7章
佐伯は少し疲れているような様子だった。
放課後となり、後ろの席を振り向くとふんにゃりとした顔であくびを押し殺している。
「朝からずっと眠そうだね」
「んー。人形劇で使う人形が壊れちゃってさ。直してたら寝るの遅くなっちゃって……」
「へえ……そんなことまでやるのか」
「別に誰にでもできる仕事だし……実際に劇をやるのは他の人だしね。楽なもんだよ」
まったくそうは見えないんだが。
やっぱり、ていの良い使いっぱしりにされてるんじゃないだろうな。
まあ、お礼としてお菓子だの色々貰ってはいるようだけどさ、佐伯のことだから自分の生活を圧迫するほどの仕事を押し付けられても断れなさそうだ。文化祭のときもそうだったしなあ……。
「でもさすがにもう雑用係の仕事は終わりかな。今日はこれ届けるだけで、特に急ぎの用事も集まる予定もないよ! 久しぶりに帰り遊ばない?」
「え!」
やったあ! と思った直後、河合さんとのやりとりを思い出してしなしなとその気持ちが萎えていく。
な、なんでよりによって今日なんだ……?
近頃は連日放課後はばたばたしていたのに……。
別にプレゼントを用意するのは明日でもギリギリ間に合う……けど、遊びを優先するために先約を反故にするというのは……さすがに……。
「ごめん、河合さんと約束してて……」
佐伯は動きを止めて、ぱちぱちと瞬きした。
「あ、そうなんだ。了解〜!」
すぐに人なつっこい笑顔に戻る。別にこんなの珍しい事じゃない。俺はあんまり他の人と遊んだりしないけど、佐伯に先約があることは今まで何度もあったし。
だからそんなに気に病むことではないよな……?
でもなんとなく罪悪感が……。
「ほ、ほんとごめん、この埋め合わせは必ずするから……」
「やめてよ~オレが怒ってるみたいじゃん! そんな心狭くないよ?」
「で、でもすごく久しぶりのことなのに……」
「久しぶりったって一週間かそこらの話じゃない。桐谷の時間感覚どうなってんのさ。また他のとき遊ぼっ」
佐伯は困り笑いをして俺の肩をぺちぺち叩いた。俺はそれだけでちょっとドキドキする。
思えば最近あまり佐伯に触れていない……気がする。学校では喋ることはできるけど触れあうことはできないし。テスト終わりには学校も早くに終わるし、いちゃつき放題だ! と思っていたのだが、結局四人でカラオケに行ったり、同級生が多くいる駅前なんかをうろつくくらいでお互いの部屋には行けていなかったのだ。
そりゃあ佐伯の言う通り、たった数日のことなんだけどさ……!
「ありがとね、じゃあオレ先帰るよ」
何がありがとうなんだろうか。こっちは申し訳ない気持ちなのに。尋ねる前に佐伯はさっさと立ち上がっていた。
「またあしたね」
「う、うん」
佐伯はさっさと教室を後に……しようとして、ちょこちょこ他の女子なんかに捕まって、結局何故か俺と河合さんの方が先に教室を出ていた。
佐伯の後ろを通るとき、なんとなく気まずかった。
ーーー
「佐伯に悪いことしちゃったわ」
「河合さんが気にすることじゃないよ」
俺たちの会話が聞こえていたのだろうか。ざわざわとしていたから誰も気にしていないと思っていたが、河合さんは申し訳なさそうにしていた。
でも……まあ、しょうがないさ。プレゼントを用意しないなんて選択肢は俺にないのだ。こんな機会でもなきゃ渡せないし、そして一人じゃうまく選べないのも事実だ。仕方ない。巡り合わせが悪いだけなのだ。
佐伯だって気にしてないって言ってたし……ほんとに気にしてないよな?
