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7章

 教室に戻り、HRで先生からの注意やら来年は受験生なんだから今のうちにうんたらとかいう説教を終えると、今年最後の登校日はあっさりと終わった。
 佐伯はクラスの女子たちとの会話もそこそこに、足早に学校を出る。河合さんたちと良いお年を〜なんて適当な挨拶をしたのち、俺はなんとなく佐伯とたまたま同じタイミングで出る……かのように学校をあとにする。なんだか社内恋愛の下手な偽装工作みたいだ。
 多分渡辺のことが気がかりだったのだろう、別々に帰るフリをしようというのは佐伯の提案だった。気持ちはわからなくもないので深くは聞かずに従ったが。
 とうの渡辺は今までのように他の女子やら男友達やらとどうでもいいような話をだらだらとしていた。吉田さんたちが佐伯に声をかけたり別れの挨拶をしているのに、わざと佐伯の存在を無視するように別の話を振っていたのが印象的だったな。小さい男である。

 ある程度学校から距離を置くと佐伯はくるりと振り返った。

「じゃあ、一旦おうち帰って、軽くご飯食べてから落ち合おうよ」
「ああ、うん。わかった。どこで待ち合わせる?」
「んーと、あんまり学校の人がいなさそうなとこがいいな……じゃー、おっきい神社で」

 おっきい神社。もちろん正式な名前はあるのだが、神社の横に作られた公園のことを神社呼ばわりしているので、神社自体の名前は知らない。
 遊具の殆どが撤去され、神社の鬱蒼とした林が隣接しているので子供からの人気はあまりない。夏場は祭りの出店が並んだり、セミ採りをする子供で活気があるらしいが、冬はなんとも殺風景で寂しい場所なのだ。たまに学校帰りの中高生が溜まり場にするくらいだろうが、こんな時期にわざわざ風除けもない広場に集まるやつは少ない。しかも今日はクリスマスイブだしな。

「大人っぽい格好してきてね」

 佐伯はにっと悪戯っぽく笑って命令した。
 なかなか難しいことを言ってくれる……。

ーーー

 結局ご飯は程々に、どんなコーデにするか悩んで過ごした。
 元々私服は落ち着いたファッションだとはよく言われる。でもどうにも我ながら子供っぽさは抜けないと思うんだよな。大人に整えられた落ち着いた格好の子供、という趣味な気がするのだ。こう、自我がないというか……。実際俺の趣味というより親が買ってくれた服だし……。そもそも服に興味がないのだ。
 まあある程度フォーマルな格好だったらきっとイブのデートというシチュエーションには合うよな。あまり着ることのない状態のいいものにしよう。
 と、姿見の前でうんうん唸って決めたのだが、コートを着たら全て隠れてしまった。
 俺の苦労は一体……。

 しかも悩みすぎて遅刻した。

ーーー

「ご、ご、ごめん……おまたせ……」
「いいよ~」

 佐伯はいつも通り、全く気にしてないかのようにニコニコしていた。かろうじて残存していたブランコの前。手前に設けられた柵に腰掛けていた佐伯は、ぴょこんと体を起こした。ブランコ自体は鎖が巻き上げられてとても乗れる高さにない。誰だよこんなことしたやつ。
 佐伯は軽い足取りで俺の側に寄ると、大丈夫? と肩で息をする俺を気遣った。
 冬の冷たい空気が何度も肺を出入りするのを感じながら、何度か深く呼吸してなんとか息を整えた。

「そんなに焦らなくたってよかったのに」
「いや……まあ……遅刻は遅刻だし……」

 落ち着いて、改めて佐伯の姿を見る。
 俺が結局普段と大して変わり映えしない格好なのに反して、佐伯は目一杯おしゃれをしているのが伝わってきた。こういう変化に鈍感な俺でもわかるくらいに。
 上はシンプルだけど、下はハイウエストのスカート。腰にベルトがついているやつだ。それにブーツ。珍しい。いつもスニーカーばかりなのに。コートもマフラーもはじめて見るものだった。ふわふわしたのがついていて暖かそうだけど、でも相変わらず足元の防寒は疎かである。ポーチを下げて、紙袋を手に持っている。

