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5章

 掃除時間が終わり教室に帰るまで、和泉が河合さんに絡んでいるのを眺めながら俺は少しずつ自分の頭の中を整理していた。
 整理しながら、結局これは佐伯本人と話をしなければどうしようもあるまい、と覚悟を決める。

 HRを終えてすぐ、俺が振り返って声をかけると佐伯は気まずそうな、申し訳なさそうな顔で、こちらをちらりと見てはまたすぐに視線を外すのを何度か繰り返していた。
 それでも俺が一緒に帰ろうと誘うと、「うん……」と決して嫌がったり逃げようとはしなかった。
 適当な言い訳をして途中で和泉たちとは別れ、まったりとした足取りで駅に向かっていた。会話はない。
 お互いどう切り出せばいいのかずっと考えて、言葉がでてこないのだ。
 気まずい。が、この状況を打開するために声をかけたのだ。
 ここで避けていたら、きっとそのままタイミングを逃し続けてしまうだろう。
 まず、どう切り出そう。

 どういう事情があったのか知らないが、誰とどういう関係になったのか、一方的に聞き出すのは失礼だったのは確かだ。佐伯は話したがらなかったのに無理矢理聞き出したのだ。
 それをまず謝ろうか。それから、そうだ、和泉が言ってたようにちゃんと伝えないといけない。佐伯が嫌じゃなければ話を聞きたいが、それはその後だ。
 ……待てよ、伝えるってなにを?
 ……ああ、友達として、相談してほしいとかそういうことか。うん。
 あと、やっぱり付き合ってもない相手とそういうことするのはやめるべきだ。病気とかをもらうこともあるし、妊娠する可能性だってあるし、そんなとき責任をとってくれる相手でなければいけない。冷静に考えれば女性にとってはいいことなんて何もないだろう。
 うんうん。こういう方向なら佐伯もそれほど抵抗を感じないはずだ。責めるんじゃなくて、諭すように言うんだ。

「……じゃあ、ここで……」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」

 あれこれ考えているうちに駅前にたどり着いてしまっていた。すぐに別れようとする佐伯を慌てて引き留める。

「あ、謝りたい……今日のこと。無理矢理聞き出しておいて、気まずい感じにしちゃって……ご、ごめん……」
「あ、うん……いいよ。オレこそごめんね……」
「だ、だから待ってって!」

 言いながらすぐ駅に向かおうとするのをやっぱり慌てて引き留める。
 佐伯はやはり逃げ腰だ。謝った舌の根も乾かないうちに無理矢理つきあわせるのは忍びないが、さすがにこれで元通りの仲になるとは思えない。っていうか納得できないし。
 このまま家に帰ってもやっぱりもやもやを抱えたままになると思う。
 問題はできる限りすぐに解決したい。……こういうところもよくないんだろうか。
 俺が納得いかないからって佐伯に付き合ってもらう道理なんてないしな……。
 いや、でもなあ……、佐伯だって落ち込んでいるし……。もしこれでその彼氏もどきとやらにまた会って、気持ちを紛らわせるためとかいって性的な展開になってたとしたら……あっだめだ、これ。本当にきつい。勝手な妄想でしかないが。

「は、話をしたい……もっと、ちゃんと謝りたいので、話を聞いてください……」

 なぜか敬語になっていた。
 それがなにかおかしかったのか、おどけていると思われているのか、佐伯はほんの少しだけ笑った。

ーーー

 駅前の花壇のふちに二人並んで腰掛けた。このあたりの待ち合わせスポットのひとつだ。
 もう十一月も終わる。そろそろ本格的に冬だというのに、まだ寒さはそれほど感じない。風がないからだろうか。
 途切れない人の流れを二人でぼんやりと眺めている。
 俺はしきりに自分のズボンで手汗を拭っていた。
 まるで河合さんと知り合ったばかりのときのようだ。
 相手は佐伯なのに。
 そうだ、相手は佐伯なのだ。

