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1章

 夕食を食べて、母親にさっさとお風呂に入ってもらってる間に適当な食べ物を持って自室に篭った。

「ごめんね、いっぱい気を遣わせちゃって」
「いいよ、こっそりペット飼ってるみたいで面白いし」
「ぺ、ペットかあ……」

 夕食はピーマンの肉詰めだった。佐伯は難しい顔をしながらも大人しく飲み込んでいる。

「流石に親の目を掻い潜ってお風呂に入ってもらうことはできないから、そこは我慢して欲しい」

 まあ、夜中に俺がシャワー浴びてる振りして脱衣所で待機してる間に入ってもらうっていう作戦はいけそうだけど、なんとなく却下されそうな上に覗き目的を疑われては敵わないので黙っておくことにした。
 さすがに刺激が強そうだし。

「あ、うん、そうだよね。泊める側の人はやかもだけど、オレは平気だよ。ごめんね」

 佐伯はすんなりと納得してくれた。
 うちの母親は専業主婦だから、日中も家にいる。そう思うとあんまり内緒でペットを飼うには向いてない環境だな。
 今できることはなさそうだという結論で緊張の糸が切れたのか、佐伯は普段通りの佐伯になっていた。
 戸惑ってたり、不安がってたりする姿は女の子っぽくてよかったけど、男の姿より一層憐れみが増して調子が狂うから、この方がいい。あんまり人を気遣ったり励ますのは得意じゃない。
 うちにはあまり佐伯が喜ぶような漫画とかゲームとかはないし、あんまりはしゃいでもバレてしまいそうだから、自然とこそこそと話をして過ごす。
 しかしそろそろ俺の就寝時間、というときに思わぬところで口論になった。

「そうだ、ベッド使っていいから」
「え! そんな、悪いよ。お風呂も入ってない体で、人のベッド使うなんて」

 流石に客にはいい環境で寝させるべきだと思うし、風呂に入れないのはこっちの事情だから問題ないんだけど。
 今まで泊まりに来た時は客間に通すか、布団を持ってきて敷いて寝るかだった。だが自分の部屋に布団を持ち込む姿を親に目撃されて、上手い言い訳が思いつきそうにない。

「オレ、床で平気だよ。絨毯ふかふかだし」
「いくらなんでもそれはさすがに……」
「そりゃあほんとに女の人だったらそうかもしれないけど、中身男だからね? やめてよね」

 そうは言っても、男同士だったとしても遠慮してしまう。世の中には雑魚寝とかあるらしいけど、ちょっとわからない価値観なのだ。
 睡眠の環境というのは大事なのだ。人生においてかなり重要な時間だ。それを知らずにないがしろにするやつの多いこと!
 そしてこの問答を続けるうち、もしかしたら……万が一にも……といういけない自分が顔を覗かせ始めていた。

「お互い譲れないなら一緒にベッドで寝る?」

 言ってしまった!
 さらっとした言い方に気をつけたが、言うぞ、言うぞ、という気持ちと、言っていいのか、踏み込みすぎじゃないのか、と不安に思う気持ちでいっぱいだった。
 佐伯はあからさまに返答に困っていた。

「ええ……? ……だって今……。いや……ううん……。……でも桐谷って変なことしそうだし……。オレお風呂入ってないんだよ? 臭いよ」
「いや、さっき連れて上がるとき良い匂いしたから大丈夫」
「キッモ……」

 何も反論ができない。
 もちろん当然ながら一線を超える気なんて毛頭ないが、女の子と一緒に寝るなんて……俺の人生でこの先あるかどうかわからないじゃないか!
 そう思うと、つい欲がでてそんなことを言ってしまった。当然一蹴されるだろうと思ったのだ。しかし佐伯は嫌だと言うと振り出しに戻るのがわかってか、少し悩んでいるようだった。なんか、押せば行ける気がする。しかし、なんだか罪悪感が湧いてくる。すごく狡い真似をしてる気がしてくる。
 せめて正直に白状するか……。そして軽蔑された方が気が楽だ。自分を嫌いになりたくないしな……。

「すみません……女の子と一緒に寝てみたいと思って言ってしまいました……」
「うわあ……」

 完全に引いてる。
 佐伯は気持ちがわからないのか? 性欲がないのか? いや、でもエロ本持ってたし、ないことはないはず……。
 待てよ……? 冷静に考えたら俺は女子と寝れるけど、佐伯は男と寝るんだよな……それは……地獄だな……。
 佐伯は口元を押さえながらちらちらといろんな方向に目を向けた後、うーんと悩んで、結局、ベッドの上にぽすんと座った。