ど、どうしよう。暇を持て余してまたどうでもいいような男の毒牙にかかっていたら。……いやいや、いくらなんでもそんな子じゃないさ……。こんな懸念を抱くこと自体失礼じゃないか。
必死によくない妄想をかき消した。
河合さんと街中をさすらって、ようやくたどり着いた雑貨屋はいかにもクリスマスを楽しむために生まれました、というような風貌だった。海外の子供向け映画で出てきそうな作り込みだ。
この時期だけの装飾とはとても思えない完成度だ。サンタやツリーはもちろん、トナカイだとかリースだとか、赤いブーツだとか、あらゆるものが取り揃えられて、そこかしこに飾られていた。
あんまり小綺麗な店ではなく、アンティークとか、そういうちょっと埃っぽさを感じる品揃えだった。いや、埃っぽいというのは俺の感覚で、多分雰囲気がいい店構えではあるのだ。アンティーク風なだけで、本当に古い物を売っている訳でもないようだし。とにかく、そういうオーナーの趣味がよく出ているような店なのだ。
しかし26日になったら、これ全部片づけるんだろうか。恐ろしい仕事量だ。
「いいわね、ここ。わたしこういうところ好き」
「そ、そう……だね」
河合さんは意外とテンションが上がっていた。
確か河合さんの家のお店が骨董品なんかを取り扱っているんだったか。こういう雰囲気が元から好きなようだ。
こんな風に物が所狭しと並んでいるのって、俺は少し落ち着かないんだけどな。この前のリサイクルショップを思い出す。どこに何があるかわからず、目移りしてクラクラしそうになる。
しかし俺たちはクリスマス用品を買いに来たわけではないのだ。これはすこし傾向が違うように思う。
「ほら、奥の方は日用雑貨も置いてるみたいよ」
「あ、ほんとだ」
どうやらクリスマス仕様なのは入り口付近だけのようだ。
あまり広い店内ではないが、密集している分品数は多い。この中から物を見つけるのは難儀しそうだが……。いいものがあってもいくらでも見落としそうだ。万引きとかされないのかな。心配になってくる。
河合さんは背伸びをして棚の上の壁掛け時計を見てみたり、アメリカンなケバケバしいデザインの巨大なストローを見てみたり視線を忙しなく動かしている。
「桐谷はこの中で何を貰えたら嬉しい?」
「え~……なんだろうなあ……」
正直、これが欲しい! ってほどの物はぱっと出てこない。貰って嫌じゃないものはもちろんある。しかし貰ったらちょっと困るな、というものは割と多かった。
「お、お弁当箱……とか……?」
「なるほど。でも男の人にはちょっと小さいんじゃないかしら」
「本当だね……」
パッと目につくのは女子にはちょうどいいサイズだろうというものばかりだ。
でもそもそも佐伯はお弁当なんて食べない。元々学食やパンだ。居候の身でお弁当を作って貰うなんてさすがにしないだろうし、佐伯自身が作るってこともないだろうから、これはプレゼントにはならないよな。
和泉は弁当を作ってきているが、大食いではないとはいえさすがに女子用のサイズでは物足りないだろう。残酷なことに、この店には育ち盛りの男が満足するサイズは置いていなかった。デザイン性重視のようだ。
「か、河合さんはどうなの? なにかめぼしいものはあった?」
「わたしはねえ……うーん。あ、あの電気スタンドなんか可愛いかも」
河合さんの指さす先を見ると、クラシカルなデザインの電気スタンドが机の上に配置されていた。機能美というより、ステンドグラスがあしらわれていて昔のモダンな感じだ。
「ああー。いいね。和泉は本も読むし、ああいうの好きそう。値段どうだろうね」
「桐谷見て貰える? わたし、手前の物倒しそうでおっかないわ」
あれこれ積まれたテーブルに手を伸ばし、電気スタンドのすぐ後ろに置かれていた在庫であろう箱を確認する。
「うっ……い、一万四千円……」
「…………これは、あきらめましょう」
バイトもしていない高校生にとってはちょっときつい……というかとても出せない……。和泉だって、バスボムのお返しでこれが来たら肩身が狭いはずだ。
「う、うーんうーん。あ。このセーター、割とよくない?」
セーター。なんでもあるな。と河合さんの指差す棚を見てみると、衣類も売っていると言うより、あるブランドの商品展開のひとつのようだ。同じキャラクターをモチーフにしたグッズが並べられたコーナーであった。食器類やキーホルダー、スリッパにノート、色々とある。
あっと河合さんは声をあげてその棚に近づいた。
「タコトナカイ! タコねこシリーズにこんな新しい仲間が加わっていたなんて! アニメにもゲームにも出てないわ。これから登場するのかしら……それともコラボ商品ってやつなのかしら。でもちゃんとタコシリーズの特徴を抑えているし……このデザイン性の高さはとても一度きりの企画用のものとは思えない……」
心なしか河合さんは早口になっている。
そのキャラクターというのは、なんとも、個性的というか……アート、なのか? まあ、こういうキャラクターというのはあまり精密さなど求められていないのだろう。形もよれているが、それも味ってやつだ。俺はよくわからないが。