「あっあのさあ!」

 声量を間違えてしまった。佐伯の肩がびくんと跳ねる。俺は咳払いをして誤魔化す。
 まず何を話すんだったか。さっきちゃんと計画を立てたはずなのに全部飛んだじゃないか。

「……ごめん、ほんとに、なんか、うん……」

 ぐだぐだだ。何を謝ってるのかもはやわからなくなっている。
 やはり、もっと時間をおいて話を練ってくるべきだったんだろうか。
 何を言えばちゃんと伝わるのか、自信がもてなかった。
 でもそんなの今更遅い。

「……オレの方こそごめんね、桐谷に嫌われたくなかったんだ……。でも知られたら嫌われるようなこと、してるのが悪いよね」
「……い、いや、そんなこと、ない……」

 俺の私情はさておき、人が誰かと深い関係になること自体はおかしなことでも悪いことでもないじゃないか。
 俺が普段からそういうやつらを妬んでいるから、佐伯も俺が嫌がると思ったんだろうか。それとも、本当にあまり、人に言い難い関係なんだろうか。でもそんなことをする理由が思い浮かばないのだ。
 いや、そういうことをうだうだ考えずに、ちゃんと聞こう。嫌がられたら、謝って諦めよう。

「ごめん、俺の普段の発言とか、そう言ったことから誤解させてるんじゃないかと思うんだけど、俺は別に軽蔑したわけではないんだよ。ただ、なんていうか、佐伯が知らないところで誰かと仲良くなってるのが、すごく、その、寂しくて……」
「えっ?」

 和泉との話を思い出しながらできるだけ自分の気持ちを伝える言葉を選ぶ。そうすると佐伯は何故か驚いた声を上げた。

「な、なに……? 変なこと言った?」
「う、ううん、なんでもない……。そっか。ごめんね」
「いや、佐伯が謝ることじゃなくて、俺は、なんて言うんだろう、……ふがいない……?」
「……? ごめん、意味がよくわからない」
「あ、うん、えっと……悔しいって言うか、情けないとか、そういう感じ」
「……それって、どういうこと?」
「え? いや、今の説明でわからなかった……?」
「うーん……」

 あまり伝わっている感覚はしないが、佐伯は少しだけ緊張が解けたように、足を揺らした。
 ちゃんと膝を揃えて。
 本当は、佐伯が人とそういうことをしているのはすごく嫌だ。悲しい。けど、そんなことを今言っても事実は消えないし、そうなると佐伯は罪悪感とかを感じるんだ。口に出すべきじゃない。
 ……でもちゃんとそういう気持ちも伝えるべきなのか?
 なんでも手当たり次第にぶつけたって自分がすっきりするだけではないだろうか。佐伯が困るだけじゃないだろうか。それとも俺にはそのくらいの方がいいんだろうか……。
 ちゃんと和泉に相談しておくべきだったか。でもそのためには、佐伯から伝え聞いた断片的な情報のみで説明しなきゃいけなくなるし。そんなことは勝手に俺が言っちゃいけないことだし。

「あ、あのさ……なんで佐伯がそういう……ことになったのか、聞くのって、ダメ……?」
「んー……」
「いや、話したくないなら、無理には聞かない……」
「ううん……桐谷は知りたいんだよね? あんまり……話して負担になるようなら、嫌だなって思ったけど、聞いてくれるなら、……言ってしまったほうが……オレも……」

 それでもやはり、佐伯は言いにくそうに自分の指同士を絡ませている。
 気まずくても黙ってじっくりと待つ。
 和泉が河合さんにそうするように。

「あのさ、……前……修学旅行の時、色々……あったでしょ?」

 佐伯は何度も言葉を詰まらせながら、選びながら小さな声で呟くように喋る。まるで息を潜める小さな草食動物のようだと思った。

「……あのね、……前、言ったと思うんだけどね。オレ、フラッシュバックとかトラウマってほどじゃ全然ないんだけどね、その、なんだか、やなことを思い出す瞬間っていうのがあってね、それを、どうにかしたかったんだ」

