5章
和泉と佐伯はその日、珍しく遅刻ぎりぎりの時間で教室に入ってきた。犯人を問い詰めてから一週間ほど経った頃のことである。
和泉に至っては眠そうで、目が殆ど開いていない。
いつもはぱっちりとした目をらんらんとさせているくせに、その日の目は殆ど一本線だった。
一緒に来たということは和泉も実家からの登校なんだろう。
もう犯人探しの必要はないというのに、一体どういうことだろう。必要がなければわざわざ電車賃をかけて実家に居着いたりはしないタイプのはずだ。
佐伯はするすると俺の後ろの席にたどり着き、いつもどおり挨拶を交わしながら荷物を下ろす。
和泉の方はのそのそと河合さんの席に寄って軽く言葉を交わしているようでやはり眠いのか、ほにゃほにゃしているのがここからでもわかる。
その様子を眺めながら、佐伯はこちらに体を寄せ、声を潜めた。
「昨日の夜、和泉家の人たちと一緒に家族会議したの。ずっとお世話になるわけにはいかないでしょ? 昭彦は先に寝てていいよって言ってたのに、ずっと一緒に話聞いててさ、寝不足なんだ」
「はあ、なるほど。お前は元気そうだね」
「オレは夜更かし慣れてるから」
和泉の野郎、佐伯に対して態度には示さないが、だいぶ心配しているようだ。
河合さんにするようにわかりやすく過保護になればいいものを。
「じゃあ裕子さんとの同棲も解消?」
「同棲とは言わないでしょ……裕子さんはずっとこっちいるわけじゃないし。でも、うーん、まあそうなのかなあ。一応親父もおばさんたちもオレの意思を尊重するって言ってくれてるよ。親父はどっちでもいいからだろうけど。……でもリサちゃんだっているのに、オレだけよそに住んでるのは変だよね」
「まあ、それはたしかに……」
小学生とかならともかく、高校生なら別に自分の世話はできるしな。現に佐伯家は普段そういう体制のようだし、佐伯だってこれまでそうしてきたんだ。よその家に迷惑かけてまで一緒に暮らす道理はないか。
しかし、佐伯家の殺風景で広々とした家を思い出す。
あまりあの家に帰って欲しいとは思えないよなあ。
「そりゃ、オレんちより和泉んちの方が楽しいし、居心地もいいんだけどね。いくら幼なじみでも食費とか、光熱費とか? 親父は払ってくれてるみたいだけど、やっぱ気になるしなあ。お風呂の順番とか、ゴミを増やしちゃうこととかさ」
「ま、いいんじゃね? うちに住むってんなら歓迎するけど、一人になりたいとき結構不便な家だしな」
和泉が席に着きながらあくび混じりに会話に加わる。
「それに人んちじゃ彼氏呼べねえだろ」
それもそうだ。やっぱりこの年になると、いくら仲良くたってプライバシーは大事だ。しかし間借りしている身なら、住人を部屋から閉め出すというのも厚かましくてやりにくいだろう。人を招くのもかなり気を遣うはずだ。
……ん? 彼氏?
「だ、だからそうゆんじゃないって! やめてよ桐谷の前で」
何故か佐伯は顔を赤くして必死にしていた。
いや、なんだ? もしもの話ではないのか? 彼氏って。俺か?
「どうだかなあ、お母さんが、最近ちょこちょこ朝帰りしてるみたいなこと言ってたからなあ」
「そ、それは自分の部屋で寝落ちしちゃっただけで……」
なんで佐伯は自分の部屋で寝落ちしただけなのに顔を赤くして俯いているんだ?
あん? ……なんだ? この空気。
「彼氏ってなに?」
俺が二人に聞くと、佐伯は一層顔を赤くして、眉毛を情けなく下げて俯いてしまい、和泉は目をこすりながら、いまいち目覚めきらないような顔で「あー……なんかあ……」と答えを探していたが、すぐに先生が入ってきて会話の流れを止めてしまった。
俺だけずっと後ろのふたりの席を向いたまま固まっていると、先生に出席簿で小突かれた。
えっ。何?