「3000円……これならなんとか手が出せるわ。わたし、これにする!」
「え。お、思ったよりあっさり決まったね……」
「だって、和泉寒いの苦手だし、可愛いし!」
まるで和泉が可愛いかのようだけど、河合さんの目はタコトナカイに夢中だ。和泉、こういうの着るだろうか……。
あいつ、ファッションにはこだわりがあるようだったけど……。河合さんのプレゼントなら着るかな。
「そんなに趣味じゃなくても、部屋着にくらいは使ってくれるわよね」
そうか。家の中で使えるものなら人の目を気にする必要はないのか。だったら俺の趣味に寄っていても多少は許されそうな気もする。もちろん喜んでもらえるのが一番なのだが。
よし。俺もそういう路線でいこう。少しだけ方向が定まった。家で使えるもの、だ。
「佐伯はね、デザインより質感重視だと思うわよ。肌触りとか、動きやすさが大事みたい」
「ああ……たしかに……。ん!? 佐伯!?」
俺言ったか!? 河合さんに佐伯へのプレゼントを探してるだなんて話。いや、してない……はず。
「あら……だって、違うの?」
「ちっちが……」
ど、どうしよう。否定するっていうことは嘘をつくってことだ。隠したいことではあるけど、嘘をついてまで隠すべきことだろうか。
誤魔化すのは簡単だけど、嘘っていうのはバレたときのことも考えないといけない。それにもし違うって言ったら、河合さんのことだから、じゃあ佐伯にも何か買いましょうみたいなこと言うんじゃないか?
かといって認めたら、俺みたいな男がプレゼントを単なる友人だからという理由で贈るとは、誰も思わなくないか……? 河合さんは根掘り葉掘り聞いてきたりする子じゃないが、逆にあまり言い訳する隙も与えてくれない気もする。
「……ノ、ノーコメントで……」
「あら」
結局俺は逃げた。
和泉だったらしつこく付き纏ってくるだろうが、河合さんはこういうとき察して引いてくれるのだ。
「そう……」
「ご、ごめんね」
多分バレバレなんだろうが、俺は河合さんに話すことを拒絶したのだ。罪悪感でいっぱいになった。
「じゃあ……その人の好きなもの、わかる? 色とか」
「色……?」
なんだろう。そんな話今まで話題に上ったことがあるだろうか。いや、俺が佐伯に好きな色を教えたことはないと思うから、多分聞いたこともない。
いや、色にこだわる必要はないか。好きなもの……うーん……?
そういわれてみると、俺だって好きな物はなにかって聞かれたって、チョコとかしかぱっと出てこないし。人の好きな物なんてなおさらわからない。
運動が好きなのは知ってる。でも必要ない物を売ったばかりだし、そういう用具は勝手に見繕うもんじゃないだろう。
あとは……ゲームにアニメ……。だけどグッズを集めたりはしていないし、ゲームのことも俺にはなにがなにやらわからない。
河合さんは何故か少し困った顔をしていた。いや、呆れているんだろうか。
「ほら。何かほかのものを見て、あ、これあの人が好きだったな、とか、その人を連想するようなものってない? わたしだったら、和泉はお花柄とか、ピンク色を見るとそういえば和泉が好きって言ってたことを思い出すわ。ペンを見たら、桐谷はすごく高そうなペンを使ってたな、とか思うわ」
河合さんだってさっきまでプレゼントに悩んでいたのに、すっかり俺を諭してくれていた。
情けないことに、こういうことは大量のヒントを貰わないと正解にたどり着けない人間なのだ。頭が堅い自覚はある。
ついでに佐伯が好きそうなものも上げてくれないかな、と思ったのだが、河合さんはそれ以上教えてくれなかった。
「……あ。たしか猫……好きだな」
そうだ。動物はなんでも好きそうだけど、特に猫だ。野良猫探しに連れて行って貰ったじゃないか。
猫がモチーフのグッズなんていくらでもある。
河合さんはまるで答えを知っていたかのようににっこり笑っていた。
放課後となり、後ろの席を振り向くとふんにゃりとした顔であくびを押し殺している。
「朝からずっと眠そうだね」
「んー。人形劇で使う人形が壊れちゃってさ。直してたら寝るの遅くなっちゃって……」
「へえ……そんなことまでやるのか」
「別に誰にでもできる仕事だし……実際に劇をやるのは他の人だしね。楽なもんだよ」
まったくそうは見えないんだが。
やっぱり、ていの良い使いっぱしりにされてるんじゃないだろうな。
まあ、お礼としてお菓子だの色々貰ってはいるようだけどさ、佐伯のことだから自分の生活を圧迫するほどの仕事を押し付けられても断れなさそうだ。文化祭のときもそうだったしなあ……。
「でもさすがにもう雑用係の仕事は終わりかな。今日はこれ届けるだけで、特に急ぎの用事も集まる予定もないよ! 久しぶりに帰り遊ばない?」
「え!」
やったあ! と思った直後、河合さんとのやりとりを思い出してしなしなとその気持ちが萎えていく。
な、なんでよりによって今日なんだ……?
