

 祖母が敬語で話すので、つられてそれっぽい言葉遣いになってしまうのだが、正直正しい喋り方を教わりたいところだった。がちがちの敬語というのもおかしい気がするので、適当に崩しているのだが、こんなの孫としての可愛げゼロじゃないか。

「そうですか、それはよろしいことです。莉奈子さんの看護の賜でしょうね」

 祖母は母のことを悪くは言わない。
 これは俺が祖母を尊敬する部分の一つだ。
 祖母は父がこの家を出ることを拒否し、母と祖母は対立した。しかし父が母についていくことを愚かとは思ってはいないのだ。プライドが高く頑固だが、自分を正しいとも思っていないのだ。反論はする、が、自分もまた反論されることも納得している。
 そして母に対して憎しみのような感情は決して見せなかった。そんな祖母なので、父が亡くなって十年以上経っても決して縁が切れることはないのだ。……まあ、面倒くさい人に違いはないが。悪人ではないのである。
 苦手だが、嫌いではない。

 しかし母の看護の賜というのは、ちょっと違うんだけどな。もちろんかなり面倒見て貰ったし、支えてもらったけど、どうも祖母は父や俺の体質のことなどがわからないようだ。説明はしたはずなんだが。

 ややこしい話なのだが、父の死因は病気と体質が原因の合併症によるものだ。
 うん。これについての話をしよう。テレビのチャンネルが少なすぎて暇だし。

 まず、俺が子供の頃入退院を繰り返して治療したのは体質の方だ。それを祖母は病気の治療だと思っているらしい。病気自体も、たしかにあるんだけどさ。
 そしてこの体質を治さなければ俺も将来は父と同じように寝たきりで早死にしていたのは確かである。病気だ体質だは他人にとってはそれほど大きな差はないのかもしれない。

 わかりやすく言うと、元々遺伝性のαという病気を持ってはいるが、それは環境とか、自分に合う薬を飲むとかいうことを気にすれば今の時代はそれほど重要視することではないのだ。ただ祖母の住む土地では体質の方が環境とかなり相性悪く、薬でも補いようがない。それにより虚弱体質となってしまうのである。
 父はそのα病のお陰で体が弱かったのだが、それでも体質によってある程度子供時代は補強されていたのだ。その体質というのが、子供特有の特殊能力というやつである。
 祖父や曽祖父なんかがその体質を持っていたのかはわからない。病気だけでなく体質も父親から遺伝するものだが、特殊能力というものがこの世に現れ始めたのは百年くらい前からだそうだから、それ以前の祖先は単純に薬がなかったせいで寿命が短かったんだろう。いくつで亡くなったのかはわざわざ調べていないが、遺影はどれも二十歳前後くらいに見えるし。むしろ特殊能力による補強がなかったのに大人にまでなれたのだから上等だ。
 若すぎる遺影ばかり並ぶのは結構不気味である。逆に女性はちゃんと年をとって亡くなっているから、まるで母と子ばかりが並んでいるようだ。
 俺はここにはジジイになってから並ぶつもりである。
 まあ、30を迎えた男がまだいないから、俺がそこを越すまでは本当に呪いのように短命な一族だという可能性もあるけどな。

 ともかく、祖母の代の人間はこの能力に対しての理解が低い。能力者が現れ始めたのは百年ほど前だが、それは今になって歴史を遡ってみてわかったことだから、当時の人間は知りもしないだろう。
 実際に一般的にその存在が認知されはじめたのは、たしかうちの両親が子供の頃か生まれるちょっと前くらいだそうだから、偏見があるのもしょうがないことなのだ。その問題はテレビでもよく取り上げられている。
 そしてその時代の知識もあの神童の何々くんが優秀なのはそういう体質だからそうよ、みたいな噂程度で、正しい知識が浸透するのはさらに十数年後だったりする。偏見とか差別が酷かった時期だ。
 今はむしろマジョリティとなった。大人が、自分が子供の頃はどうだったと話す程度でしか知れない。老人が多ければまた変わっただろうが、日本人の寿命はそれほど長くはないし。

 まあ、だ。そんな時代だった上、父の体質はその中でも珍しい物だった。父というか、俺たちの血筋が。
 大方がこの能力というのは、ほんの少し常人(一般的な大人程度)の力が補強される程度なのだ。あの子は足が速い、この子は背が高い、あっちの子は動物と意思疎通できる、とかそんなもんだ。
 しかし稀に現れる突飛なものや、あまりに強大な力が持ち主を蝕む。よくある話だ。
 しかしまさか生まれ持っての体質が命に関わるとは当時の人間も思わなかっただろう。
 俺たちの場合、直接能力が命に危険を及ぼすわけではない。もっと人知れず、こっそりだ。
 それはうまく機能しない体の運動を補佐する、というものである。
 いいじゃん、健康になれるなら、と思いたいところだが、この能力は有限だ。
 大人になると消えてしまう。しかも段々と減退していく女性と違って、男の場合はもっと突然に。
 そうなると甘やかされた体は自分で自分を支えることができなくなり、うまく働かなくなる。
 その部分が命に直接関わりがなければ、少し不自由をする程度で済んだり、鍛えれば大人になってからでもなんとかなるのだが、たとえば心臓の動きをフォローしていたとすれば、それが突然なくなると心不全となるような調子で命に支障を来すわけだ。
 父の場合、子供の頃から病気による虚弱体質であった体の動きを自分の体質が補強していたのだ。急に支えを失ったら、そりゃあ元々短い寿命も縮む。そこからまた別の病気を引き起こしてさらにもっと早めに死んだ。こういう形だ。
 なんとも生きづらい、難易度の高い人生だ。

 俺は父親が途中から引っ越して、きちんと調べたり、治療したりしたお陰で、生まれたときから対策が練られていた。父が亡くなったあと献体として提供されたおかげもかなり大きい。
 父親から子供に遺伝して、男の方が女よりも能力の度合いが強いせいで重症化することはすでにわかっているからだ。
 そうして俺の子供時代の苦痛の毎日がはじまるわけだ。
 病気に関しては、まあいい。薬は必要だが、もはや殆ど関係ない。体質の改善というのはかなり大掛かりな力技で、相当しんどかった。
 でもそのお陰で俺はいま健康だ。体は少し弱いし、体力もないし、喘息はあるし、背丈も小さいけど、治療のおかげで成長期が遅れているだけでこの先解消される可能性は十分あるらしいから、そこはまあいい。
 まだまだ未知数。伸びしろがあるのだ。
 早々に死ぬつもりはないのである。祖母は未だ半信半疑だろうけどさ。

 しかし短命のくせにきちんと子供を作って命を繋いできたのだから驚きだよな。途中に俺みたいな人間がいたらそこで途絶えていたんじゃないだろうか。昔はお見合いとかいくらでもあったのかな。

 体質によって寿命が短い人間は、そのせいか不思議と人を惹きつける魅力がある……という都市伝説のようなものを聞いたことがあるが、本当だろうか。うちの母親も父にぞっこんだったらしいし。
 まあ体がどうにか子孫を残そうとするのは当然のことだ。そのために生き物は工夫してるし、そのために生きてるところもある。おかしなことじゃない。
 でもだったら俺はもっとモテてるはずなんだけどな。おかしくないか? 生まれ持った寿命から考えるとむしろ適齢期じゃないか? 体質改善してしまったからそっちも弱まったんだろうか。ううーんもったいないことをした。
 ま、今更そんなフェロモン必要ないけどさ。フフン。
1/15ページ
スキ