なんの話だよ。おい。こっち向けよ。
なんだ? なあ! おい!
和泉に至っては眠そうで、目が殆ど開いていない。
いつもはぱっちりとした目をらんらんとさせているくせに、その日の目は殆ど一本線だった。
一緒に来たということは和泉も実家からの登校なんだろう。
もう犯人探しの必要はないというのに、一体どういうことだろう。必要がなければわざわざ電車賃をかけて実家に居着いたりはしないタイプのはずだ。
佐伯はするすると俺の後ろの席にたどり着き、いつもどおり挨拶を交わしながら荷物を下ろす。
和泉の方はのそのそと河合さんの席に寄って軽く言葉を交わしているようでやはり眠いのか、ほにゃほにゃしているのがここからでもわかる。
その様子を眺めながら、佐伯はこちらに体を寄せ、声を潜めた。
「昨日の夜、和泉家の人たちと一緒に家族会議したの。ずっとお世話になるわけにはいかないでしょ? 昭彦は先に寝てていいよって言ってたのに、ずっと一緒に話聞いててさ、寝不足なんだ」
「はあ、なるほど。お前は元気そうだね」
「オレは夜更かし慣れてるから」
和泉の野郎、佐伯に対して態度には示さないが、だいぶ心配しているようだ。
河合さんにするようにわかりやすく過保護になればいいものを。
「じゃあ裕子さんとの同棲も解消?」
「同棲とは言わないでしょ……裕子さんはずっとこっちいるわけじゃないし。でも、うーん、まあそうなのかなあ。一応親父もおばさんたちもオレの意思を尊重するって言ってくれてるよ。親父はどっちでもいいからだろうけど。……でもリサちゃんだっているのに、オレだけよそに住んでるのは変だよね」
「まあ、それはたしかに……」
小学生とかならともかく、高校生なら別に自分の世話はできるしな。現に佐伯家は普段そういう体制のようだし、佐伯だってこれまでそうしてきたんだ。よその家に迷惑かけてまで一緒に暮らす道理はないか。
しかし、佐伯家の殺風景で広々とした家を思い出す。
あまりあの家に帰って欲しいとは思えないよなあ。
「そりゃ、オレんちより和泉んちの方が楽しいし、居心地もいいんだけどね。いくら幼なじみでも食費とか、光熱費とか? 親父は払ってくれてるみたいだけど、やっぱ気になるしなあ。お風呂の順番とか、ゴミを増やしちゃうこととかさ」
「ま、いいんじゃね? うちに住むってんなら歓迎するけど、一人になりたいとき結構不便な家だしな」
和泉が席に着きながらあくび混じりに会話に加わる。
「それに人んちじゃ彼氏呼べねえだろ」
それもそうだ。やっぱりこの年になると、いくら仲良くたってプライバシーは大事だ。しかし間借りしている身なら、住人を部屋から閉め出すというのも厚かましくてやりにくいだろう。人を招くのもかなり気を遣うはずだ。
……ん? 彼氏?
「だ、だからそうゆんじゃないって! やめてよ桐谷の前で」
何故か佐伯は顔を赤くして必死にしていた。
いや、なんだ? もしもの話ではないのか? 彼氏って。俺か?
「どうだかなあ、お母さんが、最近ちょこちょこ朝帰りしてるみたいなこと言ってたからなあ」
「そ、それは自分の部屋で寝落ちしちゃっただけで……」
なんで佐伯は自分の部屋で寝落ちしただけなのに顔を赤くして俯いているんだ?
あん? ……なんだ? この空気。
「彼氏ってなに?」
俺が二人に聞くと、佐伯は一層顔を赤くして、眉毛を情けなく下げて俯いてしまい、和泉は目をこすりながら、いまいち目覚めきらないような顔で「あー……なんかあ……」と答えを探していたが、すぐに先生が入ってきて会話の流れを止めてしまった。
俺だけずっと後ろのふたりの席を向いたまま固まっていると、先生に出席簿で小突かれた。
えっ。何?
なんの話だよ。おい。こっち向けよ。
なんだ? なあ! おい!