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7章

 24日。イブだ。そして学校は終業式でもある。
 教室の雰囲気は浮き足立っていた。みんな解放感とか期待感でいっぱいになっている。

「昨日? 楽しかったよー。小学校の時のお楽しみ会みたいな感じで」

 式のため体育館へ向かう途中、佐伯は機嫌良さそうに昨日の話を聞かせてくれた。
 食べ物をいくつも持ち込むということで、話を聞いたときは先生にバレやしないかと冷や冷やしていたのだがうまくやったらしい。
 おそらく、女子の集団だというのも大きいんだろう。男の集まりだったらきっと何人かが調子に乗って大騒ぎして見つかる可能性も高かった気がする。動物はそうして自分の存在を主張し、強さをアピールすることがある。人間にもたまにそういう習性を持ってしまったやつがいるのだ。
 一体どんなことをして楽しんだのか俺には想像つかなかったが、それでも佐伯が楽しめたのならよかった。準備した甲斐があるじゃないか。
 体育館に着き、整列がはじまると佐伯は担任に女子の列に並ぶように指示されて離れてしまった。
 もしかして三学期になると出席番号も女子側として割り振られるようになるんだろうか。それとも二年の間は今のままなんだろうか。折角出席番号順では前後ろなのに、離れてしまうと接点がかなり減ってしまう。
 佐伯は河合さんより一人挟んだ後ろに割り込む形になったようだった。少し身を乗り出してちょいちょいと河合さんの腕をつついて、顔を合わせて微笑み合っていた。

 年末と言うこともあり、式の後は大掃除となっている。といっても主な掃除は教室に集中していて、俺たちのような特殊教室担当は楽な方だろう。
 それでも机を廊下に出したり、窓掃除にいつもは使わない洗剤を渡されたり、大掃除らしさというのはある。人数が少ない分、時間はかかるかもな。

「こうやって机を排除すると掃除しがいがあるよな」

 和泉はやたらと張り切っていた。
 河合さんと佐伯が床掃除、俺は机や黒板、和泉が窓だ。佐伯が縮んだお陰で一番背が高いのは和泉となってしまったからだ。次に背が高いのがなんと俺。高いところはお任せあれなのだ。椅子は使わせてもらうが。
 黙々と手早く終わらせ、残りは外に出した机を運び込む。

「やっぱり四人でこの量はちょっときついねえ」
「1クラス分だものね」

 息の上がった声で佐伯が河合さんと話している。36人分の机を四人でだ。単純計算で一人9回運んで、しかも口うるさい和泉がきっちりと机の並びが乱れていないか監視している。掃除量自体はそれほど多くなくてもなかなか骨が折れた。まあ一番厳しい和泉が一番動いているので、文句も言えないのだが。
 俺だって適当に終わらせればいいなんて気持ちはひとつもないが、いかんせん体力が追いつかない。
 終わる頃にはすっかりへとへとだった。手も痛い。
 あとは先生が点検に来るのを待って、教室に帰るだけだ。

「じゃ、オレゴミ捨ててからそのまま教室戻るよー」
「あら、任せちゃっていいの?」
「うん! 簡単な掃除ばっかり担当しちゃったからね」

 佐伯はもう疲労が回復したのか、てきぱきとゴミ袋をまとめて小走りに出て行ってしまった。

「あーやっと終わった。これで今年の学校終わりかー」

 和泉が自分の肩を揉みながら言う。
 そうか。残すはHRだけだ。一度家に帰って、お昼ご飯を食べてから佐伯と合流しようかな。それともお昼も一緒にどこかで食べようか。もう年末だし、お小遣いの出し惜しみをしてもしょうがない。
 そう頭の中で予定を立てていると、河合さんがこちらをじっと見つめていることに気が付いた。まんまるな大きい目だ。

「え、な、なに? 河合さん」
「いえ……別に、なんでもないけど……」

 すぐに視線が逸らされる。なんでもないことはないと思うんだが……ただぼーっとしていただけなんだろうか。
 なんだか気になる。
 そう思っているのが伝わったのか、河合さんがうーんと悩む仕草をしたあと、内緒話のポーズをしたので耳を寄せる。
 和泉が、んっ?とこちらに注目するのがわかる。しかし和泉は割り込んできたりなどはしなかった。空気が読める男だ。

「桐谷、プレゼントいつ渡す予定なの?」
「えーっと……、特に決めてないけど……今日か、渡しそびれたら明日かなって思ってるよ」

 明日がクリスマス当日だし、一応明日渡すものかなと思っているのだが、家にはうちの母親もいるわけだし、もしかしたら気が散ってタイミングを逃してしまうかもしれない。親にクリスマスプレゼントを渡すところなんてとても見られたくはないし。
 だからできれば今日渡しておきたかった。
 それ以前に単純に、いつまでもきちんとプレゼントできるか、喜んで貰えるのか心配に思うよりも、早いうちに決着をつけておきたいという気持ちも大きい。
 河合さんはぱちぱちっと瞬きをした。まつ毛が音を鳴らしそうなくらい長い。

