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6章

「結局セクハラしてんじゃねえか、この変態め」
「お前が先にしたんだろ! あんなの完全にアウトだからな! 俺のお陰でうやむやになったようなもんだぞ、感謝しろ!」
「いやあれは……まあ、そうだな……、友也がほんとに女の幼なじみだったら鉄拳食らってたかもしんねえ……。咄嗟に興味ないふりしたが、あいつが誤魔化されてくれる馬鹿でよかったぜ」

 うむうむと和泉は綺麗になったベッドの上で腕を組んで頷く。
 やっぱりさすがの和泉も動揺していたらしい。そうだよな。いくら女兄弟いたって友達の下着はドキドキするよな。
 ちなみに佐伯はぷりぷりと怒って乱暴に下着をタンスにしまうと、洗濯物取り込んでくる! と言って出て行ってしまっていた。
 さすがにこの流れで手伝うよ、なんて言って干された下着を手に取ろうものなら、いくら善意の申し出と言っても信じては貰えないだろう。
 というわけで俺たちは二人でおとなしく待機しているのであった。

「ったく、なんだあの高そうな下着。さらしでも巻いときゃいいものを……」
「いや……それはさすがに可哀想だろ」

 和泉は見当違いな文句を言っていた。
 娘の成長に文句をつけるから父親って嫌われるんだ。やったあ可愛い~でいいじゃないか。……いや、そんな父親も嫌われるか。
 ……まあ、娘でも父親でもないのだが。
 和泉は小さなため息を付いて遠い目をした。

「あいつ、やっぱ彼氏できてんのかなあ……。複雑だぜ……」
「そそっそんっそんなことないんじゃないかな!? 可愛い下着を身につけたいというのは決して男を喜ばせることだけが目的とは限らないと俺は思うな!」

 まさかここで俺俺~とは言えず、あわあわしながらフォローしておく。佐伯、俺はうまいこと誤魔化したぞ!
 それにしたってあの下着、つけてくれないかなあ……。体育がある日はさすがにだめだよな……。
 ちなみに、初めのうちにエッチなことはしませんから! と言ってはいたのだが、何度か勢いとか流れに抗いきれなかったことがなくもないので、下着を拝んだこともないわけではない。さすがにはじめのときみたいな色気もへったくれもないチョイスではなかったのだが、いかにも勝負下着ですというようなものは見たことがなかった。
 しかしもしかしてお願いしたらもっとセクシーな下着とかも着てくれるんだろうか。ああいういかにもな下着って、それを選ぶ女子がそもそもどうなんだと思ってしまっていたが、実際着てくれそうな相手がいるとなると……やっぱり見たい……。だって、付き合いたてのカップルが見なくていつ見るっていうんだ!?
 佐伯のことだから断固拒否というわけはないだろう。うん、いける気がする。

「えっ待って、ブラジャーとかって高いのかな?」

 はあ? と和泉に変な顔をされた。
 ちなみに俺のパンツは三千円くらいだ。
 もし女性用のパンツとブラジャーがそれぞれそのくらいするなら、一セットで俺のパンツ二枚分の価値がある。お小遣いで買うにはさすがに厳しい価格だ。

「おれが知るわけないだろ。まあ、ああいうごてごてしたのなら安いってこたねえんじゃね?」

 たしかに。
 じゃあ着たいから買って、というのも佐伯に負担がかかるか。普段使いできなさそうだし。いや、先程目撃したラインナップでも十分なんだけどさ……、気持ち的に……やっぱり……他の男に貰ったかもしれないものは……ううーん。気にしすぎなんだろうか。そこのところ、一般的な感覚というものがよくわからない。自分が狭量なのか、無神経なのか。
 一瞬、それならクリスマスプレゼントにどうかというアイデアが浮かびかける。
 ……が、プレゼントと聞いてわくわくしながら包みを開けたら、中身は相手の欲望が詰まった下着だった……という佐伯を想像して悲しくなった。こんなろくでもない案は没だ。
 ただでさえ佐伯は元々体目当て的な誤解を受けていたんだ。
 うん。スケスケの紐パンは諦めよう。

「じゃあクリスマスプレゼントなんにしよう~!? 助けてよ~!」
「うわっなんだなんだ」

 頼りになるのは和泉しかいないんだ。河合さんはこういうの苦手そうだし、きっと和泉へのプレゼントで頭を悩ませているはずだ。他の友達はみんな小汚くてモテない男しかいない。
 和泉がモテるかというと微妙だが、趣味は悪くなさそうだ。
 ……いや、どうかな? 俺からすると和泉のセンスは嫌いじゃないんだけど、佐伯の趣味に合うかって言うと……うーん……。しかし俺の知識よりはよっぽど当てになるはずだ。