 そういうのを、フラッシュバックとかトラウマっていうんじゃないだろうか。こういったことを調べたことはないから、細かい定義は知らないが……。
 佐伯はゆっくりと息をついて、空を見上げた。

「先輩は兄貴の友達の人なんだ。あんまりね、兄貴の周りの人たちって怖くて得意じゃないんだけど、先輩は前から優しくて、オレが女になってからも、笑ったりからかったりしなかったんだ」

 自嘲気味、というんだろうか。佐伯はそういう笑い方をした。
 普段の学校での姿からは想像できないような、そんな表情だった。大人びているようだったし、幼くも見えた。

「もう考えるのが嫌で……でも、頭は言うこと聞いてくれなくて、何もないのに突然怖くなったり、嫌になったりしちゃって……それで……、この人としたら……嫌なことをそうじゃないことで上書きできるかなって思ったんだ」
「その先輩、に……頼んだの?」
「ううん、二人っきりになって、そういう雰囲気になったら、してくれるのかなって……思って……」

 つまり誘ったらしい。そして成功したらしい。
 あの佐伯が……? 想像つかない。

「それは、何回か……したの?」

 俺の質問に佐伯の顔が歪むのがわかった。
 これではまるで尋問だ。
 そう気づいて慌てて取り消そうとして、しかし佐伯が観念するように口を開く方がはやかった。

「……週に、何度か……」
「……そ、そっか……」

 一体いつからだろうか。
 佐伯のことは学校でかなり見てきた方だと思う。クラスでは一番のはずだ。
 和泉が目撃したのは先々週だと言っていたか……、いや、そんなこと考えていったいなんになるっていうんだ。
 いつから、なんてそんなの今は関係ないことじゃないか。

「そ、それで……どうだった……?」
「え?」

 見る見る佐伯の顔が赤くなって、慌てて訂正する。

「あっ、ち、違う! な、内容じゃなくて、効果はあったのかってこと!」
「あ、ああ……ごめん」

 さっきからお互い謝ってばかりだ。なかなか話が進まない。

「うん、す、少しは……よくなったと、思う。わかんないけど……」
「……そっか」

 効果はあったのか。
 あまり、こういう展開というのは精神的にいいことはないと思っていた。本人が自覚していないだけかもしれないが。
 自暴自棄になったり、自傷行為みたいな思考回路でそういう行動に出ることもあるらしいし。

「でも、彼氏じゃないんでしょ……?」

 そう聞くと佐伯は俯いた。

「……その先輩のこと好きなの……?」

 佐伯はさらに身を縮こませた。
 だめだ。また佐伯が話したくないことまで聞き出して、傷つけてしまいそうだ。

「ごめん、話したくないなら、いいよ」

 こんな言い方しても、佐伯はそんなことない、とか言うのがわかりきっているのに。うまく上手に話を逸らしてやれない。

「……好きじゃ、ない……と、思う……。わかんない。でも好きになってくれたら、嬉しいのにってずっと思ってた」

 勝手だってわかってるけど、と佐伯は続ける。

「好きになってくれたら、オレも好きになれると思うから……」
「……は?」

 なんだそれ。
 いや、俺だって、可愛い女の子に告白されたらコロッと好きになっちゃうだろうと思う。
 でも、佐伯はそういうタイプじゃないはずだ。
 それも俺の思い込みなのかもしれないけど。

「な、なんでそんな、その人に好かれたいの」
「……だって……、寂しいじゃん。人とね、すごく近くにいるとね、ほんとは全然近くじゃないっていう風に感じちゃうんだ。……でも、一人でいるとどんどん嫌なこと考えちゃって……誰かといると安心できるんだよ……。先輩が一番近くにいてくれて、それでオレのこと好きになってくれたら、もっと近くにいられて、寂しくなくなるのかなって……」