「……まあ……今ちっちゃいし……桐谷もちっちゃいから、ベッド入れるもんね……」
「な、なんで今俺を傷つけた?」
「もう! いいでしょ、そのくらい」

 唇を尖らせてベッドに潜り込み、こちらに背を向けて横になってしまった。

「……えっいいの!? 一緒に寝ても!?」
「……いいよ、ていうかお邪魔させてもらってる身だし……。桐谷のこと信じてるからね?」

 ものすごく念を押すように言われた。それはもう信じてる相手への言い方ではないのだが。
 しかし……エッチすぎないか……?
 ごくりと喉がなってしまって、己の童貞力の高さを自覚してしまった。あんまりがっついているようにみられないよう気をつけながら俺もベッドに入る。

「ちょ、ちょっと! なんで抱きしめるの!」
「あっす、すいません」

 慌ててベッドの中で距離をとり、真上を向く。しまった。完全に無意識だった。なんか、あるから。丁度いい位置にあったから。いや、怖いな。
 佐伯はやっぱり佐伯の匂いだった。服は俺の匂いがしたんだと思うけど。自分ではわからないけど。女の子らしい匂いとは違ったけど、男くさい匂いはしなかった。
 ……あれ、俺が佐伯の匂いがわかるってことは俺の匂いもわかる位置だということか!? ど、どうしよう。もっと入念に体洗っとけばよかった……。

 緊張して何度もトイレに立ったが、なんとか醜態は晒さずに一晩乗り越えることができた。もちろん変なことなんてしなかったさ……。はあ。休めた気がしない……。
 こんなバカなこと提案せずに床で寝ておけばよかった。

---

「おはよう、遅起きだねえ」
 
 朝起きるとすでに佐伯はぱっちりとした顔で俺のパソコンをいじっていた。
 もちろん昨日の間に暇な時は触っていいと許可は出している。エロ専用ブックマークを見られて引かれたのは昨日ネットでの情報を探しているときの話だからもう安心だ。
 そのあと俺が朝ごはんにいき、佐伯に餌をやる。

「今日はご家族に報告と相談しなよ」

 ロールパンを食べる佐伯にそう言うと、動きが止まった。

「昨日も言ったけど、長引くなら結局バレるんだしさ、もしかしたら病院に行けば何かがわかるかもしれないし、大きい病院にいくとしたら親につれてってもらった方が早いよ」
「……頭の病院連れてかれるんじゃないかな……」
「でも現実に性別が変わっていることは認めなきゃいけないだろ」

 佐伯は嫌いな食べ物を残す子供のような顔をした。朝ごはんは美味しそうに全部平らげたけど、そういう顔をした。

「わかった……。一旦帰る……」

 明らかにテンションが下がっていた。何かおかしなことを言っただろうか……。
 もしかしてとんでもない暴力家族で、面倒ごとになると虐待を受けるとか……!?
 いや、流石にそんな状況なら幼馴染の和泉が黙ってないか。
 俺も何度か佐伯の家に遊びに行ったけど、家電とかゲームとかめちゃくちゃ恵まれてる感じだったし。

「い、家までついていこうか?」
「? なんで? 電車代かかるし。いいよ」

 いや、だって、俺から言い出した手前、そんなに落ち込まれると心配になるんだが……。

「電話じゃやっぱり信じてくれないよね?」
「うん?」
「うちの親父単身赴任だから、まずは電話しないと。でも声だけじゃ信じてもらえないよね。親父とテレビ電話したことないんだよなあ……」

 そのあとも何度か佐伯はぐちぐちと悩んだあと、きた時のように大人しく俺に抱えられて窓から外に出て、とぼとぼと帰っていった。
 し、心配だ……。
 でも心配だからと言って家族の輪に割って入っていくポジションではないし……電話なら尚更することもない。
 どういう反応が一番いいのか全くわからないけど、とにかく佐伯が傷ついたりしないといいなと祈った。
 その日は結局、頭のどこかでずっと気にしていた。性別が変わった原因のこととか、家族にちゃんと話すことができたかとか、明日の学校はどうするのかとか、色々。

 夜、気になって様子を伺うメールをしたらすぐに返事が返ってきた。


 佐伯友也
 件名・なし
 本文・女の子の方がいいって喜ばれた


 よ、よかった……のか……?
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