5章
その日の夜、夢を見た。
はじめは学校にいたと思う。多分もうすぐ帰宅時間。ざわざわとひっきりなしに会話が飛び交い、俺はその喧噪にくたびれて床の方をじっと見ていた。
背中をつつかれて、後ろの佐伯が名前を呼んでいた。きちんと振り向けばいいのに、体を動かすのが面倒で、少しそちらに体を曲げて、でも視線を向けきらずに返事をした。
俺はその佐伯が、女なのか男なのかわからなかったし、どちらなのか確認するのが怖いような気持ちだった。
何故だかはわからないが、夢の中の俺は、怖いくせに、ああ、見ちゃ悪いよな、と自分に言い聞かせていたのだ。起きた後から、なんで確認しなかったのか何度も後悔するのに。
そして突然場面は変わって、俺は下校していた。だが相手は河合さんじゃなくて佐伯で、あの河川敷を歩いていた。家に帰るのに通りかかるような場所ではない。でもとにかく、それは下校中だった。
少しシチュエーションは違うが、こういう状況は何度かあった。遊びに連れ出されて、夕焼けを見ながら、佐伯のあとをついて歩く。佐伯は大股で歩くから、いつも俺より数歩先を行っていた。あの日もそうだったから。
あの日? あの日っていつだろう。そのとき佐伯はどんな姿だっただろう。……いや、もしかすると全部夢だったんだろうか。確証が持てない。
そんな疑問をよそに、俺はそのまま話をするのだ。佐伯は前を向いたまま、俺は夕焼けに見とれながら。
そこで、女の佐伯なら、俺の前を歩くことはないだろうと思い至った。俺の方が大股で、佐伯は歩調を合わせようと小走りになっていたから。
だから目の前にいるのは男の佐伯だ。
もう、何ヶ月も会っていない。それまでほぼ毎日顔を合わせていたのに、どんな顔をしていたか、もうすっかりあやふやになっていた。
いや、違う。きっと夕日が眩しくて、よく見えないだけだ。
でも声なんか、たしかに夢の中で喋っているはずなのに、どんな声なのか、男の声なのかどうかすらわからない。
きっと風の音がうるさいんだ。
やがて、佐伯がなんだか寂しそうな顔をしていることに気付いた。顔なんて見えないのに。
「……ごめん、今までちゃんと、見てなくて」
佐伯のことだ、別にいいよーとか言って、軽く流してくれるのだ。
しかし夢の中の佐伯は何も言わなかった。
ただ、俺のことを振り切ってしまいそうなほど、どんどん先を歩いて、俺の足は何故か重くなって、どんどん距離が開いていくのだった。
それでも、諦めてしまおうとは、思いたくなかったのだ。
だって、きっと追いついたら、佐伯は怒ってなんてなくて、肩を竦めて、困ったように笑ってくれるのだ。
きっとそうなんだ。
はじめは学校にいたと思う。多分もうすぐ帰宅時間。ざわざわとひっきりなしに会話が飛び交い、俺はその喧噪にくたびれて床の方をじっと見ていた。
背中をつつかれて、後ろの佐伯が名前を呼んでいた。きちんと振り向けばいいのに、体を動かすのが面倒で、少しそちらに体を曲げて、でも視線を向けきらずに返事をした。
俺はその佐伯が、女なのか男なのかわからなかったし、どちらなのか確認するのが怖いような気持ちだった。
何故だかはわからないが、夢の中の俺は、怖いくせに、ああ、見ちゃ悪いよな、と自分に言い聞かせていたのだ。起きた後から、なんで確認しなかったのか何度も後悔するのに。
そして突然場面は変わって、俺は下校していた。だが相手は河合さんじゃなくて佐伯で、あの河川敷を歩いていた。家に帰るのに通りかかるような場所ではない。でもとにかく、それは下校中だった。
少しシチュエーションは違うが、こういう状況は何度かあった。遊びに連れ出されて、夕焼けを見ながら、佐伯のあとをついて歩く。佐伯は大股で歩くから、いつも俺より数歩先を行っていた。あの日もそうだったから。
あの日? あの日っていつだろう。そのとき佐伯はどんな姿だっただろう。……いや、もしかすると全部夢だったんだろうか。確証が持てない。
そんな疑問をよそに、俺はそのまま話をするのだ。佐伯は前を向いたまま、俺は夕焼けに見とれながら。
そこで、女の佐伯なら、俺の前を歩くことはないだろうと思い至った。俺の方が大股で、佐伯は歩調を合わせようと小走りになっていたから。
だから目の前にいるのは男の佐伯だ。
もう、何ヶ月も会っていない。それまでほぼ毎日顔を合わせていたのに、どんな顔をしていたか、もうすっかりあやふやになっていた。
いや、違う。きっと夕日が眩しくて、よく見えないだけだ。
でも声なんか、たしかに夢の中で喋っているはずなのに、どんな声なのか、男の声なのかどうかすらわからない。
きっと風の音がうるさいんだ。
やがて、佐伯がなんだか寂しそうな顔をしていることに気付いた。顔なんて見えないのに。
「……ごめん、今までちゃんと、見てなくて」
佐伯のことだ、別にいいよーとか言って、軽く流してくれるのだ。
しかし夢の中の佐伯は何も言わなかった。
ただ、俺のことを振り切ってしまいそうなほど、どんどん先を歩いて、俺の足は何故か重くなって、どんどん距離が開いていくのだった。
それでも、諦めてしまおうとは、思いたくなかったのだ。
だって、きっと追いついたら、佐伯は怒ってなんてなくて、肩を竦めて、困ったように笑ってくれるのだ。
きっとそうなんだ。