近頃は連日放課後はばたばたしていたのに……。
別にプレゼントを用意するのは明日でもギリギリ間に合う……けど、遊びを優先するために先約を反故にするというのは……さすがに……。
「ごめん、河合さんと約束してて……」
佐伯は動きを止めて、ぱちぱちと瞬きした。
「あ、そうなんだ。了解〜!」
すぐに人なつっこい笑顔に戻る。別にこんなの珍しい事じゃない。俺はあんまり他の人と遊んだりしないけど、佐伯に先約があることは今まで何度もあったし。
だからそんなに気に病むことではないよな……?
でもなんとなく罪悪感が……。
「ほ、ほんとごめん、この埋め合わせは必ずするから……」
「やめてよ~オレが怒ってるみたいじゃん! そんな心狭くないよ?」
「で、でもすごく久しぶりのことなのに……」
「久しぶりったって一週間かそこらの話じゃない。桐谷の時間感覚どうなってんのさ。また他のとき遊ぼっ」
佐伯は困り笑いをして俺の肩をぺちぺち叩いた。俺はそれだけでちょっとドキドキする。
思えば最近あまり佐伯に触れていない……気がする。学校では喋ることはできるけど触れあうことはできないし。テスト終わりには学校も早くに終わるし、いちゃつき放題だ! と思っていたのだが、結局四人でカラオケに行ったり、同級生が多くいる駅前なんかをうろつくくらいでお互いの部屋には行けていなかったのだ。
そりゃあ佐伯の言う通り、たった数日のことなんだけどさ……!
「ありがとね、じゃあオレ先帰るよ」
何がありがとうなんだろうか。こっちは申し訳ない気持ちなのに。尋ねる前に佐伯はさっさと立ち上がっていた。
「またあしたね」
「う、うん」
佐伯はさっさと教室を後に……しようとして、ちょこちょこ他の女子なんかに捕まって、結局何故か俺と河合さんの方が先に教室を出ていた。
佐伯の後ろを通るとき、なんとなく気まずかった。
ーーー
「佐伯に悪いことしちゃったわ」
「河合さんが気にすることじゃないよ」
俺たちの会話が聞こえていたのだろうか。ざわざわとしていたから誰も気にしていないと思っていたが、河合さんは申し訳なさそうにしていた。
でも……まあ、しょうがないさ。プレゼントを用意しないなんて選択肢は俺にないのだ。こんな機会でもなきゃ渡せないし、そして一人じゃうまく選べないのも事実だ。仕方ない。巡り合わせが悪いだけなのだ。
佐伯だって気にしてないって言ってたし……ほんとに気にしてないよな?
