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1章

 元々佐伯は女顔だ。背は高いから女子と見間違えるってことはないけど、でも線は細いし、女装させたら長身の女と言われても疑わないかもしれない。
 でもやっぱり手とかは男だし、肩幅もあるし。仕草や喋り方は多少なよっとしたところもあるけど、普通に接してみると、やっぱりどこからどう見ても男なのだ。
 しかし目の前にいるのは女子だった。
 顔は少し丸っこくて、首は細くて肩幅も小さかった。
 特に身長は、俺より一回り大きかったはずなのに、むしろ小さい。確実に俺よりも小さい。河合さんほどではないから、女子の平均くらいかもしれないけど……。

「あ、朝起きたら、こうなってて……」

 なぜか佐伯はへへへと笑いつつ、申し訳なさそうに言った。
 佐伯だ。
 佐伯の家族ってことはない。妹がいるなんて聞いてないし。喋り方からしても本人だとわかる。
 服装はかなりおかしかった。
 上はパーカーだったが、どう見ても幅も丈も合っていない。ズボンはこの時期なのにハーフパンツだったが、やっぱり丈はおかしいし、何度もずり落ちないように引っ張り上げていた。

「よ、よくその格好で電車乗ってこれたな……」

 第一声はそれだった。
 多分他にかけるべき言葉はあったんだと思う。

「い、言わないで……絶対不審者だって思われたもん……」

 不審者というか、痴女というか……不審者か。
 ベンチの上で佐伯は余った服を纏めて抱き締めるように体操座りになった。靴はすぐ脱げてしまうようだ。
 それから眉毛をハの字にしながら笑った。いつもよくする笑い方だ。

「よかった、桐谷に気味悪がられないで」
「まあ、興味深くはあるけど……どう見ても佐伯だしね」

 そう、どう見ても佐伯だ。
 どう見ても佐伯じゃないやつが俺は佐伯だとか言ってたら気味悪いけど、ちょっと違う姿の佐伯が佐伯だと言ってるならまあ、不思議なだけだ。
 人の半分くらいの距離を空けて俺も隣に座る。そして上半身を少し引いてじろじろと全身を見た。
 佐伯は居心地悪そうに視線をずらしつつもいつものように冗談っぽく怒ったりはしなかった。
 ふむ。見る限り、たしかに女である。しかし佐伯でもある。
 猫っ毛も、おでこも、剃ったのとはまた違う薄い眉毛も。サイズ感とかところどころ違いはあれど、別人が真似をしたのとは調子が違う。
 髪の長さとか体格が違うからパッと見別人だけど、じっくり見れば見るほど見知った姿がよぎった。
 あ、ほくろの位置とか覚えとけばよかったな。いや、気持ち悪いな。友達のほくろの位置把握してるなんて。

「あ、あのさ、桐谷なら頭いいから何かわかるかなって思ったんだ。ずっとネットで調べたんだけど、漫画やアニメしか出てこないから、どうしていいのか分からなくて……」

 ああ、確かに、そういう漫画の広告を見たことがある。俺はあまり興味なくてきちんと読んだことはないけど……。
 しかし、漫画ならわかるけど現実世界に性別が勝手に変わることなんてあるだろうか。
 いや、現実に起こったのだから、あるのだ。前例に関してはまずは調べてみてからだな。

「わかった。父の書斎に色んな病気とか医学の本があるから、調べてみるよ」
「ほんと!? ありがとう……!」

 佐伯はぱあっと明るい顔をしたが、声には疲れが感じられた。
 そりゃまあ混乱するだろうな。一人でパニクってたんだろう。

「……それはいいとして、お前、今日はどうするの? 家族の人はなんて?」
「え……そ、そうか。すぐにはわかんないよね。うーん、じゃあ、何かわかったら電話してよ」
「わかった。……そうだ、お前なんで電話しなかったんだよ。それだったらもっとすぐ気づけたのに……」
「だって……声だけ聞いたら信じてくれないでしょ?」

 ……なるほど。それは確かに、変な悪戯かと思うかもしれない……。いや、佐伯は悪ふざけするタイプじゃないし、本気で訴えてくれたら信じたはずだぞ。流石に。

「じゃ、じゃあ、オレ帰るね。ありがとうね」

 佐伯は立ち上がり、心許なそうに服やズボンを掴んで身を小さくさせながら笑った。
 なんだろう、この罪悪感は。しかるべき対応をしていると思うんだけどな。

「お前、お姉さんいただろ。服貸してもらいなよ。それに俺も調べてみるけど、病院行った方が早いと思うよ」
「あー……んー……、そうだね、わかった。そうする」

 あ。絶対わかってない顔だ。それでも佐伯は分かったと言う。
 気持ちはわかる。病院に行って病名がつくまでの不安な気持ちはわかる。でも体が作り変わっているとしたらレントゲンとかCTとか撮るべきだと思うし。そういうことは俺には確かめようがないわけだし。

「お前、病院行かないだろ」
「うぇ!? う、うーん……ど、どうかなー……?、今日はもう閉店してると思うし……明日は日曜だしなあ……」

 へ、閉店って……。
 確かに、体調が悪いわけじゃないなら診療時間外に診てもらうのも金銭的にきついか。
 かといって月曜は学校だし、それまでになんとかした方がいいんじゃないだろうか。なんとかなるならだけど。

「じゃあ、えっと、バイバイ」

 とぼとぼと佐伯は公園の出口に向かう。
 なんていうか、隙だらけだ。
 隙だの死角だの人に説けるような武人ではないけど、その佐伯はすごく無防備というか、警戒心がないというか……。サイズ的にだらしない格好も相まって、なんだか……ううーん……。頼りない……。
 公園の中で何を警戒するんだという話だけど、放っておいたら電柱にでもぶつかってそうな、そんな足取りだった。
 いつもの佐伯は、身長はあるし、気は小さいけど表向きは飄々としてるからなんとかなるだろうという安心感があった。
 それが中身は変わってないのに、見た目が小さくなるだけで随分頼りなく見える。本人も不安感があるだろうから当然だろうけど……、元々頼りないやつだったのが尚更だ。
 そんなやつがあからさまにサイズの合ってない男物の服を着て電車に乗って、大丈夫なのか……? 彼氏の服着させられてると思われるのかな。そういうプレイだと思われるのかな。っていうか下着ってどうしてるんだろう。
 もし変質者とかに目をつけられたら、あいつは押しに弱いし、怒ったりなんてできないだろうし……下着はどうしてるんだろう。
 そうだ、それで痴漢に痴女と勘違いされてしまったら……女の体じゃ本気で抵抗したって男には勝てないだろうし……下着だって……。

「佐伯!」

 思わず大声で呼び止めていた。
 振り向いた顔がどうみても女でびっくりする。
 俺は珍しく声を張り上げた。聞き慣れない自分の声が人のいない公園に響き渡る。

「下着って今どうしてる!?」

 全速力で戻ってきた勢いで肩を殴られた。
 何もつけてないそうだ。危ないところだった。痴女を世に放つところだったぜ。
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