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6章

 やっぱりそろそろ財布が厳しい。
 豪華なデートはできっこないし、プレゼントの献上だとか気前よく奢ったりだとかはしていないのだが、ちょっとずつでも元が少ないため、積み重なってくるとなかなかきつい。
 そもそもお小遣い自体、多分同世代の平均より少ないのだ。これは俺が普段ものを買わないし、本や服などは必要経費としてお小遣い以外で買って貰っていたから、それで十分だったためだ。基本的に物欲というものがないのだと思う。まあ、本をお小遣いで買えという家だったら、いくらあっても足りなかったと思うけど。うちの家族は代々本好きだから、買わなくとも十分蔵書があるのもでかい。
 これまでお金を使うときといえば、放課後にちょっとした買い食いをする程度か。毎日飲み食いするわけではないし、あったとしても数百円だ。河合さんたちと遠出をするのだって月に一回もないし。なにより俺たちの行動の中心となる河合さんが出不精だからだ。
 お小遣いの増額、というのも多分うちの親は承諾してくれるだろう。けど、佐伯のことがバレた上で、あからさまにデートしたいのでお金を……というようで抵抗がある。
 バイトでもしたいところだが、うちの学校は基本的にアルバイト禁止だ。
 明確な経済的な理由があって親と担任の承認を得た場合は許可されるらしいが、それなりに金のかかる私立校に通っている時点でそれもなかなか無理がある。
 無断でバイトしているやつもいなくはないようだが、そういう話を聞くのは大概バイトしていることが先生にバレたという情報と共にだ。それか学校からかなり離れた地元でバイト先を見つけてる奴くらいかな……。
 なんにせよまず親が許しはしないだろう。ちょっと前まで学校も休みがちだったのに、これ以上負担を増やしてダウンしたら笑えないし。
 河合さんのように自分の家でお店をやっているなら、お手伝いで小遣いアップ、という手も使えただろうが、うちはそういうものはないしな……。

「お金? あー、そっかあ……確かに馬鹿にならないよね。交通費だけでもかかっちゃうし。うーん、どうしようかな……」

 佐伯は言われて気付いた、というように首を傾げて悩み始めた。
 どうやら佐伯の方は特に経済的な危機感はないらしい。

「秘密基地とか作る? あの河川敷とかに」
「……ま、真冬に……?」

 っていうか、作ってどうするんだ。なんもすることないぞ。

「まあ、お金かけなくたって、学校でお話してるだけでもいいじゃない」

 のほほんと佐伯は言う。
 そ、そうだけど、そうだけどさ!?
 学校で話すったって、それじゃあいつもと何も変わらないじゃないか!
 別にキスだのハグだのがしたいがためにというわけではないのだ、ただ会話内容だって距離感だって気を遣わないといけないのが煩わしい。

「あ。和泉と河合さんは普段二人でなにしてるんだろう」

 はたとその疑問に行き着いた。
 和泉とは経済状況はまた違うだろうが、河合さんはお小遣いがかなり少ないと聞いたことがある。小学生レベルだそうだ。そして河合さんはそんな状況でも、和泉になんでもかんでもおごらせたりなんかしないだろう。
 つまりあの二人もそれほど遠出できず、お金のかからないデートをしているはずなのだ。
 まあ、二人は付き合ってるわけじゃないから、人目を忍んでデートしていちゃつこうとしたりという目的はないだろうけど。

「うーん……二人は趣味も同じだし、本屋さんでも時間潰せるって言ってたよ? 根本的にオレたちとは違うような……」
「ああ、なるほど……、思えば俺達って趣味趣向は全く噛み合わないもんな。……というか、俺の趣味が少なすぎるのか」

 ふんふんと佐伯は頷いた。

「それじゃあオレの趣味に付き合って頂こう」

 そして小さい胸を張った。

---

 佐伯の趣味は多いらしい。よく把握はしていない。あまりこちらがわからない話題は出してこないからだ。
 基本的に佐伯はそういう奴だ。自分のことは相当話題に困ったときや、聞かれたときでなきゃわざわざ話さない。だからこれは成り行きとはいえ、かなりレアなことかもしれなかった。