 つまり結局は心は満たされない、というやつではないだろうか。
 一時的には改善されても、それはそれで新たな傷を作っているだけなのではないだろうか。そのことに気づいているんだろうか。
 心臓がじくじくと痛んでいるような気がした。
 怒ってしまいたい気持ちになって、でも正当な理由は思いつかず、なんとか押し込む。
 多分佐伯の発言で、俺は傷ついているのだと思う。

「……やっぱり、そういうの、よくないと思うな……」

 例えひとつの問題が緩和したとしても、ほかの問題が出てきてるんじゃ、よくない。
 その先輩というのが、どのように佐伯に接しているのかはわからない。もしかしたら愛情を持って接していて、それが佐伯にまだうまく伝わっていないだけかもしれない。
 それでも、言わずにはいられなかった。

「や、やめなよ、もう……そういう、付き合い……」
「え、でも……」
「もう状況はよくなったんでしょ? じゃあ、もういいじゃん」
「そう……だけど……」

 好きじゃない相手と体の関係になって、それに心の方を合わせようとしている。
 それを健全だと言える人はいないだろう。

「でも……でもね、嬉しい気持ちもあるんだ……、誰かが喜んでくれるのって、嬉しいし……」
「それはそいつじゃなくてもいいだろ!」

 佐伯の肩がまた跳ねる。表情に恐怖のようなものがちらりと見えた気がした。
 だめだ、責めるような言い方をしては。怖がられたくないのに。
 わかってるのに。

「……そ、そんなこと、しなくても、もういいだろ? 色々、リスクもあるじゃないか。相手が大人なら法的にもよくないし……他のことしようよ、ゲームとか、漫画とか好きじゃん。俺も、いつだって付き合うしさ……」
「き、桐谷……」

 思わず佐伯の腕を掴んでいた。
 逃げるわけでもないのに。でも俺がそうすると佐伯は身を捩って、なんとか距離を置こうとしているのがわかって、掴んだ手が冷たくなるように感じた。だって、先輩はもっと触ってるのに。
 しかし、佐伯の視線は俺から外れた。

「……電話……」

 手の力を緩める。佐伯はポケットから携帯を取り出して、小さな声を出した。

「……先輩から……」
「……俺、離れてようか」
「いや……いいよ」

 隣に座り直して、少し目線を逸らす。
 もちろん興味はあるが、聞き耳を立てていいとも思えないし。

「もしもし……あ、いや……大丈夫です。今日……、いや、あの……」

 佐伯がこちらをちらりと見たのがわかって、俺も目を合わせる。
 俺に気を遣おうとしたんだろうか。それで断られてもなんの解決にもならないのだが。
 佐伯はまた視線を外した。

「その……今日は、っていうか……、もうこういうの……よくないかなって、思って……ごめんなさい……」

 関係を断とうとしてくれている。どう考えたって、俺に気遣ってだ。
 佐伯は空いた方の手を、膝の上で握って、緩めるのを繰り返していた。
 どこかでその仕草を見たことがあるような気がした。

「……え? …………あ。……はい…………じゃあ、ありがとう、ございました……」

 掠れた小さな声だった。
 ゆっくりと携帯を下ろし、うなだれている。

「ど、どう……だった?」

 もしかして、脅されたりなんかしたんだろうか。周囲にバレて制裁を受けるのは向こうだ。お兄さんの友達っていうと成人のはずだし。……いや、だとしたらバラされることのないよう口止めできる材料を持っていてもおかしくはない。
 恐る恐る、その顔を覗きこもうとして固まる。

「えっ、ど、どうしたの……?」

 佐伯はポロポロと涙をこぼしていた。目から垂直に、膝に置いた手の甲に何度も落ちていた。
 涙もろいやつではあったけど、それは映画なんかに感動したからで、こうしてしっかりと泣くところなんてみたことがなかった。