「このあと帰り際に渡すの?」
「ん? いや。持ってきてないし。一旦家に帰ってそのあと落ち合おうかと……」
「え?」

 うん? 河合さんがなにに引っかかっているのか、話が見えない。
 そもそもなんでプレゼントを渡すタイミングがそこまで気になるのだろうか。
 河合さんは難しいような、神妙な顔つきで言った。

「……約束してるの? このあと」
「へ? 約束……?」

 最近の記憶を漁る。
 特に記憶がない。最近はちょっとした会話くらいしかしてなかった。というかそういう発想がまずなかったことに気付く。約束……そうか、約束しなきゃいけないのか。
 なんとなくこのあとHRを終えてから、帰り支度をする最中にでも今日の予定の相談をしようとは思っていた。
 24、25は空いている、と言っていたし、いつの間にかそれはてっきり俺と過ごすために空けてくれているんだと思いこんでいたので、なんの懸念もしていなかったのだ。

「えっ、し、したほうが、いいかな?」
「あったりまえじゃない! なんでしなくていいと思ったのよ! わたしと違ってあの子は暇じゃないのよ!」

 珍しく河合さんは声を荒らげた。細い声がぐさぐさと刺さる。あ、あの子ってなんだよ、と反論する余裕もなかった。
 余裕余裕と思っていたのが猛烈に不安になってきた。あれ? もしかしてすでに何か予定を入れてしまっているだろうか……? ありえなくはない。準備に参加していたパーティーだってあるはずだ。
 いや、それならそれでいいんだ。俺の不手際だ。でも折角佐伯は予定を空けていて、俺は佐伯と過ごすつもりでいたのに、連絡不足でそれがなかったことになるのはあまりにももったいない。

「ちょ、ちょっと聞いてみる……!」

 急いだって結局このあとすぐに教室に集まるんだけど、それでもいてもたってもいられず、佐伯のあとを追いかけた。
 しかしこれ、相手は佐伯ですとでも言うようなもんじゃないか。くそ。河合さんに言い訳くらいしたかった。
 だけど教室だと人が多くて思うように話せないし、ゴミ捨て場に続く中庭にはいくらでも人目を避けて話せるスペースがある。掃除時間は多めにとられているし、急いで捕まえれば十分話せるはずだ。
 階段を下りながら俺はやってしまったなあと少し反省していた。
 そうだ、もし他の予定を入れていたとして、その場合佐伯はなにも悪くないのに、きっと俺に対して申し訳なく思うだろう。
 いや、そもそも佐伯が誘ってこないんだから、端から俺と過ごそうなんて思ってもないのか? 25日は約束してるんだし。二日連続は多いのかな。どうだろう。そういうところも含めて事前に聞けばよかった。放課後忙しくしていても、別に電話やメールができないほどではなかったのに。
 下駄箱から外に出て回り込むよりも、靴だけ回収して渡り廊下から出た方が早い。俺は靴を引っ掴んで道を引き返す。佐伯だってそうしているだろうから、行き違いもないはずだ。
 本当は教師に見つかったら叱られるんだけどな。上履きを柱の影に隠して中庭にでた。
 中庭自体の掃除は誰もしていないらしい。もしくは風も強いし、早めに切り上げたのかもしれない。ゴミ捨てに向かう他の生徒の姿がちらほらあるだけだ。

「あれっ」

 ゴミ捨て場にたどり着いたが、そこに佐伯の姿はなかった。途中にも。いくら広さのある中庭とはいえ、さすがに引き返してくる人間に気付かずにすれ違うほどの広大さはない。
 どういうことだ? 別のルートから屋内に戻ったんだろうか。引き返さずにゴミ捨て場を通り抜けて、校舎をぐるりと回って表側に出たのならありえなくはない。でも明らかに遠回りだしな……。
 完全に無駄足だ。もしかして、今頃教室についた河合さんが佐伯と合流してるんだろうか。……むちゃくちゃ恥ずかしいな。
 とぼとぼと来た道を戻る。まあ、教室でだって聞けないわけじゃないし、俺が急いだところでそんなのは誤差みたいなもので、佐伯の返答が変わるわけでもないしな。

