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6章

 12月に入り、季節はもうすっかり冬だ。クリスマスを意識したCMや装飾が増え、否応なしに時間の流れを自覚させられる。
 俺と佐伯の関係は表向きにはなにも変わっていないが、実際の仲はまずまずだろう。
 段々新しい距離感にも慣れてきたような気がする。縮まってるかというと、それはまた別の話だけど。すぐにどうこうということでもないし。
 しかしまあ、相変わらず二人きりになれる時間というのが少ないのはネックだ。
 二人でカラオケ店に行った際に思い切ってキスしたところ、「カラオケ屋さんって監視カメラあるってほんとかな?」と言われてもう何もできなくなってしまった。
 そろそろ佐伯家に通うためにお年玉を崩して定期を買おうかと悩みはじめている始末だ。往復たった数百円とはいえ……やはり厳しい。
 ……でも恐らく買ったが最後、もう勉強どころではなくなってしまうかもしれない。だからこれでいいのだ……と言い聞かせる。学生には相応の付き合い方というものがあるのだから。……実際、帰りが遅くなる分帰宅後の勉強時間は減ってしまっているし。

 今までそんな相手がいなかったから自分でも知らなかったのだが、思っていたより俺は好きな相手と一緒にいたいタイプらしい。
 かといってひっついていたいとか、そういう欲求はおそらくそれほどない方だと思うのだが、お互い黙っていても別のことをしていても同じ空間にいたいという気持ちがある。遠距離とかは無理かもしれないな。自分のことはもっと人に対して淡白な性質だと思っていたから意外だった。

 ちなみに、俺の家にも来て貰ったことがあるが、欲が出て携帯を見ている佐伯にしがみついて絡んでいたところに母親が部屋に入ってきて、阿鼻叫喚となった。佐伯は少しおろおろしていただけなので主に俺と母親がパニクっていたのだが。
 そして人生ではじめての反抗期を迎え、二日間ろくに母親と目を合わせられなかった。これは自分でやっておきながら苦痛だった。本当は母親に冷たい振る舞いなんかしたくはないのだ。そして最後には記念日でもないのにチョコケーキを献上され、俺もなんとなく謝り、なんとか解決へと至った。
 あまり深くはつっこまないけど……と前置きされ、キスするときはちゃんと目をつむるのよ、と助言された。ママ、実はあなたの息子はもうキスどころか……とはさすがに言わない。母親の前ではもうすこしピュアなふりをしていたかった。

 まあ、とにかく、これといった問題は今の所ない、と思う。
 佐伯の様子も落ち着いているし。自分の彼女だと思うとなんだか日に日に可愛く思えてきてしまうのが不思議だ。
 ぼんやりすることもだいぶ減ってきたように思うし……、嫌なことは早く忘れて能天気に過ごせるようになってほしいと思う。

「……」

 ……と、思っているのもつかの間、付き合い始めて一週間経つかどうかといううちに佐伯は難しい顔をするようになった。
 その日は朝から考え込むような様子で、しかし話を聞く暇がなくずっとうなじがちりちりするような気持ちを抱えていた。
 休み時間になり、後ろを振り返ると口をへの字にして携帯を見つめる佐伯がいたのである。

「ど、どうしたの?」
「うん……ちょっと……」

 ちらちらっと俺と、それから周りの様子を見てから口をもごもごしたあと、机を傾けながらこちらに少し身を寄せた。

「先輩からメールきてて」
「え!?」

 俺の声に一瞬にして教室内が静まり返った。
 や、やってしまった……。
 少し間を置いてみんな行動や会話を再開するが、多分何人かはまだこちらに意識を向けていることだろう。
 下手な話をしづらくなってしまった。
 佐伯になにやってんだお前みたいな目を向けられながらも、俺も体ごと後ろを向いてさらに距離を詰める。