「ど、どうしたのその格好。すごい気合はいってるね」
「へへ……、自分で選んだんじゃないんだけどね……お下がりとか貰っちゃったし、こういうときに着なきゃ損でしょ」

 佐伯は照れくさそうだが、それを誤魔化すようにくるりと回ってポーズをつけておどけてみせた。

「スカート、め、珍しいよね」
「まっまあね」

 変態のようにどもりながら指摘すると、佐伯もぎこちなくそう言った。
 なんだろう。いつもよりキラキラしているというか、すごく洗練された感じがある。

「なんか今日光ってない?」
「えっど、どういう意味……?」

 不審そうな顔をされてしまった。
 だって……なんか……こう……全体的に……。

「……あっもしかして化粧してる?」
「お! わかる?」

 佐伯は見て見てと顔を上げてよく見せてくれる。
 うん。元々肌は綺麗だったけど、さらにするっとしてて、なんか、よく見たら目とかも印象が違うかもしれない。全体的に血色が良い。それからなんか、光ってる。

「きょ、今日だけだよ。全部借りものだし」
「へえ……」

 多分それほど濃いメイクではないんだと思うけど、かなり似合ってると思う。良いところがさらによくなっている感じだ。思っていた化粧とは雰囲気が違った。多分化粧映えするタイプなんだろうと思う。よくわからないけど、恐らくは慣れていないはずなのにかなり綺麗だし。河合さんが前、しのぶちゃんのメイク道具を借りて見様見真似でやったメイクはひどいものだった。河合さんの顔の良さを全部落書きで台無しにしたみたいな調子で、なるほど、技術が必要なのだと痛感したのを覚えている。

「じゃ、じゃあ今日はどこ行く? 日中のクリスマスデートってどういうところをまわるものなんだろう」

 簡単に調べては見たものの、イルミネーションとかディナーとかばかりでいまいち実現性に欠けていた。高校生たちは一体何をして過ごすべきなのだろうか。
 さすがにいつもみたくカラオケだのに行くのは芸に欠けるし。
 そう思っていると佐伯はもじもじと目線を落として口を開いた。

「あ……うん、あのね、実は行きたいとこあって……」

 なんと。佐伯が初っ端から希望を出すのは珍しいことだ。いつも佐伯主導で行き先が決まるときは俺の案が出尽くしてから、それとなく誘ってくれるのだ。もしくはデートに誘う際にあそこに行こう! と伝えてくる、そのどちらかだ。

「なに? どこ?」

 佐伯は笑った顔を固めながら、視線をあちらこちらへ向ける。わかりやすく躊躇しているのがわかる。

「あの……えっと……そ、その……」

 少しずつ顔が赤くなってきて、どんどん俯いていく。な、なんだ。もしかしてクラブとかか? それとも大人なおもちゃ屋さんとか……?

「う……あの……ホ、……テル……」
「え? 蛍?」
「違う! …………ラ、ラブホテル!」
「…………えっ?」

 自分で言った言葉に佐伯の顔は真っ赤になっていた。ん? ホテル? ラブ?

「ね、熱でもあるの!?」
「ないよ! 顔熱いけどさ!」

 い、一体どうしたんだ……。
 そんなところ、いや、そりゃあ心おきなくいちゃつけるだろうけど……でもそんな、あ、あからさまな……。今からスケベなことしますよ! という男女が赴く場所じゃないか!
 そういうやらしい雰囲気になったときの佐伯はたしかにこう……まあ……なんだ……献身的というか……積極性はあるっちゃあるけど。けどそんな状況でなければ、あまり興味がなさそうなのだ。初めのうちはすぐそういうことをしようとしていたけど、でもそれも本人がやりたがっているのとは違っていたと思う。ゲームセンターやおもちゃ屋に行ったときのほうが圧倒的にテンションが高い。
 正直俺は腰が引けていた。未知の世界への怯えが出ていた。でも佐伯と一緒なら頑張れそうな気もする。

「で、でも高校生が入れるかな……補導とかされるんじゃ……」
「わかんないけど。でもいちいち年齢確認とかしないでしょ」

 そういうものなのか? ネカフェだって泊まるには身分証がいるような話を聞いたことがあるんだが。素性もわからない人間を泊めてもいいのか?
 まったく知識がないのでなにもかもがわからない。

