3章
何日か過ぎ、佐伯はすっかり元通りになっている。
性別は、女のままだけど。
会話の最中なんかにぼんやりとしてしまうことがあるようだが、それ以外は普通だと思う。
他に変わったことといえば、少しだけ二人で行動することが増えたことだろうか。
男だった頃は、授業中のペアを特に何も考えずに佐伯と組むことが多かったけど、女になってから佐伯は女子とペアやグループを組むことが増えていた。
それが男時代と同じくらいに戻った程度だ。
男どもはあれ以来、本当にすっかり何もなかったかのようで、やっぱり不気味だ。
それでも俺のいないところではどうだかわからない。一緒に行動することで、少しでも牽制になればいいのだが。
他に俺ができることというのは思いつかなかった。
「佐伯! パン買いに行くのよね? わたしも一緒に行くわ」
「おっいいよー。今日は河合さんもパン?」
「そうなの、たまには食べてみたいと思って」
河合さんは佐伯の手をとり、笑い合いながら教室を出て行った。
「ありゃあもう親友同士だな。女の」
「まあ、元から河合さんは佐伯のこと女友達だと思っていたと思うよ」
和泉と二人、四人で囲めるように机をくっつけながら話す。
俺も弁当だけじゃ足りないので、本当は何かしらパンを買い足しに行きたかったのだが、なんとなく行きそびれてしまった。
追いかけるのもなんとなく気まずければ、あの二人の空気に入っていく勇気はもっとない。
「お前、最近友也と打ち解けてんじゃん」
「ずっと打ち解けてたけど? 何言ってんだお前」
「友也が女になってからどぎまぎしてただろ? 目線とか、立ち位置とか」
「うっそだあ!」
そんなのは誤解だ。そりゃあ一番最初はどうしていいかわからなかったけど、むしろ周りよりも俺は佐伯をきちんと男として扱ってきた。……はずだ。
「まーいいけど」
「良くない! 友情にひびが入るようなことを言うな!」
「今は打ち解けてるって言ってんだから、いいじゃねえか」
納得がいかないが、自分の行動が人からどう見えてるのかなんてわからないので反論しきれない。
しかし佐伯もそう思っていたのなら弁解させてほしいな……。
ただでさえ元々下ネタとか言っては引かれてきたし。
あわよくば、なんて本当に最初のうちだけで、それ以降は親身に接してきたつもり……なんだけど……。
そりゃあたまに、距離が近すぎたりして色々気になったりはしたけどさ……。
「ま、あいつもお前には安心してるっぽいしな」
「そ、そうかな……。それなら、お前だってそうだろ」
「そりゃ警戒されちゃ困るが、やっぱ昔から知ってる仲だとなんか気まずいだろ。女扱いするつもりはねえけど、ぞんざいにはできねえし、でも友也だぜ? おれに気ィ遣われたら向こうだって気味悪いだろ」
ふむ。そう言うものか。
「でも流には懐いてるって感じする。元からだけど、最近はもっとだな」
「そうかな」
「おれと河合みてえな関係になれば収まりがいいんじゃねえの」
「いやそれは流石にちょっと……」
いくらなんでも真似できないな。
和泉と河合さんの独特の雰囲気でいやらしい感じにならないだけで、普通の男が同じような距離感で彼女でもない相手に付き纏ってたら普通に事案だ。
普通の人は真似してはいけない。
それに、なんだかそんな風に親密になるのはやっぱり違和感がある。
だって、佐伯が男に戻ったときどうすればいいんだよ。男同士であんまりベタベタと仲がいいのは暑苦しいじゃないか。
……まあ、男同士じゃなくてもそこまで仲良くなるのは想像つかないけど。
---
「桐谷、これ食べるでしょ? チョコチップパンだよ」
「桐谷、ピザパンもあるわよ、どっちがいい?」
「え、なんだ流ばっかり」
なぜか二人は帰ってくるなり、俺に向けて同時にパンを差し出した。
「ど、どういう罠……?」
「失礼ね!」
「怪しまないで、好きな方選べばいいんだよ!」
急にモテ始めてしまった……和泉を差し置いて。
ど、どうしよう。
差し出されたパンと、持ち主とをぐるぐる見回す。
二人の表情は残念ながら好きな相手へ向ける頬を染めたような顔ではなかった。野良猫に餌をやるときのようなわくわくした顔である。
チョコチップパン、俺は良くこれを食べる。生地はプレーンで、それがチョコチップを引き立てるのだ。
菓子パンは他のパンと違って、俺と同様弁当などの生徒もデザートとして買うことが多いので意外とレア商品だ。
ピザパンはあまり食べる機会はないが確かに美味しい……。二種類のチーズがトッピングされていて、ウインナーも乗ってるし食べ応えがある。普段はそんなに惣菜パンを食べる機会がないから、俺にとっては少しレアかもしれない……。そして河合さんは真剣な表情をしていて、それとピザパンがミスマッチで可愛い。
しかしどちらを選ぶか……。
チョコチップパンは、確実に美味い。