「メールって、なに?」

 こそこそと声を潜めて聞く。どう考えても怪しまれるが、この際しょうがない。長い休み時間ではないから人気のない場所に移動するのももったいないし。

「うん、あのね、なんかね、この前の電話がなかったみたいに普通に今日会いに行っても良い? みたいなメールが来たんだ」
「ええ……? なにそれ。いつ来たの?」
「んーと、昨日の夕方かな。宛先間違えたのかなって思って……気まずいから無視して、昨日は和泉んちに行ってたから会うことなかったんだけどね、そしたら寝てる間に何回か着信入ってたみたいで。……どうしたらいいと思う?」

 ……それ、なかなかやばいやつなのでは……?
 思わず呆気にとられて一瞬思考が止まってしまった。
 ど、どういうことだ……? 先輩は縁を切ったつもりはないのか? でも連絡を無視されてるなら向こうだって察しがつくはずだ。

「その人って佐伯が和泉の家にお世話になってることは知ってるの?」
「どうだろ……オレは言ったことないけど、兄貴が話してたら知ってるんじゃないかな」

 うーむ。どっちにしろ和泉の家は佐伯の家のすぐそばだし、ストーカー化して張り込めばすぐに見つかる場所だ。
 警察に相談する、とか言えば引くだろうか。でもお兄さんの友人なんだろ? 佐伯じゃなくてお兄さんと遊びに来たんだと言われたら止めることはできないし、でもそんな言い分じゃ安心できない気がする。隣の部屋だし。
 まあ、和泉家という逃げ場所があるのは幸いだが、自分の部屋に気軽に帰れないのは嫌だろう。

「お兄さんに相談することってできない?」
「……兄貴とはあんまり仲良くないんだよね。今更そんな都合いいことできないよ」

 むむむ。家族なのに、そこまで険悪になることもあるのか。
 でも一番なんとかできるのはお兄さんじゃないか。俺たちでは間接的な手立てしかない。
 ……どうすればいいんだ……?

「とりあえず、メールでちゃんと断ってみるね」

 まあ、向こうが勘違いしているだけかもしれないしな。警戒しすぎても神経が持たない。
 そして佐伯の態度にちょっと安心する俺がいた。
 やっぱり桐谷じゃ満足できないからよりを戻しますとか言われたら俺は立ち直れる気がしなかった。
 そんな奴じゃないと思ってるけどさ! だから本人には言わないけど、ほっとしていた。
 それにしても佐伯は厄介な男にばかり好かれる。一体どういうことなんだ。
 …………あれ、俺もその一員になってないよな……?

---

 結局、佐伯のメールは効果がなかった。

「なんか、オレの言ったこと冗談みたいな扱いにされてる……!」

 先輩からきた返信は、佐伯が機嫌を損ねたのを宥めるような内容だった。あまりにも日常的なやりとりのような文面にちょっとぞっとしたくらいだ。
 佐伯は困り果てた顔でこちらを見上げている。
 ふむ。と腕を組む。
 昼休み、人目を避け特別教室のある棟にいるためあたりはかなり静かだ。
 クラスメイトがいないせいか佐伯も不安な表情を隠そうとはしない。佐伯は心配されるということが嫌いなようだ。
 でもそんな佐伯がちゃんと「どうしよう」とこちらに助けを求めてくれているのである。
 これは今までに殆どなかったことだ。性別が変わったときくらいなもんだ。
 ここで適当な対応をして最悪の自体みたいなことに陥ったら俺が佐伯に告白した意味なんてなくなるのである。
 今必要なのは事態の解決。それだけだ。

「警察に相談、保護者と兄に相談、っていうのは佐伯はどう?」
「あんまり……やりたくない……。先輩との関係性がバレるかもしれないんでしょ? それは……ちょっと……」

 だよなあ……。
 俺としては警察一択なのだが、そうなると親などに話さないわけにはいかなくなる。
 ストーカー行為をしてくるようなら通報すべきだと思うけど、それはまだないし、っていうかあってからじゃ遅い。

「そもそも、先輩という人はお兄さんには佐伯とのことを話していないの? 家に来てたんならバレそうなものだけど」
「うん、普通に先輩が兄貴といるときは会わないよ。廊下とかでばったり会ったときはちょっとお話してたけど、オレのとこに先輩が来るのは兄貴がバイトでいないときだけだから……兄貴は全然知んないと思う」

