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4章

 そこはこの辺りで、一番大きな川に架かった高架橋のうちのひとつである。
 正直、その川自体俺の下校ルートとは全く逆方向なのでそれほど馴染みはないが、そこの土手は冬のマラソンコースとなっているため知らない奴はいない。
 和泉曰く、下流側は犬の散歩コースとなっていて早朝や夕方は人も多いらしい。しかし上流に向かい高架下を目指すと段々と雑草が増え、代わりに土手を上る階段がほぼなくなるため、わざわざ進み続けるものはほとんどいなくなる。
 人は近寄らないし、騒いでもなかなか人の耳には届かないだろう。だが距離があるとはいえ、川向こうの車道からは丸見えだ。そのため夜は不良に大人気のその場所も、日中はほぼ誰もいないのだそうだ。
 ちなみに、さらに上流に向かっていくと、次はホームレスの縄張りとなるらしい。そちら側を通ってやってくる人もまた、そういないだろう。
 実際に行ってみると意外と背の高い雑草が生えていて、思ったより身は隠せられそうだ。まあ、進んで入りたい場所ではないけど……。
 しかしわがままも言っていられない。夏場に虫にたかれることを思うと何倍もマシだしな。

 さて、ここにたどり着くまで、和泉と河合さんが軽い言い合いをしていた。

「そりゃあね、わたしだって役に立つとは言わないわよ。でも邪魔だってしないわ」
「そういう問題じゃねえっつってんだよ、わざわざ揉め事に近寄る必要ないじゃねえか。万が一標的がお前に変わったらどうすんだよ」
「そもそも悪さをやめさせるために会いに行くんでしょ、だったら誰を標的にしようと同じじゃない」
「やめさせられるかわかんねえから言ってんの!」

 ずっとその調子だ。
 要するに、当然のようについてこようとする河合さんと、ついてこないでほしい和泉の争いだった。
 おそらく和泉は河合さんに怖がられたくないのだろう。そして怖がられるようなことをする可能性があると覚悟しているのだ。
 照れくさいのかなんなのか、口には決して出さないが、和泉は今回の佐伯の件に関してかなり立腹なようだった。
 脳天気なことを言う機会が減り、腕を組んで難しい顔をして考え込む時間が増えたと思う。
 そして佐伯を見る目はいつも複雑そうだった。
 これが佐伯でなく河合さんだったなら、……考えるだに恐ろしい。
 しかし河合さんに気持ちもわかる。
 別に相手は性犯罪者ってわけではないし、徒党を組んでいるわけでもない。かなり優しい言い方をすると、片思いをこじらせているだけだ。……まあ今のところは、状況だけ見るとそうなる。相手の言い分次第ではだいぶ変わってくるだろうが。
 小野さんのようにストーカーしているわけでもないみたいだし……。いや、これは比べる相手が悪いか。小野さんと比べると大体の行為はかすんでしまう。
 とにかく、危ないから来るなと言われてもそこまで実感はないだろう。
 しかし、俺としては河合さんもいた方がいい。和泉が暴走しないためにも。

「……和泉、河合さんにも来てもらおうよ。もし俺たちも出ていかないといけなくなった場合、佐伯だけ呼んだつもりが男が何人も出てきたら絶対相手も身構えるし、そうなったら協力してくれる線はなくなると思う。無理矢理聞き出すっていうのは本当に最後の手段にすべきだよ」
「話だけで向こうが折れて協力してくれると思ってんのか?」
「少なくともこちらが最初にそのポーズをとることは大事だと思う」

 河合さんがいると、俺たちの存在もボディガードというより心配でついてきたお友達、という印象が強くなると……思う。

「わかんねえなあ。なんで被害者側が下手に出て加害者の協力を仰がなきゃなんねえんだ?」
「そ、それは……気持ちはわかるけど、優先すべきは佐伯を元に戻すことだろ? 正しさを突きつけることじゃない」
「それを踏まえても河合をつれていくことが重要だとは思わねえ」
「つれていかないことを和泉が決めることでもないだろ。河合さんの意思を却下するほどの理由にはならない。もしなにか脅してくるような危険人物だったなら、河合さんは隠れたまま出てこなければいいじゃないか。その場合は俺だって止めるよ」
「ふむ」

 河合さんは間に挟まって、瞳だけをきょろきょろと俺と和泉の間をさまよわせていた。
 それから和泉と目が合い、じっと見つめて言った。

「和泉の影に隠れておけばいいんでしょ。そのくらいできるわ」

 そうして和泉が降参した。


 そして待ち合わせ場所に着き、隠れ場所を確認したのち、俺と佐伯はどのように話を進めるかを話し合っていた。

「とりあえず……、どうして性別を変えたのか、本当にあの人がやったのか、聞けばいいよね?」
「まあ、それが自然かな……。相手がちゃんと会話できるやつだったらいいけど」
「多分、大丈夫だと思うよ。多分ね。とりあえず、うまく話が繋げられたら元に戻してもらうようにお願いしてみる」
「そうだね、その辺りは佐伯のアドリブの方が頼りになると思う。ただ、あんまり相手に隙は見せないでよ」
「隙?」
「相手に、こいつ強く言えば言うこと聞きそうだなって思わせないってこと。佐伯のコミュニケーションは正直、自分から腹を見せて警戒心を解くところが大きいだろ? でも相手はすでにお前に好意を持ってるんだから、そういうことするとつけあがらせるだけだと思う。向こうに主導権を渡しちゃいけないよ。あくまでも自分が被害者で、元通りにしてもらう権利があるということを忘れちゃだめだ」
「はへー……そっかあ」

 と、言ったが、人との接し方なんて言われたからといってすぐに修正できることではないだろう。
 多分佐伯は舐められる。あまり期待はできない。

「とにかく、困ったり、話にならないと思ったらすぐにこっちを呼んでほしい。こっちも敵対心マックスで出てくってことはしないから。でも、もし相手が怪しい動きを見せたら、問答無用で出てく」

 そう説明すると、なぜか佐伯はいつもの困り笑いをした。

「なんだか、みんなに守られてるみたいで嬉しいな」
「みたい、じゃなくて実際そうだろ」

 佐伯は何度目かわからない、ごめんね、ありがとうと口にした。
 今更だと思った。
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