「夜はもしかしたら満室かもだし、オレたちも出歩けないでしょ? でも昼間だったら大丈夫かなって……平日だしね」

 そ、そんなことまで考えて……!? かなり本格的に計画している。急に思いついたというわけではなさそうだった。
 そりゃあ、まあ、色んなリスクを無視して、いけることならいきたい。
 デート自体久しぶりだし、佐伯の家だって防音室ではないのだ。片付けだってしなきゃいけないし、他の家族やご近所さんに気を使わないでいいのはありがたいことこの上ない。
 だけど本当にいいのか……? 自分には縁がないものとろくに調べたことはないが、何かしら法に触れたりしないのだろうか……。
 でも佐伯がこんな風に誘ってくることなんてないし……!

「……で、でもさあ、どこにあるんだろう……、俺ちゃんと見たことないよ。近くにはないんじゃない?」

 親と車で移動しているときに、あ、もしかしてあれかな、というのを遠目に見かけることはあるが、歩いていける範囲では意識したことがなかった。

「大丈夫、調べてきたから。お金も、ちゃんと用意してきたし」
「え」

 かなり用意周到だ。いや、でもホテル代を彼女に出させるのはさすがにないのでは……。
 いくらくらいが相場なんだろう。ええっと、多分休憩ってやつだよな? 一万はさすがにないよな。五千円くらいだろうか。うん、それなら出せなくもない。素寒貧にはなるけど、どうせすぐにお年玉が貰えるんだ。
 佐伯の勢いに飲まれつつある。こんなに準備してくれてるのに無下に断れる奴いるか……?

「そ、それにしても、佐伯もそういうとこ行きたいと思うんだね……」

 佐伯はぐぬぬ、みたいな顔をする。どんな顔してもこの子が俺とホテル行きたいんだという事実は変わらないので俺は揺るがない。

「ク、クリスマスプレゼントだよ……」
「えっ、そ、そうなの……!?」

 そ、そっか。いや、そりゃ嬉しいけどさ……?
 だったら俺がプレゼントにエロい下着贈ってもよかったのかという気がしてくる……気を遣って避けたのに……。
 っていうかやっぱり俺のために行きたいんだったら佐伯はそこまで行きたいわけではないのか? 俺が喜ぶことを真剣に考えた結果なのか?

「あ、でも桐谷がそんなに行きたくないならオレへのクリスマスプレゼントかな。どうしても嫌なら、別に違うとこでもいいけど……」

 なんだこいつ。可愛いぞ。
 みんな聞いてくれ。佐伯もホテルに行きたいらしい。俺と! 俺と!

「行こう佐伯! 一緒に!!」
「うわっ」

 感極まって、屋外だというのに佐伯をぎゅっと抱きしめてしまった。
 腕の中で佐伯の体がびくっと跳ねて、我に返る。やばい、さっき学校で男に触られて怯えているところをみたばかりだというのに、何してんだ俺。
 慌てて離れる。

「ご、ごめん驚かせた!」
「あ、ううん。大丈夫、びっくりしただけ」

 あはは、と笑っている佐伯の表情に動揺とか怯えみたいなものはなく、安堵する。
 こうして明確に扱いの差を感じると感慨深いものがあった。
 まあ、外では手も繋がないしな。

「じゃあ、行こっか……?」

 佐伯はほんのすこし緊張した面持ちで、ぴっとりと俺の腕にひっついて、歩き出した。

「い、いいの? もし同級生に見られたら……」
「見られてもわかんないよ、だってほら、化粧してるし」

 いや……モロバレだと思いますけど……。
 そう言いつつも、やはり佐伯はキョロキョロと辺りを確認して、それでもなお離れようとはしなかった。
 一体どうしてしまったんだ……!?
 急にこんな、まさに彼女みたいな行動して、佐伯らしくない。クリスマスだからなのか? それとも悪魔みたいな存在が佐伯のフリをして俺を誘惑しているのか……?
 これから俺は死ぬのか……?
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