でもピザパンは河合さんが選んでくれたわけで……。
「りょ、両方という手は……」
「もう、はっきりしないわね」
ダメらしい。何故……。
俺は一体何を試されているんだろう……。
ふと、二人の残りのパンを見る。
河合さんは小さめのクロワッサン、佐伯は……コッペパンとカレーパンと……あといくつかを片手で抱えている。
河合さんは少食だ。見た目も小さいし、動きも少ないし。でも流石にクロワッサン一個は少なすぎるんじゃないだろうか……。
佐伯はよく動くせいか、体型の割にしっかり食べる。ダイエットとかカロリー計算などは考えてなさそうだ。
でも甘いものはそれほど自分から食べないんだよな。嫌いって訳じゃないみたいだけど。
ふむ。
そう考えると誰がどれを食べるべきなのかわかる気がする。
「じゃあチョコチップパンを貰おうかな」
おおっと河合さんが女子からぬ声をあげた。
それから佐伯が俺の手にチョコチップパンを手渡しながら、河合さんに向けて偉そうな顔をした。
「ほらあ〜、言ったでしょ。絶対桐谷はこっちを選ぶって」
「食いしん坊はチーズに弱いはずなのに……読みが外れたわ」
ちょっと聞き捨てならないけど。
どうやら、俺が急にモテはじめたわけではなく、単に俺がどちらを選ぶか二人で勝負していたらしい。
「え、ほんとに貰っていいの? あ、お金払う」
「いーよいーよ。ご馳走してあげよう」
「な、なんで?」
よきに計らえ、とでもいうような態度の佐伯だが、別に奢ってもらうようなことをした覚えはない。
「えー、理由はないけど。なんかチョコチップパン残り少ないとこ見かけて、そういや桐谷好きっぽかったなーって思って。食べるかなーって思って買っただけだから」
ピ、ピザパン選ばなくてよかった……!
俺は珍しく正解を選んだらしい。だいぶ危なかったけど。
「わたしはなんとなく佐伯の真似をしただけなので、桐谷がピザパン選んでもあげるつもりはなかったわよ」
本当にピザパン選ばなくてよかった!
「そ、そっか。じゃあありがとう。貰う」
なんだろう、少し嬉しかった。
こういうとこで人に気を回せるからいいやつなのかな……。
人の好きなものとか、俺ははっきり教えてもらわなきゃわかんないし、それを自発的に買っていこうなんて思いもしない。
俺がそういうことしたら、絶対下心を疑われる。
「おれにはお土産ねえの?」
「あなたご飯派じゃない」
和泉はむくれていた。
性別は、女のままだけど。
会話の最中なんかにぼんやりとしてしまうことがあるようだが、それ以外は普通だと思う。
他に変わったことといえば、少しだけ二人で行動することが増えたことだろうか。
男だった頃は、授業中のペアを特に何も考えずに佐伯と組むことが多かったけど、女になってから佐伯は女子とペアやグループを組むことが増えていた。
それが男時代と同じくらいに戻った程度だ。
男どもはあれ以来、本当にすっかり何もなかったかのようで、やっぱり不気味だ。
それでも俺のいないところではどうだかわからない。一緒に行動することで、少しでも牽制になればいいのだが。
他に俺ができることというのは思いつかなかった。
「佐伯! パン買いに行くのよね? わたしも一緒に行くわ」
「おっいいよー。今日は河合さんもパン?」
「そうなの、たまには食べてみたいと思って」
河合さんは佐伯の手をとり、笑い合いながら教室を出て行った。
「ありゃあもう親友同士だな。女の」
「まあ、元から河合さんは佐伯のこと女友達だと思っていたと思うよ」
和泉と二人、四人で囲めるように机をくっつけながら話す。
俺も弁当だけじゃ足りないので、本当は何かしらパンを買い足しに行きたかったのだが、なんとなく行きそびれてしまった。
追いかけるのもなんとなく気まずければ、あの二人の空気に入っていく勇気はもっとない。
「お前、最近友也と打ち解けてんじゃん」
「ずっと打ち解けてたけど? 何言ってんだお前」
「友也が女になってからどぎまぎしてただろ? 目線とか、立ち位置とか」
「うっそだあ!」
そんなのは誤解だ。そりゃあ一番最初はどうしていいかわからなかったけど、むしろ周りよりも俺は佐伯をきちんと男として扱ってきた。……はずだ。
「まーいいけど」
「良くない! 友情にひびが入るようなことを言うな!」
「今は打ち解けてるって言ってんだから、いいじゃねえか」
納得がいかないが、自分の行動が人からどう見えてるのかなんてわからないので反論しきれない。
しかし佐伯もそう思っていたのなら弁解させてほしいな……。
ただでさえ元々下ネタとか言っては引かれてきたし。
あわよくば、なんて本当に最初のうちだけで、それ以降は親身に接してきたつもり……なんだけど……。
そりゃあたまに、距離が近すぎたりして色々気になったりはしたけどさ……。
「ま、あいつもお前には安心してるっぽいしな」
「そ、そうかな……。それなら、お前だってそうだろ」