「いーい? さって動いちゃダメだよ。ゆっくり動いて、で、高い声の方がいいんだよ。桐谷声低いでしょ、裏声使ってね」

 佐伯は声を潜めて神妙な顔で忠告する。
 学校から駅までのコースを少し逸れた、住宅地……の中にぽつりぽつりと個人経営らしい謎のお店がいくつかが見られる通りだ。車の影に隠れるようにして俺たちはしゃがんでいた。
 佐伯の趣味。ゲームとか、アニメの話をしているのはよく聞くし、スポーツも得意だ。どんなものが出てくるかと身構えていたのだが……。

「あ、オッドアイだ! 飼い猫かな。猫ちゃ~ん、さらわれないように気をつけてね~」

 その趣味というのは野良猫探しであった。
 さすがにこれは想像しなかった……。

「あ、桐谷、もしかして猫苦手?」
「い、いや、そういう訳じゃないけど……」
「よかったー。ごめん、アレルギーとかないか聞いとくべきだったよねー」

 動物は嫌いではない。触るのは少し怖いけど。
 でも野良はどんなばい菌や虫を持っているかわからないし、どういう行動に出るかわからない。基本的にこちらを警戒している。逃げてくれるならいいが、攻撃されたらと思うと近寄りたいとは思えない……。

「……さ、佐伯はよく猫探ししてるの?」
「猫を探そうと思って探したりはしないよー。見かけたらちょっと声かけたりはしちゃうけどね。だけどお金はかからないし、可愛いし、よくない?」
「な、なるほど……」

 たしかに経済的ではあるが……。

「お。この子は積極的だねえ。ごめんねー餌ないんだよー」

 好奇心旺盛なのか、小柄な猫が佐伯の足下にすり寄る。

「あ、首輪してる。ここんちの猫ちゃんかな」

 佐伯は優しい手つきで撫でてやっている。
 まあ、見ててほっこりはするか。

「佐伯の趣味っていうから、もっとアクティブなことだと思ってたよ」
「まーねえ。他にもサイクリングとかも考えたんだけどね。でもいくらなんでも電車で結構かかる距離漕いで出てくるのは厳しいし、桐谷も大変でしょ?」

 そもそも俺は自転車に乗れないのだが、わざわざそんな告白をする必要はないので黙っている。

「それに前使ってた道具も大きすぎたりして、今はもう使えないし……」
「……」

 佐伯は何度か、女になったのが自分でよかったと呟く。
 もしこれが運動部で、何か将来を見据えて努力している人間だったら、一気にそれまで積み上げたものは打ち崩れるだろう。
 体が覚えているようなものも、生活に必要な最低限のこと以外殆ど抜け落ちてしまっているらしい。覚えた体が交換されてしまったのだから当然だ。
 筋肉量だって女子の平均か、それより少ないくらいだし、体育の成績も、かつてもてはやされたときほど抜きん出たものではないそうだ。

「あ! そうだ! 全部売っちゃえばいいんじゃん!」

 佐伯の声に驚いた猫がささっと花壇の向こうに逃げてしまい「あーっ、ごめんね!」と続く。
 しかし佐伯はにやーっと嬉しそうな顔をこちらに向けた。

「売るって……趣味の道具を? いいの?」
「いーよ、このままほっといたらいつのまにか弟のものになっちゃいそうで、ちょっとムカついてたんだ。結構な値段になるはずだよ!」

 うんうん、と頷き、あれとこれとあれと……と皮算用をしはじめる。

「俺は……売れそうなものは持ってないなあ……」

 こういうとき、無趣味はつらい。ちなみに、本は売るものではないという主義だ。読み飽きた本も捨てたり売ったりするという選択肢はない。
 服も、着古したものは母がリメイクするためなどに回収されてしまうしな。

「いーよいーよ、オレのだんじりだからさ!」
「断捨離のこと……?」

 そうして佐伯は売れそうなもの探してみる! と、大急ぎで帰ってしまった。高く売れたらおごったげるとも言っていたが、そ、それは彼氏としてどうなんだろうな……?
 俺は一人だけ残されて、とぼとぼ帰路につくしかなかった。
 佐伯が猫ばっかりに構ってたからって別に寂しくなんてないからな。
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