「いや……だから……」

 かすかに聞き覚えのある声が耳に届いた。
 歩いてきた中庭の真ん中側より、壁沿いに近い方向だ。考える前にそちらに足を向ける。
 中庭は一定の感覚で木が植えられており、その周りがベンチとなっている。周囲に腰掛けられる高さの花壇が並べられていて、それが自然と通り道や視線を誘導しているのだ。この学校自慢の庭園だ。
 そして、園芸用の道具や屋外用の掃除道具を納めている倉庫のあたりは、まるでスタッフルームとでも言うようにやや人の目から隠れるように配置されていることに気付いた。声はそちらから聞こえてきていた。
 花壇の途切れ目がなくてすぐにそちら側へいけない。すると、途中ではっきり声が聞こえた。
 思わず植物の影に身を隠しこっそりと覗くと、そこは校舎の柱がせりだしていて、倉庫との隙間がコの字型になっていた。なるほど、これはすぐには人の目に触れない場所だ。
 そこにいたのは案の定佐伯だった。風になびく髪を押さえていた。そのせいか視界が狭いんだろうか。こちらに気付く気配はない。
 そして手前には佐伯と向き合っている男がいた。あれは渡辺か? ふむ。
 状況的に、これは告白場面なのだろうか。
 昨日のやりとりは布石だったということか。しかし、ああいう大勢での会話以外で二人が絡んでいるところは見た記憶がない。どう考えても一方的な片思いだな。
 そういえば、佐伯が女になったばかりの頃に、あわよくば……みたいなことを言っていたのはこいつじゃなかったか? もしかしてそのお願いか? いざとなったら飛び出す準備をしておいた方がいいだろうか……。
 きちんと花壇を回り込んで突入したら二人には丸わかりだろう。わざわざ告白の邪魔をしたら、さすがに関係を怪しまれるよな。ここで待機して、いざというときは花壇を飛び越えて颯爽と駆けつけよう。俺だってそのくらいはできるはずだ。

「昨日のことは、ほんとごめん! 困らせるつもりじゃなかったんだ!」

 告白……と思ったが少し様子が違った。なんだろう、困るようなことがあっただろうか。俺の知らないところであったのだろうか。
 渡辺は頭を下げ、佐伯は困った顔をしている。いつもの困り笑いじゃなくて本当に戸惑った顔だ。

「謝られたって困るよ……、わ、悪いけど、みんながなんて言ってもオレ、無理だから……」
「そんなこと言わずに……頼むよ! 今付き合ってる人いないんだろ?」

 おっと。やはり読みは当たっていた。どうもかなり一方的な告白らしかった。見るからに佐伯は嫌がっている。その様子に少しほっとするが、男は一向に引かない。
 前の、犯人の男と対峙したときを思い出す。
 佐伯の悪いところが出ていると思った。
 もう少し強気で出たら折れてくれるんじゃないかという期待をさせる。そういうものを滲み出させているのだ。
 俺だって未だに、嫌がっているフリをしていて内心そうでもないのか、それとも心の底から嫌なのかの見分けはつかないときがある。
 嫌だというからやめたら、しばらくしてから気まずそうに本当は嫌じゃないと告白してくることだってあるし。それは可愛いんだが、ちょっと佐伯が悪いと俺は思う。
 とにかく初対面の相手からすら、こいつは多少わがままをいっても許してくれそうだぞ、という気持ちにさせるところがあるのだ。佐伯が男だったときはまあそれでもよかったんだと思う。むしろ親やすさとか、警戒心を解くのに有効的だとすら思う。でも女になって同じことをすると、どうも男を勘違いさせる大きな原因となっているようなのだ。完全な短所ではないんだけどな……。
 しかしこれは佐伯も切り抜ける術を手に入れないと、今後苦労しそうだ。
 恋人の贔屓目かもしれないが、正直今の佐伯はかなり可愛くなっていると思う。仕草とか、明るくて愛嬌のある性格がかなり男心をくすぐるのだ。しかし河合さんと違って人を拒絶するのが下手くそすぎる。
 佐伯が困りきっているのはよくわかる、助けてやりたいとも思う。
 しかし、今俺が出て行ってもまたどこかで同じ状況に出くわすことだろう。
 できれば自力で頑張って跳ね除けてほしいと思った。
 あんまり長引くようなら出て行こう。通行人Aくらいの気持ちで声かけて雰囲気を台無しにしよう。何か重要な用事を忘れているような気もするが、今はそれどころではない。

「オ、オレ元は男だよ……、気持ち悪いでしょ? 他の男子も言ってたよ。それに、二人で話したこととかないし……」
「お試し期間だと思ってくれて良いからさ……クリスマス、よかったらデートしてほしいんだよ。それだけでもダメ……?」

 馬鹿め。こんな土壇場でデートに誘う奴があるか。

「あ、明日はだめ……約束があるから……」

 そうだ! 俺と家族で食事するのだ!
 わかったら森へ帰れ!

「じゃ、じゃあ今日このあとはダメかな……? 予定ある?」

 いや、今日は俺と……あれっ。

「……今日は……特になにもない……けど」

 …………あっ。
 もしかして俺……やってしまった……?
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