「当たり障りなくてセンスがよくて邪魔にならないプレゼントを教えてください」
「保守的だなあ。そもそも誰に渡すんだよ」

 ぐっと言葉に詰まる。
 さ、さすがに言えない……。いくら情報を伏せても、実は彼女ができて~みたいなことを言えばいくら鈍感な和泉だって察するだろう。単純に佐伯に……と言ってもやっぱりなにかあるなとバレそうだ。俺が佐伯にプレゼントを渡すほど気が利く人間だと思うか? 情けないが熱でもあるのかと心配される自信がある。
 一旦思考タイムに入る。タンマのポーズをすると和泉は当然のように無視して喋り始めた。

「お前もいっぺん雑貨屋とか行ってみろよ。どうせ文房具とか実用的なもん買う目的でしか外出ねえんだろ?」
「ひどい偏見でものを言うな、お前は」
「プレゼントっつーのはもっと遊び心を持たねえとだめだぜ。うんうん頭で考えたってどうせ突然いいアイデアなんて湧いてきたりしねえよ」

 ぐうの音も出ない。
 たしかに、小物だとかぬいぐるみだとか、見た目の良い料理道具とかが並んでいる雑貨屋というのはちょっと苦手だから、全く知識がない。親に付き合って入ったとしても、可愛いとは……思うよ? 思うけどね? 本当に必要かな? という気持ちが常にある。遊び心なんてものは俺の辞書にない。

「あ、でも忠告しとくが、アクセはやめといた方がいいぜ」
「え。そ、それは何故……?」

 プレゼントの定番といえばアクセサリーじゃないか。やっぱり送ったものを身につけて貰えると嬉しいはずだし。
 賢者だって時計のチェーンを送ったし、相方の賢者だって髪を飾る櫛を送ったのだ。王道じゃないだろうか。

「アクセはなあ……外したときめちゃくちゃ痛ぇ……」

 和泉は神妙な顔をして言った。

「……それは装着した人の外し方次第では……?」
「そういう外すでも痛ぇでもねえよ!」

 いや、そうとしか取れないだろ。なんで俺が天然ボケしたみたいな目で見てくるんだ。

「まずな、男が選ぶアクセって大体ダセェんだよ。どうせ。金もかけられないならなおさらよ。そのくせこう……重いだろ? 自分の趣味じゃなくても貰ったならつけなきゃ申し訳ないし。似合う服とかも考えないといけないし、同性の目は痛いし、そんなんもう女子からの評判は散々よ」
「い、一体どこの女子からの評判なんだ……」
「雑誌に書いてた」

 雑誌。なるほど。今まで読んだことがなかったが、たしかにこの時期プレゼントに渡すものについての特集を組まれていそうだ。
 ……いや、でも女子が欲しがるものを貰って佐伯が喜ぶわけないから参考にはならないよな……。
 しかしアクセはだめか……。恋人っぽくて良いと思ったのに。
 まあ、殆ど毎日学校に通ってるんだからつける暇ないか。
 それなら日常使いできるものがいいかな? 筆箱とか。でもあいつあんまり勉強とか真面目にしないしな。せっかくプレゼントするならできるだけ使って貰えそうな物がいい。
 頭を悩ませていると、畳んだ洗濯物を抱えた佐伯が部屋に入ってきた。

「言われなくてもちゃんとしまいますよー。まったく」

 和泉はまだ何も言っていないのだが、先回りしてぶつぶつ文句を言って、洗濯物をタンスに詰め込んでいる。

「お前畳み方へったくそだなあ。服屋だったらクビにしてんぞ。ほらここちゃんとぴっと張って。つーか引き出しからはみ出てるし」
「もおおーっうるさいなあ~っ! せっかく頑張って畳んだのに直さないでよー!」

 和泉は順調に佐伯のやる気をへし折っている。姑か。
 これが河合さんだったら何も言わずにそっと見守っているくせに。和泉は佐伯には口うるさいのだ。
 俺は和泉の肩をぽんと叩いてやめさせた。別に畳み方が下手でもいいのだ。服に皺がついても佐伯がいいならいいのだ。よっぽどでなければ人はそれほど気にしないはずだ。
 俺は気にしないぞ、佐伯!
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