 おっと。
 かなりがっつり隠してるじゃないか。そりゃあまあ、真剣交際ってわけじゃないんだし友達の妹に手を出してることなんて当然隠すだろうけど。
 お兄さん視点だとほぼ接点がないレベルといってもいいのか。青天の霹靂だろうなあ。

「よし、電話しよう」
「え」
「相手がどういうつもりなのかちゃんと聞こう。頭がおかしい奴だったらさすがにお兄さんに間に立ってもらおうよ。俺もついてるからさ」
「う、で、でも……今?」
「こういうのはさっさと手を打つに限るよ。だめだったら次の手立てを考えなきゃいけないんだし、このままじゃ帰るのも不安でしょ」

 佐伯はぱちぱちと瞬きして、一呼吸置いてから「うん」と頷いて携帯を取り出した。

「桐谷って、結構行動力あるよね」
「結果がわからずに宙ぶらりなのが嫌なだけだよ」

 そういって手を差し出すと佐伯は何度か携帯と俺の顔を見比べて、「いいの?」と聞きながら差し出す。
 どうも佐伯は厄介者に目をつけられやすい。それはやっぱり佐伯の親しみやすさとか、相手を許してしまう部分が相手をつけあがらせてしまうのだと思う。佐伯の長所だからまるでそれが原因かのように言うのは嫌だけど、でも多分相手はこういう人物を見抜くのだと思う。河合さんは実際に接してみると気の小さいところもあるけど、やっぱり怖くて多くのやつは近寄りもしないし。ある意味自衛になっているのだ。……まあ、あれを真似されたら困るけどさ。
 つまり反抗してこないと舐められているのだ。そして佐伯だったら他の誰かに怒られることもないだろうと甘く見ているのだ。
 たしかに、兄弟仲も悪く親もいないわけだし、佐伯自身人をあまり頼らないタイプだし、こうして考えると標的を探している側からすると佐伯は操作しやすいのかもしれない。
 ちゃんと相手を選んでいるのだとしたら、悪いことをしている自覚があるってことだ。そしてバレたくないとも思っている。
 だったら佐伯には味方がいることを主張して、さらにお前の罪を白日のもとに晒してやるぞ、と言うだけでだいぶ怯むと思うのだ。
 まあ、これが天然のおかしな勘違い野郎だとしたら話しは通じないだろうけど、それだったらもうちょっと違う関係性になっているような気がする。別に佐伯に恋愛感情を抱いているわけではないようだしな。
 気分のいい話じゃないが、要するに佐伯は都合がいいのだ。だったら都合が悪くなればいい。

「これ、通話内容録音できる?」
「えっ……と、どうだろう。そんな機能使ったことないや……」
「スピーカーにしたら俺の携帯で録音できるかな……」

 どこでどう使える話が出てくるかわからないからな。電話ではすんなり罪を認めて、実際に会ったらそんなこと言ってないとか言われたら困る。
 諸々の設定を終え、携帯には先輩という登録名と番号が出ているのでそのまま発信ボタンを押す。

『もしもし?』
「あ、俺だけど」
『は?』

 ……あっしまった。
 電話なんて普段しないから、つい。オレオレ詐欺みたいなことを言ってしまった。
 っていうか先輩の名前も聞いていない。本人かどうか確認できないじゃないか、と佐伯を見ると「何いってんだこいつ」という目でこっちを見ていた。く、くそう。本日二度目だ。

『え? 誰? トモコちゃんの携帯だよね?』

 ト、トモコちゃん~???
 どういうことよと今度は俺が目線を送る番だった。佐伯は顔を赤くしてそっぽを向いている。
 くそっまあいい!
 つい見切り発車にはじめてしまったのでこのまま勢いで押し切るしかあるまい。下手にでたら多分向こうもこっちを年下だと思って甘く見るだろう。