ど、どうしよう。暇を持て余してまたどうでもいいような男の毒牙にかかっていたら。……いやいや、いくらなんでもそんな子じゃないさ……。こんな懸念を抱くこと自体失礼じゃないか。
必死によくない妄想をかき消した。
河合さんと街中をさすらって、ようやくたどり着いた雑貨屋はいかにもクリスマスを楽しむために生まれました、というような風貌だった。海外の子供向け映画で出てきそうな作り込みだ。
この時期だけの装飾とはとても思えない完成度だ。サンタやツリーはもちろん、トナカイだとかリースだとか、赤いブーツだとか、あらゆるものが取り揃えられて、そこかしこに飾られていた。
あんまり小綺麗な店ではなく、アンティークとか、そういうちょっと埃っぽさを感じる品揃えだった。いや、埃っぽいというのは俺の感覚で、多分雰囲気がいい店構えではあるのだ。アンティーク風なだけで、本当に古い物を売っている訳でもないようだし。とにかく、そういうオーナーの趣味がよく出ているような店なのだ。
しかし26日になったら、これ全部片づけるんだろうか。恐ろしい仕事量だ。
「いいわね、ここ。わたしこういうところ好き」
「そ、そう……だね」
河合さんは意外とテンションが上がっていた。
確か河合さんの家のお店が骨董品なんかを取り扱っているんだったか。こういう雰囲気が元から好きなようだ。
こんな風に物が所狭しと並んでいるのって、俺は少し落ち着かないんだけどな。この前のリサイクルショップを思い出す。どこに何があるかわからず、目移りしてクラクラしそうになる。
しかし俺たちはクリスマス用品を買いに来たわけではないのだ。これはすこし傾向が違うように思う。
「ほら、奥の方は日用雑貨も置いてるみたいよ」
「あ、ほんとだ」
どうやらクリスマス仕様なのは入り口付近だけのようだ。
あまり広い店内ではないが、密集している分品数は多い。この中から物を見つけるのは難儀しそうだが……。いいものがあってもいくらでも見落としそうだ。万引きとかされないのかな。心配になってくる。
河合さんは背伸びをして棚の上の壁掛け時計を見てみたり、アメリカンなケバケバしいデザインの巨大なストローを見てみたり視線を忙しなく動かしている。
「桐谷はこの中で何を貰えたら嬉しい?」
「え~……なんだろうなあ……」
正直、これが欲しい! ってほどの物はぱっと出てこない。貰って嫌じゃないものはもちろんある。しかし貰ったらちょっと困るな、というものは割と多かった。
「お、お弁当箱……とか……?」
「なるほど。でも男の人にはちょっと小さいんじゃないかしら」
「本当だね……」
パッと目につくのは女子にはちょうどいいサイズだろうというものばかりだ。
でもそもそも佐伯はお弁当なんて食べない。元々学食やパンだ。居候の身でお弁当を作って貰うなんてさすがにしないだろうし、佐伯自身が作るってこともないだろうから、これはプレゼントにはならないよな。
和泉は弁当を作ってきているが、大食いではないとはいえさすがに女子用のサイズでは物足りないだろう。残酷なことに、この店には育ち盛りの男が満足するサイズは置いていなかった。デザイン性重視のようだ。
「か、河合さんはどうなの? なにかめぼしいものはあった?」
「わたしはねえ……うーん。あ、あの電気スタンドなんか可愛いかも」
河合さんの指さす先を見ると、クラシカルなデザインの電気スタンドが机の上に配置されていた。機能美というより、ステンドグラスがあしらわれていて昔のモダンな感じだ。
「ああー。いいね。和泉は本も読むし、ああいうの好きそう。値段どうだろうね」
「桐谷見て貰える? わたし、手前の物倒しそうでおっかないわ」
あれこれ積まれたテーブルに手を伸ばし、電気スタンドのすぐ後ろに置かれていた在庫であろう箱を確認する。
「うっ……い、一万四千円……」
「…………これは、あきらめましょう」
バイトもしていない高校生にとってはちょっときつい……というかとても出せない……。和泉だって、バスボムのお返しでこれが来たら肩身が狭いはずだ。
「う、うーんうーん。あ。このセーター、割とよくない?」
セーター。なんでもあるな。と河合さんの指差す棚を見てみると、衣類も売っていると言うより、あるブランドの商品展開のひとつのようだ。同じキャラクターをモチーフにしたグッズが並べられたコーナーであった。食器類やキーホルダー、スリッパにノート、色々とある。
あっと河合さんは声をあげてその棚に近づいた。