「そりゃ警戒されちゃ困るが、やっぱ昔から知ってる仲だとなんか気まずいだろ。女扱いするつもりはねえけど、ぞんざいにはできねえし、でも友也だぜ? おれに気ィ遣われたら向こうだって気味悪いだろ」
ふむ。そう言うものか。
「でも流には懐いてるって感じする。元からだけど、最近はもっとだな」
「そうかな」
「おれと河合みてえな関係になれば収まりがいいんじゃねえの」
「いやそれは流石にちょっと……」
いくらなんでも真似できないな。
和泉と河合さんの独特の雰囲気でいやらしい感じにならないだけで、普通の男が同じような距離感で彼女でもない相手に付き纏ってたら普通に事案だ。
普通の人は真似してはいけない。
それに、なんだかそんな風に親密になるのはやっぱり違和感がある。
だって、佐伯が男に戻ったときどうすればいいんだよ。男同士であんまりベタベタと仲がいいのは暑苦しいじゃないか。
……まあ、男同士じゃなくてもそこまで仲良くなるのは想像つかないけど。
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「桐谷、これ食べるでしょ? チョコチップパンだよ」
「桐谷、ピザパンもあるわよ、どっちがいい?」
「え、なんだ流ばっかり」
なぜか二人は帰ってくるなり、俺に向けて同時にパンを差し出した。
「ど、どういう罠……?」
「失礼ね!」
「怪しまないで、好きな方選べばいいんだよ!」
急にモテ始めてしまった……和泉を差し置いて。
ど、どうしよう。
差し出されたパンと、持ち主とをぐるぐる見回す。
二人の表情は残念ながら好きな相手へ向ける頬を染めたような顔ではなかった。野良猫に餌をやるときのようなわくわくした顔である。
チョコチップパン、俺は良くこれを食べる。生地はプレーンで、それがチョコチップを引き立てるのだ。
菓子パンは他のパンと違って、俺と同様弁当などの生徒もデザートとして買うことが多いので意外とレア商品だ。
ピザパンはあまり食べる機会はないが確かに美味しい……。二種類のチーズがトッピングされていて、ウインナーも乗ってるし食べ応えがある。普段はそんなに惣菜パンを食べる機会がないから、俺にとっては少しレアかもしれない……。そして河合さんは真剣な表情をしていて、それとピザパンがミスマッチで可愛い。
しかしどちらを選ぶか……。
チョコチップパンは、確実に美味い。
でもピザパンは河合さんが選んでくれたわけで……。
「りょ、両方という手は……」
「もう、はっきりしないわね」
ダメらしい。何故……。
俺は一体何を試されているんだろう……。
ふと、二人の残りのパンを見る。
河合さんは小さめのクロワッサン、佐伯は……コッペパンとカレーパンと……あといくつかを片手で抱えている。
河合さんは少食だ。見た目も小さいし、動きも少ないし。でも流石にクロワッサン一個は少なすぎるんじゃないだろうか……。
佐伯はよく動くせいか、体型の割にしっかり食べる。ダイエットとかカロリー計算などは考えてなさそうだ。
でも甘いものはそれほど自分から食べないんだよな。嫌いって訳じゃないみたいだけど。
ふむ。
そう考えると誰がどれを食べるべきなのかわかる気がする。
「じゃあチョコチップパンを貰おうかな」
おおっと河合さんが女子からぬ声をあげた。
それから佐伯が俺の手にチョコチップパンを手渡しながら、河合さんに向けて偉そうな顔をした。
「ほらあ〜、言ったでしょ。絶対桐谷はこっちを選ぶって」
「食いしん坊はチーズに弱いはずなのに……読みが外れたわ」
ちょっと聞き捨てならないけど。
どうやら、俺が急にモテはじめたわけではなく、単に俺がどちらを選ぶか二人で勝負していたらしい。
「え、ほんとに貰っていいの? あ、お金払う」
「いーよいーよ。ご馳走してあげよう」
「な、なんで?」
よきに計らえ、とでもいうような態度の佐伯だが、別に奢ってもらうようなことをした覚えはない。
「えー、理由はないけど。なんかチョコチップパン残り少ないとこ見かけて、そういや桐谷好きっぽかったなーって思って。食べるかなーって思って買っただけだから」
ピ、ピザパン選ばなくてよかった……!
俺は珍しく正解を選んだらしい。だいぶ危なかったけど。
「わたしはなんとなく佐伯の真似をしただけなので、桐谷がピザパン選んでもあげるつもりはなかったわよ」
本当にピザパン選ばなくてよかった!
「そ、そっか。じゃあありがとう。貰う」
なんだろう、少し嬉しかった。
こういうとこで人に気を回せるからいいやつなのかな……。
人の好きなものとか、俺ははっきり教えてもらわなきゃわかんないし、それを自発的に買っていこうなんて思いもしない。
俺がそういうことしたら、絶対下心を疑われる。
「おれにはお土産ねえの?」
「あなたご飯派じゃない」
和泉はむくれていた。