『てかお前誰だよ。新しい彼氏かなんか? 乗り換え早すぎじゃない? クソビッチじゃん』

 新しいもクソもあるか。お前は彼氏ですらないんだよ!
 ……いや感情的になってこんな口論したってしょうがない。クソでもビッチでもないけどな!
 ただ佐伯が俯いてしまったので肩を軽く叩いておいた。

「あのさあ、お兄さん、昨日からメールだのなんだの証拠残してってくれてるけど、未成年に手を出した自覚ある? 条例違反で逮捕だよ。携帯の持ち主の、トモコちゃんが高2で未成年ってこと知らないわけないよね?」

 できるだけはっきりと、隙を与えないように、確固たる意志を主張して声を発する。

『……は、はあ? いや…………い、いやてっきりこっちは18だとばかり……』
「往生際が悪いな。本人が18ですって言ったの? 証拠ある? 17歳だって証拠はいくらでもあるよ? まあ知らないって言われても今知っちゃったから、これからはもうエッチなことできないよね」

 っていうか、認めたな? 突然のことでうまい嘘が思いつかなかったのだろうか。メールを証拠だと言ったものの、直接的な表現はなかったからそもそも冗談で、実際は体の関係などないとしらばっくれられたら面倒だと思っていたが。それとも俺が見てないメールもあるんだろうか。
 そこを認めたのなら話は早い。

「本人からちゃんともうやめたいって聞いたよね。メールも送ったよね。お兄さん来年就活はじまるんじゃないの? こんなこと大学に知られて卒業まで通える?」

 電話の向こうから「いや」とか「それは」とか言い訳じみた声が聞こえる。

『お、お前そもそも誰だよ! さっきから偉そうに……年下だろ!?』
「そうだけど!? 年下に手出したんだから年下の仲間出てくるのは当然だろが! 年上連れてこようか!? 警察と保護者っていうんだけど!」

 相手は口喧嘩が苦手らしい。しょうもない売り言葉に買い言葉でしかないのだが、むぐぐと唸っている。やっぱり気の弱いやつには逆ギレするに限るぜ!
 あ、佐伯がちょっと引いてるな。少し抑えた方が良いかな。
 電話口で相手が手を出せないから調子に乗ってると思われるのも癪だな。

「……とにかく、これ以上付きまとう気なら思いつく限りの場所にこれまでの経緯とメールの文章と今の通話の録音をそのまま提出します」
『つ、付きまとうって……。メールと電話だけじゃん。普通に正志さんとの仲もあるしさあ……それで家に行ったのをつきまといだと勘違いされたらたまったもんじゃないんだけど?』
「ええ~どんな顔して正志さんに会うわけ……? 普通申し訳なくて敷居またげないだろ……」
『そ、それは……さあ……こっちもお世話になってるから……、縁を切るってわけには……』

 世話になってる相手の兄弟に手を出すなよ……。

「そこは自分でなんとかして。こっちから正志さんに言っておこうか?」
『いっいや! か、勘弁してください……』
「こっちの要求はわかりましたか? 了承しますか?」
『わ、わかったよ! 別に、ちょっとした暇つぶしだったし、廃品回収ご苦労さま!』

 は、はあ~~~?
 なんつー捨て台詞……! しかも一方的に切りやがって、絶対自分の立場わかってないだろ……!

「どこが優しかったって……?」
「オレ、やっぱ男を見る目ないのかな……」

 どこをどうとってもクズだったな。ああいう奴が女子の前では猫被っていい思いをするんだろうか。ムカつくな。
 一応こっちもさ、実際厳しく言うと未成年に手を出して云々言いたいが、でも佐伯の話を聞くと無理やり関係を持ったというわけではないわけだし、そこは佐伯の意志もちゃんとあったろうから一方的な加害者に仕立て上げるべきではないかもなと思う部分もあったのだ。それがなければ電話なんてなしに佐伯を説得して警察に駆け込んでいるさ。
 でもその温情の気持ちは消えたな。完全に。