「タコトナカイ! タコねこシリーズにこんな新しい仲間が加わっていたなんて! アニメにもゲームにも出てないわ。これから登場するのかしら……それともコラボ商品ってやつなのかしら。でもちゃんとタコシリーズの特徴を抑えているし……このデザイン性の高さはとても一度きりの企画用のものとは思えない……」
心なしか河合さんは早口になっている。
そのキャラクターというのは、なんとも、個性的というか……アート、なのか? まあ、こういうキャラクターというのはあまり精密さなど求められていないのだろう。形もよれているが、それも味ってやつだ。俺はよくわからないが。
「3000円……これならなんとか手が出せるわ。わたし、これにする!」
「え。お、思ったよりあっさり決まったね……」
「だって、和泉寒いの苦手だし、可愛いし!」
まるで和泉が可愛いかのようだけど、河合さんの目はタコトナカイに夢中だ。和泉、こういうの着るだろうか……。
あいつ、ファッションにはこだわりがあるようだったけど……。河合さんのプレゼントなら着るかな。
「そんなに趣味じゃなくても、部屋着にくらいは使ってくれるわよね」
そうか。家の中で使えるものなら人の目を気にする必要はないのか。だったら俺の趣味に寄っていても多少は許されそうな気もする。もちろん喜んでもらえるのが一番なのだが。
よし。俺もそういう路線でいこう。少しだけ方向が定まった。家で使えるもの、だ。
「佐伯はね、デザインより質感重視だと思うわよ。肌触りとか、動きやすさが大事みたい」
「ああ……たしかに……。ん!? 佐伯!?」
俺言ったか!? 河合さんに佐伯へのプレゼントを探してるだなんて話。いや、してない……はず。
「あら……だって、違うの?」
「ちっちが……」
ど、どうしよう。否定するっていうことは嘘をつくってことだ。隠したいことではあるけど、嘘をついてまで隠すべきことだろうか。
誤魔化すのは簡単だけど、嘘っていうのはバレたときのことも考えないといけない。それにもし違うって言ったら、河合さんのことだから、じゃあ佐伯にも何か買いましょうみたいなこと言うんじゃないか?
かといって認めたら、俺みたいな男がプレゼントを単なる友人だからという理由で贈るとは、誰も思わなくないか……? 河合さんは根掘り葉掘り聞いてきたりする子じゃないが、逆にあまり言い訳する隙も与えてくれない気もする。
「……ノ、ノーコメントで……」
「あら」
結局俺は逃げた。
和泉だったらしつこく付き纏ってくるだろうが、河合さんはこういうとき察して引いてくれるのだ。
「そう……」
「ご、ごめんね」
多分バレバレなんだろうが、俺は河合さんに話すことを拒絶したのだ。罪悪感でいっぱいになった。
「じゃあ……その人の好きなもの、わかる? 色とか」
「色……?」
なんだろう。そんな話今まで話題に上ったことがあるだろうか。いや、俺が佐伯に好きな色を教えたことはないと思うから、多分聞いたこともない。
いや、色にこだわる必要はないか。好きなもの……うーん……?
そういわれてみると、俺だって好きな物はなにかって聞かれたって、チョコとかしかぱっと出てこないし。人の好きな物なんてなおさらわからない。
運動が好きなのは知ってる。でも必要ない物を売ったばかりだし、そういう用具は勝手に見繕うもんじゃないだろう。
あとは……ゲームにアニメ……。だけどグッズを集めたりはしていないし、ゲームのことも俺にはなにがなにやらわからない。
河合さんは何故か少し困った顔をしていた。いや、呆れているんだろうか。
「ほら。何かほかのものを見て、あ、これあの人が好きだったな、とか、その人を連想するようなものってない? わたしだったら、和泉はお花柄とか、ピンク色を見るとそういえば和泉が好きって言ってたことを思い出すわ。ペンを見たら、桐谷はすごく高そうなペンを使ってたな、とか思うわ」
河合さんだってさっきまでプレゼントに悩んでいたのに、すっかり俺を諭してくれていた。
情けないことに、こういうことは大量のヒントを貰わないと正解にたどり着けない人間なのだ。頭が堅い自覚はある。
ついでに佐伯が好きそうなものも上げてくれないかな、と思ったのだが、河合さんはそれ以上教えてくれなかった。
「……あ。たしか猫……好きだな」
そうだ。動物はなんでも好きそうだけど、特に猫だ。野良猫探しに連れて行って貰ったじゃないか。
猫がモチーフのグッズなんていくらでもある。
河合さんはまるで答えを知っていたかのようににっこり笑っていた。