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7章

 河合さんと別れ、家で夕食を終えていた俺は何をするでもなく自室でごろごろしていた。
 お風呂に入るまでの間勉強するのもいいし、リビングでテレビを見るのもいい。そんな時間帯なのだが、床に転がっていた。普段それほど使わないホットカーペットが心地よかった。
 何がそうさせているのかというと、佐伯に電話しようか迷っていたのだ。
 普段俺たちは電話は殆ど活用しない。一緒にいれば話題も出てくるが、わざわざ話すほどのことがあるわけではないからだ。佐伯は会話好きだが、喋りたがりというわけでもない。寂しさを募らせて声が聞きたくなるといういじらしい人間でもない。
 予定がない、と言っていたし、多分何かしらの準備の邪魔にはならないだろう。
 いや、もしかしたら暇になった分新たな仕事を入れている可能性もあるけど……。他の友人と遊ぶ予定に切り替えた可能性も大いにあるし。
 でも、電話したところで今日どこに行ったのか、なんて聞かれたら答えられないしな……。
 なんとなく、なんの用もないのに電話をすることに抵抗があるのだ。散々悩んで、結局母親がデザートを用意したと声をかけてくれたのでそっちに靡いてしまった。

ーーー

 23日。明日が終業式だ。

「おはよっ」
「おお。おはよう」
「おはよう佐伯」

 下駄箱にて上履きに履き替える俺と河合さんに、後ろから佐伯の明るい声がかかった。
 そしてささっと跳ねるような動きで俺たちの横で靴を履き替え、ぴょいっと抜かしていく。その様子は身軽である。

「じゃっ先行くね~!」

 俺たちの返事も待たず、佐伯は階段を駆け上がっていってしまう。
 ぽつねんと取り残された気分でただ後ろ姿を見送った。
 そんなに急がなくたって……別にHRは待っていてくれるのに……。

「佐伯、用事でもあったのかしらね」

 視界の端で河合さんがまったりと言っていたが、俺はうまく返事ができなかった。

 佐伯の思考というのは俺にはよくわからない。和泉もそうだが、俺とは思考パターンが全く違うのだ。
 前の俺だったらそんなわかりようもないことに頭を悩ますなんて、面倒くさいと早々に投げていただろうが今となってはそういう問題ではない。
 佐伯は教室の隅で友人らと歓談していた。もはやなんてことない、どこの学校にでもあるような光景だ。クラスのいけてる女子グループというポジションだろう。
 さらにたまにクラスのいけてる男子というのがこの輪に加わったりするのだ。元々はそのポジションが佐伯だったのかもしれない。いや、少し違うか。女子たちは同類として迎え入れていたから。あれはちょっとした特別枠だ。
 うちのクラスは比較的大人しいのだが、それでもお調子者枠っていうのは何人かいる。その中の一人、渡辺が楽しげにちょっかいをかけていた。話題としては特に中身のある話ではない。クリスマスをどう過ごすのかとか、そんな話題だ。
 当然ながら俺はその輪には加わらず、河合さんと別れまっすぐに自分の席に向かった。
 聞こうとしなくても彼女たちの会話は耳に入ってくる。まるで自分たちのテリトリーだとでも言うかのように、こういう輩は声がでかいのだ。佐伯は大声を出すわけではないが、よく通る声質だ。

「最悪彼氏いなくても、佐伯いるからいーやーって思ってたのにさー女になるとかある? まじいつ戻んの?」
「そんなのオレが知りたいよ~。……あれ? 吉田、前付き合ってた彼氏は? また別れちゃったの?」
「いやー、クリスマスまで別れんの延ばしとくべきだったわ」

 本当にとりとめもない話題だ。こんな話をするために佐伯はさっさと教室に向かったのだろうか。

「吉田の彼氏になるどころか、佐伯の方が彼氏できんじゃねえの?」
「え~あはは。ないない、やめてよ~」
「さすがにそれはへこむ」

 吉田さんより今は俺の方がへこんでいる。
 いや、わかってる。男と付き合ってることを隠したいって言ったのは佐伯だし。ここでボロを出されては今までの俺の努力は何だったんだという話だ。そして佐伯はこういうことを隠したり誤魔化すのがうまいのだ。
 でもなんだか、あまりに平然と言うので少し不安になってきた。本当に俺たちは付き合っているんだろうか……俺が勝手にそう思っているだけじゃないだろうか。大丈夫だよな? だってチューもしたもんな!?