「……先輩……、じゃあもう、いいよって……、全然、どうでもいい、みたい……」

 佐伯の涙は止まらなかった。
 なんて言って慰めればいいのかわからない。

「わ、わかってたのに……誰もオレのことなんか、好きじゃないって……ずっと前から……」
「そ、そんなこと言わないでよ……」

 俺の声はびっくりするほど情けなかった。
 泣き止ませないといけないとわかってるのに、何も思いつかなかった。
 佐伯は、やっぱりその先輩のことが好きだったんだろうか。
 よく、わからなかった。
 わかることは、佐伯が必死に息を潜めて、声を押し殺して泣いているのに俺は何もできないし、その原因に俺も関わっているということだった。
 悪いのはその先輩である、とは言えなかった。俺が水を差さなければ佐伯は平然と今日も過ごせたのだ。

「……帰る……」

 服の袖で顔を拭いながら、佐伯は緩慢な動きで立ち上がった。泣きやんでいるとは言い難い。

「ま、待って、送るから……」

 慌てて立ち上がって後を追う。

「ご、ごめん、俺が余計なこと言ったせいで……」

 佐伯は頬を拭うだけで返事はしない。
 こんな風に落ち込むとは思わなかった。だって、好きじゃないって言っていたし。
 いや、でも、優しいと思っていた人に見放されたら、やっぱり好き嫌い以前に傷つくものなのかもしれない。
 最近の明るい佐伯が、精神的な繋がりがなくても、肉体的なもので充足感を得ているお陰で保っていたとしたら、それすらなくなったらどうなってしまうんだろう。
 人とのスキンシップで、オキシトシンというホルモンが出て、幸福感を得ると聞いたことがある。そういうのは、今の佐伯には必要だったものなのかもしれない。
 だって、他に誰も佐伯と触れ合ったりはしないからだ。せいぜい河合さんと手を繋ぐくらいだろう。
 佐伯はこんな状態で、きちんと家に帰れるのだろうか。和泉の家族に心配や迷惑をかけるのを嫌がっていたし、泣き顔なんて見せたくないはずだ。
 自分の実家に帰るんだろうか。でもあそこには佐伯に元気を与えられる人はいない。

「ね、ねえ! 待ってよ! 送るから……切符買うから待ってよ!」

 ちらちらと通りすがりがこちらを見ているのを感じながら佐伯の後を追いかける。
 捨てられて追いすがる男のように見えるのだろうか。大体変わらないか。
 佐伯はそのままどんどん奥へ進んでいく。振り切られても仕方ないと諦めつつ、切符を買って改札を抜けると、大きい柱のふちにもたれ掛かっている佐伯の姿を見つけて、思わず顔が緩んだ。しかし佐伯はぐずぐずの泣き顔で、口をへの字にして、時折鼻をすするだけだった。
 それから会話もなく、ゆっくりと歩き出す佐伯の斜め後ろを離れないようについて行く。
 駅のホームでも、電車の中でも、降りても会話はない。
 佐伯は相変わらず殆ど泣いているような顔だったし、俺は泣いてる女子にかける言葉というのがわからなかった。
 ただ俺は離れたいとは思えなかったし、佐伯も逃げようとはしなかった。
 駅から出た後も、佐伯は自転車を押して歩いて、俺を振り切ることはなかった。
 だから俺はついていった。

 佐伯の家の前に着いたとき、あたりはすっかり暗くなっていた。

「い、和泉の家の方には帰らないの?」

 門を開けようとする佐伯に、数十分ぶりに声をかける。

「顔……洗ってから、じゃないと、心配かけるから……」
「ああ、そっか……じゃあ、そっちに帰るまで送るよ。ここで待ってていい?」

 和泉の家族の目の届くところなら心配いらないだろう。
 俺がそういうと、こちらをしっかりとは振り向かずに佐伯は言った。

「……上がったら」
「え……いいの?」

 佐伯はこちらを振り返らず、こくんと頷いて見せた。
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