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1章

 結局の所、書斎にある辞典にそれらしい病気は見つからなかった。染色体の異常で第二次性徴が起こらない……みたいなのはあったが一夜にして、と言うのはどこにもない。
 と言うか、身長が縮むとか物理的に考えておかしいのだ。
 変わった病気はいくらでもあるけど、限度がある。それにこんなに体に(今のところ)負担なく性別が変われるなら、性転換手術よりこっちの病気の研究した方が救われる人は多そうだ。
 本を見つつ、佐伯の頭や顎を触ってみたりして確認する。普段あまり接触を好まない佐伯だが、このときばかりは黙って従ってくれた。おっぱいは触らせてくれなかったけど。そして俺もおそらくどうぞと言われても触る勇気は出なかったわけだけど。

「多分、病気ではないと思う」

 俺の診断を佐伯は正座をして聞いて、首を傾げた。

「じゃあ、何?」
「うーん……考えられるのは、誰か、他人の性別を変えることができる人がいる、ってこと……」

 まれに、現代科学では観測不可能の事象を起こすことができる子供がいると言うのは聞いたことがある。
 あり得なくはない。この地域はそういう子供が集まりやすい。生き残りやすいだけかもしれないけど。

「じゃあその人を見つけたら……元に戻してもらえるってことだよね?」
「まあ、そのはずだけど……心当たりある?」

 佐伯はまるいおでこを抑えた。
 こいつは顔が広い。おでこも広いけど。
 俺なんかが身近に怪しい人物はいるかと聞かれると、すぐに最近あった数人を思い返すことができるけど、佐伯はその数が膨大なんだろう。

「うーん……わかんないや……。オレのこと嫌いな人かな?」
「嫌いな奴の性別変える意味ってある? 相手が和泉とか石橋とかだったら効果あるかもしれないけど、佐伯を女に変えたってなあ……」
「どういう意味……?」

 正直他人からすると佐伯はカマっぽいというか、そっち系っぽく映ってもしょうがない雰囲気がある。本人は怒るだろうけど。
 だから嫌いな奴からすると、そんな佐伯を女に変えても本人の願望を叶えるように映るんじゃないだろうか。
 仲がいいやつはもちろん佐伯がそう言う性質じゃないってことは知ってるけど……そこまで親密な相手に嫌われる奴じゃない。
 そもそも佐伯の友達はほとんどが女友達だし、女子が男友達を女性に変えるって言う発想はあるだろうか……? 男だけど女と友達関係になれると言う距離感に好感を持たれているような印象がある。わざわざ女にする必要性はない……と思う。もしかしたら女同士で仲良くしたいって人もいるかもしれないけど……。でも友達なら無断でこんなことするとは思えない。

「いや、逆かもしれない」
「逆?」
「お前が女になると都合いい奴がいるとしたら……、お前のことが好きな男」

 佐伯の顔が歪んだ。眉間と鼻の上にシワが寄っている。
 こいつは意外と同性愛に対して差別的なところがある。差別っていうか、嫌悪っていうか。オカマっぽいとかゲイっぽいとか散々いじられたせいだろうけど。
 ちなみに俺は人の性的指向は心底どうでもいいタイプである。

「心当たりは?」
「……ないよ。最近男とは遊んだりしてないし、知り合うこともないもん」
「まあ、その場合は知り合いじゃない可能性も十分あるだろうし、考えても仕方がないな」

 片方が思っても見ないところで惚れられてたり、ストーカー化したりなんてのはありがちだし。
 和泉だって小野さんに好かれるような記憶はないって言っていたからな。

「あ!」
「ん?」

 人差し指を立て、ピコンと音がなりそうなポーズで佐伯は声を上げた。

「この前電車に乗った時体触られたんだよ」
「え!? 痴漢!? どうだった!?」
「ど、どうだったって何……どうもこうも、最悪だよ。一緒に乗ってた女子と間違えたのかなって思ったんだ。触るっていってもがっつりじゃなくて当たってるだけみたいな感じだし、違かったら申し訳ないし、痴漢だったら男だってわかったら辞めるかなって思って我慢してたんだ」

 実体験を聞くとなんだか興奮するな……。い、いや、痴漢は犯罪だぞ! そういうのはフィクションの中だけにしろ!

「そいでね、急に離れたと思ったら、小さい声で『男かよ……』って言われて……」
「う、うわー! 自分から触っておいて! それでどうしてやった? 駅員に突き出した?」
「え、う、ううん、満員だったし、後ろからだったから誰だかわかんなくて……」
「ちなみにどこをどう触られた?」
「えっと……。……さいてー」

 なんでそんな目で見るんだ。

「そのくらいしか身に覚えないかも。でも痴漢した相手が男だったからって女にしようとは思わないよね」

 まあ、普通に考えれば。
 しかし普通の思考回路じゃないから痴漢するわけで。変質者の思考回路についてはなんとも言えない。佐伯の顔だけ見て好みの女だと思って痴漢したならその言い分も通る気がするし。適当に触って男かよとなっただけなら、相手の性別を変えるほど執着する理由はもちろんないだろうけど。

「まあ、なんにせよ佐伯を女にしたくてしたとしたら、いずれ本人が接触してくるだろうね」
「そう?」
「相手は誰でもいいという愉快犯だった場合……それから、佐伯のことが嫌いでただ困らせたいだけだった場合は、犯人は接触してこないだろうと思うよ。犯人ってバレたくないはずだし。でも佐伯を女にしたいと思っていた場合は女の佐伯と接触したいと思うからやったんだろうし、恋愛感情があるなら絶対するでしょ」
「れ、恋愛〜?」

 佐伯は半信半疑の声を出した。ちょっと声がでかくて心配になる。
 ……しかし、俺としてはそれが可能性が一番高いと思っている。妬まれることはあっても恨みを買うほど嫌われるやつじゃない。
 佐伯が女だったらいいのに、というのは何度も聞いたことがあるしなんなら言ったこともある。もちろんそれはただの冗談だけどさ。
 それに男が好きな男は、男らしい男が好きな傾向にあると思う。ヒゲとか筋肉とか、佐伯のイメージとは真逆だ。好意から男を女にしたいと思うなら相手は女が好きな男で、女っぽい佐伯を好きになって、でも男じゃ困るから女になって欲しいと考える……というのはもなくはない気がしたのである。

「じゃあ、すぐには治らないんだ……」
「それは本人しかわからないことだけど……まあ、決まった条件や時間制限とかがないとすればそういうことだね。もしかしたら犯人なんかいなくて、超常現象だったら……」
「だったら?」
「……寝て起きたら治ってる、か、一生そのままかじゃない?」

 佐伯は一瞬にして泣きそうな顔になった。別にこんな顔をするのは珍しいことでもないのに、性別が変わっただけで妙に罪悪感みたいなものを刺激する。

「どちらにせよ、家族には説明しないといけないだろ」
「……そうかなあ……。どうせそんなに会うことないし、こっそりなんとかならないかなあ……」
「学校どうするんだよ。行くにしても休むにしても学校には保護者からの説明が必要だろ」
「そうだよねえ……」

 佐伯は深いため息をついた。
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