「佐伯、お兄さんと連絡とれる?」
「えっ? どうして?」
「一応ちょっかいだされたから距離を置いてくれ、くらいのことは言っておいた方が今後のためだと思って」
「え! 兄貴には言わないって先輩と約束したじゃない」
「俺はそんなこと一言も言ってないよ」

 俺は俺の要求を飲むのかどうか聞いただけである。

「……でも……嘘ついたって、怒って言ってきたら、どうするの?」

 佐伯は心配そうに眉根を寄せて、俺が返した携帯をぎゅっと握りしめている。
 うーん……、でも当のお兄さんが熱烈に遊びに来るよう誘ったりしたら困るしな。そりゃあ全部ことのあらましを説明したら、お兄さんも問い詰めたりするかもしれないけど、それとなく距離を置いてもらう程度に話をしておく、くらいできないものか。
 しかし俺は佐伯のお兄さんの人となりを知らないし、どういう反応をするのかもわからない。誰からでも可愛がられそうな佐伯と仲悪いっていうんだもんな……。これ以上は余計なお世話なのだろうか。

「わかった。じゃあそこは佐伯に任せる。藪蛇になってもよくないもんな」

 佐伯はこくこくと頷いて、そっと携帯をポケットに戻した。
 それからもじもじとするように手を後ろにまわしてこっちを見上げた。非常に女の子的な仕草だ。

「あの、ありがと、桐谷。オレ一人だったら絶対こんなにすぐ解決できなかったよ」

 直球な感謝に、口角がにいーっと上がるのが自分でもわかった。
 別に? 彼氏として当然のことをしたまでさ。なんてクールに流したいのに、そんなこと顔からしてできそうもない。

「電話で先輩に言い返してる桐谷……すっごく顔怖かった」
「……顔!? こ、怖かった!? かっこよかったじゃなくて!?」
「ううん怖かった。やべーやつだなって思った」

 あれえ!? 思ってた反応と違う!
 素敵! 惚れ直した! みたいなものを想定していたのに!
 かなりキメ顔で電話かけてたのに!

「オレのことなのに怒ってくれてありがと」

 そう言いながら佐伯は一瞬だけ、ぴとっという効果音が出そうな軽いタッチで俺のお腹のあたりに腕を回してひっついて、すぐにまた距離を取る。へへ、と照れ笑いみたいなものをしながら。家族とか、女の子同士がふざけてやりそうなそのくらいの軽い接触。

「こ……これだ! 俺がやりたかったハグは!」
「あ、そ、そうなの? よかった」

 一拍置いて感動がきた……。そうだ。こういう、自然なやつだ……!
 図らずも念願を叶えてしまったかもしれない。だって今、すっごく仲がいい感じだったじゃないか!

「ね、もう教室もどろ? ご飯食べる時間なくなっちゃうよ」
「あ、ああ。そうだね」

 佐伯に促され、なんとか表情を落ち着けようと深呼吸しながら歩き始める。
 平静を取り戻しつつ、頭の中ではものすごい充実感を感じていた。
 ちゃんと俺、役に立ったんじゃないか!? 守りたいだの、口だけだったがようやく実行に移せた気がする。それがなんだか誇らしかった。第一、佐伯が最初に相談してくれたのだってそうだ。前だったら絶対なかった。きっと落ち込んだあと、ようやく気付くのだ。そして後悔する。
 今回は違う。これからどうなるかはまだわからないが、今身を守るためにできることはやれた、と思う。
 佐伯にもちょっとは俺の本気度みたいなものが伝わったような気もするし。
 うん。やっぱりこうでなくちゃな。
 いくらエロいことをしようと、どこかに不安とか懸念があったらやっぱり精神的によくない。満たしきれないものがあるのだ。一方でこうして清々しい気分だとちょっと距離近めで一緒に歩くだけでもずっと気分がいい!
 な! 佐伯もわかるよな! 言葉にせずとも!

「ちょっと、近いよ。人に見られたらどうすんのさ」
「す、すんません……」

 ……こ、心の距離は縮まってるはずだからな、俺は別に、凹んでなんかないぞ。
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