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6章

 俺はすぐさま帰宅して作戦を練りたいところだったが、二人に和泉家での昼食に招待されていた。
 今日はファミレスにでもいくつもりだったから昼食代が浮いた。ラッキー。

「ほら桐谷、あがってあがって」
「お、おじゃまします」

 前にも来たことはあるが、こうして迎え入れられると少し緊張する。

「すっかり我が家の住人だなあ」

 奥から声がして、佐伯が小さく「わ」と驚きの声を上げた。

「昭彦来てたんだ~」
「アキちゃんだ、やっほー!」

 リビングに続いているらしいドアから顔を覗かせた和泉に、佐伯と裕子さんが口々に声を上げる。

「なんで実家なのにこんなアウェイな気持ちにならなきゃなんねえんだ……。おっす、流、入れよ」
「お、おっす」

 いつも顔を合わせているのに、なんとなく緊張が抜けきらない。まるで彼女のお父さんにご挨拶する気分だった。お世話になってますとか言いたくなる。
 和泉は女子二人にきゃいきゃいと絡まれているが物ともしていない。

「あれ、今日昭彦がご飯作ってくれるの?」
「どうしよっかな~、姉ちゃんいるなら任せちまおうかなー」

 台所で支度をしていたらしい和泉は、ちらりと裕子さんに目を向ける。

「おーっいいよお、まっかせなさい!」
「まじで? サンキュー。パスタにしようと思ってたから米炊いてないんで、適当によろしく」
「はいはい」

 裕子さんは嫌がりもせず、腕まくりしてパタパタと歩き出した。
 こういう光景はやはり母の姿と似ている。俺は家に帰ったらまず着替えてぐうたらしてしまうのだが、そんな間もなくやることを見つけるのだ。

「桐谷ソファ座ろ。おいでおいで」
「は、はい……」

 荷物を下ろした佐伯は、テレビの前に配置されたソファをぽんぽんと叩くので、俺はこそこそと移動して言いなりになる。

「なんだお前は借りてきた猫みたいに。いつものふてぶてしい態度はどうした」
「うるさいな。人の家にお邪魔するの慣れてないんだよ。……和泉の他の家族の人はいるの? 挨拶した方がいい?」
「あ、いないいない。うちの親、土日は基本仕事だからな。妹は体鍛えに出てるし」

 なるほど……。それを聞くと少し緊張がほぐれる。
 裕子さんがすぐ近くにいると思うと、やっぱりまだそわそわするが、それでも知らない人がいないのなら気は楽だ。
 L字型になっているソファの長い方に俺と佐伯が座り、短い方にどかっと和泉が腰掛けた。
 その様はこの家の主人であるかのように偉そうだ。

「……っか~! 河合がいねえ~~っ寂しい~」

 ……言ってることは情けないが。

「ほんとだね。昭彦がいるってわかってたなら河合さんにも声かけれたんだけど……」
「ま、いいのさ……、河合も姉ちゃんいると緊張するだろうしな……」

 和泉家にお呼ばれされて、隅っこで小さく固まっている河合さんを想像して和む。

「そういえば昭彦はなんでこっち来てたの?」
「進路関係で親に書いて貰う書類あってさあ。暇だし早めに来て友也と遊ぼうと思って来たら誰も家にいなかった」
「ご、ごめん……メールくれてたら昭彦も連れてったのに……」

 ほうれんそうは大事だよな。
 しかし遊ぼうと思って、って。なんだか小学生みたいだ。俺は幼なじみや兄弟がいないから、人と遊ぶっていうのは誘うのに躊躇したり、少しやる気を出さなきゃいけないんだが、多分こいつらはなんにも考えずに遊ぼう、なんて言えるんだろう。そういう関係は少し羨ましい。
 ……いや、待てよ。自分の彼女が幼なじみの男と二人で遊ぶって言うのは、あまり容認すべきではないのではないか?
 …………。
 ……やめておこう。相手はあの和泉だ。あのめちゃくちゃに可愛い河合さんを相手にしたってお遊戯のようなたわむれしかしない男だ。考えるだけ無駄だ。
 束縛する男にもなりたくないしな。