「でも元に戻れなかったら女として生きるんでしょ~? 男と付きあえんの?」
「男の人の方がやだでしょ。元男と付き合うの」
「別によくね? 吉田より全然女っぽいし」
「おい!」

 もやもやとしながらも一生懸命聞き耳を立てていた。
 しかしそこで予鈴がなり、雑談は終了となる。後ろの席に佐伯が帰ってくるのを感じた。

「桐谷、ごめんね?」

 小声で謝られた。
 しかし俺が何気ないクラスメイトとの会話を盗み聞きして、腹を立てているとも思われたくない。だって陰湿だし、器が小さい男みたいじゃないか。

「ん? 何が?」

 全く気にも留めていなかったという素振りで振り返ってとぼけると、佐伯はぽかんとした顔をしていた。

「……えっ、あ、あれ? ……ごめん。なんともないならいいんだ」

 佐伯は首を振って笑った。


 昼食、いつものように河合さんの席の周りに集まった。
 今日は河合さんが誘ったのか佐伯も一緒らしい。パンを買って帰ってくるのを待って全員で食事を始める。

「そういや今日だっけ、女子のクリスマスパーティー」
「あ、そだよー。オレ手品するんだ~」

 和泉の振った話題に佐伯が答える。そして河合さんは遠い目をした。
 女子、の括りに入れてもらえていないからな。頼まれたって入りたくはないんだろうけど、それとこれとは別だろう。
 話を少し変えた方がいいかな。

「そ、そういえば、みんなはまだ親からのクリスマスプレゼントって貰えてるの? あれって平均いくつまで貰う物なんだろう」
「あー。家族と過ごすうちは貰ってもいいんじゃね? うちは今年家族で集まらないからなさそうだけど」

 なるほど。たしかに枕元に置きようがないしな。

「わたしは多分今年も貰えるみたい。パパが送ったって言ってたし」
「へえ……」

 パパいたのか……。
 なんとなく河合さんはおじいさんおばあさんと暮らしているようだから、ご両親はいないんだと勝手に思っていた……。

「流のとこはちゃんと今年もサンタさん来て貰えそうか?」
「ば、ばかにするなよ。ちゃんと親から貰っとるわ」
「そういうのって欲しいもの事前にお父さんとかに伝えとくものなの?」

 佐伯のささやかな疑問にはっと気づく。そういえば、佐伯の家はクリスマスを祝わないんだっけ。話の逸らし方を誤ってしまった……。

「い、いや、それとなく好きそうなものを用意してるみたいだよ。少なくともうちは……」
「わたしは事前にほしいもの伝えてるわ。必ず希望が通るってわけじゃないけど」
「へえ~」

 しかし佐伯は特に気にしている様子はなく、純粋に頷いていた。

「じゃあ今年はどんなのが来ると思う?」
「え、えーと……なんだろう、服とかかな……?」
「わたしはゲーム頼んだの。お小遣いじゃとても買えないもの。無理そうだったら別の物になるでしょうけど……」
「おおー豪華。ちくしょう、おれも何か頼もうかな」

 今更和泉は悔しそうにしていた。
 他にもやっぱりケーキはブッシュドノエルだとか、そんなの食べたことないだとか、ケンタが気分上がるだとか、そんなの食べたことないだとか、そういった話題で盛り上がった。
 うん。いつも通りだ。
 佐伯は目が合うと、にっこり笑ってくれる。いつも通りなのだ。
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