「オレトイレ行ってくんねー」

 俺の考えをよそに、佐伯はさっさと立ち上がってリビングを出て行ってしまった。勝手知ったる、という様子だ。
 やっぱり佐伯家の完全に部屋を閉め切っているような家より、こういう開放的な雰囲気の家の方が似合う。

「お前らまじで最近すっかり仲良くなったなー」
「い、今更だろ……」
「そうだっけか? でも最近ほとんど二人で一緒に帰ってんだろ。河合が一人でバス乗るの寂しがってたぜ」

 うっ、そう言われると胸が痛い。
 前は殆ど河合さんと直帰していたし、どこかで遊ぶときは四人一緒なことが殆どだった。俺や佐伯が委員会だの他の用事だので抜けることはあっても、河合さんや和泉を差し置いて二人で、ってことは滅多になかったのだ。
 やはり二人に隠していられるのは時間の問題なような気がする。それに罪悪感が刺激される。隠し事は苦手だ。
 でも佐伯は言いたくないらしいし……俺がすっきりしたいがためにわざわざ佐伯が嫌がっていることをしてもな……。

「ま、まあ、あとから意外と気が合うことに気付くってことはあるからね」
「ふーん。お前友也のこと好きなの?」

 ビクンとあからさまに体が跳ねたあと動きが停止した。
 必死で身振り手振りを使って言い逃れしようとしていたから動揺は明らかに伝わっただろう。
 なんでだ! 和泉のくせに! 普段鈍感で俺たちが何をしてようと気にもとめないくせに! こんなときばっかり!

「ま、アー……、好きだよ! 友達ダシネッ!」
「はあ? なんで片言?」

 わかった。俺は嘘が下手だ。知らなかった。

「別にいいんだけどよお、友也が女になってからあからさまじゃん? セクハラとかあんますんなよ。あいつすぐ泣くぞ」
「し、しないって!」

 いや、まあ、それ以上のことはやってるんだけど、合意だから……いいんだ!
 まったく、余計なお世話だ!
 ……ふと、佐伯の話題を振られて思い出す。

「そういえば和泉さ、河合さんにクリスマスプレゼントってあげるの?」

 和泉は飲みさしだったらしいコーヒーに手を出しているところだった。
 
「あ? あげるけど。すげえド派手な色のバスボム」
「乙女か!?」

 バスボムて!! 俺が何年生きてもそんなプレゼントを思いつくことはないだろう。
 そもそも人生において自分からバスボムという存在を思い出すことがない気がする。あるか? バスボム。

「で、でもさあ、女の子にお風呂で使うもの渡すのって抵抗ない? だってさ、絶対使ってる姿想像するじゃん。お前の入浴シーンを思い浮かべながら買ったんだよとか言えないじゃん?」
「考えすぎだろ……。パンツとかならキモいのはわかるけど、普通に雑貨屋で見つけておもろそうだから買っただけだぜ? そんな危険性高いのか? 割と贈答品とかでありがちな気がしたんだが」

 和泉は少し不安そうな顔をする。ど、どうなんだろう。一般的な女子の意見が俺たちにわかるはずもない。でも一般的にNGだったとしても河合さんは気にしないような気もするな。結構さっぱりしたところがあるし。
 しかしバスボムか……、たしかに、わざわざ自分からは買わないとしても、貰って困るものでもないか。とっておいても腐りはしないし。
 もしかしてこいつは意外と気の利いた奴なのか? よく考えたら女兄弟に挟まれているし、和泉自身割と乙女チックな物が好きらしい。少なくとも俺の感性より数倍頼りになることは確かだ。
 俺はソファの上で和泉に向き直って正座をした。

「プレゼント選びのご教授願えませんか」
「うわ桐谷!? なに土下座してんの!?」

 最悪のタイミングで佐伯が帰ってきた。
 やめて。見ないで。

「なんかこいつがクリスマスプレ……」
「うっうわーわーわー!! なんでもないなんでもない!」

 察しがいいと思ったらこれだ! 危うくプレゼントを贈る相手本人にバラされるところだった。
 佐伯はわかってるんだかわかってないんだか、深追いはしてこなかった。セ、セーフ。
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